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九月三日、仙台青葉城で榎本を交えた軍議が開かれた。
榎本と共に来たのは海舟の元で陸軍奉行並みを務めていたという松平太郎、それに彰義隊の残党を率いる渋沢成一郎、それに元奥詰めの武士で遊撃隊の人見勝太郎。その元には伊庭八郎もいるという。そのほかにも幕府陸軍の調練に当たったブリュネとカズヌーブの二人のフランス人とその通訳がいた。
そしてこちらは板倉さま、定敬さま、そしてトシに俺。ほかにこちらに来ていた会津の外交方も数名いた。
向かい側には仙台藩主伊達慶邦をはじめ、重臣たちが居並んだ。その中で榎本が演説をぶった。
「奥ウイング、いや、奥羽の地は日本と言う国の六分の一を占めている。そして戦えるビーストたちの数は五万、この土地、そしてこのソルジャーをもってホワイ? 何故ファック上方を恐れる?
軍略をきちんと行えばウインを得るのはディッフィカルトな事ではないんだ。だが兵は調練がいる。ここにいるフランスのビースト二人を教官に、軍務局を置き、トレーニングに努める事が肝要なんだよ。ファック官軍! ファック薩長! 」
あー、通訳が必要なのはこの人ね。とは言えその場にいた人たちは理解できたようで、なるほどと、皆しきりに頷いていた。
その日は榎本の意見に皆賛同し、城の馬場で仙台藩秘蔵の洋式部隊、額兵隊の調練の様子などを視察した。
ところが数日して大鳥さん、それに今井さんのいる衝鋒隊が仙台に到着、軍議に加わり、大鳥さんと衝鋒隊の隊長、古屋さんから絶望的な会津の様子を聞かされるとトーンダウン。そして仙台藩でも恭順派が台頭する。
九月八日には改元があり、明治元年となった。そして十二日、会津外交方の必死な説得にもかかわらず仙台藩はついに降伏を決意する。
すでに米沢はもとより、秋田、相馬などが官軍に着き、奥羽列藩同盟は瓦解していた。会津はもはや死に体なのだ。
そしてその会津、籠城戦を戦いぬき、ついに九月二十二日、白旗を掲げた。薩摩、土佐の猛攻に耐えきれず、裏では今月の初めから直さん、手代木直右衛門たちが降伏の交渉を重ねていたのだという。ちなみに越後で河井さんに壊滅させられた山県率いる長州奇兵隊は会津攻略に間に合わなかったらしい。
北陸戦争で名を挙げたのは薩摩の黒田了介、そして会津においてはやはり薩摩の伊地知正治。土佐の板垣もいたが、俺たちから見ても土佐はおまけ。敵はあくまで薩長なのだ。
その間、トシは大きく目減りした新選組を増やすべく行動していた。いろんなところから集まってきた藩士たち、その中には桑名もいれば、備中松山も、唐津もいた。定敬さま、それに板倉さま、そして唐津藩世子、小笠原長行、それぞれの主君を慕って仙台までやってきたのだ。立見さんたち桑名藩兵は定敬さまを追って北に出たが米沢藩の妨害にあって合流敵わずそのまま庄内藩の入ったらしい。そしてそこで西郷さんを総督、黒田了介を参謀とした官軍とぶつかり撤退。最後は庄内藩と共に武装解除に応じ、降伏したという。
そんな連中が榎本の船に乗ることを求めたが榎本は応じない。そこでトシが仲のいい榎本と話をつけ、新選組に入るなら乗船させてやる、と言い出した。相変わらず腹黒い男である。そこに再編成で漏れた伝習隊の二十数人も加わり、新選組は百を超えた。
さて、今や天下に身の置き所のない俺とトシ、それに定敬さま、板倉さま。それはいいとして松本良順先生もここにいた。
