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 京都見廻組、そう言う組織がつくられることは決まったがすぐにどうこうできるわけもない。五月になるとまずは組織をどうするかの打ち合わせが何度も開かれた。只さんはそれに出席、終わると俺や今井さん、肝煎に名の上がった俺たちにその内容を話して聞かせる。


「要するにね、会津の負担が大きいんだ。今、京では新選組、かつての浪士組が頑張っているけど、彼らは浪士だからね。その、こういう言い方はどうかと思うんだけど、やんごとなき方のおわすところや二条の城、そう言ったところを任せるのはちょっと。そこで俺たち幕臣の腕利きを持って、そこの警備に。そう言う事みたいだね。」


「けどさあ、只さん。結局会津の下に、って事はさ、財政的には会津の負担なんじゃない? 」


「うん、新さん。金の話じゃないんだ。会津は千人の家臣を京に置いてる。一年交代でね。その千人は二条の城、そして御所を始めとした重要な場所。そう言う所に詰めさせてる。見廻りまでは手が届かない。会津だって国元の事もある。これ以上は人を出せないんだ。だから幕府の禄を食む俺たちを、って訳。経費は会津が出すけどそれでも安上がりなんだよ。」


「まあ、俺はそれでいいけど。今井さんはどう思う? 」


「私は特に。佐々木さんは会津のご出身ですし、面倒ごともお任せできる。」


「ちょっと今井、それは無いんじゃないの? 」


「佐々木さん。」


「なんだ。」


「私は浪士組の一件、忘れていません。それにあなたが山岡たちと近しかったことも。私は新さんには従います。ですがあなただけでは。そもそも攘夷志士は清河と同心していたもの。斬れるのですか? あなたに。」


「今井! その件は俺もきちんとけじめをつけた。清河を斬り、謹慎も! 」


「私はね、あの時に評定所の人が来なければ、あなたも山岡も斬るつもりでした。」


 ぐぬぬ、と怒りの評定を露にする只さん。只さんは年下の今井さんには絶対に頭を下げない。謝っちゃえば楽なのに会津の教えがそれを拒むのだ。


「ま、今井さん、面倒ごとは只さんが。そう言う事でいいじゃない。」


「ですね、佐々木さん。よろしくお願いしますね。」


「わかった! やるよ、やってやるさ! 俺が全部すればいいんでしょ! 新さんも今井も京ではしっかり働いてもらうからね! 」


「ええ、斬る方はお任せを。ね、新さん。」


「うん、少しコツがわかった気がするからね。」


 京都見廻組内相模組。その幹部たる俺たちは最初から揉めていた。



 五月の二十日、将軍家茂公が江戸に戻ってきた。と言う事は親父殿も海舟も、そして健吉も帰ってきたという事だ。その日の夕刻、亀沢町の道場に久しぶりに顔を出した。健吉の弟子でもある今井さんと一緒に。


「親父殿、そして健吉も無事の帰還何よりです。」


 俺と今井さんは二人にそう挨拶をした。海舟もいたのだが、船であちこち行くのはいつもの事。わざわざ無事を祝うほどの事はない。その親父殿はいくらか顔色が悪く、時折せき込んでいた。


「新さん、先生はあちらでお体を、」


「よい、健吉。余計な事を言うでない。新九郎、そして今井。京都見廻組の役目、まずはめでたい。わしはいささか年を取った。これよりはお前たちに働いてもらわねばな。その為の講武所であり、お前たちなのだ。」


 げほっ、ごほっとせき込みながらそう話す。


「静斎殿、無理しちゃいけねえよ。あんた、あっちで倒れたんだ。新九郎の事は兄貴分のオイラが。」


「麟太郎、お前ももう、軍艦奉行のお役目と、安房守の官職を頂いた諸大夫なのだ。いつまでも新九郎の面倒を、と言う訳にも行くまい? 」


「けど、オイラは男谷の男だ。健吉もそう、だから。」


「うむ、そうだな。後の事はお前たちに。だが、新九郎はわしの子でもある。みな、すまんが少し席を外してくれるか? 」


 静かに親父殿がそう言うと、皆、心配そうに席を立った。そして二人きりになると親父殿はにっこりと俺に微笑みかける。


「新九郎よ。お前はわしの自慢のせがれだ。今少しそばに。」


「うん。」


 そう言って側によると、親父殿はごつごつした手で俺をしっかりと抱いてくれた。


「新九郎、わしはおそらく長くは持たぬ。子供たちにはこの家が、麟太郎には幕府のお役目が。心残りはお前の事だけであった。」


「親父殿。いろいろ迷惑かけて、ごめん。」


「ふふ、なんの。若かりし頃の悪さであればわしもお前には負けん。小吉と一緒になって暴れまわったものよ。新九郎、前も言ったがお前には男谷の男の矜持を託す。麟太郎は良くやっているがそれゆえに妥協も多い。あ奴が歪めしものが全て正しき結果を産むとは限らぬ。よいか、新九郎。これからは動乱、そうなるかもしれぬ。お前はその中で好きに生きよ。決して己を折るな。そしてお前が許せぬ、そう思ったことは許す必要は無い。」


