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元治二年(1865年)二月末。越前敦賀に残り、水戸天狗党の最期を見届けてきた只さんが帰ってきた。この間にも世はめまぐるしく動いている。長州では先月、高杉とそれに従う伊藤春輔がクーデターを起こし、藩政を握った。そして新選組は大阪で大阪城の乗っ取りを計画していた土佐の不逞浪士どもを捕縛。さらに、脱走を試みた試衛館以来のメンバーである山南敬介を切腹させた。
「参ったよ、新さん。」
「何が? 」
「天狗党、若年寄の田沼様が到着して以来、苛烈な処分が下されてね。この真冬にニシン蔵に詰め込まれてさ。」
「只さん、あんた、まーだ攘夷にかぶれてんの? 」
「そ、そんな事はないよ。けどもう少しやりようってもんが。」
「水戸の浪士たちが何をしてきたかは知ってるよね? 井伊大老を殺し、安藤老中を襲い、イギリスの公使館を襲った。こいつらがやったことがそのまま幕府を苦境に追い詰めたんだ。ニシン蔵? そんなの甘いよ。俺なら織田信長宜しく押し込めた後焼き殺すね。」
「新さん。」
「只さん、水戸の連中は幕府創立以来、徳川御三家として諸藩の上に立ってきた。良い身分で二百年以上暮らしてきたんだ。その恩も忘れて幕府に盾突こうってのがそもそもの間違いだろ? 」
「そうかもしれないけど。」
「会津候は初代の保科正之さまが受けた恩を覚えてる。だから幕府に尽くすんだろ? 」
「そうだよ。会津の武士は幕府への恩を忘れない。」
「だったらあんたは会津武士失格だね。攘夷志士の都合なんかわかってやる必要なんかないんだ。」
そう言いきってやると只さんはいつものごとく口をとんがらせる。
「でもさ、その幕府をよりよく、正しい方向に、そう考える事は悪くないんじゃない? 」
「考えるのは勝手。でも口を出すのは別。何のために幕閣や諸大名がおられるのさ? それらの方々に意見具申するならともかく、一介の学者風情や志士なんてのがそれらを差し置いて自分の意見を口にする。それが通らなきゃ天誅だなんだと暴れだす。これが悪くなくて何が悪いのさ? 」
「新さん、俺はね、幕臣である以上幕府に尽くすのは当たり前だと思ってる。けど、彼らの言葉にも聞くべきものがあると思うよ。」
「そう言う事を言ってるから只さんは清河なんかに騙されるんだよ! まだ懲りてないの? 」
「判ってる! 言われなくても判ってるさ! だから俺は清河を斬った。山岡だって謹慎の沙汰を甘んじて受けてる! 」
「山岡は腹を切るべきだ。なんせあいつは清河の仲間だからな。」
「新さん! 」
「なんだよ。」
「清河は行動においては間違った! しかし理論においては正しい所もあったんだ! 山岡も俺も、正しいと思ったから協力した! 」
「人に迷惑かけて、幕府の金使って、正しいもへちまもないだろ? 清河が自分の金と権威で浪士組を作り上げたならそりゃ偉いさ! 尊王だろうが攘夷だろうが好きにすりゃいい! けどね、あいつは幕府を騙して金を出させ、将軍警護の為とみんなを騙して人を集めた。正しい所なんか一かけらもない! 」
「違う、そうじゃないんだ! 」
「まあまあ、お二方とも。ともかく落ち着かれてお茶でも。」
見かねた吉太郎がそう言って茶を出してくれる。
「んで、その天狗党とかいう奴らはどうなったの? 」
「首謀者たる武田耕雲斎を始め三百近くが斬首。残りは遠島や追放にされたよ。」
「へえ、そりゃ豪気な話さ。クズが世の中から消えてくれりゃそれだけ俺たちも楽になるってね。」
そう言ってやると只さんは不機嫌な顔で席を立った。
「もう、新さん、言いすぎですよ? 」
「そう? 」