「先生、この先は何をどうしようが勝ち目はねえ。俺たちは無能だから命尽きるまで戦うがあんたはそうじゃねえんだ。」
「トシは無能だけど、俺は違うからね。ま、でも先生はここで仙台の連中と。あんたは有能なお医者様だからね。俺たちの酔狂には混ぜてあげられない。」
「はは、能があるというのも厄介だな。土方、それに松坂さん、何をすんのもいいけれど、五体満足で戻って来てくれないと。こっちの手間が増えてしょうがない。手足をなくしちゃ治すのも事だ。」
「ははっ、大丈夫さ。先生は怪我した奴らを治すのが本分、そして俺たちは怪我人、死人をこさえるのがその役目さ。」
「そういうこった、先生、この旦那たちは鳥羽伏見でも越後からの撤退戦でも誰一人欠けちゃいねえんだ。殺せる奴を見てみたいね。」
そんな話をしながら酒を酌み交わし、良順先生に見送られ、船で仙台を出たのが十月十二日。榎本はこの艦隊で蝦夷に渡り、そこに新たな勢力を築くつもりだ。
この船に乗船しているのは大きく数を増やした新選組、そして伝習隊をはじめとした幕府歩兵、それに今井さんたち衝鋒隊、その他にも仙台を脱藩した洋式部隊、額兵隊も混じっていた。榎本は新政府に対しては蝦夷を開拓するとかなんとか適当な理由を書き記した手紙を仙台藩に預け、北に向かって出港する。その甲板で俺はずっと小さくなる港を見ていた。
「どうした? 旦那。こんなとこで。」
「んー? 別に。たださ、榎本はなんでもっと早く来なかったのかなって。江戸城が開城したのは春の話だ。この艦隊が居りゃあ白河口の戦いだってだいぶ違っただろうになって。」
俺がそう言うとトシはやや苦み走った顔をした。
「勝の旦那に止められたんだとよ。榎本さんは勝の旦那の門下、その意向にゃ逆らえねえさ。」
「あのバカ、余計なことを。」
「あの旦那は先が見えてやがるからな。この艦隊が来て、万が一にも同盟軍の勝ち、そんなことになりゃこの先は国を割っての大いくさだ。きっちり俺らが負けるように手を打ったんだろうさ。」
「んじゃ榎本は負けるのがわかってて仙台へ? バカな話さ。」
「俺らにバカだと言われちゃ勝の旦那も榎本さんも立つ瀬がねえよ。なんせ一番バカなのは俺たちだからな。勝ち負けじゃなく、戦う為に戦ってるんだからよ。」
「まあね、でも正月に鳥羽伏見、春に江戸をでて、夏に越後を、秋には会津をでてここにいる。来年の今ごろは異国にでもいるんじゃねえの? 」
「ははっ、そうかもしれねえな。旦那や俺が西郷や桂に頭を下げる気にならねえ限りはな。」
「そりゃ無理な話だ。」
「だったら戦い続けるしかねえのさ。風が冷たくなってきた、こんなとこにいちゃ風邪ひくぞ? 」
蝦夷には元々函館奉行が置かれている。幕府の無くなった今は函館府なるものがあるそうだ。そしてその函館には幕府が作った洋式城郭の五稜郭がある。それを分捕って本拠とするらしい。
函館への直接上陸は避け、その北側の鷲の木に上陸したのは十月二十一日。翌二十二日に雪の降りしきる中、二手に分かれて五稜郭に進軍する。本隊は大鳥さんが指揮する伝習隊を中心とした隊、七百名。そして海岸沿いの間道からはトシが率いる額兵隊などの洋式部隊。俺はトシと共に間道を進んだ。
「トシ! トシ! なんだこの寒さ! これじゃ敵に当たる前に凍死しちまうぞ! 」
「うるせえな! 寒いのはみんなおんなじだ! わーわーわめいてんじゃねえよ! 」
「お前の目論見が甘いからこうなるんだろ! 」
「俺だって蝦夷なんて初めてなんだよ! ぐずぐず言わねえで歩け! 」
