表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/127

38


 清河の浪士組の一件は詳細がわからぬまま、日が過ぎていく。何しろ海舟が出ずっぱりなのだ。幕閣の話は海舟が居なければ俺の耳には届かない。


 三月の二十八日、清河率いる浪士組は江戸に帰還した。


「新さん、ごめん、俺。」


「トシたちは? 」


「京に残るって。試衛館の連中と。だから、会津に面倒見てもらえるよう取り計らってきた。」


「ふうん。」


 講武所に顔を出した只さんはただひたすらに、俺に頭を下げた。


「ずっと新さんが言ってた。俺たちは幕府に食わしてもらってるって。なのに俺は、幕府の金をむざむざ。」


「佐々木先生、まだ、そうと決まったわけでは。」


「山岡、幕府にとってこれ以上の恥辱はない。お前が清河の肩を持つのは構わぬが、こうなった以上それは明確な謀反。判るな? 」


「……はい。」


「んで、なにがあったのさ? 」


「京についたとたん、清河は全員を寺の本堂に集めた。そしてこう言ったんだ。将軍護衛は名目、本意は尊王の先駆けとなる。」


「へえ、またそいつはご機嫌だね。で、あんたらはそんな事言わせて黙ってた訳? 」


「頭取の石坂、松岡、それにこの山岡。一隊を率いる村上、博徒上がりの裕天仙之助とその子分。すっかり話は出来上がってたよ。外されてたのは俺と鵜殿さん。それに水戸の芹沢一派、近藤の試衛館、あとは根岸とかいう年寄りの一派だよ。」


「佐々木先生。大義を成すには、時に小義を。」


「ねえ、山岡。」


「はい。」


「清河は何がしたいの? 天下取りでもするつもり? んでお前は何がしたいの? 幕府を潰すの? 」


「……松坂先生。我らは朝廷、帝の望まれる攘夷のじつを上げるため、その為の手勢が。」


「そういうのはさ、お前の金でやれよ。いいか、お前らのしたことを世間じゃ詐欺って言うんだ。尊王とか攘夷とかじゃなくてさ、自分の勤める幕府を裏切るってのはどうかと思うよ? ま、俺もあんまり人の事は言えないけどさ。受け取りごまかして金をちょろまかした事もあるし。けどね、幕府の体面は傷つけちゃいない。」


「しかし! このままでは朝廷のお怒りはさらに! 国事御用のお二方、三条様、姉小路様は過激な攘夷論者。我らの手で攘夷をなさねば幕府とて! 」


「だーかーらー、そう言うのは幕閣が決める事。その為に将軍は上洛したんだろ? お前や清河が決める事じゃない。」


「ですが! 」


「もういいよ、お前。今井さん。」


 ばたんと襖があいてたすきをかけた今井さんたちが現れる。


「新さん。」


「只さん、物事は誰かが責任を取らないとね。そうだろ? 」


「ですよ、佐々木先生、山岡さん。」


「私たちを斬る、と? 」


「いんや、もし俺なら恥ずかしくて切腹するかなって。そうなりゃ介錯がいるよね? 」


「そこまで! 松坂殿。」


 前に見た評定所の人が俺たちの前に立ちふさがる。


「よろしいか、こちらのお二人の処遇を決めるも幕閣。松坂殿、貴殿らが決める事ではありませぬ! 」


「ははっ、そりゃそうだね。」


「お二人はこちらへ。此度の顛末てんまつ、しかと。よろしいですな? 」


 二人は評定所の人に連れられて行った。


「さって、俺たちも帰ろうか。みんな、そば屋でいっぱい奢るよ。」


 俺は今井さんたちを連れて外に出た。



 そして四月。十三日の日に清河は麻布で斬り殺される。犯人は佐々木只三郎、只さんと他数名。頭を失った浪士組は新徴組と改められ、本所に拠点を構えた。総責任者、取扱役は先に逃げた松平上総介。その下に頭取として、山岡とその義父、高橋泥舟が置かれた。

