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 元治元年(1864年)十二月。ようやく諸所のケリがついた。


 長州征伐は結局戦うことなく終結し、長州は恭順の意を示すため三人の家老を切腹させた。そして水戸天狗党は越前まで進軍、そこで加賀藩に降伏する。

 新選組は江戸に出ていた近藤さんが伊東とかいう学者と、向こうで集めた隊士を率いて京に戻った。


 海舟は江戸に戻って軍艦奉行を罷免、処分あるまで謹慎の憂き目にあっているという。


 そして元治は二年目を迎える。屯所で行われた新年の祝いは只さんが居ないので俺と吉太郎を中心に行った。俺はその足で会津屋敷を訪ね、新年のあいさつに伺い、そちらでの宴席にも参加する。会津藩の主だった者や、新選組から近藤、土方、そして新しく加わった伊東と言う男も参加した。


「昨年の皆々様のお働きにより、ともかくも無事に、こうして新たな年を迎えることが叶いました。とはいえ世は未だ予断を許さぬ情勢。なお一層の働きをもって、京洛に平穏を。」


 直さんの挨拶があり、会津候容保様が口を開く。


「長州は恭順し、水戸の天狗党は降伏した。今年は幕府の威を回復し、諸外国に当たらねばならぬ。それにはまず、この京の安定が何より肝要。わしは京都守護職として全力を尽くす所存である。そなたらもその心づもりでいよ。」


「「ははっ! 」」


 しばらくすると酒がまわり、座が乱れる。何故か俺は容保様に呼ばれ、そのそばで盃を重ねた。


「松坂、男谷殿はいつも言うておられた。自分には後事を託すにふさわしきものが居る、とな。そのお前の京での振る舞いを見ればあの御仁もあの世で高笑いしている事であろうよ。なにせお前ときたらやりたい放題。この容保に諸方に頭を下げて回らせるのだからな。」


「はは、それほどでも。」


「褒めておらん! 全くお前と来たら! だが佐々木と同格、としたは良かったかもしれぬ、でなければ佐々木は今頃寝込んでいたやもしれぬからな。のう、直右衛門? 」


「まったくですな。新さん、只三郎はあれでけっこう繊細なところもあってな。」


「っていうか、直さんは只さんを甘やかしすぎ! 」


「ははっ、わしもよう言われる。だが可愛いものは可愛いんだから仕方ない。」


「松坂、佐々木はな、会津の生まれにて、小太刀日本一と言われた男でもある。我らにとっては鼻が高いのだ。剣術に於いては男谷の免許もちのお前の方が上かもしれんがな。」


「誠にもって殿の仰る通り。只三郎は佐々木、いや、会津の誇りでもありますな。」


「ははっ、そうよな、だが松坂よ、この世は剣のみにあらずだ。わしとてお前に負けぬ術ぐらいは持っておる。」


 ニヤリと笑う容保さま。その笑顔に嫌な予感を感じた。


「これよこれ、わしはな、これに関しては誰にも負けぬ。世が落ち着いたら流派を立てようと思うておるくらいだ。」


 そう言って指をパチン、パチンとデコピンの形にはじいて見せる。どちらかと言えば柔弱な印象の容保さまだがその指だけは不相応に逞しかった。


「ははは、それ、すんごい痛いですもんね。」


「あれはまた加減をしていた。知っておるか? 松坂よ。エゲレスの言葉では指はフィンガーと言う。そして金はゴールド。わしはな、この指をゴールドフィンガーと呼び習わしておるのだ。ちょうどよい、皆の物、余興を! 」


