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 秋田県に向かうには今は船と言う便利なものがあった。目的地の鹿角群は会津松平家の移転先である斗南藩のすぐ近く。そして青森の港は函館からはすぐそこだ。

 政府の船に乗り、青森へ。斗南でははじめちゃんとも会えるはず、そして俺たちの戦った、函館も見せてやりたくて静を乳母に預けた律も一緒に連れていく。


「わたくしは船も好きでございます。こうして海を新九郎さまと。それに新九郎さまが暮らした函館もこの目で」


「うん、いいところだったよ。さ、もう冷えるから中に入ろうか」


 船での哲学はまた格別である。


 四日ほどかけて青森へ。そこからまずは仕事を果たすため、鹿角の村井家を訪ねた。律は港の宿屋に一緒に来た佐奈やお琴と待たせておいた。何かあってもパワー系の佐奈がいれば安心できる。


 俺たちはみな、洋服を着込み、御親兵となったときに拵えを変えたサーベルを吊っている。なにせお雇いとはいえ大蔵省の官吏である。威儀を整えて舐められないようにする必要があった。


 村井家は結構な大店、ついてきた岡田と言う商人の案内でたどり着くと素早く屋敷を包囲。そして俺と板倉さま、それにトシの率いる5名ほどで中に踏み込んだ。


「大蔵省の者である! 神妙にいたせ!」


 そう大声で呼ばわると、中から威厳のありそうな旦那が出てきて、いぶかし気に俺に尋ねた。


「一体何の騒ぎでござりましょうや? 私らに何か手落ちが?」


「村井と言うのはお前か」


「はい、私がここの主、村井茂兵衛にございますが?」


「ふむ、我らは大蔵省の者。村井家の南部藩に対する借財、五万円の返却を求めに来た」


「そ、そんなご無体な! あれは南部様に手前どもが貸し付けた証文。取り立てに合う謂れは!」


「それはお主と南部家の話じゃの。ともかくわしらは政府の仕事でここに来ておる。五万円、速やかに支払ってもらうしかないの」


「それは! そうした慣習はよその藩においても! ともかくも無理、無理にて!」


「我らはそうした詮議をする立場にないの。支払わぬとあればこちらも。のう? 松坂」


「そうだね、払う気がないっていうなら仕方ないか。俺たちにもお役目があるし。トシ?」


「ん、そうだな。野郎ども! 金目のもんは全部持ってこい! 鉄、表の連中に一人も逃すなと伝えてこい!」


「はい!」


「この家のもんはふんじばってひとところに。大声を立てさせて藩兵でも来ると面倒だ。わかってんな?」


「「応!」」


 あれ、おかしいな、政府の仕事で取り立てに来たはずなのに、なんか、押し込み強盗みたいになってる。いわゆる急ぎ働き、みたいな。


 ともかくも板倉さまと外に出て、一郎たちに周辺を警戒させ、安次郎たちも中に突入させた。次々に運び出される店の商品や家具、調度品。それらを容保さまたちが手早く荷車に積んでいく。


「流石は世に名高き松坂さまにございますな。実に鮮やかなお手並みで」


 揉み手をしながらそう言ったのは聞多の所に出入りする商人、岡田平蔵。村井家から取り上げた尾去沢鉱山を買い受けることになっている男である。


「お主には品物も引き取ってもらう事になるの」


「ええ、そちらは十分に色をつけて、引き取らせてもらいます」


 板倉さまは店の品などは岡田に引き取らせ、書画骨董などはそのままこちらで確保した。


「あれ、それは売らないの?」


「こうしたものは外国商人に売った方が値がつくの。函館の、ほれ、エゲレス商人であれば高く買うてくれよう」


「ああ、なるほど、さすが板倉さま!」


 五万円、ともなればそこそこの藩でも持っているかどうか怪しい金額。当然村井家にそんな金はなく、物と現金だけでは二万両ほどにしかならなかった。縛られ、口をふさがれた村井茂兵衛に蔵から探し当てた鉱山の権利書をちらつかせる。


「足りない分はこれで、いいね?」


 フルフルと首を横に振ったが知ったことではない。一通り財産を回収し、それを岡田の手の者に引いていかせた。あとはその鉱山を訪ね、所有権が変わった事を示せば仕事は完了だ。


