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 軍服を着て現れた西郷さん、もう一人は山県狂介と名乗った。


「ほら、新さんたちも知ってるでしょ? 北越戦争で活躍した奇兵隊。それを率いてたのがこの山県さん、って訳。」


 俺と容保さまはそれを聞いて思わずプススっと頬を膨らませた。


「あはは、北越戦争の奇兵隊っていえば立見さんの雷神隊にいいようにやられたとこでしょ? たしか指揮官の何とかってのも討ち取られちゃってさ。」


「うむうむ、そのあとは河井のガトリングガンにいいようにやられてもいた。プスス、松坂、官軍ではああいうのを活躍と言うらしいぞ。」


「薩摩の了介はさ、新潟抑えたりなんだりで活躍したけどねえ。」


「そうだな、五十嵐川での西郷吉二郎も素晴らしい働きであった。」


 西郷さんは了介と吉二郎さんをほめられうれしそうな顔、山県はちょっと涙目だった。


「まあまあ、山県さんも頑張ったのよ? ねえ、山県さん。」


「そ、そうだほ! 木戸にあれこれ言われながら頑張ったほ!」


 そして木戸はここでも木戸呼びだった。


「それはともかく聞いたよ? 新さんたちが政府に力を貸してくれるって。」


「そうなんだよ。なのにさ、一蔵さんはダメだーって。」


「うん、さっき安藤さんがそう言ってた、で、何でダメなのよ、一蔵どん。」


「吉之助サァがこれを見ても同じこと言えるなら、私も考え直します。」


 一蔵さんから手渡された俺たちの答案を見て、西郷さんはしっぶーい顔。横から覗き見た山県は苦い顔をしていた。


「――なるほどね。これじゃ一蔵どんがためらうのも無理はないわ。よし、オイさんが何とかしちゃう!」


「本当ですか! 吉之助サァ!」


「うん、オイさんは新さんたちの事よく知ってるし、それに政府のために働きたいって試験まで受けてくれた人を袖にしちゃ悪いでしょ?」


「私も何とかできるものならと、けど、東京の治安を守る邏卒にはちょっと。」


「うんうん、オイさんに任せて。一蔵どんはただでさえ忙しいんだから。……でもね、新さん、ここに書いてある禁門の変の事って。」


「あ、それ? 正直に書けって書いてあったから。ま、昔の事だしね。」


「ううん、いいの。この件でオイさんはすっごく苦労したけどそれもいいの。だって昔の事だもんね。江戸城の時だって、ぐすっ。」


 西郷さんは口元をわなわなさせながら涙をポロリとこぼした。大変だよね、偉い人って。


「して、西郷、結局どうなるのだ?」


 容保さまがそう問いかけると西郷さんは涙を拭いて笑顔を見せた。


「うん、オイさんのところで働いてもらおうかと。新さんには御親兵の隊長、みんなはその隊の兵。ね? いいでしょ?」


「ふむ、松坂を隊長に、その下に我らが、と言う事か。悪くはないな。」


「いいよね、それ!」


「そいはよかごと、いや、実に素晴らしき事ですな!」


 うんうん、と頷き合う俺たちをよそに山県は泡を吹いて倒れていた。こうして俺たちは御親兵に就職が決まった。しかも兵部省隷下の御親兵である。上司たる兵部卿は皇族の有栖川宮さま。実務を仕切る兵部大輔は今は欠員だが、山県が内定していると言う。西郷さん自身は今は鹿児島藩の大参事ではあるがこの入京を機に中央に戻ることになるらしい。


 とはいえこの御親兵、正式に発足するにはまだ時間がかかるらしい。それに御親兵の士官ともなれば様々な手続きも。ともかくそんな話になって俺と容保さまはにっこにこで鐘屋に帰った。



「うぉぉ! マジか! 賊軍だった俺らが帝を守る御親兵? そりゃ邏卒なんかよかやりがいもあるんじゃねえか?」


「うむ、しかも松坂を隊長として我らはその下に付くことになる。」


 トシもみんなも大喜び、ともかくも俺たちは正式に政府の一員となることが決まったのだ。


 見廻組の時もそうだったが、組織と言うのは急には動かない。今現在は薩摩の歩兵4大隊に砲兵が4隊。土佐からは歩兵2大隊に騎兵が1小隊、砲兵2隊が皇居である東京城の警護についている。そして最後までごねていた長州も、国元で歩兵2大隊を編成しているらしい。そして俺たちは薩摩の一部と言う扱いだ。西郷さんはこの辺は実にファジー。とりあえずは桐野利秋と名を改めた中村半次郎が俺たちの世話役となった。


