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「えっと、その」


 応対に出た政府の官吏は苦々しい顔で俺たちを見た。


「だから了介、黒田閣下に面会をって言ってんじゃん。俺たちは一応大蔵省の官吏だよ?」


「あ、いや、わかってるんですが、黒田さんはここにはいないんです、それにいま、北海道の政庁は函館ではなく、札幌で」


「札幌?」


「ええ、ここでは南によりすぎるっていうんで、新しく拵えたんです」


「遠いの?」


「ええ、まあ。この時期はもう、雪が深いでしょうし、御用の件は文にでも」


 うーん、せっかく来たのだから了介の顔も見ておきたかったし、できれば儲け話の一つでも、と思ったのだが。


「どうしようか、板倉さま?」


「寒いのは嫌じゃの。それに井上も報告を待ちわびておろう? あまり時を費やすのは良くないの」


 残念だが札幌行きはあきらめ、了介には適当な内容の文を出すことにした。そして官吏の人に北海道の現状を聞いてみる。


「黒田さんも色々やっちゃいるんですがね」


 官吏の人が言うには榎本が降伏した後、この地の初代開拓使長官となったのは佐賀藩主の鍋島直正。本人はひと月ほどで、こちらに来ることもなく、大納言に転任したが、開明的な人であるらしく、佐賀藩士、島義勇を開拓使判官に任命、佐賀の民も移住させた。今の政庁のある札幌を開発したのもその島であると言う。

ところがこの島、できる人だけに急進的な改革を進め、地元の既得権者たちと衝突、さらには二代目の開拓使長官となった元公家の東久世とも予算の事でぶつかり解任された。

 了介は開拓使次官として北海道の北にある島、樺太の専任となったが、開発は無理、と判断。その分北海道の充実を、と論じ、海外視察に赴き、この十月に帰国。向こうで知り合った外国人技術者をお雇いとして招聘、東久世の辞任に伴い、今は開拓使次官のまま、開拓事業の長となっている。


「ま、ともかく寒さが厳しくて、何をするにも金はかかるし、時間もかかるんで」


「なるほどねえ、確かに寒いもんね。熊とかいるし」


「そうなんですよ、んで、古くからの習わしもあるし、アイヌの連中も。風習が違うってのはなかなかに厄介なんです」


「そっか、了介も大変だね」


「……それが、」


「ん?」


「じつは黒田さんは東京で」


「は?」


「なんでも向こうから指揮を執るとかで。まあ、帰国されたばっかりってのもあるんでしょうが、さすがにどうかなって」


「なるほどの。話は分かった。邪魔をしてすまなんだの」


 板倉さまと五稜郭を出て、函館の町のコーヒー店に。


「まあ、あれじゃの。ここはしばらく様子見じゃ。あまりに水物じゃからの」


「うん、あんまりくちばし突っ込まない方がよさそうだね」


「まあ、現状確認ができただけでも良しとせねばの。して、此度、千円は政府に納めるとして残り四千円。どうするつもりかの?」


「うーん、みんなにも分けてやりたいけど」


「そうじゃの。まあ、とりあえず千円を皆で。残り三千円は井上と図り、何か投資をしたいところじゃ」


「投資?」


「うむ、政府でも民間でもいい。何かの事業に金を出すのじゃ。そしてその事業の上がりの一部を、という訳じゃの」


「へえ」


「うまい話があれば、わしの金も、お主の寝かせておる金も一気に突っ込みたいところじゃ」


「でも失敗したらどうするのさ」


「そうならぬよう、井上とも相談せねばの」


「なるほどね」


 東京に戻った俺はともかくも、千円をみんなで頭割りに配った。その頭数の中には五郎ちゃん、そしていつもただで店を使っている敏郎の分も入れた。そして翌日、俺と板倉さまで大蔵省に出仕する。


「ああ、新さん! うまいことやってくれましたわ。政府には取り立てと鉱山の売却で五万、きっちり戻ったし、銅山の売り上げの一部は今後、私と新さんで山分け、ウハウハですわ!」


「ま、村井とかいうのはちょっと哀れだったけど、仕方ないよね」


「ですよねー。で、採用の方なんですけど、これは年の変わりに、って思ってるんですが。それまではお雇い、と言う形で」


「その辺は任せるよ。とりあえず仕事があればいいし」


「それよりもじゃ、井上? 開拓使の方からは何か言ってきておらんかの?」


「あはは、さすが板倉さま。鋭いですね。黒田さんの方からは開拓使十年計画ってのが建議されてて、これはすでに通ってる。十年で一千万の予算。ま、妥当ですわ。なんせ士族対策も含んでますしね」