「うん、判ってる。」


「麟太郎、それに健吉。世に残った男谷の男はあ奴らだけ。お前が奴らをそれにふさわしくない。そう思った時は斬れ。我らの出自は盲目の検校殿。一介の盲人から、ここまで成り上がれたのは全て幕府のおかげ。健吉にはわしの剣術を、そして麟太郎には幕府の行く末を頼んだ。お前にはわが一族がこうむった恩。それを少しでも。頼めるか? 」


「判ってる。俺は最後まで、死ぬまで幕府に。」


「お前は京に上り、悪を討つ。もはや顔を見る事もあるまい。わしの可愛いせがれ、新九郎。今日が今生の別れ。そう心得よ。」


「親父殿! 」


「わしに出来る事は全てした。お前に佐々木などに頭を下げさせぬようにな。次に会うのはあの世。面白い話をたくさん、ごほっ、」


「親父殿! 判った、判ったから! 」


「ふふ、小吉と一緒に楽しみに待っておる。それまでは精一杯、力いっぱい生きろ。誰がお前を悪く言おうがわしと小吉はお前の味方。」


「うん、うん。」


「さ、病をうつしてはいかぬ。もう行け。」


「けど! 」


「律は良い娘だ大切にな。」


「……うん。判った。親父殿、養生を。俺が京で活躍して、いっぱい話しを! 」


「うむ、楽しみにしておる。」


 ゴホゴホとせき込みながら親父殿は手で俺を払った。親父殿に抱かれ感触が薄れていくのが怖くて、俺は自らを両手で抱いた。



 京都見廻組は相模組と出雲組、それぞれに二百人づつを抱える大きな組織になるのだという。まずは旗本、特に講武所の生徒に募集を掛け、全然足りずに、その子弟も対象とした。旗本だけに屯所暮らしはごめんだ、と妻を伴い、家を借りるという者も多かった。只さんもそうだし、俺もそうだ。今井さんは神奈川奉行所の強い申し入れがあり、今回の参加は見合わせとなった。


「旦那様、奥方様、行ってらっしゃいませ。」


 店の連中の見送りを受けて俺たちは京に出発する。まずは講武所にて合流し、そのあとは中山道を通って京に向かった。うちからは律の侍女として、店で働く老爺の娘が一人、下男、下女として老夫婦が一組付き添う事になる。この三人は親子なので何をするにも便利が良い。元は亀沢の道場で働いていたし、鐘屋でも働きが良い。申し分ない人選だった。


 今井さんが不参加。となると幹部は只さんと俺。只さんは宿の割り振り、食事の手配、それに旅の日程の調整と忙しそうだ。女たちの事は奥方の七重さんがあれこれとやっている。


「只さん、俺も手伝おうか? 」


「あ、うん。でも大丈夫。前にね、浪士組と上洛した時はさ、宿の割り振りで揉めに揉めてね、近藤、試衛館の。あいつに任せてたんだけど大変な事に。だから俺がやるよ。新さんの手が必要な時は頼むから。ありがとう。」


 只さんは神経質なまでに一連の作業に取り組んだ。文句いう奴はぶっ叩けばいいのに。



「どう、律っちゃん? 歩くの辛くない? 」


「ええ、私は水戸の田舎者。歩くのは慣れておりまする。」


 割り振られた宿は、俺たちと只さん夫婦だけ。他はみんな違う宿。なんかいろいろ気を使っているようだ。


「そっちはどう? 只さんはさ、細かいところまで気を使って頑張ってる。手伝おうかって言ってるんだけど。」


「こちらも七重さんがあれこれと。わたくしはできる事も少ないので煩わせてはと、黙っておりまする。」


「えー、律っちゃんはなんでもできるじゃん。」


「それは新九郎さまの為であればの話。他の方の為にはする気もありませぬし、できぬ事ばかり。うちの者たちも同じでございまする。新九郎さまの為、そうでなければ手は貸せぬ。そう言う物なのでございまするよ。」


「はは、ま、それならいいけど。」


「ですから律は新九郎さまの為に出来る事を。さ、お着替えを。」


 そう言って律は俺の袴の帯をほどいてくれた。



 特にトラブルもなく、京に着いたのは六月の初め。暑い夏の頃だった。



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