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 龍馬が窓の縁に暗殺された四日後、トシとはじめちゃんがそれはそれはスッキリした顔で現れた。なんでも昨日、伊東甲子太郎とその一派を壊滅させたのだという。


「ま、幾人かは逃がしちまったが、主要な連中は墓の下だ。」


「うん。スッキリしたね、土方さん。」


「ああ、裏切り者の藤堂もやっちまったしな。近藤さんはぶつくさ言ってたが。」


 あはは、とはじめちゃんは爽快な笑顔で笑った。何しろはじめちゃんは、昔仲間外れにされたこともあって試衛館の面々が好きではない。藤堂ってのはその試衛館のメンバーだった。


「んなことより旦那、坂本の野郎がおっ死んだってえらい噂になってる。ありゃ、誰がやったんだ? 」


「え、えっとね。」


 俺が答えに窮して今井さんを見ると、今井さんはそそくさと立ち去り、一郎も、敏郎もそれに続いた。


「なんでも世間じゃ俺たちがやった、みてえなことになってるらしいが? 旦那。」


「へ、へえ、そうなんだ。さっすが新選組だね! 」


「怒らねえから正直に言ってみな。あんた、何を知ってる? 」


 トシが膝をずいと寄せ、疑い100%の目で俺を見た。はじめちゃんは面白そうににやにやとしていた。


「そ、そのさ、故人の名誉にもかかわる話だし。」


「いいから! 」


 仕方なしに俺は龍馬暗殺の真実を二人に告げた。



「あはは、なにそれ! 新さん、おっかしい! 」


「ま、あの野郎にはお似合いの死にざまだがな。」


「そんなわけでね、近江屋の連中もできることなら名のあるものに斬られた事にって。中岡ってのにも頼まれたし。」


「んで、うちって事か? 」


「そうそう、新選組に斬られたってことにすりゃ世間も納得するじゃん? 」


「そりゃ見廻組だっていっしょだろ? 」


「だってさあ、あーんな刃がぼろぼっろになるまで斬りあうとか恥ずかしいじゃん? 俺も只さんも講武所の剣術教授なんだよ? それがあんな素人と。」


「まあ、そうだが。」


「それにさ、定さんやさなになんやかんや言われても困るし。」


「あーっ! それが狙いだろ! きったねえ! 言われんのは俺? 」


「ま、お前も今や立派な幕臣なんだ。さなの一人や二人、どうってことないじゃん? 」


「いや、どうってことあるからね。何、一人や二人って! 」


「長唄の師匠とさな。いいじゃん。」


「ふっざけんな! 俺にだってな、好みってもんがあんだよ! 」


「許嫁斬っちゃったんだから責任は取らないとね。」


「斬ってねえし! 」


「これも定さんとさなの為だよ? まさか窓の縁に頭ぶつけて死んだ、とか言えないじゃん。江戸に帰ったらうまいこと言っといてよ。」


「あーやだ、これだから旦那は。」


 トシはぶつぶつ言いながら帰っていった。


 二十六日になると近藤さんが土佐藩邸に呼び出され、長い時間尋問を受けたらしい。土佐と言えば三条河原の制札の件で近藤さんにいろいろ言われた事がある。その意趣返しもあるのだろう。置いてきた鞘はなぜか新選組の原田左之助の物、そんな話になっているようだ。ま、結局はお咎めなし、ということになったみたいだけど。


 その二十六日、幕府から俺たちに警備地域の変更が通達された。俺たちは二条城より北、御所を含む上京を。守護職と所司代が中京、そして新選組が下京を警護する。

 ところがこの上京の相国寺にはすでに薩摩藩兵三千が上洛、さらに二十八日には芸州広島藩兵も妙顕寺に三百の兵を入れていた。さらに十二月の一日には長州藩兵も八百で兵庫西宮の六湛寺を本陣にしているという。まさに一触即発。


 ま、とはいえ今すぐどうこう、というわけでもないのだ。俺は普通にみんなを引き連れ薩摩藩邸を訪れた。


「何の用でごわすか。」


 応対に出た西郷さんは厳しい顔でそう言った。


「あっれーそうくる? そう来ちゃう。俺に龍馬まで殺させといて? 」


「しーっ、しーっ! そういうこと言っちゃダメ! ね? オイさんにも立場ってのがあんのよ。わかるでしょ? この期に及んで幕臣の新さんと仲良くしてたらみんなに不審に思われんの! 」


