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 明治元年十月二十八日、謎の腹痛に襲われた敏郎と九名の隊士たちはその仮病をトシに疑われ、出陣させられていた。


「あーっ! 隊長! 俺、ストーブ消し忘れたかも! 」


 広場に並んでいざ出陣! と言うときに敏郎がそう叫び、他の九名も、「俺も! 俺も! 」と勝手に隊列を抜け出てしまう。


「おめえら! 」


 そういきり立つトシをまあまあとなだめ、とりあえず出陣した。


「旦那、ほんと勘弁してくれよ? 何企んでんのかしらねえが、仮病や突然の離脱を許しちゃ俺のメンツが立たねえんだよ! 」


「もう、そのうち追いついてくるって。トシはね、そう言うとこ余裕なさすぎ。もっとおおらかに、仲間を信用しなきゃ。」


「けどよぉ。」


 ぶつぶつ言いながらもトシは額兵隊を先陣にたて、その他、今回動員された渋沢率いる彰義隊、それに幕府歩兵の連中、総勢七百を率いていく。俺は安次郎率いる残りの十五名と共に、板倉さまの警護としてトシの本陣に加わった。


 有川、茂辺地、木古内と海岸線を進みながら宿陣を重ね、十一月の一日には知内で敵の夜襲を受けた。だがこれも額兵隊が打ち払い、翌二日には一の渡、そして三日には福島と言うところで小競り合い。トシの適切な指揮と額兵隊の活躍により、敵を打ち破った。そして四日、休息と戦闘の準備をその福島で行い、五日の朝、松前城への攻撃を開始する。事前に掴んだ情報では松前藩主、松前徳広はすでに城を脱出、しかし二百ほどの藩兵が防御を固めているのだという。


 まずは城の東、高台にある法華寺を占拠、そこにあった大砲を奪い高所からそれを城に撃ち放つ。額兵隊、それに彰義隊が大手門に攻め寄せるが門は固く閉ざされ突入は難しい。そして城方は門を開くと同時に発砲、そしてすぐに門を閉じるという戦法にでた。


「はは、なかなかやるじゃねえか。」


「そりゃなんかしら考えるだろうさ。」


「ま、昼まではこのまんまだ。」


 何か考えでもあるのかトシはニヤリと笑いながら戦況を見ていた。と、言うことは昼までは出番はない。俺はうちの連中と後ろに下がり、板倉さまが寺から探し当てた餅を焼いて食っていた。


「世良からさっき連絡が。後方の林に潜んでいるそうじゃ。」


「そう、ま、うまい事一番乗り、そうできればいいんですけどね。」


「そうじゃな、藩主が引いたとあれば流石に家宝はなかろう。しかし軍資金などはあるはずじゃ。金蔵を探すにはしばし時がかかるのう。」


「お。旦那、餅か。いいな、俺にも一つくれ。」


 突然トシに声をかけられドキッとした俺は餅を喉に詰まらせそうになる。板倉さまが俺の背をトントンと叩きながらトシに餅をやっていた。


「あ、すいませんね。」


「ふふ、気にするでない。お主は総大将なのだからの。」


 そう言って何事もなかったかのように俺とトシに茶を淹れてくれた。さすが元老中、ポーカーフェイスはお手の物ってか。


「んでな、旦那、昼になったら俺は幕府歩兵の連中を連れて裏に回る。額兵隊と彰義隊はここに残すから派手に撃ち合って敵をこのまま引きつけといてくれ。」


「ああ、わかった。」


「俺もいいとこ見せなきゃな、先頭に立って一番乗り、そうなりゃみんなも俺を認めてくれようぜ。だろ旦那? 」


「ああ、そうだね。うんうん、認めてくれるさ。」


「新選組が居なきゃ何もできねえ、そう言われねえように今回は奴らを置いてきたんだ。さっていっちょやるか! 」


 やる気満々のトシは幕府歩兵を率いて搦め手に回る。遠慮する必要のなくなった俺は今井さんと敏郎たち、後方に隠れた十人と合流した。


「しかし困ったねえ。トシに一番乗りされちゃ俺たちの計画が。」


「そうですよね。蝦夷で大きな城はここくらい。後は期待できそうにありませんから。」


「うむ、問題だの。土方を出し抜いて一番乗りをせねば。あっ、松坂、こういうのはどうじゃ? 」


 板倉さまの提案で俺たちは作戦を決めた。作戦名「だるまさんが転んだ」である。


 要は門が閉まっている間に進み、門が開いたら身を隠す。それを繰り返し、最後は門が開いた瞬間に突入してしまうのだ。銃器の扱いに長けた額兵隊はそのまま攻撃を続けさせ、俺の隊と渋沢さんの彰義隊が前に出る。