「佐々木さんは我らと違って会津の出。外から見える幕府の姿を知ってるんですよ。」
「ふーん。」
「幕府とていろいろ歪んでますからね。私も神奈川に赴任してよくわかりました。佐々木さんは幕府の悪口を言わないだけでも立派なもんですよ。」
「けどさあ、吉太郎も神奈川にいたなら横浜の様子は知ってるだろ? 攘夷とか夢物語も良い所なのに。」
「そうですね。あれを見た上で攘夷、そんな人がいるならば本物のバカか余程頭のいい人なんでしょうね。」
「バカは判るけど頭がいい? 」
「だってそうでしょ? 見ただけで普通は無理、そう思うのに、それでも攘夷を言い立てるって事は勝てる算段があるのか、はたまたそれを口実に別の何かを果たしたいのか。いずれにしても頭のいい人じゃないとそんな事は口に出来ませんよ。」
「ははは、そんな奴いるわけが、っていた! 」
「えっ? 」
「長州の高杉だよ。あいつ、前に俺と一緒に横浜に買い付けに行ったことがあるんだ。」
「高杉って、あの? 挙兵して一か月あまりで長州をひっくり返したっていう? 」
「そうだ。その高杉だよ。すんごいバカかと思えば頭のよさげな事も言うんだ。バカで頭がいい、ってのはなんて言うんだ? 」
「さあ、狂ってる? とでも言うんでしょうか。」
「それだ! あいつは狂ってる。正直俺も怖いもん。あいつはね、すっごく迫力があるんだ。」
「まさか、新さんが? 」
「昔、叔父の小吉が言ってた。バカには勝てねえって。バカは強いんだって。あいつを見るとそれがわかる気がするよ。」
「小吉さんも相当怖かったですけどね。」
「なんせあの親父殿が勝てないっていうくらいだしね。バカは強いって見本かも、あはは。」
「静斎先生が勝てないっていうのはあの人くらいでしょうからね。」
「俺もさ、大概自分をバカだと思ってたけどまだまだ小吉にも高杉にも及ばないよ。」
「つまり、高杉と言うのは小吉さん並みに? 」
「ああ、イカれてる。」
「それが長州、つまり我らの敵となる。そう言う事ですね、いやだいやだ。」
「そうなったら只さんに出張ってもらえばいいさ。それにしてもさ、」
「なんです? 」
「今井さんも神奈川なんかにいないでこっちにくりゃいいのに。」
「はは、今井さんは色々出来がいいですから。あっちでも重宝されて、お奉行が離したがらないんです。」
「あの人も何でもできる器用な人だしね。絵もうまいし書も達者。」
「そうそう、同い年の私から見れば羨ましい限りですよ。」
その動乱の最中にある長州に、幕府は和解の条件を突きつける。長州より十万石を減じ、藩主親子は蟄居。朝廷もこの案で納得したらしい。あとは長州がその条件を飲めばお終いだ。
そんなある日、俺はいつものように隊士を率いて巡回を行う。春が近いとはいえ京は寒い。襟巻をして、臙脂の羽織を身に着けた俺たちは胸を張って禁裏の周りを練り歩く。
そんな中、乾御門の近くの薩摩屋敷から仄かに甘い匂いが漂ってきた。
「松坂先生、これは確かめとかなあかんのやないどすか? 」
「うん、けしからん謀ごとがあるかもしれないからね。」
そう言って俺たちは薩摩屋敷になだれ込む。
「御用改めである! 」
「あ、新さん! なによ、御用改めって。」
屋敷うちでは西郷さんがほっかむりをしてみんなとイモを焼いていた。
「え、いや、不審な甘ーい匂いがするなって。」
「あはは、お芋焼いてたのよ。たくさんあるからみんなも食べる? 」
「「食べる! 」」
一郎たちは藩士の案内で道場に招かれて行った。俺は近所のおっさんのような格好の西郷さんに連れられて座敷に上がり込む。
「あー、おいしいね。甘くて、ホクホクして。」
