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 閏五月、土佐では土佐勤王党と呼ばれる組織が壊滅した。その党首、武市半平太は切腹、党員である岡田以蔵は牢内で斬首。そのほか党員はことごとく弾圧されたのだと言う。

 武市さんも岡田以蔵も親しくはないが顔見知りだ。そう言う人たちが尊王だ、攘夷だと自分に直接関わり合いの無い事に血道を上げ、家族、親族に迷惑をかけて死んでいく。その中で生き残った者を英雄、と呼ぶのであれば俺は英雄になどなれはしない。


 そして同じころ、龍馬が薩摩の支援を得て、長崎に亀山社中という海運会社を設立した。


 七月、長州藩は藩主の出頭命令を拒否。表向きは病だなんだと言ってはいるが実質は無視に等しい。


 十一月になると、その長州藩の真意を確かめるべく詰問使が遣わされる。その役目となったのはなんとあの永井。かつて築地に海軍があった時に喧嘩した相手である。その永井の護衛と言う事で新選組から近藤さん、それに伊東甲子太郎、武田観柳斎、尾形俊太郎の四人が家来と言う形で同行した。だがこれは何の成果を得ることもなく、再び、翌年の一月に永井が長州に派遣される。


 慶応も二年目。一月の寒い頃にトシが挨拶に訪れた。


「よう、忙しそうだね。」


「まあな、近藤さんが出てる間にいろいろ片付けちまいてえ事がある。」


「ま、上がれよ。」


 昨年、江戸に下って大勢の隊士を集めたトシは、全部で百三十人にも膨れ上がった隊士たちを十組に分けて市中を交代で回らせているという。一番隊は沖田総司、二番隊は永倉新八、三番隊ははじめちゃんこと斉藤一。そんな風に十番隊まであるのだという。そしてそれを率いる隊長たちは副長助勤、という役職らしい。


「なにそれ。変わってんね。」


「副長助勤、つまり、副長であるこの俺の補佐ってことだ。」


「つまり? 」


「あいつらは局長の近藤さんじゃなく、俺の命に従う。んで俺は近藤さんに従う。つまり奴らと近藤さんの接点はねえって事だ。」


「うわあ、あからさまな傀儡じゃん。」


「仕方ねえだろ? そうでもしなきゃ連中がまた近藤さんに腹を立て、何をするかわからねえ。会津候にでもねじ込まれちゃ俺達の面目が立たねえんだ。」


「ま、そうかもしれないけどさ。」


「近藤さんは伊東やなんかと天下国家でも好きなだけ論じてればいいのさ。新撰組は俺がってね。んで、軽く見られねえよう、近藤さんがいねえうちに俺の名で、法度に違反した奴らに腹を切らせる。去年の暮に一人切らせたが近藤さんも隊士たちも何も言わなかった。人を斬ったことのねえ奴に介錯させりゃ人斬りの修行にもなって一石二鳥ってやつだな。」


「うわぁ、ひどい話。」


「旦那、俺たちゃそうでもしなけりゃまとまれねんだ。元々武士だった浪人の奴らは百姓上がりの俺たちを軽く見る。軽く見られちゃ法度に反して金策やら何やらをやりだすやつが出てくんだ。それを咎められなきゃ新撰組は野盗と同じさ。なんかあったら切腹。このくらいの厳しさがねえとな。」


「大変だね、お前も。」


「まあな。近藤さんは何もわかっちゃいねえ。自分の名声に惚れ込んで集まってきた、くれえの感覚さ。連中はな、食うや食わず。だからこそ人斬りが仕事の新撰組なんぞに応募する。だがな、それでいいんだ。うちがほしいのは人を斬れるやつだ。出自がどうあれ、前歴がなんだろうとも構わねえ。理屈をこねる伊東や武田なんてのは言わば近藤さんの遊び相手よ。」


 そんな話をして、トシは帰っていった。聞いた話じゃその後トシは近藤さんが戻るまでに二人の隊士に腹を切らせたという。



 そしてその五月、俺と渡辺吉太郎が会津候容保さまに呼び出された。容保さまはちょくちょく俺を呼び出してはデコピンの講釈をしてくれる。容保さま曰く俺にはデコピンの才がある、だからわが弟子となり、流派を学べ、との事だ。その流派は会津指弾翔鶴流。鶴が羽ばたくように、華麗で、それでいて力強くならねばならないのだと言う。現在のところ弟子は俺と直さんこと公用人、手代木直右衛門の二人だけ。只さん、佐々木只三郎は一発喰らって泣き出してしまったので資格なし、とされた。