「渋沢さん、突っ込むのは俺たちがやる。あんたは門を確保して額兵隊を引き入れてくれ。」


「松坂さん、なぜに突入を? 土方さんの突入を待っても遅くはないでしょう? 」


 渋沢さんは疑いのまなざし100%で俺を見る。


「仕方ないの、松坂、渋沢にも。」


「ですね。」

 

 板倉さま、そして今井さんはがっくりと肩を落としてあらましを説明する。


「な・る・ほ・ど。それはぜひそれがしも。いいですな? 松坂さん。」


「はいはいわかりました。」


 板倉さまも一緒になって命がけのだるまさんが転んだがスタート、俺たちは緊張で思わずひひひと笑い声を上げそうになる。


 何度目かの閉門、ようやく俺たちは門の前にたどり着く、そして再び門が開いた瞬間、俺と一郎が先頭に立って躍り込む。小銃を構えた敵兵を斬り、その隣の大砲の砲手を斬った。そして一気になだれ込み、その場を制圧する。


「今井さん! 」


「はい! 敏郎、行きますよ! 」


 今井さんたちが金蔵を探しに城内に突入、安次郎達は渋沢さんの彰義隊と本丸の制圧に向かう。そして法華寺から額兵隊が走りこんでくる。


「額兵隊は搦め手に回れ! 誰であれ城内には入れるな! 味方もだ! 」


 その俺の指示に額兵隊を率いる星恂太郎は、ん? と首をかしげたがとりあえずその指示に従い裏門に回った。


「今しばらく時間を稼がねばの。」


「うーん、一郎、その大砲で裏門から撃っちまうか。うまい事当たらないように。」


「また、そないなわっるい事を。するしかありまへんな! 」


 もうそばには誰もいないので一郎と俺、そして板倉さまで大砲をごろごろと押していく。そこでは額兵隊がちょうど松前藩兵を追い散らかした所だった。


「外の土方さんたちもじきに。」


「そう、星さん、あんたはここで。当たらないようにトシたちに銃撃を。松前藩兵はまだ士気旺盛なんだよ。」


「は? 」


「そうどすえ、せやからこんなこともしてまうんや。ほんま、城攻めは難儀やでぇ! 」


 ドン、と一郎の大砲が火を噴き、城壁の外では「うわぁぁ! 」とトシたちの逃げ惑う声がした。


「ほら、何やってんの、額兵隊も撃たなきゃ。」


 えっ? と言う顔をしながら城壁の銃眼から額兵隊は鉄砲を撃ち込んでいく。


「一郎、指示あるまであいつらを寄せ付けるな。」


「はいな! 」


 さて、完全に城を制圧した俺たちはいよいよ宝探しに乗り出した。残った松前藩兵は誰もいなくなった大手門から逃げ出したようだ。


「とりあえずそれとそれ、その掛け軸もじゃ! 」


 思ったよりも戦利品は少なかったがそれでも結構な量、風呂敷に包んで肩に背負ってそれらの略奪品を持ち出し、外の荷車に積み込んだ。そして渋沢さんを連れて今井さんたちのいる金蔵に。