「でさあ、桐野、俺たちはいつまでこうしてりゃいいの?」


 いつまでたっても出仕しろと言われない俺たちはややイラつき気味。すでに長州兵も上京し、着々と御親兵の形が作られているのだ。遅く加われば先にいたものたちに気を遣わねばならないし、それができる俺たちではないのだ。


「その、ですな、松坂サァ、政府には相変わらず金がなくて。御親兵を養うんに四苦八苦しとるんです。できるだけ金のかからん事工夫しとるとですよ。」


「だってさぁ、俺たちは給金ももらえないんだよ?」


「そのあたりもうまい事埋め合わせすること、吉之助サァも考えちょります。」


 桐野は数日に一度、こうして訪ねてきては俺たちの愚痴を聞く。政府は大変だ、お金がない、とにかくもうちょっと我慢してくれ、と言いながら。そういえば鹿児島に帰った俊斎は一蔵さんの引き立てで今は奈良県の知事をやっているらしい。


「まあ、あん人も激しか人じゃって、なかなかそりがあわんもんも多いとです。」


「そうね、けど俺は嫌いじゃないけどな。」


「海江田サァも松坂サァは良か友達じゃっちゅうとりました。」


 そんなこんなで五月になると政府から新貨条例のお触れが出された。前に聞多が言っていたようにお金の単位は円に変わった。一両は一円。鐘屋、そして松坂家の金庫番となっている板倉さまは早速交換に行っていた。


「松坂よ、そろそろ寝かせておいた土地もいい塩梅じゃの。」


「そうなの?」


 板倉さまは聞多の他に、うちの下部組織になっている辰巳組の連中を使って様々な情報を仕入れている。物の値段とか、どこでどんな建物が建っているとか、庶民の懐具合であるとかだ。それらを元にうちの押さえた土地を使って巧妙な嫌がらせを始めているのだ。


「新橋は駅が出来て、鉄道とやらが開通してからだの。今は三田が熱いのじゃ。」


「三田? ああ、福沢とかいう学者が払い下げを受けたっていう?」


「そうだの。あそこに大きな私塾が建っておる。慶応義塾とか言ったかの? 書生たちも三百は通ってきておる、」


「へえ、すごいね。」


「その私塾の敷地向かいがお主の土地、そういう事じゃな。」


「けど、向かいじゃ意味なくない?」


「今はあそこで辰巳組の奴らに出店をさせておる。」


「へえ、儲かってんの?」


「ま、ぼちぼちじゃな。伊豆から取り寄せたくさやを焼いて売っておる。あれは好きなものにはたまらぬからの。」


「くさやって、すっごい臭い奴だよね?」


「そうじゃな。そのにおいが風にのって私塾に、というわけじゃよ。こちらは真っ当な商い。文句を言われる筋合いではないの。」


「けど文句言いたくなるよね。それ。」


「そうなればいくばくかの補償を、と言う運びじゃの。店を立ち退かせた後は野犬でも飼えばいいのじゃ。何をしようがわしらの勝手。なにせうちの土地じゃからの。うひょひょひょ。」


 うーむ、流石は板倉さまである。


「儲けは辰巳組にも分けてやれば奴らも悪事を働かんでよかろう。ま、博徒じゃから賭場ぐらいは開こうがな。これも人助けじゃよ、人助け。」


 ところがその福沢はなかなか音を上げず、文句も言ってこない。しかもそのくさや売りはなかなかに繁盛してしまう。これはこれで、という訳だ。


 そして七月、ついに廃藩置県が行われる。十四日、在京の56藩の藩知事が招集され、帝よりの詔が下される。これにより元の藩主たちは全員無職に。しかも東京への移住を命じられ、地元との縁も切られてしまった。そして政府からは新たに県令が派遣され、3府302県となる。知事と言う名は東京、大阪、京都の三府の長だけが名乗ることを許された。そしてこの騒ぎに紛れ、海江田俊斎は奈良県知事を解任。なんでも政府の許可を得ず、勝手に県庁を興福寺に移転したのがばれたのだという。許可とか取りそうもないもんね、あの人。


