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 慶応四年八月、俺たちは越後で敗れ、会津に帰還した。この間、同盟軍は白河で敗れ、そして、二本松城を失った。会津の国境を守る城はもうない。

 トシは傷も癒え、今は新選組と共に猪苗代にいるという。俺は殿様姿に戻った容保さまの護衛として鶴ヶ城内に寝起きしていた。


 河井さんは十五日、従僕に労いの言葉をかけ、満足そうな顔で息を引き取ったという。葬式は会津城下で行われた。


「さて、松坂、いよいよ決戦、と言うわけだな。」


「はい。」


「河井の死に顔、あれに負けぬよう、我らは存分に戦わねば。」


「お任せを。」


 そう言ってはみたが俺は不安であった。容保さまの右手中指の爪は西郷吉二郎との死闘によって割れたまま。あの、戦況を一変させたレールガンが使えぬ、とあれば苦戦は免れない。


「どうした? 松坂。けげんな顔をして。」


「いえ、何も。」


「ははっ、この爪の事か? あの西郷吉二郎を打ち倒すに必要な犠牲だった、と言う事よ。なあに、右手が使えずとも左手がある。わしは戦うに何一つ不安はない。」


 そう言って容保さまは、はははと笑った。


 官軍が会津に攻め入ったのは八月の二十一日、猪苗代湖方面で最も備えの薄い湖の北側、母成峠に二千二百をもって進軍、こちらは大鳥さんの伝習隊を主力に、会津藩兵、それに新選組を加えた八百ばかり。その報がもたらされると広間で軍議が行われた。


 西郷頼母、田中土佐、神保内蔵助、萱野権兵衛、梶原平馬、佐川官兵衛、といった今の会津を仕切る重臣の面々が集められ、奥羽列藩同盟を固める為、あちこち奔走していた直さんこと、手代木直右衛門が議事を進める。俺は容保さまの近臣扱いで上座の端に控えていた。


「もはや進退は極まった。このような有様になったのも容保様、そして重臣一同の責である。それがしは京都守護職をお引き受けになられた時も強く反対した! 京を守るため会津の領民は重税に苦しみ、今また、こうして官軍に蹂躙を受けようとしている。民に犠牲を強いてなんの主君か! 大名か! 」


 そう思い切った事を言うのは西郷頼母。ま、気持ちはわかるが今それを言ってどうする? 周りはそんな目をして誰も応じない。そして粛々と陣割を決めていった。

 萱野は桑名の二百人を率い敗兵をまとめる任を。西郷頼母は会津に逃げ込んだ水戸の残党百五十を率いて冬坂と言うところの守りに付く、そして本隊を率いるのは佐川官兵衛、容保さまも出陣し、督戦に当たることになる。


「新さん、無事で何より。」


「直さんも。頑張ったらしいじゃん? 同盟作るのに。」


「わしはそうしたことしか役に立てんからな。新さんや只三郎のように剣が使えれば今頃、」


「西郷頼母を斬ってた? 」


「はは、それは言うてはならぬ事よ。ともかくも殿の事、頼むよ? 」


「ああ、任せといて。」


「悪いね、幕臣の新さんにこんなこと。世が落ち着いたらうまい物でもおごるよ。江戸で。」


「楽しみにしてる。それじゃ! 」


 俺はシャツの上に朱染めの鎖帷子を着て、頭に容保さまからもらった羽飾りのついた帽子を被る。会津は北国とはいえ今は夏。コートは荷車に積み込んだ。容保さまが「土方に返してやれ」と俺に預けたコートと一緒に。その容保様は例の派手な鎖帷子の上に七分袖の白い練り絹の陣羽織。その右肩には青い腕章が縫い付けられていた。

 先鋒として佐川さんの隊が先に立ち、その後ろに俺たちが続く。その中には容保さまの弟、定敬さま、そして元老中の板倉さま、それに医師の松本良順先生もいた。そして護衛に就くのは年端も行かぬ白虎隊。会津もいよいよ窮してきたと言う事か。


「松坂、お主らが戦っている間にわしも自分の戦いを。宇都宮で得た物品は会津の商家、それにスネルとか言う異人に売りさばいた。ま、いくらか足元を見られても一万両じゃ。半分ずつとして一人五千じゃの。うっしっし。」


「すごいじゃん! さすが板倉さま! 」


「なんせ藩は借金だらけじゃ。わしをクビにしたことを後悔しながら苦しむとええ! わしはそれをしり目に優雅な余生を。」


「そうなんですか? 」


「どこも藩などそんなものだ。旗本とてそうであろう? 」


 まあ、男谷検校が旗本株を買い漁れたのはそのせいでもあるけれど。


「その借金の為、なりたくもない老中などを務めておったのだ。長岡藩の牧野殿もそうだがな。」


「ま、老中になればいろいろ利権とかありそうですもんね。」


「何を言うておる。そんなものはありはせん。田沼の失脚以来、幕閣はその手の事は厳禁じゃからな。松坂、お主は知らぬかもしれんが幕閣になるとな、幕府から金を借りれるのじゃ。」


