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 手にした武器は使いたくなるのが人の業。


 翌日、講武所で今井さんが披露した拳銃を、早速試し撃ちをしようと言う事になった。


「しかし、試し撃つはいいが、的がな。」


 親父殿はうーんと考え込んだので、いい案をひらめいた俺が提案する。


「やっぱり海軍の船じゃない? 船の方だって武器で撃たれてみなきゃ性能が判らない訳だし。」


 うむ、と親父殿が頷くと早速窪田のじいさんと伊庭さん、二人の師範が段取りを始める。この二人は俺たち教授方よりも格上。講武所の重鎮でもあるのだ。


「的は弓の的紙があろう? それを船に張り付ければよいのじゃ! 」


「海軍の邪魔が入らぬよう周囲を封鎖しろ! 文句をいう奴は殴りつけて構わん! 」


「「はっ! 」」


 彼らの頭には海軍に許可をとるという選択肢は入っていないようだ。


 外に出ると当然海軍の奴らは邪魔する訳で、船の前で伊庭さんが海舟とにらみ合っていた。それをそのまま放置して健吉が床几を据えるとそこに親父殿が腰を下ろす。健吉は護衛としてその脇に立った。

 そのころには船に的紙が貼られ、窪田のじいさんたちも親父殿の脇に侍った。まずは俺が試射をして見せる運びとなって弾を入れて拳銃を構える。


「ば、ばか、新九郎! やめろ、な? やっちゃいけねえ事だってわかるよな? 軍艦ってすっげえ値がすんだぞ! 」


 海舟が伊庭さんたちに押さえつけられながらそう言うと海軍の生徒もそうだそうだの大合唱。もう、こんなんじゃ集中できない。イラっとした俺が海軍の連中の方に歩いていき、奴らに銃を向ける。


「お、おい? ばか、やめろ! 」


「もうさ、うっさいんだよねいちいち。船の試験も兼ねてるんだからおとなしく見とけよ。」


「はぁ? 船の試験? 」


「そう、鉄砲で撃たれても大丈夫か、ちゃんと試さないと。これに乗って大砲で撃ち合うんだろ? 」


「ばっか、そんな事頼んでねえよ! とにかく今すぐやめろ! 」


 空に向けてバンバンと拳銃の引き金を引いた。海軍の連中も海舟も、うわぁぁっと声を上げてクモの子のように逃げ散った。


「さって、じゃあ試験を始めるよ。」


 俺が弾倉に残った残りの四発をオランダから買ったという蒸気船、朝陽丸めがけて打ち込んだ。この船で海舟は長崎から帰ってきたのだ。黒く塗られた船体に貼られた的に、四発の弾は命中する。真ん中、と言う訳にはいかなかったが。

 それにしてもだ、銃を撃つというのは気持ちいい。パンと言う火薬の炸裂音。手に伝わる発射の衝撃。うむ、これは癖になる。


 そのあとみんな一発づつ船に向けて撃っていく。最後に親父殿が六発全部撃ちきった。買ってきた弾はこれで終了。100発で一両って事は一発40文? キャァァァ! 一発撃つごとに天ぷらそば並みの値段じゃん!


「集合! 」


 窪田のじいさんの号令がかかり、俺たちは親父殿の元に集合する。


「うむ、このように連発できるとあればかなりの脅威となろう。もはや弓などはあってなしが如くだ。」


 一同が親父殿の見解にうんうんと頷く。


「しかもこのように小さいとあれば懐に忍ばせるのも容易い。いくさともなれば狙いを定めやすい長い銃の方が良いのであろうが、平時においては実に利便が良い。但し、あくまで予備の武器としてであるがな。弾を持ち歩くにしろ千も二千もと言う訳にも参らぬ。百では今のようにあっという間に撃ち尽くしてしまうからな。」


