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「んで、何やらかしたんだ? 」


 奥まったところにあるトシの私室に連れていかれた俺は、いぶかし気な目で見るトシに尋問を受けていた。


「だーかーらー、俺は悪い事なんかしてないの。ここに来たのもお役目! 」


「嘘をつくんじゃねえよ! あんたは京になんぞ来なくても立派に食っていけんだろうが。」


「京都見廻組ってのが出来てさ。」


「ああ、聞いてる。佐々木さまが与頭なんだろ? 」


「そこに俺も。」


「あのなあ、旦那、あんたが大人しく佐々木さまの下に着くとは思えねえ。あの人は清河の件でやらかしてる。江戸で斉藤と一緒に斬ったのも清河の手下だろうが。」


 何を言っても聞き入れないトシに困り果てた俺を見て、一郎がクスリと笑った。


「土方はん、松坂先生は佐々木先生の下ではないんどす。同格の与頭格なんですわ。」


「与頭格? この旦那が? こう言っちゃあなんだがそいつはちっとばかし。」


「えっ、なに? 俺が与頭じゃダメなの? 」


「いや、その、ダメとは言ってねえよ? けどよ、人を率いる立場となりゃいろいろと細々した仕事だってあんだろ? 旦那にできんの? そう言う事。」


「あーっ! あーっ! そう言う事言っちゃうんだ! マシ信じらんない! 俺だってね、やればできるはずなんだよ! たぶん。」


「そのへんは佐々木先生がぜーんぶ。そないな話になっとるみたいで。」


「ああ、そう言う事。ま、佐々木さまも大変だな。しっかし旦那が与頭ねえ。」


「あ、うん。さっき会津候にそう言われてね。与頭格代理補佐心得みたいな? 」


「なんだそりゃ。」


「格は只さんとおんなじだけど禄は肝煎並み。親父殿がね、会津候にあれこれ言って、その、只さんに俺の頭は下げさせんって。」


「ははっ、流石の会津候も男谷先生にかかっちゃ形無しだな。ま、いい。旦那が見廻組だっていうならこっちとしてもやりやすいし。」


「それはそうとそっちはどうなのさ。そうそう、さっきはじめちゃんに会ったよ。」


「こっちはこっちでなんだかんだと大変だ。芹沢一派を始末してようやくこれから。近藤さんはすっかりお山の大将気取りで景気のいい事しか言わねえし。なんだかんだと苦情は俺に。けどな、俺の腕前じゃここの奴らを黙らせるって訳にもいかねえんだ。だから俺は法度を作った。」


「法度? 」


「ああ、バカな連中を束ねるにはきつい掟でもねえとな。元は芹沢達に無茶させねえために作ったんだがその法度をもって俺はここを仕切ることにした。」


「ちなみにどんな? 」


「なあに、簡単な事よ。難しくしても馬鹿には判らねえからな。士道に背けば切腹、局を脱すれば切腹、勝手に金策すれば切腹、訴訟を勝手に裁けば切腹よ。」


「切腹しかないって、どんだけ? 」


「そうでもしねえと判らねえんだよ。俺たちはあんたらと違って元が武士じゃねえ。ろくでなしの集まりさ。脅かして、刃物を突き付けねえという事なんか聞きやしねえんだ。」


「それはまた、厳しおすなあ。」


「はは、えっと。」


「申し遅れました。僕は渡辺一郎と。松坂先生の側付きを。一郎と呼んでもらえたら。」


「んじゃ、一郎さん、この旦那の側付きってんならしっかり見ておかねえとな。ほっとくとすぐ金ごまかしたりするからよ。受け取りなんかはよっく改めねえと。会津も金がキッツイとこだしな。」