「でしょ? 薩摩はイモ侍なんて言われるけど、お芋はおいしいんだから。それよりさ、聞いて、オイさん、新しいお嫁さんもらっちゃった! 」
「えっ? 西郷さんっていい年して独身だったの? 」
「ちがうちがう、この年で独身、なんて言ったら変な人だもの。オイさんはね、ちゃーんと所帯を持ってました。」
「ましたって? 」
「それがさ、一人目の嫁さんはいいとこのお嬢様でね、オイさんとこの貧乏暮らしがたたって病になっちゃって、実家に帰っちゃった。」
「あらら。」
「で、二人目は島流しにされてるときにね。テヘ。でもさ、島から出たくないって言うからなくなくおいてきたの。子もいたんだけどね。」
「そうなんだ。」
「で、今度の嫁はイトって言うんだけど、若いのに、良く気が付く子でね。貧乏にも強そうだし。」
「けどいいとこの娘なんじゃない? 」
「まあ、そこそこはね。けどさあ、薩摩のいいとこなんて知れてんのよ、あーた。薩摩はみーんな貧乏なんだから。ほら、前に会った半次郎、あいつの家なんか三石よ? 三石。良く生きて行けるねぇってオイさんも感心するもん。」
「はぁ、すごいねえ。ま、何はともあれおめでとう。」
「うん、ありがとう。そうそう、オイさんの友達がこっちに来てるんだ。新さんにも紹介するね。おーい、一蔵どーん! 」
「ないごっか、吉之助サァ、あ、お客人でありましたか、これは失礼しもんした。」
「あはは、新さん、こっちは大久保一蔵、オイさんの幼馴染でね。」
「大久保一蔵でごわす。」
「で、一蔵どん、こっちが松坂新九郎殿。見廻組の与頭なんだ。もうね、オイさんも新さんには借りがあるから頭が上がんなくって。実はね、この新さん、こないだまで軍艦奉行だった勝さんのいとこでさ、」
「ほう、勝先生の名声はオイも耳にしちょります。」
「それでさ、プスス。その勝さんもあの吉田松陰も門下にいた佐久間象山先生の五月塾、あそこの塾頭だったんだって、おッかしいよね、ね? 」
「それはたまがった事にごわすな! 」
「うんうん、たまがった、たまがった。」
その大久保と言う男は細面の精悍な顔つきで、人のよさそうな目をしていた。
「あはは、そう言われると俺もさ、照れくさいっていうか。」
「でもね、なーんにも勉強してこなかったんだって! あはは、塾頭なのにだよ? 」
「もう、西郷さん。そんな意地悪言わなくても。」
「いやいや、新九郎さん、あ、オイの事は一蔵と呼んでくやんせ。佐久間象山先生と言えば当代切っての学者さま。その塾の塾頭ともあればそれだけでも大したものでごわす。」
「そう? 新さんはほーんと単純だからね。」
「吉之助サァ、象山先生ほどの方が只人を塾頭にすいはずがなか。」
「まあ、新さんは只人じゃないよね。なんせオイさん斬られるとこだったもん。」
「あはは、そいは恐ろしかぁ! オイも斬られんごと気を付けなければいけもはんな。」
「大丈夫だよ、攘夷かぶれじゃなきゃ斬ったりしないさ。水戸の連中や長州の連中のようにね。」
「攘夷でごわすか。薩摩の若かもんも一時はそない言うて騒いじょりました。」
「そうそう、伊牟田のようにね。あ、二人とも、伊牟田に会う事があったら伝えといて。俺が必ず斬るからって。」
「新さん、もう、そんな事言っちゃ嫌。ほら、お芋食べて機嫌直してよ。」
「じゃっどん、新九郎さん。攘夷云々はともかくとしても、薩摩は今のまんまっちゅう事じゃ収まらん。」
「どういう事? 」
「あのね、新さん。薩摩は現状を変えたいの。尊攘なんてのもその表れ。知っての通り、薩摩は関ケ原以来なんだかんだと幕府ににらまれて大変な目に合ってる。オイさんだって一蔵どんだって、生まれとしちゃいい方よ? けどいつまでたっても貧乏なまんま。だからね、力をつけて幕府から無茶ぶりされないようにしたいわけよ。そう言う意味では今の公武合体、合議制ってのは悪くない。」
