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さて、大政奉還がなったからといって俺たちの生活は大して変わらない。朝廷は未だ将軍職にある徳川慶喜に庶政を委任。俺たちも相変わらず見回りを続けている。
ならば、とばかりに将軍慶喜公は大政奉還の十日後、二十四日になると将軍を辞任するのだと、朝廷に辞表を提出した。相手が困る事を判っての嫌がらせ、こうしたことをやらせれば慶喜公の右に出る者はいない。
そんな折、江戸から急報が入った。江戸では幕府側を挑発するために薩摩があちこちで狼藉を働いていたのだという。それに耐えかねた江戸留守居役、淀藩主の老中稲葉正邦は江戸の市中見回りに当たらせていた浪士組の残党、新徴組を使って薩摩藩邸を焼き討ちをすると息巻いていると言う。実行されればこれでいくさになるだろう、そんな見解を会津藩邸で聞いた。
とはいえすぐに何をするわけでもなく、俺たちに限って言えば平穏な日々が続いていた。
「まさかこんなことになっちまうとはな。」
江戸から帰ってきたトシが俺のところに来てそう言った。隣にはニコニコ顔のはじめちゃんまで一緒だ。
「ようこそいらっしゃいました、ま、狭いところですがごゆっくりと。」
今井さんがそう言ってお茶を出してくれる。狭いのはあんたらがいるから!
「で、はじめちゃん、その伊東とかいうのはどうなのさ? 」
「うん、なんかね、すっごい焦ってた。新選組を抜けて尊王を謳ったはいいけど、薩摩にも長州にも相手にされなくて、土佐の中岡とかいうのになんとか渡りをつけたみたいだけど。」
「ま、裏切りもんはどこでも信用されねえからな。」
「ふーん、それで? 」
「だからね、近藤を暗殺して残った新選組を乗っ取るんだって。」
「ま、そういうこった。後は奴らをいつ、って話だな。」
はじめちゃんは近藤さんを呼び捨てだ。いかに嫌われてるかって事だろう。
「まあ、僕としては伊東も近藤もみんな殺しちゃえばいいと思うけど。」
「それも思わねえでもねえけどな、てめえの大将を討ち取られちゃ俺らもでかい顔はしてられなくなるだろ? 」
「まあね、そういうことは土方さんに任せるよ。でもいいな、新さん。ここでみんなと暮らしてるんでしょ? 僕も一緒に暮らしたかったのに。」
「あいつらは勝手に住み着いてるだけだからね。自分の部屋あるのに。」
「いいなー、いいなー、ねえ、土方さん、何とかならないの? 」
「あーもう、そんなことできるはずねえだろ? あ、でも。」
「でも? 」
「仮にだ、仮に。薩摩やら長州やらといくさ、そんなことになりゃ見廻組も新選組もなくなっちまうんじゃねえか? 俺がお偉方ならまとめて一つにしちまう。」
「そうですね。」
と、菓子を持ってきた今井さんが口をはさんだ。
「やはり戦いは数。そうなれば我らは合同で敵に当たるべきでしょう。斉藤さん、そうなったらあなたも一緒に暮らせばいいんですよ。」
「ほんと! 僕ねえ、前も新さんのところに居候してたことがあるんだ。」
「そうなのですか。では家の事も? 」
「うん、茶屋の手伝いをしてたからいろいろできるよ。」
「それは助かりますね。」
「なんだこいつら。」
「うん、なんだろうね。」
「ま、旦那、いろいろあるだろうが死んじまったら負けだ。」
「はは、トシ、死ぬのは弱いからだろ? 俺は強いから大丈夫だ。お前と違ってな。」
「けっ、よく言うぜ。そうそう、奥方様はもうすっかり義兄の家になじんでる。多摩の佐藤彦五郎だ。俺に万一の事があってもそこに行けば大丈夫だ。」
