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 俺たちがトシたちと共に大阪城に入ったのは翌日、一月七日。ここで驚くべき報せを受けた。


 将軍慶喜公、会津中将松平容保、桑名藩主松平定敬の兄弟と側近を連れ、本日未明、幕府最新鋭艦の開陽丸にて大阪を脱出、江戸に向かったとのことである。


「はぁ? 」


 大阪城の二の丸の一室に詰め込まれた俺たちはその報を聞いて愕然とした。ここには武器もあれば兵糧も、金もある。それに兵数だって新政府軍に劣らない。ましてや天下の堅城、勝機は十分にあった。

 だが将軍は脱出、それに容保さまや定敬さま、それに老中方まで連れていかれては大将を務めるものが

誰もいない。


 ちなみに只さんたちはここでは十分な手当てを受けられぬ、と紀州に向かったらしい。只さんの不在で見廻組最上位となった俺は今井さんを連れて軍議に参加した。


 老中格、大河内豊前守を中心に、会津藩軍事総督の神保修理、そのほか各藩兵の代表や新選組の近藤さんやトシ、それに上役である見廻役の岩田織部正たちもいた。

 そしてそこにもう一人、切なげな顔でいたのは、開陽丸艦長、榎本釜次郎。なんとこの人、艦長なのに慶喜公たちに勝手に船を出され、置いていかれたのだと言う。


 ちなみに直さん、手代木直右衛門は只さんたちと、すでに紀州に移動していた。


「ここは我らのみであっても抗戦を! 」


 近藤さんが鬼瓦のような顔でそう捲し立てる。それに見廻役の岩田織部正が追従した。基本的に戦いに参戦していない連中は主戦論だった。


「そのことはもう何度もはかったであろう? 近藤。慶喜公が大阪を去った、つまりこれが結論じゃよ。」


 老中格の大河内豊前守はそう言って主戦派をなだめる。


「それに、これ以上抗っては後々の御処分にも影響しよう。」


 そう言ったのは会津の軍事奉行添役、神保修理。この人の頭の中ではもう、幕府は負けたことになっているらしい。その発言が火種となって実際に戦ってきた連中から非難の声が沸き起こる。


「とにかく! 大阪城は開城する。これは慶喜公のご判断であらせられるぞ! 」


 老中格、大河内豊前守がそう怒号を発すると一同は不承不承ながらも沈黙する。引き渡し役は目付の妻木伝蔵と決まり、諸藩の兵は国元に、俺たち幕臣は大阪に残っていた船で江戸にもどることになった。


 さて解散、と言うときになって哀れな男、榎本釜次郎が口を開く。


「リトルウェイト! 大阪キャステルにあるウエポンズ、弾薬、物資、パブリックゴールドをどうするつもりなんだよ? 」


 榎本は異国留学帰りの英才、その影響か、日本語が不自由になってしまったようだ。居並ぶ一同はもれなく「うっぜー! 」と言う顔をしていた。


「あ、うん、その辺は貴殿に任せるから、うまくやって。」


 大河内豊前守はそんな投げやりな返事をして席を立った。


「新さん。」


「うん、これは重要な事だからね、ぜひともお手伝いを。」


 俺と今井さんは即座に席を立ち、榎本に手伝いを申し出る。上役の岩田織部正が不安そうな顔で見ていたが知った事ではないのだ。


「んじゃ俺も。」


 そう言ってトシもそこに加わった。ぷんぷんと金の匂いがする。俺たちの嗅覚は正確にそれを捉えていた。


 榎本の指揮の元、俺たちは次々と大阪城の蔵を開け、中の物資を富士山丸と言う船に運び込む。何しろ榎本には数名の配下しかいない。俺たちとトシの連れた新選組が居なければ何もできないのだ。