「そうでござっな。江戸、とはいかんでも今よりは。」
「うちは殿様っていうか久光様がアレだけど、みんな薩摩を豊かにしたい。そう思ってるの。尊王だなんだもその口実。正直ね、なりふり構ってられないのよ。」
「なるほどねえ。判らないでもないけど。」
「んで、一部の連中が勘違いして本気で尊王だの攘夷だのと言い始めたわけ、それに引きずられてエゲレスにひどい目に。禁門の変もそう、裏で長州とも連絡してました。けどね、目的が薩摩を豊かにすることなのに、負け戦なんかに付き合ってらんないの! 長州は裏切りだの何だの言ってるけど、気にしてられない。勝さんはね、そこのところをよくわかってくれてる。」
「薩摩は薩摩の考えがあっていいと思うけどさ、外人襲って賠償金を幕府にってのは筋が違うよね。」
「うん、けど、薩摩には払えないもの。」
「だったらその分幕府の為に働くのが筋なんじゃない? 」
「オイたちもそう思うちょります。薩摩が豊かんなる、それを幕府がお認めになってくるっのであれば文句もなんもないとです。」
「だよね、一蔵どん。要は薩摩が食えないのが悪いの。米がないからイモを食う。島で育てたサトウキビは薩摩の人間の口には入らずにぜーんぶ売り物。サトウキビかじった子供が厳罰よ? それもこれも貧乏のせい。」
「ふーん。」
「だからね、オイさんたちは尊王だの攘夷だのにかぶれてる暇はないの! 戦ってるのは現実よ? 新さんが薬売りに来た時も良い顔でき無かったのもそれ! お金ないの。だからね、オイさんたちは何と言われようが薩摩を豊かにする。卑怯者だ、裏切り者だって言われてもね。若い連中は暴走しちゃったかもしれないけど、それだってきっちり抑えるから。」
「なんでもいいけどほどほどにね? 俺もあんたたちや村田さん、それに了介なんかを斬りたくないし。」
「新九郎さん! このオイと吉之助サァが薩摩に無茶な事はさせもはん! 信じてたもんせ! 」
西郷さんたちが言う正義、貧しさを脱却し、故郷を豊かに。その話は吉田さんや海舟の語る異国がどうのって話よりもよほどしっくりときた。俺が薩摩に生まれていたらおそらく同じことを思うだろう。
水戸浪士、そして長州の理屈は腹が立つ屁理屈にしか聞こえないが、二人の話にはそうせざるおえない切実さが感じられた。
そのあと巡回を一郎たちに任せて俺は西郷さんたちと酒を飲んだ。
「でさぁ、やっぱり若い子っていいよね。肌の張りが違うもの、張りが! そりゃあ子作りもはかどるっての! げははは! 」
「オイの妻も肌合いが良かです。それに色香もあって、こう。にゃははは! 」
「そうなのよ、一蔵どんの奥さんはきれかおなごじゃって、あら、訛り出ちゃった。」
「へえ、ま、一蔵さんはいい男だしね。」
「そうなのよ、オイさんはね、いっつも引き立て役で。でね、その一蔵どんの奥さん、これがまたできた人なのよ! オイさんが島流しにされてるときに一蔵どんが出世したからって、うちの弟たちが騒いじゃって。その時だって一蔵どんの留守をきっちり守ってさ。」
「もうよかとです、そん話は。」
「いいや、良くない。うちの弟、信吾って言うんだけどこれがまた、バッカでねえ! 上の吉二郎は良く出来た弟なのに。もうね、一蔵どんの家に石は投げるは大声で悪口言うわ。ほんとごめんね、バカな弟で。」
「いんや、よかです。新九郎さん、オイは昔、父上の罪に連座して謹慎しちょった事があっとです。そん時当然家禄も差し止め。食いもんも何も無くて。そいを吉之助サァが助けてくれちょって。わが食い扶持を減らしてまでオイたちに。信吾もいつも腹減らしちょって。そんオイが吉之助サァの島流しん時なんも力を貸さんかった。信吾が怒っとも無理ない事じゃって。」