 そしてこの日、正式に山県狂介が兵部大輔に任官。西郷さんと木戸は参議に、一蔵さんは大蔵卿、そして聞多は大蔵大輔となった。


 八月になると俺たちは兵部大輔、山県閣下に召集を受け、正式に御親兵になった。俺は九等出仕、給金は月に五十円。容保さまは十等出仕で四十円。トシと一郎は十二等で二十五円、安次郎は十三等で二十円。ほかのみんなは等外一等で十円の月給となった。


「どう? 似合う?」


 昨年暮れに定められたという、フランス式の軍服に袖を通す。上着は紺地に九個の金ボタンが一列、そして士官を示す肋骨のようなモール。みんなに比べて少し丈が長い物だった。ズボンは兵科によって異なり、俺たち歩兵は鼠霜降地の生地に黄色の側線が入ったもの。騎兵は赤地に黄色側線、砲兵は赤地に黒の側線だ。

 そして帽子は円筒型のケピ帽。前に海舟にもらったのと同じようなものだった。


「すごく素敵です、新九郎さま。ほら、静、お父様のお姿、ちゃんと覚えておくのですよ?」


 その静はアー、アーと声を出して手を伸ばしていた。


 その軍服姿にサーベルに拵えを直した大慶直胤を吊るす。夢粋の刀は床に飾っておいた。支度を整えた俺たちは鐘屋の前で整列する。容保さま以下、みんな笑顔だった。

 いつものごとく町の衆の大歓声に見送られ、元彦根藩上屋敷にある兵部省参謀局に向かった。この三宅坂と呼ばれる一帯は兵舎や様々な軍施設が作られていた。とはいえ金がないのは事実らしく、旧藩邸をそのまま利用したもので、洋式作りではなかった。


「よく来てくれたほ。松坂少尉。」


「少尉?」


「今度軍制が改められて九等の君は判任官の少尉になるほ。十等は少尉補、十一等は曹長、そうなるんだほ。」


「はぁ。」


「当面は新たに少将となった桐野に付けるほ。ちゃんと言う事を聞くんだほ?」


「はい、そうですね。」


 山県閣下の部屋を退出し、桐野少将を訪ねる。え、こいつが少将なの? 俺が少尉で容保さまが少尉補なのに?


「いろいろすまんこつでした。オイのような半人前が少将なんて気に入らんち思うとですが、ともかくお頼みしもんで。」


「あ、はい。」


 なんだろう、この違和感。確か容保さまは会津中将、まあ階級の意味も違うのだろうが山県にしても桐野にしてもなんというか、その、威厳に欠ける。偉い人、と言う実感がわかないのだ。これならトシが陸軍奉行だった時の方がまだ納得できた。


 ともかくも俺たちは桐野少将の直属、と言う事になり、別命あるまでは与えられた座敷で待機、となった。


「どうした? 旦那、そんなしけた顔して。」


「あ、うん、なんかね、違和感があるっていうか。西郷さんならまだしも山県や桐野が上司ってのが。」


「仕方あるまい。上司は選べぬものよ。わしとて選べたならば慶喜になど。」


「そうだぜ旦那、こいつは仕事で、俺たちは給金ももらうんだ。好き嫌い言ってる場合じゃねえだろ? ま、確かに片付けの手伝いに来てた桐野が少将ってのはいささか思うところもあるがな。」


「よく考えたらさ、俺の上司って親父殿と容保さまだけだったんだよね。」


「ばっか、函館じゃ俺が上司だったじゃねえか。」


「あ、うん、そうだったけど。トシも含めてそんなに違和感はなかったんだけど。」


「隊長はん、いつも通りにやればええんです。僕らの力を示せばここもやりやすくなりますえ。」


「そういう事ですな。何事も最初から快適に、とはいきませんからな。」


「まあ、山県も桐野もお前を部下に持つ苦しみを味わう事になろうな。そうであろう? 内藤。」


「ですね、何っていうか、気が楽でいいや。」



 その日は午後から桐野に連れられて東京城の各所を巡回。警護を務める人たちを見て回った。


「まあ、仕事ち言うてもいくさしとるわけじゃなし、帝のおわすこの城を守っとけばよかです。」


「はぁ。」


「あとは調練でごわすが、これが十日に二日ほど、駒場の調練場で。なあに、すぐに慣れっとですよ。」


 翌日はその調練だった。西郷さん、それに山県閣下も見分するとあってピリピリとした雰囲気だ。やることは行進。実に退屈極まりないものだった。


「なんじゃあいつら、面に偉そうに傷なんぞこさえて。」


「ああ、あれが賊軍におったっちゅう奴らじゃろ? なんでも西郷閣下の知り合いだかなんだかで、無理にねじ込んだっちゅう話や。賊軍の分際で帝を守る御親兵が務まるわけなかろ?」


