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 一夜明け、火事も収まった翌日、屯所に泊まり込んでいた俺と一郎に会津候からお召しがかかった。


「やっぱり、あれやないどすか? よく働いたからご褒美的な。」


「そうだよね、大砲も奪ったし。坊主もたくさんやっつけたもん。」


 俺と一郎は顔を見合わせワクワクしていた。安次郎たち隊員は、褒美が出たら酒を! とテンション上げている。


「もちろんだよ。褒美が出たら、みんなで三条あたりの料亭にでも行って豪遊? 」


「いいですな。先生。」


「ほんま、たのしみやわ! 」


 会津屋敷に行くと、すぐさま奥に通される。そこには只さんを始め、近藤さんやトシまでもいた。なるほど、会津の支配方の論功行賞と言う訳だ。うん、これは期待できるね。ニヤッと笑って一郎と顔を見合わせた。


「近藤、それに土方。此度、それに池田屋での活躍見事であった。お前たちには十分に報いるつもりである。これからも励め。」


「「ははっ! 」」


 病を得ているという会津候はやや血色の悪い顔でそう告げた。次に只さんが呼ばれ、やはりお褒めの言葉を頂いた。そのあとは身内の会津藩士の論功が行われ、そこで皆、いったん席を立つ。あれ? おっかしいな。俺たちは? そう首をかしげながら立ち上がろうとすると会津候の側の座る直さん、会津藩公用方の手代木直右衛門が俺たちを呼び止めた。


「新さんたちは残るように。」


 な・る・ほ・ど。俺たちのは隊としてというより、個人的な手柄。みんなの前で賞してはいろいろ差しさわりがあると言う事か。


 一度席を立った只さんが戻り、襖をパタパタと閉じていく。


「二人とも御前に。」


「「はい。」」


 俺たちは会津候の前に出て恭しくお辞儀をした。その会津候は時折せき込みながらも機嫌よさそうに見えた。


「して、直右衛門。この、松坂たちは? 」


「はっ、それがしが判断するにはいささか。殿のご判断を仰ぎたく。」


 お、いいね。確かに大手柄っていやあ大手柄。直さんが判断に戸惑うのも無理ないね。


「ほう、して、どのような手柄を? 」


「それはわが弟、只三郎から。只三郎? 」


「はい。されば見廻組与頭、松坂新九郎。及び、その補佐、渡辺一郎。両名は、長州金剛隊に果敢に斬り込み、多数を討ち取り、かの者らの保持する大砲を奪い取りました。」


「ほう、流石は松坂新九郎。渡辺とやらもようやった。ごほっ、ごほっ。」


 きたきたきたー! そうだよね、大手柄だよねやっぱり! 


「――して、その奪い取った大砲にて乾門の薩摩陣地に砲撃を。この目にてしかと確認を。」


 只さんがそう言うと、会津候はえっ? と声を漏らし、そのままパタリと倒れ込んだ。


「殿! 殿! お気持ちを強く持たれませ! 」


 あちゃあ、只さんって、こういうとこ、ほんと空気読めないよね。余計な事を。


 直さんに抱え起こされた会津候は顔を歪めて俺たちをじっと見た。


「して、佐々木。わしは御所内にいた故、その後は? 」


「長州の砲撃、そう勘違いした薩摩勢が一気に長州勢に突入。やや、押され気味でありましたお味方はそれを持って一気に長州を。」


「殿、そのような事態にて、それがしには松坂殿を賞していいものやら罰していいものやら。」


「えっ? 罰してってそれは無いんじゃない? 」


「控えよ、殿の御前である。」


 ま・じ・か。まさかの罰の可能性。いやいやそれは無いよね。会津候はふーっと気が遠くなり、倒れそうなところをぐっとこらえ、姿勢を正した。


「し、して、松坂新九郎? さ、薩摩には? 」


「大砲と、その砲手を薩摩陣地に。向こうの西郷さんからは感謝の言葉も頂いております。」


「ふ、ふみゅ。なるほどな。もうさ、いいんじゃない? どーでも。佐々木、それを見たものには厳重な緘口令かんこうれいを。いいね? 」


「しかし殿! 万一。」


「直右衛門。薩摩は感謝していると。で、あれば問題は無かろう? 表立って松坂新九郎を処罰すればやぶへび、と言う事にもなりかねん。わしね、島津の久光殿、苦手なんだ、すっごく。すぐムキになるから。」


「されど何の沙汰も無し、とはいきませぬ。」


「あ、うん。松坂新九郎、お前に褒美、与頭格代理補佐心得の代理補佐心得を抜いてあげる。これからは与頭格。ほーら、三つも格があがったよ? よかったね。禄は変わらないけど。えっと、渡辺、だったけ? そっちも一つ格を上げちゃうんだからね。」


 完全にどうでもいい、投げやりな感じで会津候はそう言った。


「しかし、褒美はそれでいいとして、罰の方も必要ではないかと。」


 いや、全然よくないからね。俺、何も貰ってないに等しいから。


「兄ちゃん、やはりここは会津流に。」


「そうだな、只三郎。殿、いかに? 」


「そうだよね、そう、うん、それでいこう! 竹篦しっぺい五回! わし自らしてもいいよね。直右衛門、佐々木、取り押さえよ! 」


「「はっ! 」」


 えっ? なに、なんなの? と驚いている間に直さんと只さんが俺を取り押さえ、腕をまくった。


「ふふ、松坂新九郎。会津ではな、悪さをするとこうした罰を受けるのだ。はぁぁぁっ! 」


「あいぃぃん! 」


 思い切り振りかぶった会津候は俺の腕を二本の指でぱっちーんと叩く。叩きなれているらしく、すんげえ痛い! 