「へー、そうなんですか。」


「もっとも出る分も多いがな、それでも急場は凌げたということじゃ。」


「なるほど、殿様ってのも大変なんですね。」


「そうそう、飯はまずいし。」


「へ? 」


「毒見された冷えた飯、しかもお代わりせねばどこか悪いのかと言われるし、おかずを残せば賄い方が叱られる。あっちもこっちも気を使ってばかり。ほんと、碌でもないもんじゃよ。大名ってのは。わしが思うに千石取りくらいの旗本が一番楽と思うがな。」


「俺も家禄は百俵、講武所教授の役で百俵で十分に贅沢できましたもん。見廻組与頭でさらに三百俵もらってましたし。」


「ま、お主は新規召し抱えだからの、親や祖先の借金もない。わしはな、男谷殿がうらやましかった。家禄は千石、役高でさらに千、下総守となられてからはさらに千。」


「確かに、親父殿の男谷家は金持ってますからね。検校殿の遺産もあるし、剣術道場の収入も。」


「それでいながら役目は軽く負担もない。ああいう旗本が一番恵まれておるの。」


 そんな話をしながら滝沢村というところに着き、そこに容保さまは本陣を置いた。



「申し上げます! 母成峠のわが方はすでに壊滅! 敵はじき、この滝沢まで! 」


 そんな報告を聞いた後、トシが単身で本陣にやってきた。シャツに黒のチョッキ姿のトシは必死の形相で容保さまに申し立てる。


「猪苗代の南の連中を回してくれりゃ、まだやれる! 会津候、どうか、その下知を! 」


「よい、土方、ご苦労であった。しばし体を休めよ。」


「けど! 」


「お前にはやってもらうことがある。まずは体を休め、気を落ち着かせよ。」


「はっ! 」


 トシが本陣を下がったので、俺もそれについて行く。


「なあに? また負けたの? 」


「はぁ? よくそう言うことが言えるな! てめえだって越後で負けてきたんだろうが! 」


「あれは負けじゃないの。撤退だからね? 長岡城は取られたんじゃなくて捨ててきただけ。あーあー、はじめちゃんは白河で大活躍したってのにお前ときたら。」


「お、俺だって宇都宮で活躍しただろ! 」


「足の指撃たれて痛いよーって、のは活躍って言わねえんだよ。」


「あーっ! あーっ! そう言う事言っちゃう? 」


「お前、疫病神じゃねえの? お前のいるとこはみんな負けって。」


「ちがうからね、俺はちゃんとみんなから認められてるからね。」


「ま、いいさ、お前が弱いのは知ってたし。で、これからどうなるの? 」


「うーん、あんましいい目は期待できねえだろうな。さっきはああは言ったが、今更湖の南の連中が来たとこで間に合わねえ。このまんま会津で籠城じゃねえの? 」


「籠城ねえ。」


「問題はだ。俺たちが城に籠ってる間に助けが来るかどうかだな。昔と違って今はあの大砲がある。城に籠ったところでそう長くは持たねえよ。白河でもそうだったらしいし、宇都宮でもそうだったろ? 」


「そっか。ま、それもいいじゃん? 」


「そうだな。せいぜい派手に暴れて死にざまを飾るってのもありだ。会津候の御為、ってんなら納得も行くしな。」


 差し入れられた握り飯を食い、茶を飲んで一服つけていると容保さまからお召しがあった。


「土方、お前は松坂と共にわしのそばに。最後に戦うならばみな一緒がよかろう。見廻組、新選組とお前たちとも長い付き合いであるからな。」


「「はっ! 」」


 八月二十三日早朝、ついに官軍はこの滝沢に姿を現した。佐川さん率いる先鋒は良く戦ったが多勢に無勢である。


「わしが前に出る、松坂、土方! 供をせよ! 」


「「はっ! 」」


 容保は馬を降り、俺たちを率いて前に出る。白虎隊の面々が緊張した顔で楽器を手に取った。


「撃て、撃てぇ! 」


 官軍の士官がそう叫び、俺たちに銃弾が降り注ぐ。そんななか、平然と容保さまは前に出て腕を差し上げるとパチンと指を鳴らした。

 パチーン、パチーン、と指を鳴らす音だけが響き、敵も味方も容保さまに注目した。そして容保さまは一枚の銭をピンとはじき、それを白虎隊の三味線を抱えた男がぱしっと受け取った。


「ワオ! 」


 容保さまが叫ぶと白虎隊が演奏を始める。みな、我に返ったかのように戦闘を再開した。容保さまは俺の被っていた帽子を手に取り顔を隠すかのようにそれを被る。得意のムーンウォークを披露しながらその帽子をスススッとさし上げた。