「拙者は所用にて! 」


「それがしは腹具合が! 」


「妻が病ゆえこれにて! 」


 容保さまが余興、と口にしたとたん、会津の重臣たちが我先にと席を外す。直さんも「では、この辺で、」と立ち上がるところを容保さまに肩を押さえつけられた。


 その場に残ったのは直さんと俺、そして新選組の三人だけだった。


「近藤! 苦しゅうない。そなたらも近う。」


「「ははっ! 」」


 下座にいた三人が俺の隣に腰を下ろした。近藤さんは俺たちの話に聞き耳を立ててでもいたのか、浪士組の時は佐々木さまに大変世話になった、とか小太刀日本一の名声は剣術道場主であったころから聞いていた、とかやたらに只さんを持ち上げる。それを聞いた直さんは嬉しそうにしていたが、容保さまはややイラっとした表情をしていた。


「容保さま、ここはやはり新選組の面々にも会津の武威をお示しあるべきではと。」


「うむ、松坂、良い事を申した。さて、伊東、と言ったか? 」


「はっ! 伊東甲子太郎と申します! 」


 切れのいい返事をするその伊東の前に容保さまは屈みこむ。いわゆる不良のうんこ座りで恐縮する伊東の額を眺めた。


「うむ、よかろう、良い額をしている。その方に会津武士の何たるかと特別に見せて進ぜよう。面をあげい。」


「はっ! ありがたき幸せ! この伊東、しかと御受けたまりいたします。されば、昨今の情勢を垣間見るっ!」


 伊東がここぞとばかりに持論をまくし立てようとしたその時、容保さまの中指が光を発したかのように見えた。そしてドスンととてもデコピンの音とは思えない重い音を発すると、伊東はそのまま後ろに転がり、盛大な音を立てて襖を破った。


 えっ? と言う顔をして俺と近藤さん、そしてトシは顔を見合わせる。伊東はそのままピクリとも動かなかった。


「うむ、キレがいまいちだな。まだ本調子ではないようだ。」


 そんな事を言う容保さま。あんたすげーよ、マジで、流派立てれますよね、確かに。


「どうした、そんな顔をして。会津ではな、度胸試しの一つとしてこうした余興をよくやるのだ。なあ、直右衛門? 」


「は、ははっ。そうですな、それがしも幼き頃にはよく。」


「さて、集まれ。じゃんけんをして負けた物が勝った者にデコピンを食らうのだ。あの者は新参ゆえあの程度で許してやらねばな。」


 こうして地獄のデコピン大会が開始される。


「じゃーんけーん、ぽん! 」


 皆真剣である。容保さまが勝者となれば間違いなくそこで一人消えるのだ。生き残るには先手必勝。容保さまを先にヤルしかない! 俺たちはアイコンタクトでそう確認しあう。だが無情にも負けたのは近藤さん。そして勝ったのは、容保さまだった。


「ふむ、次は近藤か。お前は弾きがいのある面をしているな。」


 近藤さんは覚悟を決めたのか、くわっと目を見開き、ぐっと奥歯を噛みしめる。えらの張った鬼瓦みたいな顔が一層それらしく変化した。やはりズドンと音がして近藤さんの頭がバットでフルスイングされたかのように弾かれた。だがそこは新選組局長。ぐっと踏ん張って体はそこを動かなかった。


「ほう、」と容保さまが感心したように声を上げると近藤さんはガクガクガクと震え、その場にぱたりと倒れ込んだ。


「ふむ、流石は新選組局長であるな。わしはちと小用に。」


 容保さまが席をはずすと残りの三人は目を見合わせる。


「ねえ、ねえ! どうなってんのこれ! 」


「やべえ、絶対やべえ! 旦那。ここは俺たちもずらかるってのは? 」


「だよね。」

 