「一蔵どん、あんときはオイさん、斉彬さまの残した物を少しでも守りたくて! 久光さまの言うこと無視したんだもん。仕方ないよ。」
「けどオイは、せっかくまとまりかけた藩がばらけっとが怖くて。吉之助サァの為にはなんも! 」
「いいの、どうしようもない事もあるんだからさ。」
「なんかいいね、二人は本当に友達って感じがして。」
「そうよ、一蔵どんはオイさんの親友だもの。新さんにだっているでしょ? 」
「俺? 俺の友達かぁ。そうだねえ、トシ、あ、新選組の土方歳三って言うんだけど、知ってる? あいつが一番古い友達になるのかな。」
「えっ? 土方って、あの鬼の副長の? 」
「そうそう、弱いくせに鬼とか笑っちゃうよね。あとはそうだな、長州の春輔、伊藤春輔ってのと志道聞多ってこすっからい奴。それと高杉も友達、と言えば友達かな。桂は違うけど。あとは、そうだな、ずっと会ってないけど坂本龍馬ってバカがいてね。」
「いやいやいや、あーた。それみーんな名のある人だからね? 高杉さんと伊藤さんは今回、長州の政変の主役だし、志道さんって今は井上って名乗ってるけど藩侯の側近じゃない。それに坂本さんは勝さんの塾の塾頭よ? 」
「そんな大したもんじゃないって。春輔は単なる女狂い。女抱くために生きてんの。聞多は金が欲しいだけ、龍馬は婚約者から逃げ回る為に天下国家だの言ってんの。んでトシは地元にいいかっこしたいだけ。高杉は、ま、アレはおかしいからね。」
「て、って事はさ? 長州の桂さんとかも面識あるわけ? 」
「あいつさ、すっごくむかつく奴なんだよ! ま、うちの茶屋ではよく働いてくれるけど。」
「ごめん、全然意味わかんない。」
二人に判るように説明すると、最初は目を見開いて驚き、最後はあきれ顔になった。
「じゃ、なに? その新さんの店で桂さんは働かされてたの? 」
「やだなあ、人聞きの悪い。あいつはああいうのが向いてるんだよ。武士よりも。」
「ははっ、そう。」
「そうそう、でも一番の友達はやっぱはじめちゃんかな。」
「誰、それ? 」
「新選組に居るんだけど斉藤一っての。江戸でね、俺が十二人斬った時、実はさ、半分は、はじめちゃんが斬ったんだよね。」
「やだ、気持ち悪い! 何? 十二人って。バカじゃないの? 」
「うっわ、ひどい言い方するね。そっちだってチェストーとか言ってばっかばか人斬ってんじゃないの? 」
「そんなことないからね。人斬りって言われた新兵衛だってそんなに斬ってないから。」
「そっでごわすな。十二人ってのはいささか度を越しちょります。」
「だから半分だって言ってんじゃん。はじめちゃんが罪に問われると困るからみんな俺が斬った事にしてるけど。」
「で、相手は? やくざ者? 」
「えっと、なんだっけ。清河が江戸に連れ帰った浪士組、あ、新徴組だ。その連中。ほんと、ろくでなしもいいとこでね。」
「つまり武士を? 」
「あんなの武士じゃないって。」
「一蔵どん! その斉藤さん、きっちり調べといて! 」
「判りもした。」
そのあと俺は西郷さんに追い出されるようにして薩摩屋敷を後にした。
「ひどいと思わない? 律っちゃん。追い出すなんてさぁ。」
「あちらにもご都合があったのですよ。きっと。」
「けどさあ。」
「そんな事より江戸から新九郎さまの大好きなアナゴの佃煮が。」
「えっ! 本当? 」
「お酒を用意いたしますのでご一緒に。」
「うんうん。」
久々に食べる江戸の味。一郎などは田舎臭いというが、俺はこのしょっぱさの利いた醤油で煮込んだ佃煮が大好きだった。
無論その夜も、あ、言うまでもないね。