 そして講武所においても人事があった。清河を只さんと一緒に殺した窪田泉太郎、これが神奈川奉行所の頭取で、今井さんの柔術の師でもある。その窪田の配下に今井さんがつけられたのだ。


「そっか、寂しくなるね。」


「新さん、異国の物で欲しいものがあれば文を。なんせ横浜は目と鼻の先ですし。」


 内輪で行われた送別会で今井さんは俺にそう言って笑いかけた。健吉は将軍について京に行ったまま、只さんはあれ以来自主的に謹慎しているらしく顔も見せない。山岡は本所の新徴組に掛かり切り。知ってる顔がどんどんいなくなる。


 海舟と龍馬も大阪、トシたちも京にいる。そして五月になると一通の文が届いた。聞多と春輔からだ。二人はどうやら無事に異国への留学を決めたらしい。行先はイギリス。だが、最後に付け加えられた一文が、とんでもなく衝撃的だった。


『五月十一日未明、長州藩は下関から海峡を横切る異国船に砲撃を加えた。』



 衝撃的ではあったが、俺に何かできるわけもない。長州、ファイト。


 すべては他人事、そう思って日々を過ごす。講武所から帰ると律とはじめちゃんが迎えに出てくれる。そんな幸せもいいじゃない。だがそうも言ってられない出来事が。


 いつものようにはじめちゃんと座敷でゴロゴロしていた俺は、きゃーっと言う悲鳴を聞いた。一瞬はじめちゃんと目を合わせ、刀掛けから大小を取って腰に差す。そして番台の方に顔を出すと、ガラの悪そうな連中が、叩かれて転がるお千佳を、顎を上げて見下ろしていた。


「誰。」


「俺たちは新徴組。帝の御用を果たすため資金がいる。ここはずいぶん羽振りがいいと聞いたのでな。」


「で、何? 」


「あんたがここの? 講武所風たあ、粋じゃねえか。帝の御用金、出してくれるな? 」


「旦那様、いけません! こういう輩に一度出せば次々と! 」


「うっせーんだよ、女! 」


 男はお千佳のデカいケツを蹴り飛ばした。はじめちゃんは逃げたのか、いつの間にか姿を消した。


「いったい何事です? 」


「ほう、こりゃあまた良い女だ。どうだい、天朝様にお仕えする俺たちの為、一肌脱いじゃくれねえか? 」


「そう言う事を仰る前に鼻毛でも抜かれてはいかがです? 身だしなみもできぬではその天朝様とやらもさぞかし恥を。」


「へ、へへえ、ずいぶん剛毅な女じゃねえか、おいあんた、女のしつけがなっちゃいねえぞ! 」


 そう叫んで男は律を殴ろうとした。だが律はその腕を取って投げ飛ばす。男は潰れたカエルのように土間にひっくり返った。


「て、手を上げやがった! 」


 男がそう言うとその場にいた三人が刀を抜いた。それを見た俺は近くの男を反射的に袈裟懸けに斬った。


「えっ。」


 そう言いながら男の体が歪んでいく。血が着物の中に溜まっていった。


「ふう、」と一息ついた俺は次の奴に刀を向けた。思ったよりも斬れるもの。畳よりも人の体は斬った感触がこころよかった。


「こ、こここ、こいつ、斬りやがった! 」


「先に抜いたのはそっちね。斬らないと士道不覚悟になっちゃうからしょうがないよね。」


 その時、外からもぎゃああ、と言う悲鳴が上がる。暖簾越しにはじめちゃんが刀を振るうのが見えた。

裏手に回っていたのだろう。こうなった以上は急がねばならない。俺は躊躇なく、隣の男の首を刎ね、それに驚いたその隣の男の胴を払う。あとはカエルのようにひっくり返った男だけ。そいつは首を横に振りながら後ずさった。