「そうですね。わずか四半刻もかからぬうちに。」


「そうだ。それに弾はどこにでもあるものではない。新九郎、この弾は一発いくらになる? 」


「40文ですね。」


 俺が答えると、皆おぉぉっとどよめきを上げた。やはり天ぷらそばの値段、と考えると軽々しくは撃てないのだ。


「利便もよく、連発も利き、あれを見るに威力も十分である。が、値が高いな。」


 あれ、と言われた船の舷側。そこにはすでに的紙はかけらも残っておらず100発の銃弾を撃ち込まれたそこは、黒い塗装を吹き飛ばされ、中の木材がめくれていた。


「何丁か追加で買い求め、少しづつ鍛錬するしかあるまい。皆に行き渡させるにはいささか金がかかりすぎる。だが、敵となったものがこうしたものを持っている。そのように想定し稽古に励まねばな。」


「「はっ! 」」


「今井、お前に銃器の管理方を命ずる。そうだな、月に十両。これで賄える範囲で弾とこの銃を準備するのだ。新九郎、お前も力を貸してやるのだ。」


「「ははっ! 」」


 俺と今井さんは思わず顔がにやけそうになるのを堪えつつ、神妙に振る舞った。月に四両、二人で分けても二両の小遣いが手に入るのだ。嬉しくないはずがない。


 そこで解散となり、それぞれ道場に戻っていった。


「やりましたね、新さん。」


「もうさ、たまんないよね、月に二両だぜ? 」


「お声が大きいです。こうした事は誰が聞いているかわからぬもの。慎重を期さねば。」


「ごめん、そうだよね。」


 とはいえこみ上げる嬉しさを抑えきれず、俺たちはうっしっしと笑った。後ろでは海舟と、海軍の生徒が泣いていたがどうでもいい。



 講武所の務めは昼過ぎで終わり。その分、朝は早いがそれは慣れれば気にならない。昼飯を食ったら少しだけ書付仕事などをして、昼の八つ。現代で言う午後二時には終了だ。あとは自主的に残って稽古する奴もいれば、帰るやつもいる。

 休みに関して言えば曜日はまだ導入されていないので毎月一と六のつく日は休みである。それとは別に師範や教授方は交代で休みがあった。皆、自分の道場があるし、うちもそうだ。道場の師範として、その交代の休みの日は男谷道場で稽古をつけている。

 

 そして明日はその一と六の日。完全な休日だ。俺は築地の講武所を出ると川船を雇い、墨田川を遡る。両国橋のたもとで降りて、川を上がれば回向院だ。ここはいわゆる無縁仏や刑死者、動物なんかが供養される寺なのだが、イメージと違いにぎやかな場所だ。

 なぜならここでは相撲が行われるため、娯楽スポットの一つになっているのだ。


 その回向院の前の茶店で待ち合わせていた律と出会う。律は下女を一人供にしていたが、その下女は俺を見ると頭を下げて帰っていった。


「ごっめん。待った? 」


「いえ、わたくしも先ほど来たばかりでございまする。」


 口ではそういうが、菓子の皿や湯呑を見るに、結構待たせてしまったようだ。その律と一緒に川に降り、再び船を雇って今度は神田川に入り、筋違橋のところで降りた。現代で言う秋葉原だ。そこからは二人で歩き、上野まで出て湯島天神でお参りする。そのあとは茶店で一息入れた。


「いい天気だね。もうすっかり夏だ。」


「ええ、晴れ晴れとしていて実に気分がいいですね。」


「何か食べる? 」


「いいえ、まだ。それよりも。」


「そうだね、鐘屋に行って落ち着こうか。」


「はい! 」


 ここまで歩けば不忍池はすぐそこ。鐘屋に入り、女将のお千佳といくつか話して離れに入った。


「相変わらず忙しそうだったね、お千佳もみんなも。」


「ええ、商売繁盛、何よりですね。預けておいたお金も増える一方で。」


「そうなの? 」


「改装に使った残り、三十両をお店の資金として預けおいたのです。それも今や倍の六十両に。」


「へえ、お千佳も大したもんだね。んじゃみんなの給金も相当なもんだ。」


「はい、道場にいた頃の倍以上は貰えると喜んでおりました。」


「まじか! それもすごいね。」


「さ、そんな事よりもお風呂に。ね? 」


 哲学の時間が始まった。



 律との肉体言語を用いた哲学の討論は夜半まで続き、翌朝は日が高くなるまで、律の胸に抱かれて眠っていた。


「おはようございます、新九郎さま。」


 目を覚ますといつものようにすっかり支度を整えた律が俺を抱いていてくれた。おはようと答え、あくびを一つする。厠に行き用を足すと、顔を洗って歯を磨く。律に髭を剃ってもらい、髷を整えてもらって朝餉を食った。