「そっか。うん、ありがとう。」
「さって、斉藤。俺たちも行くか。近藤さんを守るのは気が進まねえが伊東を斬るのは楽しみだ。」
「うん、そうだね。それじゃ、新さん、またね。」
「ああ、気を付けてね。」
もう十一月だ。外は寒いし屋敷の中で火鉢を抱くようにして過ごしていた。そして十一月十五日。
「もう、寒いんだから早く帰ろうよ。」
俺は今井さんと買い物に出ていた。今井さんは何でもできる。もちろん料理もだ。その材料を買いに行くのにつき合わされていた。
「ほら、見てください、新さん。この金目鯛。おいしそうですよ。そうですね、味噌仕立ての鍋など。」
「えー、また鍋なの? 」
「冬は鍋が一番ですよ。体もあったまるし。それにお野菜もたくさん食べられますからね。」
「うーん、たまにはさ、ほら、外食とか。」
「幕府の先行きがどうなるかわかりませんし、できるだけ慎ましくしておかなければ。さ、あとはお野菜を。」
今井さんが買った金目鯛をもってうろうろしているとひょっこりと顔見知りが姿を見せた。
「松坂先生。」
そう人目を忍んで声をかけてきたのは黒田了介。薩摩藩士だ。
「ん? 新さん、こちらの方は? 」
刀に手をかけながら今井さんがそう尋ねた。
「ああ、古い知り合いでね。殺し合いとかそういうことじゃないと思うよ、ね? 了介。」
「ふっ、松坂先生殺すんじゃったら鉄砲の一隊も連れっきます。」
「まあ、確かにそうでしょうね。」
「大久保サァが話があっとで少し付きおてもらえもはんか? 」
「ま、いいけど。」
「私も同道しても? 」
「かまいもはん。」
俺と今井さんは了介に連れられて近くの料理屋に赴いた。
「ご無沙汰しちょりました。新九郎さん。」
「ああ、一蔵さん、久しぶり。こっちはうちの今井さんね。」
「今井と申します。」
「こいや失礼を。大久保と申しもす。」
「で、西郷さんは元気? 」
「そいはもう、今は薩摩に。いずれ兵を連れて上京を。」
「へえ、やる気なんだ、やっぱり。」
「新九郎さん、こうなった以上、いくさになるのは仕方あいもはん。そうでもせねば世がおさまっ事も。不本意ではあいもすが。」
「不本意ねぇ。」
一蔵さんが言うには、大政奉還、そうなったはいいが結局何も変わらない。薩摩、長州、それに土佐は武力討幕に動いていた。勝手に幕府が倒れたからと言ってそこで振り上げたこぶしを収めるのも難しい。実際、一日違いで朝廷からは討幕の密勅がもたらされたのだと言う。薩摩も長州もいきり立つ連中を抑えるとなれば内乱にもなりかねない。そうなれば世はますます乱れ、それこそ外国に付け込まれる事になるだろう、と。
俺からすれば何を勝手なことを、と、思わないでもないが。
「んで? 」
「ここに来て、坂本さんが議会をと。そいなこつでおさまっならとうの昔に。」
「海舟も似たようなこと言ってたけど? 」
「海舟先生の言わるっ事は最もであいもうした。じゃっどん、もうそれじゃ。薩摩は討幕。そいや変えられもはん! 」
なるほど、海舟のめぐらせた策は全部破綻。幕府が弱腰、そう見た薩長はこの機に武力をもって、というわけね。
「んで? 」
「新九郎さん、おはんには借りもあいもす、恨みはひとかけらもあいもはん! じゃっど、こうなった以上は正々堂々と。」
「うん、そうだね。」
「そいには邪魔なもんがおりもす。」
「龍馬の事? 」
そう言うと一蔵さんはうん、と頷いた。
「海援隊の一人から知らせが。醤油商の近江屋。そこに才谷梅太郎と名ば変えて。」