「士族対策?」


「ええ、あぶれた士族を北海道にって。そこで屯田兵ってのをやるらしいですよ」


「屯田兵、古の唐国で曹操とかいうのが始めた施策じゃの」


「曹操って三国志の?」


「そうじゃ、その地を開墾しながらいざと言うときは兵となる。逆かの? 駐留させた兵に開墾させる、と言った方がいいかの?」


「ま、そっちでしょうね、表向きは。要するにね、新さん。士族に兵士としての尊厳を保たせたまま、開墾してもらおうって訳ですよ。表向きはロシアからの国防。内実は北海道開発、という訳で」


「なるほどねえ」


「これには東北諸藩の士族たちを、と思っています。なんせあっちの方は国が貧しい。ほっとけば一揆だなんだの中核に士族がって事になりますわ」


「して、その開拓使、一千万の予算にうまみはないのかの?」


「今回は難しいでしょうね。はっきり言えばうまくいかない、そうおもいますわ。けど何であれ進めないことにはどうにも。万が一、北海道がロシアに、なんて事になれば困りますし」


「なるほどの」


「それよりもですよ、新さん、また厄介ごとが」


「なに?」


「狂介、兵部大輔の」


「ああ、山県?」


「あいつがね、バカだから余計な事を」


「何かやらかしたの?」


「軍の予算の一部を貸し付けて、それを増やそうとしたんですわ。ところが貸し付けた事業は失敗。追い銭してなんとか回収をってやったけどうまくいかなかったみたいで。このままじゃ帳簿に穴が開いちまうんですわ」


「馬鹿だねー、あいつ」


「そうなんですよ、事前に私に相談すりゃいいものを。まずいことになってからあれこれ言われても困るんですって」


「んで?」


「木戸がね、私に何とかしてやれって。そんなこと言われてもねえって無視しようと思ってたんですが、狂介の奴、春輔にも泣きついたみたいで」


「聞多としちゃ何とかしてやりたいって事?」


「そうなんですよ。けど、私もそこに関わるほど暇じゃないですし、そこでね」


「わしらに、ということかの?」


「ですです、新さん、板倉さま、話だけでも聞いてやっちゃくれませんかね?」


「うーん、そうねえ。聞多の頼みなら聞いてやりたいけど、山県は友達じゃないし」


「よいではないか、木戸に山県、貸しを作って悪い相手ではないの」


「ま、仕方ないか。で、どうすればいい?」


「向こうの頼み事ですし、鐘屋の方に出向かせますわ。ここじゃいろいろ差し障りがあるかもしれないですし」


「そうじゃの。大蔵省が関わったとなればうるさく言うやつも出てくるの。わしらはお雇い。都合悪くなれば切ればいいのじゃ」


「ま、私が悪い様にはしませんよ」


「お主が失脚、ともなればうまい話も回ってこぬからの」


「あはは、そうですね」


 ま、ともかく結果は上々、鉱山の利権も得られたし、聞多の頼みとあれば山県の相談に乗るくらいしてやるべきだろう。



 十一月の終わり、木戸が山県を連れて鐘屋に顔を出す。


「ほら、狂介! ちゃんと松坂さんたちに事情を説明して!」


「ごめんなさいだほ」


 山県はお母さんに連れられた子供のような顔をして正座していた。こちらは俺と板倉さま、それに容保さまにトシが座った。


「実はっほね、」


 と言って山県が語り始めた内容は元奇兵隊の山城屋和助、と言う商人に軍の資金を貸し付け、利殖をたくらんだのだと言う。


「つまり、公金横領、と言う事か、話にならんな」


 そう言って容保さまが席を立とうとすると、山県は目に涙をためて、その裾に縋った。


「ちがうんだほ! これには事情があるっちゃほ!」


「ふむ、ならば聞くだけは聞こう。つまらぬ話であれば、これをもって制裁する」


 容保さまはばちん、ばちんと、中指をしならせる。それを見た俺たちはごくり、と唾をのんだ。


「その、来年から兵部省は陸軍省と海軍省に別れるだほ。海軍省は薩摩の川村さん。そうなれば予算も海軍中心になってしまうだほ。陸軍のウチとしては死活問題。だから今のうちに少しでも金を増やしておきたかったっちゃほ!」


