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 正月二日、大阪城を出陣した俺たちは、その日、淀で宿泊する。淀城主は江戸の薩摩屋敷を焼いた老中稲葉正邦だ。ある意味一番信頼できる藩である。

 ちなみに俺たち見廻組は総勢六百。内、四百が今回出陣した。残りの二百は岩田織部正につけて大阪に残してある。与頭は只さんと俺、後は大阪だ。なので今井さんや渡辺吉太郎といった肝煎にも隊士がつけられそれぞれ百人ほどの部隊となっていた。うちはいじるなと常々只さんに言ってあるので二十五人のまま。肝煎の渡辺一郎も俺についたままだ。みな、鎖帷子の上に、臙脂の羽織をつけていた。


 三日、旧幕府軍は俺たち見廻組を先頭に鳥羽街道を北上。下鳥羽から赤池というところまで来ると関が設けられていて、そこで薩摩藩兵の誰何すいかを受けた。


 こちらは只さんと早之介たち供回りが前に出て黒熊こぐまを被ったの薩摩の士官と話をした。黒熊というのはヤクという生き物の尾で、昔で言えば唐頭。兜の飾りに用いられた。それをカツラのようにしてかぶっているのだ。

 その士官との話は一向にまとまらず、俺たちもいい加減飽きてきた。この隊には俺たちのほか、桑名藩兵、それに幕府歩兵隊なども居て中には知り合いもいた。幕府歩兵指図役の大川さんもいたし、桑名藩兵の中には立見さんもいた。縦隊のまま体を休める兵たちの間を縫ってあちこちに顔を出す。そして今井さん、大川さん、立見さんとその辺で座り込んで話し出した。


「もうさ、只さんもきれいごとが好きだからねぇ。今更話し合いもヘチマもないだろうに。」


「そうですよね、新さん。あの人、すぐ体面とかにこだわるし。」


「松坂さん、ちょっと行ってきたらどうです? 私も待ちくたびれました。」


「そうですよ! こっちは数だって多いんです。一気に攻め込んで二条の城、それに所司代屋敷を取り戻さねば! 」


「立見さん、それってもしかして? 」


「な、なんですか! 」


「人に見られたくないものを置いてきちゃったとか? 例えば本とか。」


「ば、ば、バカなこと言わないでくださいよ! そ、そんなはずないですから! 」


「若いですからね、立見さんも。」


「ええ、滾る思いって奴でしょう。」


「ちょ、ちょっと! 違うって言ってるじゃないですか! 」


「そういえば立見さんっていくつ? 」


「二十三ですが? 」


「まさか、童貞って事はないよね? 」


「ど、ど、童貞ちゃうわ! いい加減にしてくださいよ! 松坂さん! 」


 すっかりむくれた立見さんを置いてとりあえず只さんのところに向かう。只さんは粘り強く交渉していたが薩摩の士官は首を横に振るばかりだ。


「ああ、新さん。どうしてもだめだっていうんだよ。」


「あきらめて戻っなち。かからんなか事言うても通らんもんは通らん! 」


「あー、別にお前の許可いらないから。」


 薩摩の士官の舐めた態度が気に入らなかった俺はその横っ面を張り倒し、踏みつけてその頭から黒熊をはぎ取った。


「どう? 似合う? 」


 それを被って只さんに感想を聞くと、只さんは口をパクパクとさせ、俺の向こうを指さした。


「な、なんをしよんじゃ! 」


 この士官の部下らしき男が震える手で小銃をこちらに向けた。そしてパーンと運命の一発が放たれた。その弾は俺の陣羽織をかすめていった。


「う、撃ちやがった。」


 只さんがそう漏らした時にはもう遅い。「コロース!! 」と叫びをあげたうちの隊が斬りこんでいった。そして今井さんも遅れじとそれに続き、只さんの本隊も周りに集結した。


「突っ込めぇ!! 」


 只さんの号令が下り、見廻組が突入する。そのあとにムッとしたままの立見さんたち桑名藩兵が続き、最後に大川さんが笑いながら俺を見て幕府歩兵と共に戦闘に参加した。


「お、おはん、何したかわかっちょう? 」


「はは、撃ったのはそっちだからね。んじゃ今からは戦争で、あんたは手柄首って訳だ。」


 そういって俺は踏みつけた士官を刀で刺した。


 戦闘は当初こそ有利に運んだが薩摩藩兵が体制を整えだすともういけない。何せ小銃の数が違うのだ。雨のように弾丸が降り注ぎ、先陣を駆けたうちの連中と今井さんたちはいつの間にか俺と共に物陰に隠れていた。