「そやけど、所有者が変わった事を示すってどうやるんどす?」


「そうねえ、やっぱり名前を書いとく的な?」


「うむ、立て札を立てておけばよいな」


 容保さまの提案で鉱山に立て札を立てることにした。


「えっと、岡田さんの名前を書いておけばいいのかな?」


「あの、松坂さま、手前が払い下げを受けるのはまだ先で、今そう書いてしまえば差し障りが」


「んー、じゃ、聞多の名前かな」


「そうだの、あ奴の官位と姓名を書き記せば無法な行いに出るものもおるまい」


 そういう事になって立て札には「従四位 井上馨所有」と書いておいた。


「あーやっぱり世の為、人の為の仕事ってのは気分がいいね!」


「そうだの。実に晴れやかなもんじゃて」


「うむ、我らはもはや賊軍ではないからな」


「そういう事ですよ、多少の手荒な真似は仕方ねえ。ありゃあいつがごねるからだ」


 冬の夕日を浴びながら晴れやかな気分で俺たちは青森に帰った。村井家から押収した書画骨董は岡田に値をつけさせ、それとの差額が俺たちの取り分。それも楽しみではあった。


 青森港に帰ると出迎えに出た律っちゃんたちの他に懐かしい顔がいた。


「新さん! 新さんだ! ねね、僕、いっぱい話したいことがあって!」


「はじめちゃん! 元気そうで何より! 大丈夫? こっちの生活は苦しくない?」


「うん、僕は大丈夫!」


 ともかくも宿に入り、俺と容保さま、そしてトシではじめちゃんとの再会を祝った。はじめちゃんは控えめそうな女を伴い、その女を妻だと紹介する。


「会津候、それに松坂様、そして内藤様、私は会津藩大目付、高木小十郎が娘、時尾と申します。以前は会津候の姉君、照姫様の右筆を」


「ふむ、高木は禁門の変の折に亡くなってしまったが、そなたが無事でうれしく思う」


「ご過分なお言葉、痛み入ります」


「すごいじゃん、はじめちゃん! そんないいとこの娘を妻になんて」


「ああ、まったくだ。しかも大層な別嬪じゃねえか」


「えへへ。僕はね、会津の籠城以来、篠田さんの所のやそさんに世話になってて。そのやそさんが死んじゃって、困ってたところを時尾さんが」


 ん? と首をかしげる。確かはじめちゃんは好きな子がいるからと会津に残ったはず。その好きな子ってのはこの時尾さんではなかった?


「新さん、実はね、僕、やそさんも時尾さんも大好きで」


「そうなのですよ、五郎さんってば、私とやそさんを天秤に。悪い人なんです」


 そう言ってにこやかに笑う時尾さん。ま、本人たちが良いならいいか。で、五郎?


「あ、そうそう、いろいろあってね、僕は時尾さんの母方の家に婿、と言う形で。だからね、今は藤田五郎って名乗ってるの。これからは五郎ちゃんって呼んでよ」


「ま、いろいろあったからな。斎藤一の名も山口次郎の名も賊軍としちゃ名が高え。変えれるなら変えといたほうが余計な事に巻き込まれねえさ」


「うん、それもあってね。ところで土方さんはなんで生きてんのさ。蝦夷でかっこよく死んだって聞いてたよ?」


「あはは、そりゃ旦那のせいだ」


 そう言ってトシが事情を語り始めるとはじめちゃん、いや、五郎ちゃんは腹を抱えてゲラゲラと笑った。


「あははは、流石新さんだね! 時尾さん、この新さんはすごいんだよ。京でもどこでも。それに函館まで戦って一つも罪に問われてないんだ」


「まあ、」


「うむ、それだけではない。わしも、そして板倉殿もこうして気ままに過ごしておるのは松坂の働きあっての事よ。知っておるか、今の政府で閣下と呼ばれておる西郷、大久保、そして木戸。みな松坂には気を使っておるのだ」


「へえ、さすがだね」


「とはいえだ、邏卒は試験で落とされて、御親兵は二日でクビ。旦那は相変わらず我慢が利かねえからな」


「まあ、そう言うな、内藤。此度の仕事もうまくいき、我らは大蔵官僚。それもこれも松坂がいてこそよ」


「そうそう、五郎ちゃん、だからいつでも東京に。暮らしなんかはどうにでもなるし勤め先も」


「うん、でもこっちのみんなにも義理があるから。生活は苦しいけど一から作り上げた僕らの畑、今度の廃藩で、斗南藩も県に。みんなが移住するって言うまではここに残るよ」


「そっか、五郎ちゃんは義理堅いからね」


「そうだな。おめえは義理を果たしたならいつでも東京にくるがいいさ。少なくとも貧乏はさせねえよ。だろ? 旦那」


「うん、そのために頑張ってきたんだから。トシも五郎ちゃんもみんな仲間だからね」


 新さん、そう言って五郎ちゃんはぼろっと涙をこぼした。時尾さんも袖で顔を隠している。その身なりからすると相当生活が苦しいのだろう。


「わが為に辛き思いをさせ、済まぬ」


「容保さま。あの時は誰かが戦わなきゃいけなかったんだ! だよね、時尾さん!」


「はい、わが父も、兄も会津の名誉を守るため。大勢の方が亡くなられましたがそれも武家の定めにございます」


「そうだの、容保殿、我らは幕府の為に戦う。その前提のもと、三百年の長きにわたりよい身分で過ごせたのじゃ。戦うは当然、敗れるとわかっていてもやらねばの。会津の藩祖、保科さまもようやった、そう言うてくださろうて」