「そう言う言い方はないんじゃないの? 」


「よく言うぜ、講武所の銭ごまかしたことも、長州の買い物に付け込んで大儲けしたことも自慢げに言ってたじゃねえか。んでその銭で洋酒を買い込んで大儲けだ。」


「ははは、それは気をつけらなあきまへんなぁ。」


「こいつなんかね、もっとひどいんだから。何だかわからない薬をあっちこっちに高値で売りつけさ。ほんと詐欺だよね! 」


「あーっ! 俺んちの薬はちゃんと効くじゃねえか。詐欺でもなんでもねえだろ! 」


「袋変えただけで三倍の値段だぜ? 信じられる? 」


「あ、ありゃあんたと定吉先生の手引きじゃねえか! 人を詐欺師呼ばわりすんなよな! 」


「まあまあ、どっちにしろ会津の懐が厳しいのは事実。ちょろまかしはあきまへんな。松坂先生も土方はんも。」


「お、俺は、んな事しねえよ。局中法度を拵えたのは俺だ。その俺が金策しちゃ示しってもんがつかねえ。」


「どうせ、会津にも、この新選組にもあの赤袋売りつけてんじゃねえの? 」


「しねえって言ってんだろ! 」


「まあまあ、とにかく落ち着いて。しかし、そのお薬、効くんであればええのんでありまへんか? 」


「ん? どういうことだ、一郎さん。」


「会津は懐がお寂しい。せやけど他所は。そんで、京にはいろんな藩のお人がおりますやろ? 」


「他所に売りつけるって事? 」


「先立つもんはどうしたって必要。そう思いまへんか? 」


「確かに。うちも金に関しちゃ余裕がねえ。会津候にもこれ以上無心は出来ねえしな。」


「聞けば新選組のお人らはきつい稽古で怪我が絶えぬと。その新選組で愛用されたお薬ともなれば。」


「いいねえ。トシ? 」


「そうだな。俺個人じゃなく、新選組印の石田散薬。それでいけば隊も潤うって寸法か。」


「うちらは上がりの三分。それでどないです? 見廻るついでに各藩の警護する御門に声をかければ。」


「俺らは町衆にって事か。いいな、それでいこう。値は赤袋と同じ一つ三朱だな。」


「そうですなぁ、値が安いとありがたみが失せてまいます。」


 俺たちは顔を見あわせうっしっしと笑った。



「ま、なんかありゃ俺の方から旦那の住まいに顔を出す。佐々木さまとも会いづれえし、近藤さんだって軽く捻られたあんたに来られちゃ調子が狂う。旦那と俺ならうまいことやっていけるからな。一郎さん、旦那の事くれぐれも頼むぜ? 」


「ええ、お任せを。僕も松坂先生や、土方はんとならうまい事やっていけるんやないか思うとります。」


「旦那、今はいろいろ不穏な時期だ。なんかあったら使いを出す。そん時は加勢を。」


「そうだね。俺たちもその為に京に来た。こっちはまだまだ出来立てだけど何かあったら力を貸すよ。」


 俺たちはそう話して前川邸を後にした。



「これで任務は完了っと。あとはトシの薬を売り歩けばそれでいいね。」


「佐々木先生が今頃組み分けもすましておるころやろうし、松坂隊の金策はこれで。」


「うんうん、みんなで酒飲んだり、飯食ったりするのにも金はいるものね。只さんに言ってしっぶい顔されんのもやだし。」


「そう言う事で。」


 ニマニマと笑いながら屯所に帰った。そこでは只さんがうーんと頭を悩ませながら紙に筆を走らせていた。


「あ、お帰り、新さん。どうだった? 」


「うん、副長のトシと話はつけたよ。こっちは俺に任せてもらって大丈夫。」


「悪いね。俺も清河の一件さえなければ。」


「ま、過ぎた事さ。それに只さんと俺は友達だろ? 助けるのは当たり前。」


「新さん。ごめん、俺。」


「はは、もういいって。けどさ、流石に頭だったものが俺たちだけってのは。」


「そうなんだよね。今から加わるのも合わせればこっちの相模組だけで二百人。頭は四人、いや、八人は欲しいかな。一組二十五人。八組あれば負担も軽くなるし。とりあえずは新さんのところに講武所からきた連中を。みんな顔なじみだしね。」


