表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/127

58


 慶応二年(1866年)七月二十日。昼過ぎに俺と只さんは会津屋敷に召集を受けた。そこで、本日早朝に、将軍家茂公逝去を聞かされる。さらに、長州再征の詳報も。長州は思いのほか抵抗し、状況はよく言って苦戦。恐らく、将軍逝去を理由に撤兵することになるであろうと言うことだ。


「いずれこの事は世に知れよう。されば不逞浪士がまたぞろ蠢きだすのは火を見るよりも明らか。方々には一層、京の平穏を守るべく精進を。」


 会津藩公用方の手代木直右衛門がそう締めくくった。その場にいた会津藩の重臣や、所司代の桑名藩士、それに奉行所の面々や新撰組の近藤さんや、トシが一斉に頭を下げた。


 皆が立ち去る中、俺はその手代木直右衛門、直さんに呼び止められる。容保様が会津指弾翔鶴流の弟子である俺たちに話があるらしい。


「うむ、そろったか。」


「「ははっ! 」」


「世がいかなることになれど、我らにできるのは己を鍛えることのみよ。わしはな、指弾の弱点を補うべく新たな試みを案じておった。いささか形になったので、それをお主らに披露しようかと。松坂、お前は人斬りでもある。わが術が実戦にて通用するものかどうか、意見を聞きたい。」


「はっ! 」


 そう答えると容保様は構えをとった。これは! 『雷光』の構え! そして袂から一文銭を。


「よく見ておけ、はぁぁぁ! 」


 その爪が光を反射し、その指から撃ちだされた一文銭はスドンと音をたて、的である青竹を粉砕した。そしてさらにそれを連射する。ズドン、ズドン、と次々と青竹が破裂していった。


「どうか、松坂? 」


 どうもこうもないよね。完全に人間業じゃないもの。


「お見事にございます。さすが容保様! 」


 隣の直さんは驚いた顔でぱくぱくと魚のように口を開け閉めしていた。


「うむ、これを極めれば指弾の弱点である距離が埋められる。鉄砲の弾を、とも思うたが、竹に穴が開くだけでつまらぬのだ。それに一文銭であればどこにでもあるからな。実用に耐えうるとあれば、何か良き名がいる。松坂、どうか? 」


「はっ、やはりここはレールガン、ではないでしょうか? 」


「レールガン、か。言葉の意味は分からないが何やら響きがよいな。うむ、さればこの術をレールガン、そう名付けることとしよう。」


 そう満足そうにうなずく容保様。俺は正直強い感銘を受けていた。以前親父殿の妙技を見た時のような。



「なにをなさっておいでなのです? 新九郎様。」


 屋敷に戻り、縁側から外に立てた竹筒を狙い、一文銭を弾いていると律が興味深げに声をかけてきた。


「いや、ちょっと修練をね。」


「ほう、指弾のござりまするか。」


「お、律っちゃん知ってるの? 」


「ええ、水戸にもそれをよくする方が居て。父に勧められわたくしも少し手ほどきを。」


「へえ、すごいじゃん。ちょっとやって見せてよ。」


「拙き技ですよ? 」


「いいから。」


「では、恥ずかしながら。」


 そう言って俺から一文銭を受け取った律は、すっと構えをとった。あっ!これは『雷光』の構え! 


「えいっ! 」という気合の声と共に撃ちだされる一文銭。それはパンッと軽い音を立てて青竹を打ち抜くと、その中でカラカラと音を立てた。まーじーでー? 


「いささか腕もさび付いたようです。以前であれば竹筒など。」


「り、律っちゃん! 頼む、俺に手ほどきを! 」


「まあ、新九郎様ほどの方にお教えするなど。所詮はおなごの指遊びにすぎませぬのに。」


 いや、その指遊びは人を殺せるからね。


「しかし、新九郎様がそこまで仰られるのであれば。」


「うん、お願い! 」


 そういうと律はそそくさと布団を敷き始めた。


「えっ? 何。」


「指使いはお布団の上で。さ、何をなされておられるのです? 修練を始めますよ? 」


 これからしばらく、俺は布団の上で律に厳しい修練を受けることになる。



 それはともかく世はさらにあわただしさを増した。八月の二十日、幕府より将軍家茂公の逝去が発表され、徳川宗家の跡継ぎは一橋殿と決まった。だが徳川慶喜となった一橋殿は将軍職を引き受けることについては難色を示しているのだという。

 そして長州に対しては海舟が使者となり、和平への道が探られる。朝廷からも征長中止の勅命が下った。


 九月の二日、長州との和睦が成立し撤兵が決まる。世間の評価は長州の完勝。長州は大いに名をあげ、その分幕府の威厳は損なわれた。海舟のもくろみ通り、ということだろう。

 早速、尊攘派が息を吹き返し、これまでおとなしくしていた藩士たちまでがその勢いに乗った。京では三条河原に掲げていた制札が土佐藩士により引き抜かれ、それを咎めた新選組と衝突。二人が斬り殺され、一人が捕縛された。


「あーもう、まったくよ。近藤さんにはあきれて物も言えねえ。」


「どうしたの? 」


 俺が庭で指弾の鍛錬に励んでいるとトシがやってきて、縁側で茶を飲みながら愚痴を言った。


「例の土佐の一件よ。土佐もな、非を認めて俺たちを招いて宴席を、って話になってな。そりゃあいいとこの料亭でごちそうになったって訳だ。」


「ふーん。」


「ところがだ、その席でろくに飲めもしねえ酒くらって、酔っぱらった近藤さんがやらかしやがった。向こうのお偉いさんに向かって説教だぜ? 説教。いくら非は向こうにあるとはいえ、仮にも藩のお偉方だ。それが詫びを入れたってのに追い打ちをかけるようにグダグダと。あれじゃ相手だって面白かねえわな。なんせ俺たちゃ武士のなりこそしてるが百姓なんだからよ。」