「わかった。捕まえるなりなんなりすりゃいいって事? 」
一蔵さんは何も言わなかった。
料理屋を出た俺たちはともかくも只さんのいる観音寺へ。こういうときでも野菜を買うことを忘れない今井さんってすごい。
「なるほどね。新さん、これは絶好の機会だよ。」
「なにが? 」
「汚名返上のさ。俺は所司代に行って許可を。新さんは連れていく隊士の選定を。今井、お前もだ。腹ごしらえもしっかりとな! 」
屯所に帰り着き、いつものようにみんなで飯を食う。
「うーん、俺のところは一郎と敏郎。後はやっぱり安次郎かな。」
「坂本言うたら名の知れた大物やないどすか。たのしみやわぁ、敏郎もしっかりやらなあかんよ? 」
「はいっ! 」
「多分捕縛、そんな話になるでしょうね。坂本を斬ってしまえばいよいよいくさ。お偉方はそれを望まないでしょうし。」
「だろうね。龍馬はとっ捕まえて江戸送りだ。なんせあいつには許嫁がいるからな。」
「そないな甘いこと。」
「ははっ、一郎、童貞のお前にはわからんかもしれないけど、女ってのは恐ろしいもんさ。江戸に帰れば龍馬は一切表には出れない。一生ね。間違いないよ。」
「童貞ちゃいます! せやけど、ほんまどすか? 」
「ああ、生涯囚われの身さ。いい気味だろ? 」
はははっとみんなで笑う。今井さんの作ってくれた金目鯛の鍋は脂がしっかりのっていてとてもうまかった。
夜になると只さんから招集がかかった。メンバーはうちの連中のほか、肝煎の今井さんと吉太郎。それに只さんの腰ぎんちゃくの桂早之介、それに土肥仲蔵、桜井大三郎といった面々で、計十人。
「所司代からお許しを頂いた。坂本は必ず捕縛せよとの仰せである。斬る事はあいならんと。」
そのあともこまごまと只さんは手順を説明していたが興味のない俺は一郎たちと、冬の魚について論じあっていた。
「やっぱり煮魚ですやろ。甘辛くして、とろんと。」
「えー、やっぱさ、刺身じゃね? わさびと醤油でさ。」
「鍋です。絶対に譲れません。」
「もう今井さんは鍋好きだから。」
「ねえ、聞いてる、新さん! 」
「あー聞いてるよ、十津川郷士を名乗ればいいんだろ? 」
「いや、松代藩士じゃなかったですか? 」
「えー、そうだっけ。ま、どっちでもいいさ。話が済んだなら行こうか。いざ出陣ってね! 」
「「応!! 」」
「もう、それ、俺が言いたかったのに! 」
口をとんがらせて文句を言う只さんを無視して俺たちは冬の京を歩いていく。その近江屋は三条大橋と四条大橋の間。土佐藩邸の向かい側にあった。まったくこんな近くで隠れるとは舐めたことを。
外には中に入るのは只さんと俺、今井さん、それに一郎と敏郎。あと桂早之介。ほかは外で万が一にも取り逃がさぬよう待機する。只さんがコンコンと表戸を叩き、出てきた丁稚に名を告げる。
「十津川郷士の者で、才谷さんに用事が。」
「あれ、松代藩士じゃなかった? 」
そう言うと只さんはしぃーっと指を立てた。
ま、扉が開けばそれでいいのだ。俺たちはその丁稚を押しのけて中に入る。
「先生! お逃げやす! 」
そう丁稚が言うと上から「ほたえな! 」と龍馬の声が聞こえた。俺たちはどかどかと二階に上がり、ぱたんっと襖を開けた。そこには火鉢を抱え、綿入れを着込んだ龍馬と知らない男が一人。その龍馬は俺の顔を見るとぎょっとして目を見開いた。
「よう、龍馬。そろそろ年貢の納め時って奴だ。江戸に送ってやるから幸せに暮らさないとな。」
「し、新九郎さん? そ、そがいな話はまた今度っちゅうことに。」
「だーめ。」
「なんじゃおまんらは! 」