「まだまだじゃ! 面倒な事を引き起こしおって! 」


 次はジャンプして勢いをつけての一撃。ばっちーんと音がして、思わず「あっひゅぅぅぅ! 」と声が漏れる。


「わしが、島津のあのおっさんに、どれだけ難癖つけられてるかわかってんのか! 」


 バシッ、バシッ、バシッと三連発でジャンピングしっぺを食らわされる。腕は真っ赤に腫れあがり。俺は、はうぅぅと呻くほかなかった。


「ふむ、心が晴れたわ。松坂新九郎、次に何か仕出かせばこんなものでは済まさぬからな。心しておくように。」


 はっはっはっと笑いながら会津候は奥に引き取った。


「さて、あとは渡辺。お前は俺たちで。ね、兄ちゃん? 」


「そうだな、新さんの補佐であるならその無茶を止めるが役目であろう! 」


「あ、あんたたちはとめられるんどすか! 」


「俺はその役目ではない。」


「わしもじゃ。」


 みぎゃああと言う一郎の叫びが響き、手をさすりながら俺たちは会津屋敷を後にする。


「もう、ひどい目におうたわ。」


「ほんとだよね。結局何ももらえなかったし。」


「僕は見廻組お雇いから見廻組並になれたからええけど。」


「それよりさ、どうしよっか。安次郎たち、豪遊する気満々だよね。」


「なんもなかった、じゃ納得せえへんどすやろ。」


「うん、きっとお前相手にキッツイ稽古とかするんじゃない? 」


「ほんま堪忍や。しっぺくろうて、その上に”かわいがり”なんぞされたら死んでまいます。」


 はぁぁ、と二人で顔を見合わせると、ふと物陰からトシが現れた。


「よう旦那。それに一郎さんも。しけた面してんじゃねえよ。あの場にいたって事は大層な手柄を挙げたんだろ? 」


「まあ、ね。俺は代理やら補佐やら心得やらが外れて与頭格になったし、一郎も一つ格が上がった。」


「だったらいいじゃねえか。ま、立ち話もなんだ。ちょっくら軽く一杯ってのどうだ? 」


「いいねえ。」


 トシに誘われて近くの料理屋で座敷を借りた。トシは新選組のだんだら羽織、俺は親父殿にもらった臙脂の羽織、とにかく目立つのだ。店の人、思いっきり顔が固まってたもの。


「三条から向こうの町はひでえもんだ。折からの風にあおられてみーんな焼けちまった。町方も火消も頑張ったがありゃどうにもならねえよ。全く、長州ってのはどこまでも面倒を引き起こしやがる。んで旦那はなんでそんなしけた面を? 」


「土方はん、これをみておくれやす。」


 そう言って一郎は腕をまくりあげた。そこにはびっしりとしっぺの跡が赤く浮かび上がっていた。


「俺も。会津候直々にやられた。」


「えっ? なんで? 手柄挙げて格が上がったんだろ? 」


「あ、うん。」


 一郎がトシにあらましを話聞かせると、トシの顔はみるみると歪み、会津候たちと同じになった。巷では鬼の副長なんて言われているらしいが、まさにその呼び名にふさわしい顔だった。


