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京都に着いた俺たち見廻組、只さん率いる相模組は二条城の北、京都所司代下屋敷の通りを挟んだ北側にある松林寺。ここは会津候、松平容保が最初に入洛した時の宿舎、黒谷金戒光明寺の末寺に当たる。今は川を渡った御所の近くに大きな屋敷を立てて移っている。
とにもかくにも旅装を解いて、会津藩の世話役の手配で家を借りる。俺は寺からほど近い、山王町という所に屋敷を借りた。若く、独り者の次男、三男は会津の屋敷で長屋を借り、それなりに裕福な当主たちは俺と同じく近隣に家を借りた。与頭の只さんもうちの近くに屋敷を借りて、そこから通うようだ。流石に寺住まいでは落ち着かないのだろう。
うちの使用人として連れてきた源助、お縞夫婦、それに娘の佐紀は甲斐甲斐しく働いてみるみる間に屋敷の中を整えていく。碌に庭もない小さな屋敷ではあるが門構えがしっかりしているのと、使用人の住まう離れがあったのでここにしたのだ。同じ建物で同居、となればいくら気心が知れているとは言え、夜の哲学をするのに気を遣う。
屋敷には内風呂もあったし、家具もそこそこは残っていたので夏の間は大きな買い物もせずに済みそうだという。せいぜい布団、それに蚊帳。なにせ律は寝具にはこだわりがあるのだ。
そうしたものを買い求め、その日は皆で通りに出て外で飯を食った。
「新九郎さま、京とは思ったよりも暑い所なのですね。」
「本当だね。」
「お風呂を使ったばかりなのに、こんなに汗が。寝間着など、お脱ぎになれば宜しいのですよ。」
そう言って律は俺の寝間着を脱がしにかかる。ふんどし一枚。蚊帳を通して吹く風が心地よかった。
「うふふ、ではわたくしも。」
律は見せつけるように寝間着を脱いで、俺を誘う。その日はいっぱい哲学した。
翌日は威儀を整えて、只さんと二人で会津屋敷に向かう。会津屋敷は通りを挟んで二つに分かれ、広大な敷地を持っていた。その東奥はもう、禁裏の一角だ。
只さんの兄、会津公用人となった手代木直右衛門、直さんの案内で京都守護職の会津候、松平容保様に面会する。
「佐々木只三郎。」
「はっ! 」
「改めて見廻組、与頭を申し付ける。」
「ははっ! この身に変えましても、大役、果たして見せまする。」
「うむ、励め。して、松坂新九郎。」
「はっ! 」
「その方の話は聞いておる。男谷下総殿よりくれぐれも、とな。」
「お耳汚しを。」
「うむ、その方には見廻組、与頭格代理補佐心得を申し付ける。しかと務めよ。」
「ははっ! 」
与頭格、は良いとして代理補佐心得ってなんだ? そう思ったがとりあえずは頭を下げておいた。その時ぷっ、と会津候とそばに控えていた直さんが顔を見合わせて噴き出した。
「ははっ、松坂新九郎よ、わしも流石に男谷殿に言われては断ることもできぬでな、男谷の男に佐々木に頭を下げさせるわけにはいかぬ。そう言われてな。講武所ではお主の方が格上、されど遣わす禄がない。よって苦肉の策でこうしたという訳だ。」
「新さん、格としては只三郎と一緒。だけど禄は肝煎並み。ま、そう言う事でうまくやってよ。面倒な事は只三郎にさせればいいし。」
「そう言う事だ。わしもお前たちは同格として扱う。講武所剣術教授筆頭にて浪士組十二人を斬り捨てた腕前、期待しているぞ。」
はははは、と会津候は扇で自分を仰ぎながら機嫌よく席を立った。
「わが殿も新さんの事は気に入ってる。下総殿がこちらにいる間、いろいろ語ってくれたからね。新さん、わしもいれば只三郎もいる。何も心配いらないよ。な、只三郎? 」
「うん、俺と兄ちゃんがいるから。新さんは不逞浪士を斬ってくれればいい。」
「まあ、細かい事は判らないけど、直さんと只さんがそれでいいって言うなら。あ、それにトシたちもいるもんね。元気にやってんのかな。」
「土方たちは新選組として頑張ってる。ねえ、兄ちゃん? 」
「うむ、近藤を始めとしてよう働いている。だがな、やはり出自の低さが災いして各藩の藩士や、公家からは良く言われぬのだ。そこでつくられたのが見廻組。講武所の旗本、それに二人のような剣術教授。藩士も公家も文句は言うまいて。」
「なるほどですね。」
「お主たちには御所や二条の城の周りを巡回してもらう事になる。新選組には町を。帝のお側を下賤な者に任せた、とあればまた公家たちが不敬だなんだと言い出すからな。わしら会津も陪臣であるし、そこまでは手が回らん。そこで直臣のお主たちをとなったわけだ。」
「わかりました、直さん。俺に出来る事はしかと。」
「うん、只三郎と一緒に、頼むよ、新さん。」
会津屋敷を出て、今度は屯所近くの所司代に挨拶に出向く。京都所司代はこの四月から会津候の弟でもある桑名藩主、松平定敬様に変わったばかり。定敬様は機嫌よく応対してくれ、励ましのお言葉を頂いた。