「そうだね、その方が助かるかも。今日つけてもらった一郎はそのまま俺のところに。いろいろ気も利くし、助かるから。」


「うん、あいつもまだ家は継いでないけど幕臣の跡取り。腕が達つようなら新さんとこの小頭にしてもいいね。」


 ちなみに見廻組での役職はいくつかあり、トップは見廻役の蒔田まきた相模守。一万石の大名で、まだ若い人だ。ま、いわゆるお飾りの責任者だ。


 その下に与頭として只さんが。で、その下に本来俺が付くべき肝煎きもいりと言う役がある。本来は世話役と言う意味だがここでは副長格。その下に肝煎介、そして正規の組士である見廻組並、その下にお雇いと言うアルバイト的な存在がいた。一郎は今の時点ではアルバイト。俺につけられた講武所の連中は正社員の見廻組並だ。まずは剣術の腕を示させて役を上げてやらねばならない。

 何しろ只さんに渡された名簿には俺と親しい講武所の生徒たちの名前しか載っていない。俺と親しい、話が合うという事は頭の方は期待できないという事でもある。


 見廻組内松坂隊二十五名はこうして編成された。六月の三日、暑い日の事だった。



「めぇぇん! 」


 鮮やかに一郎の面が決まる。今日は向かいの所司代下屋敷、通称千本屋敷の道場を借りて竹刀打ちの稽古をする。畳斬りは講武所の頃からやっているのでうちの隊士は三分の一くらいは斬れるようになっていた。そして一郎は中々の腕前で畳の半分まで切り裂いた。おぉぉっと他の隊士も素直に感心する。そして昼からは道場で竹刀打ちをやろう、と言う事になった。


「小手、面! 」


 面白いようにポンポンと打っていく一郎。俺と講武所上がりの連中はそれをニヤニヤと見ていた。得意絶頂の一郎は、今度は胴を抜こうと振りかぶった相手の懐に飛び込んだ。その瞬間、一郎の動きがピタッと止まる。竹刀を腋に挟まれて、押そうが引こうが動かないのだ。

 何の躊躇もなく竹刀を捨てた相手にくらべ、一郎は竹刀を放す、と言う発想ができなかった。あとは投げられ叩かれ、面を剥がれ、一郎はその場にうずくまってシクシクと泣いていた。


「松坂先生、このくらいで良いでしょうか?」


 そう言って面を外したのは高橋安次郎。幕臣の子弟で講武所の生徒だった男だ。


「うん、どう? 一郎は。」


「剣の才に優れ、竹刀打ちも達者かと。ただ、いかんせん我らとは。」


「そうだね。もう少し鍛えないと。次。ほら、一郎、面をつけろ。」


 一郎は涙を拭いて立ち上がり、竹刀で打っては投げられ叩かれ、そして泣いた。


「もう、ひどい話や。竹刀打ちやのに。」


「ははっ、それだけじゃ何にもならないだろ? いかなる手段を用いても勝つ。それが俺たちさ。な? 安次郎。」


「ええ、我らは松坂門下と言っていいほど、先生に鍛えられましたから。最初はお前みたいに投げられ、面を剥がれて泣いたもんだ。なあ、みんな。」


 うんうんとうちの隊士が頷くと安次郎は一郎を抱え起こした。


「ま、畳もよく斬れるし、竹刀打ちも見事なもんだ。先生、うちの小頭は一郎でいいんじゃないですか? 」


 再び周りの連中もうんうんと頷いた。


「いいの、それで? 年だって一郎が下なのに。」


「先生、我らに面倒な事が出来るとでも? 」


「ま、そうだね。って事で一郎。お前はうちの小頭、俺の補佐ね。そのうちに役もちゃんとつけるから。とりあえず面倒ごとは宜しく。」


「えっ? えーっ? ちょっと待っとくれやす! 」


「書付とかも全部お願いね。んじゃみんな、久々に稽古するか。」


「「はい! 」」


 一郎が小頭、そう決まった俺たちは伸び伸びと稽古に打ち込むことができた。できる人が一人いると違うよね。



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