「ねえ、バカなの? なーんで、そう言う事しちまうかな。よりにもよって薩摩に向かって大砲ぶっ放すとかどう考えてもおっかしいだろ?」


「そのね、味方は押されてるし、薩摩はうだうだしてて動かないし。一発景気づけみたいな? ね? 一郎。」


「その、砲術を学んだ身としてはやっぱり実戦で撃って見たかった感じどすやろか? 」


「ま、まあいい。その話は聞かなかった事にしとく。んでな、旦那にはちょっとした土産話もあるんだ。」


 ずずっと盃を啜ってトシがにやりと笑った。


「例の佐久間象山。旦那にとっちゃ先生だったな。んで、その下手人だが、どうも「人斬り彦斎」の仕業らしい。」


「人斬り彦斎? 」


「ああ、腹切った薩摩の田中新兵衛と並んで人斬りと称されるあぶねえ奴だ。結構な人数を斬ってるらしい。名は河上彦斎。逆袈裟斬りを得意とする熊本藩士だ。」


「へえ、熊本藩士、ねえ。」


「俺たちじゃ藩邸には手を出せねえ。けど旗本直臣の旦那たちなら違うだろ? 」


「いい話を聞いた。一郎。うちの連中をここに。」


「はい、すぐに。」


「あ、それとさ、昨日のほら、薩摩の若いの。あれも呼んで来いよ。」


「黒田殿ですね。わかりました。」


「西郷さんに見つかるとなんだかんだうるさいからな、その辺、うまくやれよ? 」


「わかっとります。」


 一郎は満面の笑みを浮かべ席を立った。


「――旦那? 薩摩の奴を引き込んで何を? 」


「トシ、俺だって元五月塾の塾頭だぜ? 少しは考えもするさ。いいか、会津候は薩摩の機嫌を気にしてる。」


「まあ、そうだろうな。」


「んで、俺が熊本に文句をつけた時、奴らはどこを頼る? 」


「まあ、薩摩、って、端から味方に引き込んで文句の出ねえようにって? まったく悪知恵だけは良く働くもんだ。」


「味方っていうか、一緒にいた。それだけでも薩摩には話を持って行きづらいだろ? 会津候だってそれならニッコリさ。」


「ま、旦那のやる事だ。俺は口挟まねえよ。けど、あれだ。俺の名前出すんじゃねえぞ? とばっちりはごめんだからな! 」


「まあまあ、そう言うなって。で、どうなのそっちは? うまく行ってる? 」


「もうよ、うちはうちで大変だ。」


「なにが? 新選組は池田屋と今回で大きく名を挙げただろ? 」


「それがな、すっかり近藤さんは殿様きどり。んで、それが面白くねえって永倉や原田がごねだしてる。自分たちはあくまで同志だってな。井上の源さんや総司は近藤さんにべったりだし。下手すりゃ二つに割れる勢いだ。」


「あら、で、はじめちゃんは? 」


「斉藤は俺に従ってくれてる。旦那にそう言われたからってな。なんせ俺は腕に劣る。力で奴らに言う事を聞かせられねえんだ。斎藤がいるからやっていける。そんな感じさ。」


「たいへんだねえ、トシも。あ、もう一人いなかった? なんかオカマっぽいの。」


「ああ、山南か。あいつは総長って事にして内々の事からは外してる。ようはお飾りだな。」


「お前、えげつないことするねえ。」


「あいつはな、そもそもが尊王攘夷って考えだ。けど俺たちは会津のお抱え。幕府の手先さ。それであいつは悩んでる。今更ケツを割ろうにもそれは法度が許さねえ。かと言って攘夷だなんだに賛同する奴も誰もいねえ。俺としても上に祭り上げて干しとくしかねえって訳さ。」


「だったら清河と一緒に行動すればよかったのに。」


「そう簡単にはいかねえんだ。山南は近藤さんに心底惚れこんでる。そう言う意味では信用できるんだ。」


「で、その近藤さんの考えは? 」


「あの人は何も考えちゃいねえさ。ただ自分が認められたい。あわよくば旗本にでも、それしかねえ。考えてもみな? 農家出身の田舎道場の先生がいまじゃ会津候とも直に口を利ける立場になってんだ。そりゃ浮かれもするさ。ま、そんな近藤さんだから俺にとっちゃあ都合がいいんだがな。」


「ま、そうだろうけど。んで、お前は? トシは何をしたいのさ。」


「俺か? 俺はそうだな。今みたいに血を燃やしてえ。大義、正義の元に新選組を率いてな。もちろん名を挙げてえとか、地元に良い恰好してえとか、そう言うのももちろんある。けど一番は、世に生まれた意味、俺のできる事を限界までやってみてえ。その為には新選組が必要だ。」


「なるほどねえ、ま、判らなくもないね。俺も京に来てからすごく充実してる気がするもの。」


「そういうこった、ま、旦那とは疑いなく味方でいられる。斎藤もな。なんせ俺たちゃ古い付き合いだ。」


「ま、友達だからな。」


 そうこうするうちにうちの連中、それに薩摩の黒田了介がやってきた。トシは関わり合いになるまいとそそくさと席を立つ。


「松坂先生。昨夜は大変失礼をいたしもした。オイに出来う事があればゆてくいやんせ。」


「うん、実はね、こないだ殺された佐久間象山。あの人は俺の先生でね。」


「吉之助サァも惜しか人を失くしたとゆてました。」


「その師の仇、どうも熊本藩士らしいんだよ、で、今から問いただしに行こうかと。了介にはその見届け役をね。」


「わかりもした。オイでは貫目がたいんかもしれませんが。」


「了介から見ておかしい、そう思えば遠慮なく言ってくれて構わないよ。俺たちはちょっとやりすぎちゃったりするからね。」


 こうして俺たちは熊本藩邸に殴り込み、いや、話し合いに向かう。元塾頭として尊敬する象山先生の仇は取ってやらねばならない。あわ良くばいくらか金をせしめてみんなに豪遊を。両方やらなきゃならないってのが辛い所だ。無論、京の治安を守る見廻組の職務としても正当なものである。


 多分。


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