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 宇都宮城を落とした翌日、大鳥さんの本隊、それに永倉新八ら、遅れて参加した諸隊、それと脱走兵を捕まえて、それを配下に収めた今井さんたちが宇都宮城近くの壬生城を攻めた。連戦連勝、勢いに乗る旧幕勢は激しく攻め立て、相当の被害を与えたものの、豪雨に見舞われ、宇都宮城に退却する。中でも大川さんは獅子奮迅というかやりたい放題。退却時に官軍を装い、土佐の陣地から馬や武器などをかっぱらってきたそうだ。


「新さん! 」


「今井さん、元気だった? 」


「ええ、私は、それよりその頭は? 」


「ははっ、洋服に講武所風は似合わないからね。」


「なるほど、それでですか。」


「ま、これからはまた一緒さ。」


「はい、私も皆に負けぬよう励みます。」


 俺が今井さんと再会を喜び合っている中、トシは永倉と難しい顔で何やら話し合っていた。


「ねえ、どうしたの? あいつ。」


「ああ、もう新選組には戻らねえとよ。原田は江戸に残ったらしい。」


「ふーん、別にいいじゃん。」


「まあ、そうだがな、寂しいもんさ、もう古株は俺と斉藤だけ。あとはみんな死んじまったり、永倉のようによそに行ったりだ。」


「その古株の半分くらいはお前が切腹させたんじゃね? 」


「はは、そうだったな。だが俺には旦那がいるし、斉藤もいる。情けねえ面さらしちゃ腹切らせた奴らに申し訳もたたねえな。」


 少し、寂しそうな顔をしてトシは広間に向かっていった。雨が上がれば官軍からの反撃もあるはずだ。それの対応を話合うらしい。今井さんも古屋と共に捕まえた幕府歩兵、第十一、十二連隊の将として会議に参加。俺は形式上トシの配下になるので板倉さまとうちの連中とで座敷でごろごろしていた。


 そこに意外な人物が顔を出す。


「あれ、良順先生じゃん。なんでこんなところに? 」


 それは医学館の松本良順。俺といくつも年の変わらない男だ。


「ははは、勝先生にも止められたのですけどね。こっちのほうが面白そうで。一応幕府にも恩義がありますからな。」


 この旧幕勢に参加する者は三通り、一つは官軍に捕まれば処断される者。そしてもう一つは大鳥さんたちのように義憤から官軍に抵抗するもの。そしてもう一つがこの良順先生のように、人生により強い刺激を求めて、と言うわけだ。

 そして俺は、やるべきことを果たすためにここにいる。男谷の男として納得のいくまで戦いたい。幕府には義理もあるし、義憤だってないとは言えない。人生に刺激を、と言う気持ちがないかと言われればそれもある。

 前にトシが言っていた。己の血を燃やし尽くしたいと。俺もトシに近い気持ちなのかもしれない。


 慶応四年、四月二十三日朝、官軍の攻撃が始まった。俺たちはトシ、そして桑名の立見さんたちと共に城の南方、松が峰門を守備した。

 わずかな数しかいなかった宇都宮藩兵と違い、こちらは三千近くいる。しかもほとんどが洋式調練を受けた伝習隊に幕府歩兵。武器だって充実していた。それが城に籠っているのだ。攻め寄せる官軍の兵は次々に撃たれていった。


 だが朝九時を過ぎたころ、黒熊を頭に乗せた薩摩兵が大砲をもってやってくる。壬生城からの道に配してあったこちらの兵は次々と大砲の弾に追われるように逃げてきた。

 そして薩摩兵は西の丸攻略を目指し陣を敷く。ドンドンと大砲が打ち鳴らされて、城壁が砕かれる。しかしそこを守備していたのは大鳥さんの本隊。果敢に打って出て薩摩兵を押し戻し、さらに追い打ちをかけていった。


「かぁ、大したもんだね、伝習隊ってのは。」


「そうだな、武器が同じならあとは調練の差、って訳だ。伊達にフランス士官に直々に仕込まれたわけじゃねえな。」


 俺とトシは高みに上がってそれを見ながらそんな話をしていた。午後になるとまた状況が変わってくる。薩摩の援軍が俺たちのいる城の南側に攻め寄せたのだ。それに昨日大川さんに散々な目にあわされて出遅れた土佐の兵も合流した。とはいえ鉄砲の打ち合いでは俺たちの出番はなく、一郎と敏郎が楽しそうに鉄砲を撃っているだけ。