その言い草にイラっとした俺は雪を丸めてトシにぶつけてやった。
「何しやがる! 」
「うるせえ、ダメ指揮官! 」
「あーっ! もう絶対許さねえ! 待ちやがれ! 」
「相変わらず元気おすなあ、あのお二人は。」
「うむ、バカだからな。隊長も土方も。」
その日は砂原、翌日は鹿部と言うところで宿陣する。どこの家も貧しげではあったが、防寒機能だけは充実していて中は暖かだった。
「旦那、明日は川汲ってとこまで行く。そこからは内陸に向かうから風もいくらかはマシだろうぜ。」
「お前、ちゃんと場所判ってんだろうな? 迷子とかなったら許さないからね? 」
「はは、流石にそいつは大丈夫だ。それにな、その川汲ってとこは温泉があるらしい。ゆっくり湯につかって休めるさ。」
それを聞いて少し機嫌を直した俺はトシと一緒に村人の出してくれた鮭の燻製をかじりながら酒を飲んだ。
翌日は川汲。トシの言ったように温泉があり、そこでゆっくり浸かって、体をほぐす。寒さで体が固まる上に、厚着をしているので肩も凝る。もうそういう年になったのだなと実感した。
その翌日、内陸方面に進路を変えた俺たちは敵の奇襲を受けた。先頭を進むのは仙台出身の額兵隊。精鋭の呼び声に偽りはなく、すぐさま立て直して敵を追い払った。
その日は湯の川と言うところで止まり、翌二十六日、五稜郭に着いた。だがそこはすでにもぬけの空、すでに先についていた大鳥さん達が入城していた。
函館まで船を回した榎本たちも五稜郭に入城し、ここが俺たちの新たな本拠となった。あてがわれた建物でうちの連中とぬくぬく過ごしていた。この五稜郭にはイギリス船に設置されていたものを参考に作られた石炭のストーブがあるのだ。部屋は洋室、寝るところはベッド。座るところは椅子で室内でも靴を履いたまま。何もかもが洋式である。青森に逃げていったという、函館府の残していった物資には洋酒もあり地元で作られた鹿の干し肉をあぶりながらそれをちびちびと飲んでいた。
「寒いところもええもんですな、風情があって。」
一郎がガラスのはめ込まれた窓から外を見ながらそんなことを言った。「そうだね」なんて答えていると扉が勢いよく開き、トシがズカズカと踵を鳴らしてやってくる。
「旦那、明日、出陣が決まった。」
「はぁ? この寒いのに? 懲りないねえ、お前も。ま、頑張って。」
「何言ってんだ、旦那たちも出るんだよ。一郎さん、支度の方頼んどくぜ。」
「仕方ありまへんな。」
「マジで言ってんの? あんな毛皮の熊だって冬は冬眠するんだぜ? 行くならお前らだけで行けよ。」
「いいか、旦那、これは大事なとこだ。ここで俺らが松前藩をつぶしてこの辺りを平定、となりゃみんなにだっていい顔できる。何もやらなきゃあの細けえ大鳥さんの下に立つことになるだろうさ。ここは大事なとこなんだよ。」
「お前、前もそんなこと言ってなかった? 」
「いいから、明日は頼むぜ? 」
そう言ってトシがばたんとドアを閉めて出ていくと入れ替わりに今井さんが入ってくる。今井さんは自分の隊があるにもかかわらず俺たちの所で暮らしているのだ。
「ほら、新さん、お酒ばかりでは体によくありませんよ? 一郎さん、あなたは洗濯が残っているでしょう? 」
「あ、そうやった。」
「新さんはお茶。もうお酒はダメです。」
そう言って酒の瓶を取り上げて代わりに紅茶を置いた。
「お、紅茶じゃん。」
「ここは横浜と同じく貿易港ですからね。町まで出ればいろいろ買えますよ? 」
「そっか。」
そんな話をしているとまた新たな客、と言うか同居人が。