そこを出てようやく屯所に帰り着く。見廻組の連中はそれぞれ組に分かれて畳斬りに勤しんでいた。
「新さん、俺は組み分けと巡回の計画を立てるから、新選組との折衝、任せていいかな? 」
「俺がするの? 」
「俺はさ、清河の一件があるから顔を出しづらくて。新さんは副長の土方とも顔なじみでしょ? 」
「ま、いいけど。んで、何を決めてくればいいの? 」
「ま、とりあえずの挨拶とこっちの巡回が決まればそれと被らないようにって。」
「わかった。で、どこに行けばいい? 」
「えっとね、そこを出たら千本通り。それをまっすぐ南に下がって、四条まで出ると壬生寺って寺があるよ。その近くの前川邸だったかな。多分そこ。判らなかったら肥後屋敷のすぐそばだから、誰かに聞けば教えてくれるよ。こっちで雇った人をつけるから大丈夫。」
只さんは外に向かって渡辺! と大きい声で叫んだ。しばらくすると二十歳ぐらいの若者が現れた。
「新さん、こいつはこっちで雇い入れた渡辺一郎。しばらくは新さん付きにするね。こっちの生まれだし道や何かも知ってる。」
「渡辺一郎、と申します。松坂先生、よろしゅうに。」
その渡辺一郎を連れて外に出た。結構話好きらしく、歩きながらいろんな話をしてくれる。剣術だけでなく、槍術も砲術も弓も馬術も修めているらしい。
「へえ、すごいねえ。」
「私は二条御門番与力のせがれ、門番するよりこっちの方が面白いと思いまして。お雇いゆう形で参加させてもろたんです。」
「門番か。確かにあんまり、ね。」
「お役目があるだけでもありがたいとは思うとるんです。けどせっかくいろいろ習うたのにって。」
「ま、俺は剣術しかできないけどよろしくね。」
「松坂先生は江戸で浪士組の人ら、十二人もお斬りにならはったんやろ? ほんま、かっこええなぁ、思うとりました。」
「ははっ、まあ、ね。」
こういう時すっごく心苦しい。なんかはじめちゃんの手柄を横取りしてるみたいで。そうそう、はじめちゃんもこっちにいるんだった。その辺もきっちり口裏を合わせておかねば。なにせ彼は純真な男だからね。
思ったほどの距離はなく、川を渡って四条通りに出てしまう。
「えっと壬生寺だったよね。」
「はい、そない聞いてます。先生、あと僕の事は一郎って呼び捨てて欲しいんです。」
「そう? じゃあそうするね。」
そんな話をしていると向こうから水色っぽい派手な羽織を着た一団が現れる。袖口がギザギザに白く染め抜かれ、まさに新選組といった感じだ。
「あ、あれです、あれが新選組のお人らや。」
よくよく見ればその先頭を歩くのははじめちゃん。思わず懐かしさに顔が綻んでしまう。
「あー! 新さん! どうしたの? こんなところで。」
「あはは、はじめちゃん、久しぶりだね。」
「うんうん、僕も何とかやってるよ。新さんこそ、あのあと大変だったんじゃない? 」
あ、まずい、と思った俺ははじめちゃんの肩を抱きかかえて耳打ちした。
「あのね、はじめちゃんに追手がかかっちゃいけないと思ってさ、あの時の事、全部俺がやったって事になってんの。でね、それがさ、俺一人で十二人斬った、なんて話に。」
「えっ、だって実際はそんな感じだよ? 僕は後ろからちょこっと不意打ちしただけだし。」
「なんかさ、はじめちゃんの手柄取ったみたいで気まずくて。」
「あはは、アレは新さんのお手柄だよ。気にすることなんかないって。で、なんでこっちに? 」
そこで俺ははじめちゃんの肩を放して普通に話し出す。
「今度ね、京都見廻組ってのが出来たんだ。」
「あ、うん、聞いてるよ。会津候の支配でそんなのができるって。」
「で、俺がその一人、与頭代理補佐なんとか、そんな役目になったんだ。この一郎はうちの組の人。で、とりあえず新選組に挨拶にって。」
「へえ、すごいね。流石新さんだ。屯所はそこの角を入ったところだよ。土方さんが居たから話は通じると思う。僕は見回りがあるからこれで。こんど遊びに行っていい? 」
「うん、律っちゃんもこっちにいるから。二条のお城の近く、山王町ってところに屋敷を借りたんだ。すぐわかるよ。」
「わかった。それじゃまたね。」
そう言ってはじめちゃんは隊士を連れて行ってしまった。言われた通りに角を曲がり、前川邸にトシを訪ねた。
「はーい、誰? 」
「よお、久しぶり。」
けだるそうに頭を掻いて現れたトシは俺を見ると目を丸くした。
「だ、旦那じゃねえか! どうした、こんなところに。まさか悪さして逃げてきた訳じゃあんめえな。とにかく人に見られるとマジい。中に入って。ほら、そっちのあんたも。」
トシの中で俺は一体どんなキャラ設定になっているのだろうか。完全に犯罪者をかくまう感じで俺の手を引いて上がらせる。っていうかあんた警察だよね?