「旦那、機を見て切り込むぞ? 」


 トシのそんな言葉に出番を待ちかねていた俺たちがうずうずしながら城門の前に集まった。


 ぎぎっと門が開くとトシの合図で俺たちは一斉に突撃する。俺は銃口を向ける土佐兵を指弾の一撃で打ち倒し、何が起きたかわからずにうろたえる隣の兵を袈裟懸けに斬った。


「コロース! 」


 そう言って安次郎達が次々に血煙を上げていく。乱戦ともなれば鉄砲は使えない。剣であれば俺たちが劣る要素は何一つない。トシも新選組の隊士、数人と共にそこに加わる。新選組のやり方は相も変わらずフルボッコ方式。一人を多数で囲み切り刻んでいくのだ。逆を言えば、一刀の元に斬り捨てられるだけの腕がない。


 夢粋の刀は相変わらず手になじむ。重さと言い、切れ味と言い、実に快いのだ。俺はふと思い立ち、刀を鞘に納めて脇差を抜いた。

 この大慶直胤の脇差は親父殿が文政の頃に兜を立ち割った刀を磨りあげて脇差にしたもの。その分柄が短くて、脇差にしてはずっしりとした重みがあった。それをひゅっと片手で薙ぐとそこにいた土佐兵の頭が半分、すっ飛んでいった。


 その切れ味、そして腕に伝わる快い感覚に俺は思わずニヤリとしてしまう。すっかりその感触の虜となった俺は片手斬りで次々を官軍の兵を斬って進む。官軍の兵は近代兵装、つまり鎖なんかは着込まない。しかも庶民に鉄砲を持たせているのである。剣術の心得などあるはずもなかった。

 据えもの斬りのごとく斬り進み、赤熊を被った将校を切り伏せると土佐兵は波の引くように引いていった。俺はその赤熊を拾い上げ、坊主頭に乗せてみた。


「旦那、遊んでる場合じゃねえ、俺たちも引くぞ。」


 と、その時、薩摩の陣地に並べられた大砲が次々と火を噴いて俺たちのいるところに着弾する。


「うっわ、やっべえ、引け! 引けえ! 」


「うっひょー! 」


 トシの号令で大慌てで城に帰った。幸いなことに誰も負傷しなかったが大砲をああも並べられてはこちらもやりようがない。トシはそれでも桑名の銃隊を率いて前線で指揮を執っていたが足の指を撃たれて運ばれてきた。


「痛ってえ! マジ痛え! 」


「何、歩けないの? 」


「鍛錬が足りぬからそうなる! 」


「そうだ、土方! 貴様は鍛錬が足りん! 」


「あ、うん、そうですね。俺はちょっと鍛錬が足りねえみてぇだ。ははっ。」


「もう、しょうがないな。お前は先に下がってろよ。あ、うちの荷車と板倉さまもよろしく。」


「わりいな、旦那。」


「いいさ、居てもいなくても変わんないし。お前は弱いからな。」


「ひっでーの! 」


 トシは新選組隊士に肩を借りて北から城を脱出した。


「伝令! 伝習隊本多隊長、背中を撃たれ前線を離脱! 城を捨て日光まで下がれとの事です! 」


「あちゃあ、どうすっかな、これ。」


「松坂さん、どうしますか? 」


「うーん、立見さんたちも引いて。ここは俺たちが時間を稼ぐから。」


「ですが。」


「城内に引き込んじゃえば鉄砲も大砲を使えないだろ? となれば俺たちの出番さ。」


「ではお任せしますね。」


「ああ、任せといて。」


 立見さんたちが引き、南側に残るのは俺たちのみ。西側も撤退を開始したようだ。そうなると当然正面の土佐兵たちは追撃に出る。俺たちはわずか二十五名。五名ずつ五つに分かれ物陰に潜んだ。


「狙うは赤熊をつけた士官のみ、あとは放って置いていい。」


 そう指示を出して土佐兵を待ち受ける。わぁぁ!と声を上げて兵たちがなだれ込む。その後から偉そうに赤熊を被った男が歩いてきたので城門近くに潜んでいた俺は走りこんでそいつを斬った。ついでに数人、その周りにいたやつらを斬り捨てると、先に乗り込んできた兵士たちはうわぁぁ! と声を上げて逃げ出していった。

 次の奴は慎重にあたりを伺い、兵に囲まれて入ってくる。なので最後まで入ったところで四方八方から飛び出して斬り立てる。数こそ多いとはいえ、狭い城内では鉄砲は使えない。そして兵たちは庶民、刀を抜いても役には立たないのだ。