 容保さまは俺たちを前に数々の妙技を見せてくれる。デコピンで青竹を粉砕した時には思わず直さんと目を見合わせた。


 して、今回は何の用かと思って来てみると、二条の城にて薩摩と会談するので老中、板倉伊賀守の護衛も兼ねて供をせよと言う、至極真っ当な物だった。


 二条の城の座敷では板倉さまが薩摩に対し、俺と吉太郎がそばに控えた。薩摩の方は大久保一蔵、一蔵さんが藩士を従え対峙する。一蔵さんは俺を見てぎょっとした顔をしたが、咳ばらいをして話し始める。ちなみに容保さまは「何かあったらわしを呼べ、」と言ってこの場には出てこない。


「しからば、此度の長州再征は薩摩としては反対にごわす。長州はすでに恭順、これ以上手を出すは天理にも反しもうす。」


「されど此度の事はすでに決まった事である。薩摩は諸藩の足並みを乱すと申すか? 」


「ならぬものはなりもうさん! 薩摩は此度のいくさには兵をだせもうはん。」


 そう言って一蔵さんは意見書を老中板倉さまに差し出した。


「その方ら三人の名では通らぬ。あくまで薩摩候の考えでなければな。」


「われらは主君の名代としてこの場に。わが主の考えも同じと。」


「しかしそれでは通らぬのだ。」


「それがしはいささか耳が遠く、お言葉がよく判りもうはん。」


「うむ、よいか、長州再征に、薩摩の力は不可欠である。よって出兵を。」


「なんと! 幕府は薩摩をお攻めになると? いかな罪状でごわっとか! 」


「そんな事は言うてはおらん。大久保、薩摩の力を貸してほしいと言うておるのじゃ。」


「この大久保に薩摩を攻めるから主にそう伝えよと? わかり申した。不本意なれど十分にお相手し、薩摩の武威を天下に! 」


「そうではないと言うておろう! 」


 あ、これ、完全に舐められてるね。


「ご老中。いかがでありましょう。まずは大久保殿の耳をしかと治癒されては。」


「松坂と言ったな。そのような悠長に構えておる場合ではないのだ! 」


「いえ、すぐに済みましょう。吉太郎! 」


「はい。」


 俺と吉太郎は一蔵さんの両腕をがちっと抑えた。


「ね、ねえ、新九郎さん。何するつもりで? 」


「いやぁ、一蔵さん、耳が悪いってのは不便だよね。今一発ですっきりさせてあげる。容保さま! お出ましくだされ! 」


 俺がそう叫ぶと襖がぱたりと開き、軽妙なステップを踏みながら容保さまが登場した。容保さまは時折羽織の前をがばっと開き、ポーズを決める。そしてムーンウォークまで披露した。


「ヘイ! カモーン! 」


 その容保様の叫びに合わせて襖の向こうで控えていた直さんたちが三味線や笛を手に現れ、軽快な曲を奏で始める。


 それに合わせてステップを刻んでいた容保さまは突然、一蔵さんの前でターンを見せた。


「よこしまな気持ちにはGO! GO! GOOOO! 」


 そう言って膝立ちになり構えを見せた。一蔵さんも未来が予見できたのか、歯をぐっと食いしばる。


「レッツ・ダンシング! 」


 容保さまの指先が光を帯び、一気に打ち出された。ドッゴーン! と言う凄まじい音が響き、一蔵さんは正座の姿勢のまま後ろの襖を突き破り、廊下に袴を滑らせて壁にガン、ガン、ガン、と何度もぶつかりバウンドした。まるでビリヤードの玉のように。そして玄関前でようやく止まった一蔵さんは崩れかける体をぐっと支えた。さすが薩摩隼人である。


 そしてふらふらと立ち上がり、カクカクとからくり人形のように首を回すとこう言った。


「いやざーんす。薩摩は兵を出さないざーんす。だってお金がないざんす。みーんな貧乏がわるいんざーんす。」


 そう言ってそのまま玄関から出て行ってしまった。それを残りの薩摩藩士が「大久保サァ!」と、追っていった。


「ふっ、わがゴールドフィンガーもまだまだか。」


 いや、そっちは十分だと思います。


「どうだ、松坂。今のが我が秘術、野蛮な太陽だ。」


「あ、すごいと思います。それと英語も。」


「ふふ、わしとて洋学ぐらいは嗜んで居る。あちらの踊りや楽曲もな。」


「さすがです! 容保さま。」


 ま、ともかくこれで喧嘩別れ。老中の板倉さまが容保さまを恨めし気に見ていたが一方の容保さまは満足げな顔をしていた。それはいいけど一蔵さん、大丈夫かな。トシの話では前にデコピンを食らった伊東甲子太郎は首が斜めになったままだって言うし。