「そんなこと言ってさ、自分の懐に納める気だったんじゃないの?」


「ちがうだほ! そんなことしないだほ!」


「井上閣下の話は多少強引ではあったが筋は通っていた。しかし、山県閣下? 貴殿の話はいささか」


「そうだの。予算の取り合いは死活問題。それはわかる。じゃが、そのような話であれば井上を通すのが筋ではないかの?」


「その、聞多に話を通したら、半分は取られてしまうだほ! ウチにはそれほどの余裕が! ね、松坂も分かるだほ? 御親兵ですらお金がないだほ!」


「まったく情けない! 狂介! お母さんはね、そういうの許しませんから!」


 あ、おかあさんだったんだ。


「悪いと思ってるだほ。けど」


 不貞腐れた子供のように山県は口をとんがらせた。


「どうじゃの、容保殿。お主とて、上に立つものの資金繰りの苦労、わからぬはずがなかろう?」


「しかし、板倉殿!」


「のう、山県閣下。その山城屋と言う御用商人を信用しすぎたのが此度の過ち。もう、そういうことはせぬの?」


「しないだほ!」


「なれば我らが力を貸そう、松坂、それでよいかの?」


「そりゃ聞多の頼みだし、けどタダってのはね」


「そこはそれじゃ、山県閣下が同じ過ちを繰り返さぬよう、我らが陸軍の出入り業者、その選別を手伝ってやらねばの」


「なあるほど、そりゃいい手だ。さすが板倉さまだな。ま、旦那、俺もそれでいいと思うぜ?」


「皆がそういうのであれば、わしも手を貸そう。しかしだ、山県閣下よ、回収の見込みはあるのか?」


「それが、厳しいだほ。山城屋は欧州の生糸相場に手を出したんだほ、ところがプロイセンとフランスで戦争が起きて、フランスが負けだだほ。この影響で生糸は値が下がり大損っちゃほ。そして陸軍は負けた今のフランス式からプロイセン式に改める。その為には金が要るっほね」


「ふむ、しかし回収できぬとあればやりようとてなかろう」


 皆で頭を悩ませているとトシが口を開いた。


「やっぱりこういう時はアレだろ」


「アレとかなにかな、トシさん」


 不安そうな顔で木戸が聞き返した。


「決まってんだろ、切腹だよ、切腹。その山城屋っていうのと兵部省の会計担当に腹きらせりゃすべて解決ってな。死人に口なし、そうだろ?」


 流石切腹至上主義者である。


「いや、トシさん、それは流石に」


「だからおめえらは甘いんだよ! 政府にゃこの山県閣下が必要なんだろ? だったら下のもんは黙って腹斬るべきだ」


「いや、けど、山城屋はともかく、会計官は関係ないだほ!」


「おいおい山県閣下よぉ、軍の金動かしたって事はそいつの決済がいるって事だろ? 十分に責任があるじゃねえか。哀れと思うならそいつの家族に手厚くしてやりゃいい。それで山城屋ってのは店もなんも一切合切この世から消しちまえばいい」


「うむ、そうだの。内藤の話がいいかもしれぬの」


「しかし、それではあまりに!」


「木戸閣下よ。事は山県閣下の罪だけではないのじゃ」


「どういうことですか、板倉さま!」


「今の刑部省、いや、弾正台と合併して司法省となったのだったの。その司法省を仕切るのは佐賀の江藤とかいう者なのであろう?」


「ええ、確かに江藤さんが司法卿で内定してますけど」


「佐賀の輩が此度の事を大きく、そして長州閥の弱体化を狙うのは当然だの。さすれば山県閣下だけでなく、井上、そして木戸閣下、お主とて難癖を、山城屋とやらから献金、あったのであろう?」


「あ、う、しかし! それはあくまで政治資金として!」


「木戸閣下に話が通っていた、そう山城屋が証言すればどうなるかの?」


「くぅぅ、しかし!」


「殺すが嫌であれば当面は海外に視察にでも出すがいいの。いずれにせよこの件で甘い処置をすればお主らの進退に関わろうて」


「そうであるな、山県閣下。上に立つものの判断が下には大きく響くもの。たとえそれが善意であろうが軍人の矜持であろうがだ。我らが会津の惨状、それを見ればわかるであろう?」


「……わかりますほ」


「うむ、狂介、まずは最善を尽くさねばな。山城屋は外国に出し、少しでも穴埋めの努力を。そしてお前は軍をしっかりと」


「わかっただほ」


「事が進んだときはまた、ご相談に。狂介、いくぞ!」


 ま、偉くなるといろいろあるものだ。大変だね。



「で、板倉さまよ、今回はどんな腹積もりで?」


「ふふ、内藤、相変わらず聡いの。此度は山城屋の差し押さえ、それに陸軍省へ出入りする商家にわしらの推薦が必要となるようにすればよい。こうした事は表に出ず、目立たぬように食い込まねばの」


「にしても奴らは甘え。早めに腹斬らせなきゃ立場がやべえってわかってんのかねえ」


「それだけ世も変わった、と言う事じゃな。それに、奴らが追い込まれればその分我らに縋るしかなかろうよ。そうなれば利とて、うひょひょひょ!」


「そうだな、いざとなれば俺らが出張りゃいい。誰を捕まえるにしろ動くとなりゃ邏卒の安藤さんだ。邏卒の連中には旦那の顔も利くだろうさ。それを見越して木戸達もこうして相談に来てるんだろうからな」


 うーむ、腹黒いとはこういう事か。



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