「あー、甘いものが食べたいなぁ。お饅頭とか。」


「あら、いいね。んんっ、松坂殿、幕臣のおはんと話すことなど何もごわはん! 」


 西郷さんは大声でそういいながら新どんを手招いてお饅頭とお茶を用意させた。


「薩摩の不義は見逃せん! 幕臣として必ずや鉄槌を! あ、これおいしいね。」


 俺も西郷さんに合わせて大きな声でそれっぽいことを言い立てる。


「新どん? もう誰もいない? 」


「ええ、みんな散らせもした。」


「ふうぅ、もうさ、オイさんも大変。久光公は相変わらず我がままだし、その取り巻きは俊斎とか頭おかしい連中だし。」


「なんでこうなっちゃったんだろうね。」


「オイさん的にはね、もう何年かグダグダやって、薩摩主導の合議制、それでもよかったのよ。それをさ、あの坂本さんが余計なことを。長州と手を組むことになっちゃえば当然討幕、そうなるじゃない? そこにうちの久光公が乗っちゃって、みんなチェストーってなもんでさ。もうね、愚図でのろまなカメ、そう言われないためにはオイさんもやるっきゃない! って感じで。そしたら今度は土佐を動かして、大政奉還でしょ? 正直ね、オイさんもたまんないわけ、坂本さんには。」


「あいつ、にっぽんって国はわしの両肩にかかっとるぜよ、とか言ってたよ。」


「ほんといい迷惑。この国はね、武器商人が背負えるほどに軽くはないの。でね、なんか、あの人新体制の閣僚名簿なんかも作って寄越してさ、その中に自分の名前だけ入れないんだよ? もうとんずらする気満々。で、聞いたらね、わしゃあ世界の海援隊でもやりますかの。だって。世界の前にこの国どうにかしようって話じゃん! 」


「あいつ、バカだからね。」


「そ、理想ばっか口にして。下手に影響力があるから邪魔だったのよ、実際。」


「んで、西郷さんはどうすんの? 」


「ま、こうなったらやるっきゃないでしょ。今更引けないとこまで来てるし。」


「一蔵さんもそう言ってた。正々堂々ってね。安心して、そうなったらあんたと一蔵さんは俺が。」


「やだやだ、そんなこと言っちゃダメ。ね? ばばっと戦って適当に講和すればいいの。はい、それで戦争はおしまい。後はみんな仲良くやりましょって感じで。さすがに慶喜公とかはそのままって訳にもいかないけど。」


「あの人もねえ。なーに考えてんだか。嫌がらせは上手だけどさ。」


「そうなのよ。とにかく、新さんは無茶しちゃダメ。オイさんとか殺しに来たら泣くからね! 」


「ま、そうならないといいね。」


「約束だよ! 約束! オイさんも新さんには手を出さないようみんなに言っとくからね! お互いにうまくやろうよ。ね? 」


「ま、あんたには貸しもある。龍馬の件と合わせて二つね。それを返してもらうまでは死なれちゃ困るし。」


「うん、うん、わかってるから! 新さんも危ない事しちゃだめだよ? 」



 十二月七日、幕府は諸藩の兵を動員、見廻組には御台所御門前の警護を割り当てられた。


 その翌日、慶応三年十二月八日。朝廷から王政復古の大号令が発せられた。

 これにより、長州は完全に復権。追放されていた公家たちも処分を解かれ、幕府は廃絶、守護職、所司代も廃止された。


 旧幕勢力、そう言われることになった俺たちは二条城に集結。鼻息の荒い連中が薩摩との対決を言い立てる。実際十一日には会津藩邸のそばで薩摩と会津の小競り合いまであった。


 その間、旧幕勢力では部隊の再編が行われた。俺たち見廻組、それに所司代の与力、各奉行所の人員はまとめて将軍親衛隊である遊撃隊に組み入れられる。遊撃隊と言えばかつては健吉が頭取を務めたところだが、その健吉は先の将軍家茂公がお亡くなりになったのを機に職を辞し、今では剣術道場一本だ。



 慶喜公は十二日の夜になると突然、大阪城に下がると言い出した。簡単に言えば二条城を捨てるという事だ。相変わらず我がままである。俺たち見廻組もその護衛ということで京を出ることになった。