そう隣の見かけぬ男が叫びをあげる。
「我らは京都見廻組。坂本殿、ご同道願おうか。」
只さんがそう言うと龍馬は懐に手を入れる。
「うそじゃ! おまんらは定吉先生に雇われたに決まっちょる! わしをさなの所に行かそうっちゅうてもそうはいかんぜよ! 」
「おい、おい、龍馬、おんし、何を言うとるぜよ! 見廻組ぞ? 」
「いんや、絶対こいつらは違う! 見廻組いうならわしらは今頃斬られとうぜよ! 」
「あ、その、本当に見廻組で、あんたを捕縛しろって所司代から。」
「所司代? 嘘も大概にせいよ! そがいなとこから、こん新九郎さんに命なんぞ下るわけがないが!」
「えっと。」
「ともかくじゃ! わしは今、あないなところに行くわけには行かん! にっぽんの夜明けがわしの肩にかかっとるきに! 」
「はいはい、そういう御託はいいから。お前は江戸に帰って祝言あげるの。」
「ちくと待ってくれんか? 」
そう言ったのは龍馬と一緒にいた男。
「ん、あんた誰? 」
「わしは土佐の中岡慎太郎じゃ。龍馬が祝言? どういう事ぜよ。 」
「ああ、こいつはね、わっるいやつでさ。」
「慎太! そがいな奴の言葉を真に受けたらいかんぜよ! 」
俺は龍馬が江戸で何をしてきたかを中岡という男に語る。
「な、なんじゃそりゃ! 龍馬! どういうことぜよ! おまんはおりょうと夫婦になったんじゃなかったがか! 」
「そ、そうじゃ! わしはさな、なんちいうおなごは知らん! そいつが勝手にいうとるだけぜよ! 」
「ふーん。龍馬、そういうこと言っちゃうんだ。武市さんにもそれで怒られたのに? 」
「あ、アギはもう腹切って死んだ! 」
「な、な、なんちゅうことをしよるんじゃ! おまんは! えっと、見廻組の方々は手出し無用で。こやつはわしが土佐の男をしてきっちり成敗を! 」
「な、何を言い出すんじゃ! 慎太! 」
「天下国家いう前におまんは土佐の男ぜよ! そがいな事は許されんきに! 」
そういって中岡はするりと刀を抜いた。
「あー、おいしい。これ、軍鶏じゃないですか。」
「ほんまごちそうですやん! 」
こっちでは今井さんと一郎、それに敏郎が部屋にあった鍋をつつきだす。
「あー! それ! わしのじゃき、食うたらいかん! 」
「おまんは小さいころからそうじゃ! そうやってなんでも独り占めにして! わしはなぁ! 平井の加尾にほれちょった! それもおまんが! 」
「そうじゃったんか! ま、仕方ないぜよ。わしはああした口うるさいのが苦手じゃきのう。体の方はなかなかじゃったが。」
「死ねや! 」
ついに二人は斬りあいを始めた。
「ねえ、新さん。どうすんの、これ? 」
「ま、二人とも剣術ダメそうだし。そのうち疲れてやめるんじゃない? 只さんも鍋でも食ったら? 」
「あ、うん。もうちょっと向こうに移動しようか。あの二人が突っ込んできたら危険だし。早之介! 下から酒もらってきて。」
「はいっ! 」
「あのぉ。」
鍋に舌鼓をうつ俺たちのところにここの丁稚が恐る恐る顔を出した。
「おう、丁稚。お前は軍鶏を買ってこい。ついでに酒も。」
只さんはそう言って銭を握らせ丁稚を使いに出した。
それはそうと二人は互いに刀を打ち付けあい、もう刃はぼろぼろ。みてらんないの。
「ねえ、まだやるの? もうやめたら。うるさいし。」
「お、おまんら! なにしゆうが! あーっ! わしの軍鶏が! なんちゅうことをしてくれたんじゃ! 」
「龍馬、話はまだついとらん! おまんはこん人が言うように江戸に行って祝言を挙げるんじゃ! 」