「ほら! 金は後! まずは武器と弾薬ね。次は兵糧だから! 」


「そうだ、金は積んでても邪魔んなる! 俺たちの所にもってこい! 」


 途中で岩田織部正がやってきて、そんなに物資を積み込んだら人が乗れなくなる、と苦情を申し立てた。


「知るか! 歩いていけ! 今忙しいんだよ! 」


 俺がそう言い放つと岩田織部正は寂しそうに帰っていった。


「松坂サーン、これじゃパブリックゴールドを全部は積み切れないよ。」


「えーそうなの? 困ったなあ。ちなみにどれくらい? 」


「サウザント両ボックス四つね。」


 そんなもんどこにでも積めるだろうが船に詳しい榎本が積めないというのだ。仕方がないよね。


「んー、とはいえ新政府に渡しては幕臣の名折れ。ここは俺たちが! 」


「だな。これはやむおえねえ。」


「ですよね。」


「エブリバディ、リトルだけよ? 」


 結局榎本、トシ、今井さん、俺で千両箱一つずつ頂くことにした。うん、これはやむおえないよね。


 岩田織部正は配下の見廻組と共に紀州に出発、そこで船を探すという。とはいっても全員ではなく、京で募集したこちら生まれの面々は残る事に決めたらしい。うちの一郎は普通に俺についてくるようだ。


 新選組と榎本は富士山丸、俺と今井さん、そしてその配下の連中は順動丸と言う外輪式の蒸気船に乗り込んだ。俺の所の臙脂羽織の二十五人、それに今井さんも隊士三十を連れていた。


「新さん、やりましたね。」


「うんうん、この先どうなるかわからないからね。お金はしっかりと確保しておかないと。」


「ですよねー。」


 大阪を出港した順動丸には他にも遊撃隊の連中も乗り込んでいた。その中に、かつて講武所で一緒だった伊庭さんのせがれ、伊庭八郎もいた。


「父からお二人の話はよく、榊原先生からも。」


 伊庭八郎は今井さんよりいくつか下の二十四歳。礼儀正しい若者だった。今井さんは今年二十七、そして俺は三十五になっていた。そして伊庭さんの父、伊庭軍兵衛は安政のコレラ騒ぎで亡くなっていた。


「ま、いろいろあったけどまだまだこれから、頑張ろうね。」


「はい! 私は奥詰の武士、遊撃隊の一員として最後まで! 」


 その目は完全に理想と正義に燃えていて、俺と今井さんはあまり彼に近づかないように決めた。


 さて、その順動丸は平穏な航海を続け、紀州の南部、橋杭港近くまでやってくる。そこで、小舟に乗った幕軍残党を拾い上げて一月十二日、品川に着いた。そこで数日宿を取り、後から来るトシの乗った富士山丸を待った。

 十五日に富士山丸は品川に到着、新選組もしばらくはそこに留まるのだという。なので俺たちは何かと忙しそうなトシを引っ張り出し、律の待つ多摩に向かう。新選組は近藤さんがいるし、こっちは今井さんが残った。そして俺の隊とトシ、それにはじめちゃんで多摩に向かう。