「ま、我々は十分働きましたしね。」


「ですな、今井さん。」


 今井さんと安次郎はそう言って竹筒に入れた水を飲んだ。


 その物陰から顔を出しつつ一郎と敏郎が小銃を撃っていた。一郎は刀から大砲、それに小銃までなんでも使いこなせるし、刀はからっきしの敏郎は小銃の扱いは長けていた。


「先生、そろそろ潮時ちゃいますか? 日も暮れてきたことやし。」


「そうだね。敏郎、各隊に伝達を。」


「はいっ! 」


 うちに関して言えば死者も負傷者も出なかったが只さんの本体は結構な被害。向こうには長州兵の増援も来て結局その日は下鳥羽まで下がった。伏見からも伝令があり、会津藩兵、新選組が守る伏見奉行所は炎上。やはり後退を余儀なくされたと言う。


 一月四日。下鳥羽から再び北上するも、薩長の銃撃に阻まれ苦しい戦いが続く。何しろこっちは銃の数が決定的に少ないのだ。うちの隊は一郎と敏郎のもつ二挺のみ。逆に敵方はほとんど小銃を持っていてそれこそバンバン撃ってくる。俺たちは家の陰に身を潜めているしかなかった。


「あかーん、もう弾切れや。」


「俺もです! 」


 そんな二人をよそに、俺たちは住人が逃げて空き家になった家から餅を見つけ、物陰で七輪で焼いていた。


「ご苦労さん。ほら。」


 そう言って餅を手渡してやると二人はうまそうにそれを食った。


 昼を過ぎたころ、只さんから撤退命令が出た。こちらは大変な損害で、桂早之介、はいいとしても、古い顔なじみの渡辺吉太郎も戦死していた。


 ぐっと唇を噛みしめ、淀方面に引いていく。その途中、富ノ森と言うところで休憩したが、夕方になると薩長、いや、新政府軍の追撃にあった。


「只さん、正面は任せる。俺たちは川を渡って左の竹藪に。」


「うん、頼むね、新さん。」


 只さんの所から銃弾を分けてもらい、竹藪に潜んだ。正面には桑名藩兵も幕府歩兵もいる。彼らが撃ち合いを始めたころ、横から銃撃を見舞ってやった。突然の伏兵に驚く新政府軍。その機を逃さずに突撃する。


「続けぇ! 」


「「コロース!! 」」


 俺たちが切り込みをかけると正面で戦っていた本隊も突入を開始、さんざん打ち破って只さんたちが士官の首を二つとった。


 その夜俺たちは土を詰めた樽を大量に用意して富ノ森に陣を張る。ここはすぐそばを宇治川が流れ、向こうからは桂川。もう少し下流で合流し、その先には淀城があった。そして淀城寄りの千両松では伏見から引いてきたトシたち新選組と会津藩兵が陣を張る。


 五日、相変わらず苦しい戦いが続くが、大きく負けたわけじゃない。その証拠に見廻組、桑名藩兵、それに幕府歩兵の士気は高く、夜陰に紛れて逃げ出すものも、敵に背を向けるものもいなかった。とはいえ、ほぼ銃撃戦。刀しか使えない俺たちはやることがないのだ。

 近くの民家から干し柿を取ってきてそれを口にする。パンパンという乾いた音と煙硝の匂いにむせた。


 俺たちは一塊ひとかたまりになって座り込み、煙草を吸ったり干し柿を食べたりだ。一郎と敏郎は俺たちの分まで働いてくれていた。

 その富ノ森の陣地も昼頃には撤退。淀城に籠城か、と思いきやその淀城が俺たちの入城を拒んだ。


「ねえ、どういうこと? 」


「なんかね、東寺に錦の御旗が掲げられたんだって。」


「何それ。」


「つまり薩長は官軍で俺たちは朝敵って事みたい。ははっ。んでね、淀の留守居役は朝廷に逆らうのはちょっと、って。」


「朝敵ねえ。いいじゃん、別に。一戦勝てば潮目も変わるさ。」


「うん。」


「でもさ、淀城の対応はよくないよね。一郎! 」


「はい。」


「淀の城下に火をかけちゃおう。あんまり舐められんのも好きじゃない。」


 俺がそう言うと、その場にいた立見さんや大川さんも、いいねえ、と賛同してくれた。只さんは渋い顔をしていたがどうでもいい。俺たちは手早く持ち場を決めて火をかけた。


「よう燃えとりますぅ! ほんま裏切りはあきまへんなぁ! 」


 一郎が楽しそうにそう叫ぶ。紅蓮の炎が淀の町を包んでいた。


 その日は結局橋本宿まで引いた。ここを抜かれればいよいよ大阪城で籠城となる。だがここは東に男山、西に淀川、南に小浜藩が守備する楠葉台場があって守るには理想的、さらに淀川の対岸大山崎には津藩が千の兵で固めていた。トシたち新選組が土を詰めた樽を並べ、陣地を構築。俺たちは交代で数日ぶりにゆっくりと眠った。