「新さん、中々の物ですよ? 」


 そこにはうずたかく積まれた千両箱。異国との貿易で潤っているのか全部で五万両以上あった。


「はは、ははは! すばらしい! 素晴らしいですよ! 松坂さん! 」


 渋沢さんは変なスイッチが入ってしまったようで、魅入られたかのように千両箱に抱き着いた。


「しかしこれほどとなればじゃ、」


「運ぶのが大変? 」


「いや、残しておくのが惜しくなるの。運ぶのは城下の小舟で十分じゃろ。」


「さすが板倉さま、私もそう思っておりました。ですが運び手が我ら十名では。」


「無論、それがしの彰義隊も! 」


「で、あれば全部貰うとするかの。」


「「「いいねえ。」」」


 そう言うことになって、まずは敏郎たちが荷車に積んだ千両箱を持ち出した。後は今井さんの指揮で函館の町に、と言う筋書きだ。


「ちょっと、隊長はん? そろそろ土方はんがおかしいと思い始めたようどす! 」


 一郎が慌ててそう伝えに来る。


「あとはそれがしにお任せあれ、彰義隊! すぐにこの千両箱を船に! 」


 数の多い彰義隊が蔵に入るとあっという間に千両箱が消えた。すでに今井さんたちは船をこぎだしていたようだ。


「一郎、トシたちを入れてやって。うまい事言い訳するんだよ? 」


「もう、藩士の遺体は大砲に装着済みどすえ? 」


「うん、額兵隊も撤収を。その辺に遺体を散らばせといて。」


「了解どす! 」



 さて、必死の工作にもかかわらず、トシは俺と板倉さまを正座させ、長い説教をぶった。


「おうおう、旦那も板倉さまも、こりゃ、どういうことだ? 」


「どうって言われても、ねえ、板倉さま? 」


「わしは最近物覚えが悪くてのう。何のことかの? 」


「おめえらが人を締め出して、さんざん略奪かました件だよ! みろ、この本丸。金目のもんなんか一つもありゃしねえ! 」


「心外だな! ここは藩主が引いた時にみんな持ってっちゃったの! 」


「ほう、んじゃ金蔵の件はどう説明つけるつもりだ? 」


「あ、あれは俺たちは知らないし。」


 そう、俺たちの分を積み出したあと、渋沢さんは配下の彰義隊と大揉め。勝手に金を持ち出すとはどういうことだ、と強い突き上げを食らっていた。


「そうだの、あれは渋沢のやった事じゃ。わしらには関わりない。のう? 松坂。」


「ですよねえ。」


 トシは疑いのまなざし、それこそ目をいっぱいに見開いて俺たちの目をのぞき込む。老中としていかなる事にも動じない訓練を積んだ板倉さまはともかく、そんな訓練を積んでいない俺は思わず目をそらしてしまう。


「決まりだな、局中法度、勝手に金策すべからずに違反してる。」


「お、俺たちは新選組じゃないし。」


「何よりも、だ、俺をもうけ話から外したってのが気に入らねえ! だろ? 」


「だって、お前こういう時、かっこつけるんだとか言って、金に手をつけちゃだめ、っていうじゃん! 宇都宮の時みたいに! 」


「ったりめえだろ! 俺たちゃこれからいくらでも金が要るんだ! 懐に収めてる余裕なんかねえんだよ! 」


「榎本は大阪で大金持ってただろ? それに江戸でも海舟がくれてやったみたいだし! 」


「とにかく、こういう勝手は許さねえ! 今回は渋沢にバチ被ってもらうが、もう余計なことすんじゃねえぞ? 」


「「はーい。」」


 ながーいトシの説教が終わり、トシが席を立つと板倉さまが茶を淹れてくれた。


「ま、こんなもんじゃの。悪いのは渋沢。わしらはなんも知らんと言う事じゃ。」


「ほんと、悪い人っているもんだよね。ヤダヤダ。」


「ところで、五万両、四人で分ければ一人一万二千五百と言うところかの! 」


「うぉっしゃー! それに物の分もありますしね。」


「そちらはわしとお主で山分けじゃな。」


「ですよねー。」


 さて、宇都宮に続き、ここ松前でも一日で城を落としたトシ。その武名はうなぎのぼり。逆に渋沢さんの名声は地に落ちていた。


「だって、お金欲しかったんですもの。」


「まあまあ、仕方ないって、こんなこともあるからね、渋沢さん。」


「大儀だなんだじゃ腹は膨れないって十分わかってるでしょうに、あいつらときたら。」


 そんな彰義隊は渋沢派と反渋沢派で二つに分かれていた。


 数日すると新たに援軍として古屋さん率いる衝鋒隊が松前城に着陣、その中に何食わぬ顔で今井さんと敏郎たちが混じっていた。


 そして十一日、トシは蝦夷に残った松前藩最後の拠点、江刺に向けて出兵を開始する。


だるまさんが転んだ作戦も、渋沢さんが金を持ち出したのも史実。すっごいですね、歴史のロマンって。

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