 そして強烈なレールガン。中指が使えない代わりに親指ではじき出されたそれは一撃で黒熊の薩摩の士官を撃ちぬいた。複雑で軽やかなダンスを披露しながら次々とレールガンを撃ちだしていく。時折股間を押えるセクシーなポーズも交えながら戦う容保さまは幻想的ですらあった。


「アニー! 大丈夫か! 」


 そう言いながらレールガンを放つ容保さまの左手には純白の手袋。


「So, Annie are you ok? 」


 と白虎隊たちがコーラスする。


「ユーヴビーンヒットバイ! 」


「You've been hit by! 」


「スムースなクリミナル! 」


 とどめとばかりに強力無比なレールガン。容保さまの親指の爪もそこで割れた。


「フゥー! 」


 そう言って容保さまが決めポーズをとった時、官軍の兵はすでに逃げ散っていた。


 すべてをやり切った、そんな顔でステージ、いや、戦場を後にする容保さまは俺の頭に帽子をのせ、トシにはめていた手袋を授けた。


「松坂、そして土方。わしは城に籠る。お前たちは定敬を連れ仙台に赴け。仙台には援軍を求めよ。」


「兄貴! 俺も、俺も残って戦う! 」


 そう言った定敬さまはゴールドフィンガーを食らいその場に倒れこむ。


「よいな? ここからはお前たちの戦いである。存分に働け! 」


「「はっ! 」」


 俺とトシは涙ながらに頷いた。容保さまは覚悟を決められた、そう言うことだ。


「いろいろあったがわしも幸せな人生よ。ではいずれ、また。」


 容保さまはそう言い残し、軍をまとめて引いて行った。俺たちはトシと共に、定敬さま、板倉さま、そしてついてくると聞かなかった松本良順先生を連れて会津を発った。


 その途中、檜原と言うところで大鳥さんたち伝習隊と合流する。うちの隊に伝習隊、それにはじめちゃん率いる新選組もここに来た。


「はじめちゃん! 」


「新さん! 」


 はじめちゃんと俺は互いの無事を祝い、そこでいろんな話をした。


「僕はね、本名が山口次郎。ほら、前に言ったでしょ? 人殺しちゃったって。その時に斉藤一って名乗ったんだ。でもね、死ぬ時ぐらい本名で、そう思って名乗りを変えたの。」


「そうなんだ。でもさ、はじめちゃん、男谷の男はそう簡単に死んじゃダメ。」


「うん、わかってるよ。それにね、新さん。僕は会津で好きな子が出来たんだ。」


「へえ、いいじゃん。うまく言ってんの? 」


「うん、気の合う子でね。世が落ち着いたら一緒になろうって。その時は新さんに仲人を。」


「もちろんだよ。全部終わったら江戸に。律っちゃんがみんなの暮らしが立つようにしてくれてるはずさ。それにね、俺も結構稼いだし。江戸で暮らすに不自由はないさ。」


「うん、そうする。だからね、新さん。僕は会津に残る。好きな子を守れなきゃ男谷の男は名乗れないし、お姉ちゃんに叱られる。」


「あはは、そうだね。大丈夫、またきっと会えるさ。」


「もちろんだよ。新さん、だから会津候の事は任せておいて。僕が。」


「うん、はじめちゃんが居てくれるなら安心だよ。」


「そっちも土方さんってお荷物がいるけど頑張ってね。」


「ああ、あいつもあのお琴って女と添い遂げさせなきゃな。なんせ俺は仲人だし、夫を死なせちゃ面目が立たないからね。」


 はじめちゃんは同じく会津に残ると言った十二人の隊士たちを連れて鶴ヶ城に、トシは荘内藩にも援軍を頼みに行くと単騎で北に向かう。そして俺たちは米沢を抜けて仙台に。ところがその米沢藩は官軍への恭順を決め、トシの庄内行きは許されず、俺たちも追い払われるように白石を抜けて仙台に向かった。


 仙台に入ったのは九月の頭。そこには幕府の軍艦を八隻もかっぱらってきた榎本釜次郎がいた。


「エブリバディ、久しぶりなんだよね。これからはミーとトゥギャザーしようぜ? 」


 相変わらず日本語が不自由。イラっと来るが、トシは案外平気なようでなんだかんだと榎本と語りだす。


「お前さぁ、よくあんなのと普通に話せるね? 」


「あ? 別に榎本さんは普通だろ? 異国帰りで頭もいいし。」


「うざくね? あ、お前もうざいから気が合うのか。」


「えっ? 俺ってうぜえの? 」


「ま、いいや、あいつとの話はお前に任せるから。うまくやれよ? 」


「ちょっと待てって、俺うぜえの? 」


 仙台藩はまだまだ健在、それにこの榎本艦隊。まだまだやれる。そんな気がした。


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