 律の膝に寝転んで耳かきをしてもらっていると、ろくでなしがやってきたとお千佳が知らせる。仕方がないので離れの座敷に通した。


「新さん、わざわざ拙者が訪ねてきたのにそんな顔しなくても。」


「勇吉、俺はね、あまーい夫婦の時間を堪能してたの。わかる? 」


「まあまあ、そう言わずに。ちょっと面白い話を持ってきたんですから。」


 ふーん、と言ってキセルに火を入れる。どうせ金儲けの話に違いないのだ。それか花魁の話。勇吉にはこの二つの要素しかない。


「実はね、拙者、調達の御用を受けることになりそうなんですよ。」


「調達? 」


「ほら、例のお触れ、武器を異国の商人から買っていいってアレです。」


「ああ、俺も横浜で拳銃買ってきたよ。講武所の御用で。」


「そうなんです? だったら話が早い。新さん、拙者は異国の言葉が判らなくて。新さんは松陰先生と同門でしょ? そのあたり、お力添え頂けないかってね。」


「いいけど、お家の御用なんでしょ? 幕臣の俺なんか頼って大丈夫なの? 」


「大丈夫。わかりゃしませんよ。でね、結構大口。三十両ばっかり持たされて、それで適当に買って来いって。それで。」


「できたらいくらかちょろまかしたいって? 」


「さっすが話が早いや。そういう訳で。」


「ま、俺の方も横浜に用事があったし、一緒に行こうか。うまい事受け取りをごまかしてくれるところがあるんだ。」


「ほう、実に興味深いですね。」


「こないだはそれで四両の大儲け。一緒に行った奴と半分に分けて二両づつね。」


「拙者も半分は新さんに。だからね? いいでしょ? なにしろ十月にはまた、桂さんがこっちに来るって話なんですよ。あいつが来ちゃこんなうまい話は拙者のとこまで降りてこないんですよ。」


「そうなの? 」


「うちの志道もあいつの桂も長州じゃそれこそ昔からの名家ですけど、あいつは昔から学問もよく出来てうちの殿さまのお気に入りなんです。根性なしのヘタレって以外は非の打ちどころがないんですよ。」


「その根性なしのヘタレってのが一番の問題だと思うけどね。」


「で、それまでにできる事はって話です。」


「それはいいけどそっちは勇吉一人? 」


「いんや、相方に高杉って若い奴が。こいつが例の松陰先生門下のイカレ野郎で。取扱い注意の代物なんですよ。けど松陰先生と同門の新さんが居りゃおとなしくしてるとは思うんですけど。」


「うっわぁめんどくさそう。」


「大丈夫ですって。頭もいいし面白い奴ですから。ただちょっとイカレてるだけで。」


 ともかくも横浜には一緒に、そう約束して勇吉は帰っていった。


 そのあと俺たちは鐘屋を出て、浅草を二人で歩く。浅草寺でお参りして、仲見世を歩いて菓子などを食った。


「ねえ、律っちゃん。欲しいものとかない? 」


「どうされたのです、急に。」


「また近々横浜に行くことになりそうなんだ。だからね。」


「わたくしは十分でござりまする。もう、新九郎さまさえいてくれればそれで。」


「でもさ、折角なんだし。」


「で、あれば、あちらのお酒などを。お千佳が何か目玉になるものでもあればと言っておりましたし。あのお酒であれば。」


「うーん、そっか。そうなると定期的に仕入れできた方がいいね。」


「そうですね。ですが無理は。」


「ま、やってみるさ。律っちゃんの願いなら果たさないとね。」


「もう、新九郎さまったら。律の願いはいつも一つでございまする。ずっとお布団で。うふふ。」


 今宵も熱い夜になりそうでござるな。


 



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