「ほらほら、役目を果たさないと。あんたが死ぬ前に言っておく。あんたのせいで頭取の山岡は死ぬことになった。」


「ひ、ひぃぃ! 」


 手を伸ばしていやいやと身振りで示す男は、はじめちゃんに後ろから、脳天をたたき割られた。


「これで全部? 」


「うん、外には二人いたよ。」


「そっか。」


 そう答えて、懐の布で刀を拭い、鞘に納めた。夢酔の刀は重さがあってしっくり手になじむ。流石は小吉おじさんの打った刀だ。人を殺すにちょうどよく出来ている。とはいえやってしまったら後始末がいる。それにいささか斬り足りなかった。


「律っちゃん。」


「はい、はじめさん、これを路銀に。」


「えっ、なんで? 」


「一応殺しちゃってるからね。はじめちゃんはここまで。その金で京に行って、トシたちと。」


「うん、新さんは? 」


「俺はこいつらの飼い主に用事がある。」


「だったら僕も行くよ。その足で京にいくから。」


「あはは、じゃ、行こうか。」


「はじめさん! 生水は飲んじゃダメですよ、あと、変な女に騙されない様に。」


「うん、わかった。奥方様も元気でね。」


「律っちゃん、あとはお願い。」


「ええ、ご武運を! 」


 すでに人だかりができている。奉行所の連中に捕まる前に山岡だけは斬っておきたかった。手下を使ってうちの店に。許せることじゃないよね。


 本所に走り、近場の人に新徴組の屯所を聞いた。聞けば三笠町にあるという。近くをうろつくと偉そうに門番を立て、新徴組屯所と板に墨で大書した看板がかかっているところを見つけた。


 俺は普通に歩いて行き、その門番が何かを言おうとしたところを袈裟懸けに斬り下ろす。もう一人の門番は俺に気が向いたところを後ろからはじめちゃんが斬った。

 その看板を取り外し、門の中に入ると玄関に向けて思い切り投げ込んだ。ガランガランと大きな音を立て、何事かと数人が顔を出す。それを無言のままで斬っていく。どの顔もびっくりした表情で固まっていた。


「何事ですか! 」


「よう、山岡。」


「ま、松坂先生。」


「はじめちゃん、ここで。」


「うん。判った。」


 はじめちゃんが走り去るのを見届けて、俺は血刀ちがたなを右手にぶら下げたまま、山岡に詰め寄った。


「いったい何を! 」


「お前のところの連中がな、うちに強盗に来た。あとはわかるな? 」


「ち、ちがう! そんな事! 」


「どうでもいいさ。お前が責任者なんだろ? 天朝の名を語って強盗。お前、最低だよ。まして俺のところに。斬られても文句ないよね。」


「わ、私はしらない! 本当です! 」


「だーかーらー、責任者として責任とれって言ってんの。」


「な、何でもします、なんでも。」


「山岡先生、いったい。」


「ば、バカ、出てくるな! 」


 不幸にも顔を出した男は不思議そうな顔のまま、首を刎ねられた。


「さ、もういいだろ? お前は殺されるだけの事を俺にした。判るよね。頭いいんだもん、お前。」


 山岡はぐうっとあごを引いて覚悟の決まった顔をする。


「私も武士、幕臣の端くれです。配下の者の罪、私が。ですからこれ以上は。」


「ふふ、考えとくよ。」


 そう言って刀を振り上げた瞬間、ぴぃぃっと笛の音がする。それを聞いた俺はなんだかおかしみを感じてはははっと笑ってしまう。


「山岡、今回は見逃してあげる。」


 そう言いながらその山岡の袂で刀を拭い、鞘に納めた。山岡は微動だにせず、じっと俺を見たままでいた。


「松坂先生。いつか、この屈辱を。」


「あはは、頑張れ。」


 そう言うと俺は両手を上げて取り方に捕縛された。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] やべー、新ちゃん格好良すぎるー
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