 さて、そうなると困るのは家族たちだ。何しろ見廻組は家族と同居。江戸から連れてきた家族たちに行く宛てなどあるはずもない。それに突然の命、それを伝える暇すら与えられなかった。さすがは慶喜公、味方に対する嫌がらせも一流だ。


 とはいえ、俺はトシの勧めもあって律を多摩に送っているし、今井さんは独り者。それに一郎も敏郎も童貞。心配する相手もいない。ましてこの二人には父が健在。親兄弟は何とかしてくれるだろう。

 問題は安次郎をはじめとする隊士たちだ。今は伍長に出世した安次郎にそう問うと、何も心配はいらないのだという。


「我らの妻女は奥方様よりしかと因果を含まされておりますからな。荷造りもすでに済んでおりますし、過分な路銀も。異変を察すれば松坂隊の妻女はすぐに行動を。」


「はは、そっか。安心だね。」


 さすがは律である。


 そんな話をしながら歩いていると只さんが不安そうな顔で馬を寄せてきた。見廻組では只さんだけが馬に乗る。もちろんかっこつけの為だ。


「ねえ、新さん、七重さんたち大丈夫かな? 高だってまだちっちゃいし、この真冬だよ? 」


「何の準備も? 」


「そりゃそうさ。こんな風になるとは思わなかったもの。」


 さすが律である。身内以外はどうでもいいのだ。


「ま、なるようにしかならないさ。俺たちのするべきことは慶喜公を大阪に無事に送り届けることだろ? 」


「うん、そうだね。」


 不安そうな顔のまま只さんは隊列の先頭に戻っていった。


「けどさあ、そうなると困るのは着替えだよね。」


 鎖帷子は着込んでいるし、上には臙脂の陣羽織。だがいつも着ていた着物や臙脂の羽織は組屋敷に置いてきたままだ。


「何言ってるんですか、新さん。そうしたものはすべてこの今井が。」


「そうどす。隊の皆にも着替えを用意させとりますえ。」


「あ、そうなの? 助かる。」


 着替えは荷駄に積み込んであるらしい。さすが今井さんと一郎だ。肝煎なだけの事はあって抜かりがない。


「心配せずともちゃんと新さんの隠してた春本も持ってきましたから。」


 抜かりもないがプライバシーもなかった。完全にお母さんのやり口である。妻と離れて暮らしてるんだから、エロ本くらいいいじゃない!


 大阪城に入った俺たちは遊撃隊改め、新遊撃隊と命名される。隊の名前などどうでもいいがさすがにコロコロ変わりすぎじゃね?

 さて、ここで一つ問題が起きた。何を思ったか近藤さんがその新遊撃隊への、新選組の編入を拒否したのだ。しかも居並ぶ諸大名の前で堂々と。それを聞いたトシはあちゃあ、という顔をしたし、他の面々はあきれ顔。近藤さんは空気を読まず、得意顔でここは新選組の武名を生かすべきである、などと戯言を述べていた。


「近藤。」


 容保様に呼ばれ、前に出た近藤さんはそのままゴールドフィンガーを食らい沈黙した。


 翌日、何事もなかったかのように新選組も新遊撃隊に編入された。そしてその新選組は伏見の奉行所を本陣として駐屯することになる。

 ところが、十八日、近藤さんが鉄砲で狙撃を受け負傷。右肩をやられ剣も振れない。その近藤さんは病気が重くなった沖田総司と共に大阪に戻ってきた。伏見はトシが指揮を執るのだと言う。


 二十二日、またもや人事だ。新遊撃隊頭取の小笠原河内守が病気を言い立て役を辞した。要はとんずらこいたって訳だね。後任は見廻役並だった下級旗本の岩田織部正。

もはや完全に命令系統は破綻。実質只さんの独壇場だ。只さんは早速とばかりに頭取である岩田を無視して奉行所や所司代与力を配下に取り込むべく行動する。

 だが、残念なことにそれを嫌った奉行所からの申し立てにより、俺たちは再び見廻組に名を戻され、新遊撃隊から分離させられた。


 二十五日に江戸の薩摩藩邸が燃え上がり、二十八日にその報が大阪に届いた。老中稲葉正邦、ついにやっちゃった。


 当然大阪城内は大騒ぎ。主戦論が巻き起こる。


 そして年が明けた慶応四年、正月二日、俺たちは薩摩の罪状を連ねた討薩表を掲げ、京に向けて出陣する。


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