 そして一月六日。この日は朝から新政府軍の猛攻にあった。俺たちは八幡方面の守備に就く。只さんは船で川を渡って対岸に兵を置くのだと船の手配に躍起になっていた。その時銃声一発。只さんは倒れこんだ。


「只さん! しっかりして!」


「あ、うん、大丈夫。」


 立ち上がりかけた只さんはその場にズルリと崩れ落ちた。どうも腰を撃たれたらしい。



 なんで、どうしてこうなるのか! 俺は理不尽にもいくさの真っただ中にいた。打ち鳴らされる鉄砲、地をえぐるは大砲の玉。そしてあの苛立ちを掻きたてる笛と太鼓の音。


「突っ込めぇ! 突っ込めっ! 」


 腰を鉄砲で撃たれた只さんが隊士に手当をさせながら声を枯らさんばかりに檄を飛ばす。只さんが撃たれた後、戦況は一気に悪化した。淀川の対岸に陣を張った津藩が寝返ったのだ。つまり俺たちは半包囲された形になる。もはや敵も木津川を渡ってこちらに迫っていた。

 正面の敵は長州。彼らは白い白熊はぐまと呼ばれる被り物をしている。とにかくこいつらを何とかしなければ引くにも引けない。

 

「今井さん、行くよ。」


「ええ、遅れは取りませんよ。」


 俺は鉄砲の音が少なくなったのを見計らって、さっと手を上げる。そろいの臙脂の羽織を鎖帷子の上に着込んだ隊士たちが叫びをあげて敵の隊列に飛び込み血煙を上げる。学生服のような隊服を着た薩長の連中も、腰の刀を抜いて応戦した。


 パンパンっと音がして何人かの隊士が倒れこむ。そしてもう一発。それはうちの伍長を務める高橋安次郎の頭に当たった。


 ちっと舌を打ち鳴らし、敵陣に走りこむ。


 俺は、目の前の男を袈裟懸けに切り下げ、返す刀で次の男の腕を飛ばす。そして振り向きざまに後ろの男を斬り捨て、その隣の男を盾にして斬撃を防いだ。目指すは白熊の唐頭を付けた将校。そいつをやれば楽になる。

 その将校を庇うべく、年端もいかない若者が前に出る。その若者の首を刎ね、白熊の将校を斬り下ろす。側にいた隊士に命じ、その白熊の首を獲らせ、敵陣に投げ入れさせる。


 動揺した敵軍が我先にと引いていった。


「新さん、そろそろ。」


 今井さんがそう言うので、うんと頷き、刀を振って血を払う。それを鞘に納めて生き残りの隊士を集め、俺たちも引いた。


「はは、新さん。俺はここまでかな。最後に一花、そう思ったけどこのざまじゃね。」


「只さん。」


「腹を切るのも癪に障るし、悪いけど手をかけるよ。今井! あとは任せる。」


 俺は隊士に命じ、戸板に只さんを乗せて船でけが人と共に、先に淀川を下らせた。それが只さん、俺の多分、きっと、親友だった佐々木只三郎との今生の別れとなった。


 ふと、振り向くと臙脂の羽織を着たうちの連中が何人も倒れこんでいた。手を合わせようとしたときにその一人がむくりと起きだした。


「コロース! 」


 安次郎だった。彼の頭に当たった弾丸は角度がずれたのが、その頭の周りを半周して外に抜けたようだ。その安次郎の声に反応して臙脂の羽織の男たちがむくり、むくりと起きだした。


「嫌ァァァ! 」


 恐ろしくなった俺がそう叫ぶと、その亡者のような奴らは普通に立ち上がった。


「いやあ、鍛錬が足りなけれは死ぬところでした。」


「うむ、そうだな。危ないところであった。」


「死ぬのは鍛錬が足りないから。よくわかりますね。」


「そうだ、鍛錬ができていれば鉄砲などでは死なーん! 」


 すごいね、人間って。



「松坂先生、いや、隊長殿。もう一戦行きますか! 」


 額からだらだらと血を垂らす安次郎がそんなことを言う。それを一郎がうまくなだめて俺たちも引いた。結局この戦い、わが松坂隊からは一名の死者も出なかった。



第一話 赤熊→白熊に変更しています。土佐藩兵、一部しか参加してなかった……


ちなみに黒熊、赤熊、白熊といったものは江戸城明け渡し以降に着用したものらしいです。なんでもいっぱいしまってあったとか。本作では最初からつけてます。だってそっちのほうがかっこいいし。とんがり帽子はちょっと。

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