 一向に話がまとまらない事に業を煮やした幕府は謹慎中の勝海舟を再び、軍艦奉行に任じて上京させた。


「会津中将さま。薩摩と物別れ、っつうんじゃ幕府としても都合が悪いんで。なんとかここはうまいこと話を丸めちゃくれませんかね? 」


「勝安房よ、文句があるならいつでも来い、そう薩摩には言っておけ。我が会津指弾、翔鶴流は無敵だ! 」


 確かに無敵だよね。平気で兜とか打ち抜きそうだもん。


「それじゃ話になりませんや。おい、新九郎、おめえもその場にいたんだろ? 」


「あのさ、海舟。あれは一蔵さんが悪いよ。完全に幕府の事舐めてたもん。」


「けどな、薩摩がへそを曲げちゃ長州再征はならねえんだ。薩摩が兵を出さねえならうちも、そうなるに決まってる。」


「であれば勝よ。お前が薩摩を説得するが良かろう。松坂、供をしてやれ。」


「はっ! 」


 そんな話になって俺は海舟と共に、薩摩屋敷に赴いた。海舟は余計なことを言うな、と何度も俺に念を押した。


「こ、これは勝先生、謹慎中であると聞いちょりましたが? 」


「おめえさんらの喧嘩の仲裁で呼び出されたって訳よ。ま、上がらせてもらうぜ。」


 出迎えに出た一蔵さんは額に汗を浮かべていた。


「んで、薩摩は長州再征に兵を出せねえって話だが? 」


「それはその、でごわすな。」


「そりゃあ出せねえよな、なんせ二月に薩長は手を組んだばっかしだ。龍馬の野郎が自慢げに知らせてきやがったぜ? 天下の大仕事をやってのけたってな。」


 一蔵さんはチラチラと俺の顔を盗み見てだらだらと汗を垂らす。そしてカクンと首を傾げる。あっ、やっぱり故障してる。


「もう好きにするざーんす! どうにでもなあれ! 」


「ってことは会津とは手打ちして、表向きは長州再征の兵を出すってことでいいんだな? 」


「そうざーんす! それでいいざーんす! 」


「んじゃ話はこれで終えだ。帰るぞ? 新九郎。」


「ちょっと待とうか、表向きってどういうことさ。」


「余計な口を挟むんじゃねえって言っただろ! 」


「おいおい、余計なことしてんのはあんたじゃねえのか? なあ、一蔵さん。」


「知らないざーんす! 」


「へえ、思い出させてあげようか。」


 そう言って刀に手をかけると一蔵さんはカタカタカタと首を揺らして何もしゃべらない。そしてピタッと動きを止め、ぐわっと目を見開いた。


「新九郎さん、薩摩は生き残るためにはなんごとでもする。そいが気に食わんっちゅうならオイを斬ったらよか! 」


「ああ、気に入らないね。じゃ、存分に。」


 そう言う俺を海舟が後ろから抱え込んだ。その海舟の袴の帯を取り、投げ飛ばす。


「やめろ! 新九郎! そんなことしちゃ何もかんもが潰れちまう! 」


「あ? つまりお前らはグル。そういう事? 幕臣としちゃあ見逃せないよね。辞世とか詠んでみる? 」


「おめえはこの国を潰す気か! オイラに大久保、この場で果てちまったらこの国はお終えなんだよ! おめえにその責任が取れんのか! 清国のようにイギリスやフランスに乗り込まれて! いいようにされちまって! そうなった責任をおめえが! 」


「ふざけんな! 薩摩は何だ。異国と勝手にいくさやらかして、その責は誰が取った? 」


「わかってる! んなことはおめえに言われずとも全部わかってんだ! 」


「気に入らねえんだよ! 一蔵さん、あんた、俺になんて言った? 」


「わかっちょりもす。オイは新九郎さんに不義をば働きもした。」


「なら切腹しないと。ほら、薩摩隼人なんでしょ? 」


「新九郎! おめえは! 」


「あんたは黙ってろ。これは天下だ国家だは関係ない。俺とこの人の問題だ。一蔵さん。そうだろ? 」


 そう言ってやると一蔵さんは畳に額をこすりつけた。


「オイがなんごとでもして詫びもす、じゃっどん、今腹切っとだけは! 」


「新九郎、前におめえには言ったはずだぜ、どっかで許さなきゃならねえって。」


「そのゆるした長州はあのざまで薩摩と裏で手を組んでんだけど? 」


「その話はまた別だ。で、大久保は会津候の仰せに従い詫びも入れる。それでいいな? 新九郎。」


「一蔵さん、これであんたにゃ貸し一つだ。それも忘れるようなら必ず斬るからね。」


 頭を下げたままの一蔵さんをそのままに俺は海舟に薩摩屋敷を連れ出された。



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