 板倉さまはみんなに持ってきたお茶を配りながらそんなことを言った。


「されど板倉殿、会津の領民には多大な負担を。そして藩士たちにもこうして今も苦労を」


「それもそう生まれついたのじゃ。会津に生まれたもの、それに会津に仕えしもの。そう生まれたからにはやらざるおえぬことがある。内藤もそう、藤田もそう、出来ることを精いっぱいやった結果じゃ。のう?」


「はい、僕は何一つ後悔なんか」


「ああ、俺もだ」


「……そうか」


「じゃがの、我らはまだこうして生きておる。できることなど山ほどあるのじゃ。これからは政府の為に働き、民の暮らしを少しでも。個別に恩を返すという訳には行かぬ、それに我らの名を表に出すわけにも、それでも」


「ですな、我らはまだ」


「そういうことですよ、容保さま。俺らは表に名を出せねえ、けれどこうしてみんなの役に立つことはできるさ。旦那のおかげで拾った命だ。せいぜい有意義に使わねえと」


「そうだよ、内藤さん、僕らはこうしてまだ生きてる。新選組の頃だって、戊辰の頃だって、僕たちはみんなの為に、そう思ってやってきた。だから」


「ああ、そうだ。おめえが東京に、そうすりゃ俺らも助かるってもんだ。な、旦那?」


「うん、いつでもいいから必ず東京に。いいね、五郎ちゃん、約束だよ?」


「わかった。そうする」


「その時はわしが仲人となって改めて祝言を。藤田よ、お前も立派な会津の者だ」


「はい!」


 その後しばらくして五郎ちゃんは帰っていった。


「律っちゃん、どうして顔を出さなかったのさ?」


「……顔をだせば、五郎さんになにがしかの援助を、そう言いたくなってしまうのです。五郎さんはわたくしの弟、されど、ああした中で一人だけ援ずれば、五郎さんがかの地で生きづらくなりましょう。ですのでわたくしは」


「そっか、そうだよね。五郎ちゃんの事だからみんなで分けるんだろうけど、それでも全員って訳にはいかないだろうし、もらえなければ恨む奴も」


「切実であればあるほどにそうなるかと。けれど、辛くありました」



 翌日、船で函館に渡り、みんなで町を巡った。


「懐かしいどすなぁ。佐奈さん、ここで僕らはずっと暮らしとったんどす」


「いいところじゃないのさ、あんた。きれいな女でもいたんじゃないの?」


「僕はそないなもんには目も。佐奈さんとこうなるために独り身でいたんどすえ?」


「まあ、うれしい。あんたのそういうとこ、大好き」



「それでな、お琴、ここじゃ俺は良い顔だったんだがなんせ下に付いたのが旦那たちだ。城を落とせば俺を締め出して金目のもんをかっぱらっちまうし、町にでりゃ異国の商人から金を巻き上げて。まったく後始末が大変だったぜ」


「歳三さんは苦労性ですからね。兄上さまもそう言ってました」


「あはは、好きでそうなったわけじゃねえさ。今こうしてここでおめえと、そう思うとあん時に死なねえでよかった、心の底からそう思うぜ」



「それでさ、ここには渋沢さんってわっるいのがいてね、今井さんだって知っての通り金に汚くてさ。最後はいつも俺たちのせい。トシが口うるさくてね。だよね、板倉さま」


「そうじゃ、奥方、わしらは民の為、不正を働く異国の商人を懲らしめただけと言うに。内藤はほんに融通の利かぬ男での」


「まあ、そのような事が」


「それにじゃ、松坂は熊に襲われたわしを命がけで救ってもくれた。そなたの夫はまさに男谷の男よの」


「そうそう、その熊がさ、すんごいおっきくて。ね、板倉さま」


「うむ、しかしあれはうまいもんじゃった」


 そんな話をしながらイギリス商人の所に訪れる。


「ヘイ、ユーたち何しに来た!」


「決まってんじゃん、取引、ビジネスだよ」


 持ってきた荷車を運び込み、これはいくら、こっちはいくらと勝手に値をつけていく。岡田の示した値の五倍、総額で五千円ほどだ。


「オー。そんなのムリデース」


「は? 俺たちが信用できないの?」


「デキルワケないだろこのボケ!」


「あらら、そう言うこと言っちゃうんだ。ペナルティが必要かな」


「あ、ペナルティはノーね!」


「んじゃ五千円、洋銀でもいいよ?」


 俺がサーベルに手をかけるとイギリス商人は両手を上げて、為替証書を作ってくれた。話せばわかる、そういうもんだよね。


「さて、松坂、黒田閣下の所に顔を出さねばな。世話にもなっておるのじゃろ?」


「あ、そうだね。律っちゃんは佐奈たちと町で遊んでてよ」


「はい、十分にお気をつけて」



 その日、俺たちは懐かしい五稜郭に足を踏み入れた。


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