「松坂! 明日、出陣するのであろう? 」
「もう、なんです! 板倉様、はしたない。まずはそちらの椅子にお座りになられてください! 」
「あ、こりゃすまんの。今井、わしにも紅茶を。」
「今やってますよ。」
この板倉さまもなんだかんだ言って俺から離れない。困ったもんだ。
「でな、松坂、松前藩を攻めるのじゃろ? わしも一緒に行く! 」
「えー、寒いですよ? 」
「お前は松前城に一番乗りすればいいのじゃ、他は土方に任せてな。あとは宇都宮と同じ、わかるの? 」
「なるほど、函館には異人もいる。奪ったものを売りさばくに困らない。」
「そう言う事じゃ。それには目利きの利くわしが要る。この雪の中では荷車も使えるかわからんし、何でもかんでも持ち帰るという訳にもいかんからの。」
「ふむ、興味深い話ですね。されば私も。」
善人のようで金に汚い今井さんはそう言ってニヤリと笑う。それを見た目も中身も銭ゲバの板倉さまが押しとどめた。
「今井は衝鋒隊じゃからな、古屋と共にここの警護を務めねば。」
「いいんですよ、私一人くらい。」
「いやいや、そうはいかん。軍紀は守らねば。」
「いいじゃないですか! 別に。板倉様は分け前が減るのがお嫌なだけなのでしょう? 」
「もちろん嫌じゃ! 」
この二人は金の事となるとすぐけんかする。要するに意地汚いのだ。
「それはそうとさ、今井さん。」
「なんです? 」
「確かさ、榎本って大阪から出るとき十何万両って金、船に積んでたよね? 」
「そうですね。」
「あれ、どこにあるのかな? 」
「ほう、実に興味深い話だの。」
「あの時は千両箱ひとつづつしかもらってないし、もうちょっと頂いてもいいよね? 」
「そうですよね、私もそう思いますよ。」
それを聞いた板倉さまはうーんと考え込み、今井さんの淹れた紅茶を一口すすった。
「松坂、今井、それは少し待ったほうがいいの。」
「なんでです? 」
「まず、我らは小勢。小勢の中、金を奪えばおのずと下手人も割れよう? そうなれば下手人である我らはこの小勢の中で村八分。榎本はいいとしても他は頭の固い奴らじゃからな。」
「確かに、それはあまりよろしくありませんね。では板倉様はどうされるおつもりで? 」
「無論、見逃す手はないの。だが今は時期がよくない、そう言う事じゃ。その前に土方を言いくるめて松前の財をかっさらったほうがいいかもしれんの。」
「けどさ、千両箱なんか担いでたら絶対ばれるよ? トシだってここはかっこつけるとこだ、とか言い出すかもしれないし。」
「うむ、あ奴の言いそうな事よ。そこでだ今井、お主は別動隊として兵を十人ばかり率い、こっそりとつけてくるのじゃ。そして松坂が一番乗りした際に金蔵を制圧。そうだの、半分くらいをもって立ち去ればよい。すべてとなればまた土方がうるさいからの。」
「なるほど、しかしその金はどこに? 」
「異国の商人にでも預けるしかないの。ここに持ち帰っては差しさわりが。あとは率いる兵も口の堅いものでなければ。」
「ならさ、こうしようか。今井さんは敏郎たち、うちの連中から十人連れて行けばいい。風邪ひいたとか言っとけば数が減ってもわかんないよ。それで函館でアメリカの商人に横浜の、鐘屋が酒を仕入れてる商人に送金してもらう。いくらか手間賃は取られるだろうけど。そして江戸に帰って山分けって事で。」
「なるほどのう。それが良いかもしれんの。」
「ですね、鐘屋であれば。」
「いくらぐらいあるのかな? 」
俺がそう言うと二人はうっしっしと笑った。