「いやじゃ! わしはあがいなとこには絶対に戻らん! わしの妻はおりょうぜよ! なんち言うても醤油、ラー油、あいらぶゆーの仲じゃきのう。この話はこれまで! ジャカジャン! 」
「土佐の男としてそれはゆるされんちいうとるじゃろ! 」
「しらん! わしの肩にはにっぽんっちゅう国がかかっとるんじゃ! 」
そういって一歩踏み出した龍馬は床に事がる徳利を踏んでころんとひっくり返った。そしてその時、窓のへりに後頭部を強く打ち付けそれきり白目をむいて動かない。ちなみにアイーンの恰好をしていた。
「えっ? 」
「えっ? 」
「龍馬! しっかりするぜよ! おい、龍馬! 」
その龍馬にもぐもぐと口を動かしながら今井さんが近づいて脈をとる。
「死亡確認、ですね。」
そういって手を合わせた。それを聞いた中岡はふーっと気絶してそのまま窓の障子を破って落っこちた。
「えっと、どうしよっか。」
幕末の風雲児、坂本龍馬、徳利に足を滑らせ窓のへりに後頭部をぶつけて死亡。
「とりあえず撤収? 」
その時お使いに出していた丁稚が帰ってきて、転がる龍馬を見て「あああああ!」と叫びをあげる。
「ち、違うからねこれは! 」
俺はとっさにその丁稚の口をふさいだ。すると外にいた吉太郎たちが窓から落ちた中岡を抱えて上がってくる。
「し、新九郎さん言うたかの? わしはもう駄目じゃ。」
瀕死の中岡がそんなことを言う。
「けど、けどこのまんまじゃ、わしも龍馬もあんまりじゃ。わしは何とか這いずって土佐藩邸まで行く。そこで、龍馬は華々しく斬りあった末に死んだことに! 後生じゃき! そういうことにしておいてもらえんか? 」
「あ、うん。大丈夫? 」
「ダメっちいうとるじゃろ! 」
「けどさあ、このまんまじゃ。」
丁稚も混ぜてみんなで鍋をつつきながら善後策を考える。中岡はもう一遍窓から落としてくれ、と頼むのでそうしてやった。
「適当に梁とかに斬りつけて、遺留品もいくつか。後は坂本さんの懐、あれ、ピストルでしょ? あれを適当に打ち鳴らして握らせとけば。刀はボロボロですし。」
「でもさあ、あんな刃がボロボロになるまで斬りあった、なんてのも恥ずかしくない? 」
「そりゃあそうだけど。うーん、このことは内緒にしとく? 」
只さんがそう言うとみんなうん、と頷いた。
「えっとこの辺に鞘を。ほら、斬りあいに夢中で忘れてった、とかありそうでしょ? 」
吉太郎がいいこと思いついたとばかりにぽんと手を打った。
「いいねえ。んじゃ敏郎、お前の鞘を。」
「えーっ、俺のですか? 」
「いいから。」
「あの、わいが近所の料亭から下駄でも借りときましょか? 侵入者が忘れてったって。」
「ほう。確かに料亭の下駄には焼き印が。いい案かもしれんな。丁稚、頼めるか? 」
「はい、坂本先生にはお世話になりましたし。すっころんでご臨終はあんまりに。どうせなら新選組に斬られた、くらいの事が。」
「うん、そうしよう。犯人は新選組ね。」
そういうことに決まり各々偽装工作にかかる。敏郎は慣れない刀で鴨居に切りつけ、今井さんはピストルを適当に発射して龍馬の手に握らせる。右手は見事にアイーンの形だったので動かさず、左手に持たせた。
「よーしできたね、忘れ物はない? なければ撤収! 」
只さんの号令で俺たちは撤収した。近江屋の旦那も丁稚もみんな偽装工作に協力してくれたのだ。
こうして幕末の風雲児、坂本龍馬はその生涯を閉じた。
後日、近藤さんは土佐藩邸に呼び出され鬼のような尋問を食らったらしいが、それはそれでほほえましいエピソードである。