 長州なまりの連中が、俺たちを見てそう囁き合った。


「気に入らん! わしが文句つけたる!」


 気のあらそうな士官服を着た奴が俺たちの前に立ちはだかった。当然そこで行進は止まるわけで、目立つことこの上ない。その長州人の部隊の連中も列を外れ、士官の後ろで俺たちをせせら笑うように見ていた。


「何?」


「何じゃなかろ? 賊軍のお前らがいちゃ御親兵が汚れるんじゃ! 今すぐそこで腹斬るか、しっぽ巻いて家にでも逃げ帰れ。」


「お前、バカなの?」


「何がバカじゃ! わしらは官軍としてお前らに勝ったんじゃ! 負けたもんが勝ったもんに従うんは当たり前じゃろ!」


「なるほど、一理あるかもね。」


 そう言いながら俺はその士官を思いっきりぶん殴った。そのあとは当然乱闘騒ぎ。うちの連中は「「コロース!」」と叫んで次々に長州兵を殴り倒していった。


「あーあ、やっぱこうなるか。仕方ねえな、喧嘩はやったもん勝ちだ。鉄、行くぞ!」


「はい!」


「なんをしちょっとか! おはんらは!」


 そう言って慌てて飛び込んできた桐野は見境を無くした安次郎にぶっ飛ばされ、そのあとみんなに踏まれ、泡を吹いて気絶した。


 数分後、長州兵は俺たちの前に座らされていた。


「はい、俺たちの勝ちね。負けたんだから従わないと。全員切腹でーす。」


「あ、いや、それは! 謝るから!」


「だーめ、自分の言ったことには責任持たないとね。大丈夫、こっちには切腹の専門家もいるしね。」


「ああ、俺に任せとけって。いいか? 一発でぐさっとやらねえとみっともなくのたうち回ることになる。そんなカッコ悪い死に方したくねえだろ?」


「そうそう、お前らみたいな弱いのが御親兵にいちゃ汚れるから早くしてくれる?」


「あ、う、その。何とか。」


 そんなことをしていると向こうからどたどたと西郷さんが走ってくるのが見えた。


「ちょ、ちょっと、どういう事!」


 西郷さんは息を切らせながらともかくもそう言った。


「あー! 半次郎までやられちゃって! もうオイさん怒った! 新さんこっちに来て!」


「ちょっと待ってよ、まだやる事が!」

 

 そう言ったのに西郷さんは離してくれず、ずるずると俺をすごい力で引きずっていく。


「内藤、松坂にはわしと渡辺が。お前は安次郎とこの場のケリをつけよ。」


「ま、うまいことやっときますよ。」


「うむ、腹を切る、そう言うまで殴り続ければよいのですな?」



 ともかくも調練場官舎の二階、山県のいる部屋に連れていかれる。そこでは放心した姿の山県が椅子に座っていた。


「ほら、見て! 山県さん、こんなになっちゃってるでしょ!」


「でも、あれはあっちが。」


「そりゃあね、あんだけの騒ぎになるんだから原因はあるでしょうよ。けどね、半次郎まで殴っちゃダメ。あいつが何したのかは知らないけど、一応上官で、少将なんだから!」


「いや、別に桐野には文句ないけど?」


「そうどすなぁ、いろいろようしてくれはりましたし。ただちょっと弱かっただけで。」


「うむ、そうだな。」


「いやいやいや、容保さま、あんたがああいうときは止めなくちゃダメでしょ? 新さんもね、世に出れば、気に入らない上司なんてのはどこにでもいるの! オイさんなんか久光公と何年喧嘩してると思ってんの? けどね、殴っちゃダメでしょ!」


「だから俺は殴ってないって。」


「殴ってないのになんで泡吹いてんのよ! おかしいでしょ!」


「あれはね、巻き込まれたっていうか、そう、事故だから。だれも桐野を殴ろうなんて思ってなかった。だよね、一郎?」


「そうどすえ? ただちょっと弱かっただけで。」


「あのねえ、一郎さんも、半次郎は薩摩じゃ人斬り、なんて言われて畏れられてんの! それを弱いとか言われちゃオイさんも黙ってられないからね!」


 西郷さんは珍しくこめかみに青筋を浮かべて早口でそう言った。


「そない言うても、僕ら、何十人って斬ってきてますんや。桐野はんは何人斬ったんどす? 隊長はんは百は斬っとりますんで? それ以上やったらそりゃ強いんやろうけど。」


「えっ、そのオイさんもよくわからないけど、っていうか百とか馬鹿じゃないの! とにかくね! 新さんたちはクビ! クビにしちゃうんだから! もうオイさん知らない! べーっだ!」