 赤熊の首を獲り、それを外に思い切り投げてやると土佐兵たちは大きく後退、代わりにガンガン薩摩の大砲が撃ち込まれる。そうなってしまえば壁に身を隠そうが、建物の裏に隠れようが意味はない。俺たちは頭を抱えて北に下がっていった。


「あ、松坂さん! 」


 そこにいたのは大川さん。西のしんがりを請け負ったはいいがやはり大砲を撃ち込まれてここまで下がってきたのだという。


「明神山までは奪い返したんですけどね、この有様ですよ。」


「俺たちもさ、土佐の赤熊を二つ三つ討ち取ったはいいけど、大砲撃ち込まれちゃどうしようもなくてね。」


「まあ、ここも潮時なんでしょうけど、一日で落とされるってのは面白くないですよね。」


「だよね、でもさ、どうする? 下手に籠っちゃそれこそ脱出できなくなるし。」


「そうですよね。どうです? そろそろ日も暮れるしこっそり薩摩の陣の後ろをとっちゃ? 奴らの物資を奪うなり焼くなりすれば気も晴れるって事で。」


「いいねえ。」


 城内には牽制の為、鉄砲隊を一隊のこし、俺たちは暗闇に紛れて外に出る。そして俺はさっき奪った赤熊を頭に乗せ、堂々と皆を引き連れ薩摩の陣の後方にでた。


「こいは土佐の方々。なんぞ用でも? 」


 荷車を見張る番兵がそう言ったので返答変わりに斬り捨てた。


「撃て撃て! 」


 大川さんがそう指示をだし、無防備な薩摩の陣を後ろから撃っていく。そして糧秣に火をかけ、大砲を奪い、それを南の薩摩の援軍の陣に向けて発射する。


「あかん、あかんでぇ! 痺れるような快感や! こないなことはやったらあきまへんなぁ! 」


 一郎はそう言いながら大砲を次々と発射、そうなると向こうからも大砲の弾が飛んでくる。


「こんだけやれば十分でしょ。私たちも引きますか? 」


「そうだね。」


 城に籠っていた連中と合流し、北へと引いていく。薩摩の大砲は互いの陣地に容赦なく撃ち込まれていた。


 二十五日、日光に着いた俺たちはなぜかそのままそこを過ぎて今市を北に上がり、五十里いかり宿と言う温泉場で会津藩兵と合流した。負傷したトシはそのまま会津の城下まで送られたらしい。


「あーいいね、温泉って。」

 

 食べ物こそ田舎臭いものだったが温泉は実に快適。あてがわれた宿で今井さんや立見さん、それに大川さんたち、旧知の人と湯につかる。


「でもさ、なんで日光で戦わなかったんだろ。」


「新さん、日光は徳川の祖、神君家康公の御廟所ですからね。あそこを戦火で焼かれては武士、と名の付くものは官軍には降れません。それこそ徹底的に、と言う事にもなりますから。」


「そうですね、今井さんの言う通りですよ。私たちは幕府、そして桑名の意地を示すために戦ってる。この国を損なうつもりはありませんから。」


「立見さんの言うように私たちは戦いたいから戦ってる。上の人がどうお考えかは知りませんけど。国を損ねない、それが暗黙の了解って奴でしょうね。」


「あはは、それじゃ、俺たちは狂人の集まりって事だ。」


「そうですよ、新さん。私たちは狂人。ですから命を懸けたこの祭りを存分に楽しまなければ。」


「ま、楽しみは多いほうがいいもんね。」


 そういうとみんなニヤリと笑って頷いた。



 湯から上がって部屋に戻ると俺も認める真の狂人、安次郎をはじめとしたうちの連中が敷かれた布団のうえに座りニヤニヤと妻からの手紙を眺めていた。


「ふう、お待たせしました。」


「うむ、なら次は俺が。」


「なんやの、ほんま、たまらんのやけど。」


 その文句を言い立てる一郎は宇都宮で手に入れた春本をめくっていた。


「あかん、こんなんやったら僕の右手が暴れてまう! 」


 一郎はその春本では納得がいかないようだ。


「一郎さん、俺の佐紀からの手紙、見せてあげましょうか? 」


「いらんわ! でも、ちょっとだけ。」


 ふう、と次の隊士が厠から戻ると一郎はすかさず厠に駆け込んだ。そしてしばらくして、ふう、と戻ってきた一郎は実にさわやかな顔をしていた。


 やっぱり、リアリティって大切だよね。


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