「旦那、俺もいろいろやることあんだけど。」


「んなもんは近藤さんにさせとけばいいだろ? 俺たちの妻女はみんな多摩にいるんだから。」


「そっちは放って置いても大丈夫だって。ま、仕方ねえか。」


 やれやれ、と言った顔でトシは俺たちを多摩に案内する。うちは一郎と敏郎の童貞コンビ以外はみんな家族持ち。ともかく顔を合わさねば次のことなどできやしないのだ。


「ね、ね、新さん、奥方様に会うの、久しぶりだね。僕も楽しみ! 」


「はじめちゃん、それだけじゃないよ? 仲人としてトシの嫁にも顔を合わせとかなきゃ。」


「いいや、それは完全に大きなお世話だから! 余計なことすんなよな! 」


「へえ、土方さんの奥さんかぁ、ならしっかり挨拶しとかなきゃね。」


「斉藤、おめえまでつまんねえこと言うんじゃねえよ! 俺はね、お琴には指一本触れてませーん。坂本とは違うんだよ! 」


「あ、そっちもあった! さなの所にも顔を出さないと。ね、トシ。」


「なんで俺が! 」


「だってー、婚約者の龍馬斬っちゃったんだし。けじめをつける的な? 」


「ふっざけんな! 俺はなんもやってねえよ! 」


「世間じゃ新選組が犯人だって言ってるもん。ねえ、はじめちゃん? 」


「そうだよね。原田の鞘が残ってて、下駄も新選組に貸したものだったって料亭の証言も。ほんと非道な連中だよね。」


「おめえはその新選組! 中でも一番えぐいことしてるの! 」


「まあまあいいじゃない。どっちでも。」


「よくねえから言ってんの! 」


 多摩に着いたのは夕方。先ぶれを出しておいたのでトシの親族や律、うちの隊の妻女たちが盛大に出迎えてくれた。


「新九郎さま! 」


 律が俺に抱き着き、他の妻女もそれぞれの夫に抱き着いた。


「なんや腹立たしい光景や。」


「そうですよね。すっげーむかつく。」


 童貞の二人がそんなことを言っていたが気にしない。俺は律に連れられて佐藤彦五郎の屋敷に入った。


「いろいろお世話になって申し訳ありません。」


 そう言って頭を下げる。本気で助かったし、感謝してる。律たちは無事、そう思うからこそ全力で戦ってこれたのだ。負けたけど。


「いいえ、どうぞ頭をお上げなすって。松坂様。うちの歳三が昔っから世話になりっぱなしで、こっちこそ。今まで顔も出さずに失礼を。それに、松坂様のおかげで、土方の家も薬が売れて助かってるんですし。」


 そんなやり取りがあってすっかり打ち解けた俺たちはすぐに酒宴となった。そこには盲目のトシの長兄為次郎や、家を継いだ次兄の喜六なども居て、それは大いに盛り上がった。


「いやぁ、松坂様、そう、そうなんだよ! おいらは歳三がね、ずっと不憫で! 」


 盲目の為次郎はもう五十過ぎ。だが、体格はよく、元気そのもの。目が見えないのにあちこち動き回り、平気で川を越えたりもするという豪傑だ。


「ですよねぇ、やっぱりここはしっかりと嫁取を。俺はね、為次郎さん、トシぐらい立派な男なら嫁は二人ぐらいいてもいいと思うんですよ! 」


「かぁー、流石松坂様、話が分かるねえ。おいらもそう思ってたんだ。だろ? 彦。」


「為さん、もう、酒はほどほどにしとかねえと。」


「そうだぜ、兄貴。悪酔いしちゃ後に響く。」


「うるせえ! おいらは酒ぐれえでやられるほどやわじゃねえんだ! 」


 ぐでんぐでんに酔っぱらった為次郎さんは弟の喜六さんとトシに抱えられて家に帰った。


「はは、為さんもよほど嬉しいんだろうさ。なんたって松坂様は天下の剣聖、男谷精一郎の娘婿だ。そんな松坂様と田舎もんの俺たちがこうして酒を、くぅぅ、泣けてくるねえ! 」


「はいはい、あんたもちょっと飲みすぎだよ。」


 佐藤彦五郎はトシの姉であるその妻、のぶに抱えられていった。


「新九郎さま、私たちもそろそろ。」


 律に手を引かれ、寝泊まりしているという離れに向かう。


「あー、マジであかん、憎しみで人を殺せそうや! 」


「まったくですよ! みんな死ねばいいのに! 」


 童貞たちの叫びを聞きながら廊下を歩く。相変わらず嫉妬の波動が心地よい。



「新九郎さま? わたくしがおらぬ間に、その。」


「あはは、俺には律っちゃんがすべてだよ。」


「うふふ、嬉しい! 」


 今日の哲学のテーマは久方ぶりの愛。久方ぶりなので討論はぎこちなかったがそれが新鮮でまたいいのだ。


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