 そう言って西郷さんは部屋を出て行ってしまった。


「あーあ、クビだって。」


「ま、仕方ありまへんな。」


「二日でクビか。なかなかできぬことではあるな。」


 はぁーあっ、っとみんなでため息をついた。


「っていうかさ、今回は俺たち悪くないよね。完全に長州の奴が悪いもの。ちょっと山県、聞いてる!?」


「あ、な、何だほ?」


「お前のとこの兵が絡んできたからクビになったじゃん! どうしてくれるわけ? 責任とれよな!」


「何を言ってるかまったくわからないだほ。」


「だーかーらー、あんたのしつけが悪いから長州兵が絡んでくるんだろ? 前にだって絡まれたし、長州の騒動だって木戸に駆り出されてさ、いい迷惑なんだけど!」


「それを言われても困るほ。ウチは外国に行ってたんだほ!」


「ま、いいけど、けどさあ、俺、思うんだよね。維新の功臣だかなんだかしらないけどさぁ、桐野みたいに弱っちい奴が少将だのなんだのって。おかしいよね?」


「仕方ないだほ、藩閥の関係もあるんだほ。長州、薩摩の連中を優先しておかないと、それこそまた、反乱になるんだほ。」


「けどさあ、この国の軍を強くするためにはやっぱり強い人が上にいないと。容保さまは中将だったけど、それにふさわしい強さだったし。ねえ、容保さま?」


「まあ、わしもかつては人を殺したことなどなかった。自らの手を汚したことのないものが他者に人を殺せと命じる、おぞましい事だとは思わぬか? 山県閣下。」


「ほうっちゃけど、それは。」


「わしはこの先の軍を率いる閣下にはそうであってほしくはない、それだけの事よ。」


「心に留めておきますだほ。」


 なんか容保さまが良い話でまとめてしまう。山県も神妙な顔で頷いた。



「ま、それはそうとして、退職金よろしくね。悪いのは長州兵なんだし、俺たちは被害者だからね。そうねえ、俸給の一年分くらいでいいよ。勤務したの二日だし。」


「そうどすなあ、それ以上求めたらあかんどすやろ。」


「まあ、妥当なところだな。」


「えっと、もし、もしだほ? 払えないって言ったらどうなるだほ?」


「困るよねえそれは。」


「そうどすなあ、あんたを大砲に詰めてドンって。空、飛んでみたいどすやろ?」


「いいねえ。」


「うむ、それは新たな戦術となるやもしれん。まずはやってみらねばな。」


「はいな!」


「えっ! なんだほ!?」と言う山県を無理やり外に連れだして、据えてあった大砲の砲身に詰め込んだ。


「や、やめるだほ! 絶対に死ぬだほ!」


「探求心が足りぬな。それでは兵部大輔など務まらぬぞ、山県閣下。」


「ですよねー。」


「助けてだほー!」


 その声を聞きつけた西郷さんがカンカンになって走ってくる。やばいっと思った俺たちは急いで逃げることにした。とにかくこうして俺たちは御親兵をクビになった。走り去る俺たちを長州兵をはじめとした兵たちが最敬礼で見送ってくれた。


「へへ、切腹を許す代わりに俺らを見たら敬礼しろって言ってやった。」


「まあ、ああも泣かれてはな。仕方あるまい。我らとて鬼ではないからな。」



 鐘屋に帰り、事の顛末を話すとみなびっくりした顔になり、そのあとあきれた顔をした。


「ま、旦那様のやることはこんなもんさ。ほら、ぐずぐずしてるんじゃないよ! 容保さまは風呂焚き! 一郎さんと鉄は客室の掃除さ! 働かざる者食うべからずってね!」



「いいのですよ、新九郎さまはこうして、わたくしのそばにいてくだされば。」


「けどさあ。」


「新九郎さま? 遠くに行かれるようなお仕事はもう、ずっとそばに。約束してくださいますね?」


「あ、うん。」


「お金がなければつつましく暮らせばいいのです。わたくしと静、三人であればいかようにでも。さ、あとはこちらのお仕事を果たしていただかねば。」


 律は性欲の強い女である。



 

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