「大変だね、お前も。」


「まあな、ってさっきからなにしてやがんだ? 」


「指弾の鍛錬だよ。俺は容保様の弟子だからな。」


「指弾ってデコピンのことだろ? 」


「それがさ、そのデコピンを応用して一文銭を弾くんだよ。容保様はそれで青竹を粉砕できるし、律っちゃんだって。」


「は? 会津候はわかるが奥方様? 」


「昔ね、手ほどきを受けたらしくてこれで竹を貫けるんだ。だから俺もそのくらいは、ってね。」


「いやいやいや、そりゃねえだろ? 銭を投げる江戸の十手持ちだってンなこたあ無理だ。」


「まあね、普通に考えたらそうだよね。でもさ、できるんだから仕方ないさ。俺もね、剣術にはいささか自信もあるし、斬りあいならめったなことじゃ負けない、とも思ってる。」


「そりゃそうだろ、男谷の免許もちのあんたに勝てる奴なんかそうそういねえよ。」


「でもさ、勝てないんだよ、絶対。容保様にはね。近寄ればデコピン。離れりゃこの、レールガンだ。しかもね、恐ろしい速さで連射すんの。」


「ま、まあよくわからねえが頑張ってくれ。邪魔したな、旦那。」



「おや、トシさんは? 」


「ああ、忙しいみたいで帰ったよ。」


「そうですか。良ければ夕餉を、とも思ったのですが。」


「あいつも大変らしいよ。」


「まあ、そうなのですか。それよりも鍛錬のほうは? 」


「うん、中々うまくいかなくてね。」


「あまり根を詰められては指を痛めまする。そうなってはお役目にも差しさわりが。」


「そうだね。この辺で切り上げるか。」


「ええ、続きはお布団の上で。やわらかいものでよく形を練らねばなりませぬ。」


 俺の激しい修練は続いていた。



 十月に入ると先の敗戦を受けて、幕府は軍制を改める。まずは二十二日、将軍警護の任にあった奥詰の旗本たちが遊撃隊と名を改め再編成される。その頭取となったのは亡き家茂公の側近であった健吉と、謹慎を解かれ、召し出された高橋泥舟。そこにコレラで亡くなった伊庭さんのせがれ、伊庭八郎たち、奥詰めの幕臣たちが配される。

 さらに十一月になると講武所が陸軍所と合併。俺も陸軍の所属となった。その陸軍は老中格の総裁職を置き、フランスの指導による洋式化がすすめられるという。幕府の後押しをしているフランスとしては見ていられない状況なのだろう。


 そして十二月の五日。ついに十五代将軍、徳川慶喜が誕生する。この状況での将軍就任を相当嫌がったらしいが幕閣、朝廷の薦めもあり、しぶしぶ受けた、そんな形だ。最後の決め手は業を煮やした容保様のゴールドフィンガー。あれを食らっちゃ嫌とは言えないよね。


 いろいろあったが今年も終わり。そう思ったところに最後の騒動が。


 十二月二十五日、帝が崩御なされたのだ。


 まだ御年三十六。月の半ばごろから発熱が御有りになったということだが、まさか崩御されるとは。突然の崩御に様々な陰謀説がまことしやかに囁かれた。


 帝、孝明帝とおくり名されたその方は頑迷な攘夷派で開国を迫られた幕府にとって実に大きな枷となっていた。だが一方では幕府体制の庇護者でもあり、妹の和宮降嫁をはじめ、京都守護職である容保様にも深い信頼をお寄せになっていたという。

 一説にはこの機に倒幕を狙う過激な公家、岩倉具視の差し金である、とかその後ろには薩摩、長州の手が動いている、とかもっともらしい風説が流れていた。彼らの動機としては二つ。一つは幕府を庇護する帝が邪魔になった事。今一つは薩摩も長州も攘夷は不可能と悟っているのに、帝に攘夷を言い立てられては仮に自分たちが政権を握っても立ち行かなくなる。そんな理由だ。


 そして容保様はこの件に対し、「普通に病であろうな。」と言い切った。容保様は毎日のように参内し、帝を見舞っていたらしい。謀略を主張する人は、帝に筆をなめる癖があるのを知っていた岩倉が、手のものに筆に毒を含ませたのだ、と騒ぎ立てた。


 どちらが真実かはわからないが、俺としては病死であってほしい。いくらなんでも己の主張を通すため、帝まで弑した、とあればこの国の良識を疑うことになる。その岩倉は知らないが、西郷さんも、桂や高杉もそこまではするような人じゃない。そう信じたかった。


 そして年が明け慶応三年となった。その一月、小雪降る中俺はついに、レールガンをものにする。ようやく竹筒を貫くことができたのだ。


「律っちゃん! 」


「新九郎様! 」


 律とひしっと抱き合って、技の完成を喜び合った。


 その鍛えた技を会津屋敷で容保様に披露し、俺はついに『会津指弾翔鶴流』の免許を受けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 指弾のバカバカしさがいいね。でもこの動乱の時代、レールガンがどこかで役に立つのかも、って考えるとワクワクしますな。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