 俺とトシが腰を浮かせるとその腕を直さんがガシッと掴んで首を振った。


「二人がいなくなればわしが。そんな事は許されん。だよね? 新さん、土方。」


「いや、全然許されると思うけど? 直さんの殿さまなんだし。俺、会津藩士じゃないもんね。」


「そうそう、身内の始末は身内でつけてもらわねえと。ですよね、手代木様。」


「ぜえったいに許さん! 」


「離せよ! もう帰ってきちゃうだろ! 」


「ダメだ! 」


 そんなやり取りをしているうちに懐から取り出した布で手を拭きながら容保さまが帰ってきてしまう。地獄、続行。



「「じゃーんけんーぽん! 」」


 もうみんな必死である。そして次に負けたのは容保さま。そして勝ったのは俺だった。


「新さん! 頼むからね! 」


「旦那、ほんと頼む! 一発で決めてくれ。」


「松坂、遠慮はいらん。」


 遠慮なんかしてたらこっちが死ぬ。当然全力だ。俺は狙いを定め、指が壊れるかと思うほどの強さで容保さまのデコをはじいた。ばっちーんと音がして容保さまの首が跳ね上がる。どうだ! 決まったか? 


「はっはー! まーつーざーかー、いいぞ、久しぶりだぁ! これほどの衝撃はな! 」


 恐ろしい笑みを浮かべて容保さまは弾かれた首を戻した。


「攻防一体。わしは耐える方にも自信があるのだ! 」


 次も容保さまが負け、勝ったのは直さん。直さんもなりふり構っていられないらしく、変化技を用いた。なんと指四本で弾くと言う荒業だ。本場、会津仕込みの直さんの一発は相当のダメージを与えたかに見えたが、やはり容保さまは健在。凄惨な笑みを浮かべていた。


 そして三度俺たちは超人の術を目の当たりにする。負けたのは我らが主砲とも言うべき直さん。立膝をつき、構えを変えた容保さまの一撃はまさに閃光! 身構えた直さんはその、正座の姿勢のまま、ずずずっと壁まで袴をずべらせてその姿勢のままで気絶した。流石は会津の男である。


「今の技が電光だ。防御に長けた直右衛門でなければ壁までは弾き飛ばせたものを。」


 容保さまはぐふふと笑い、次の獲物を探し求めるように俺たちを見た。


「じゃーんけーん! 」


 次に負けたのはトシ。勝ったのはまたしても容保さま。トシは涙ぐみ、あう、あう、と言いながらも奥歯を噛んで覚悟を決める。容保さまは体の前で手を組んで、まるで魔法でも発動させるかのように複雑な形に指を構える。その指は縦ではなく横に組まれていた。

 その指の爪がきらりと光るとトシは真横に吹き飛ばされる。そして二回転ほど横に転がり、畳を擦って壁に激突した。


「今のが横車。基本の形の応用だな。」


 いや、そう言うのいいから。


 図らずも俺と容保さまの一騎打ち。じゃんけんはやめて交互に、と言う事にする。先手は俺。ここで決め切れなければ間違いなく、死ぬ。

 俺は右手の中指を左手で限界まで引き絞り、「いっけえぇ!」と気合と共にぶちかます。ぐっと構えた容保さまはその姿勢で俺の技を受けきった。


「ひゃっはー! 松坂ぁ、まだだ! まだ甘い! デコピンとはこうするのだ! 見よ、最終奥義! 天舞鶴翔! 」


 下から突き上げるような一撃を食らい、俺の体は宙に浮いた。そこで俺の意識は途切れてしまう。


 目が覚めた時には容保さまはそこに居らず、直さんと目を覚ましたトシが外れた襖を直し、散らかった盃を片付けていた。


「あはは、新さん、ひどい目に遭ったね。」


「まったくだよ。会津はどんな教育してんのさ! もうさ、京の治安もあの人に任せりゃよくない? アレに勝てる人、きっといないよ? 」


「旦那の言う通りだ。ほれ、近藤さん、いつまでも寝てんじゃねえよ。」


 近藤さんと伊東も目を覚まし、みんなで片づけを手伝った。伊東は心なしか顔が傾いていた。



「まあ、そんなことが。」


「もうさ、ひどい目にあったよ。律っちゃん、撫でて。」


「よしよし、痛みをごまかすには別の事を。わたくしがお布団で痛みなど忘れさせて差し上げますよ。」


「うん、んじゃ姫初めとしゃれこみますか! 」


 俺は律と布団の上で新年の抱負を語りあった。

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