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 明治三年(1870年)二月十一日。


 リストラ騒ぎから始まった山口動乱はこの日、反乱軍の潰走をもって終止符が打たれる。実戦経験の少ない木戸は参謀役に名将の誉れ高いトシを起用。トシは相手に上級指揮官がいないことを見抜き、弾薬が尽きれば敵は引くと判断、積極的に打って出ず、銃撃戦に徹した。トシ、それに本営の従卒役の鉄は忙しそうだった。

 銃を手にしない俺たちは早々に厄介者扱い。その辺でたむろしてろとのありがたい仰せに従い、うだうだと過ごしていた。


「まったく、木戸もトシも俺たちを何だと思っていやがる。」


「まあ、そういうな、松坂。越後でもそうであったが、銃撃戦に我らの出番は皆無。内藤もそれをわかっての計らいであろう。」


「でもですよ、この扱いはあんまりじゃないですか。」


「そうどすえ、銃を握らんみなはともかく僕までも。」


「渡辺、お前は絶対に許さん!」


「そうだよ一郎! 危うく死んでたとこだぞ!」


「ふっ、隊長はんやみんながあないな事で死ぬんやったら、木戸閣下も西郷はんも苦労しとりまへんで?」


「他人事のようによく言う、ならば渡辺、お前もこのくらいでは死なぬな。」


 そう言って容保さまは雷光の構えを取った。すかさず安次郎が後ろから一郎を羽交い絞めにする。


「えっ、もうそれは堪忍や! こないだもキッツイのもらいましたやろ?」


「わが弟子であればこのくらいどうと言う事はない。そうだな? 松坂。」


「ええ、当然でしょう。」


 容保さまの指先に光が集まり、それが一郎の額に打ち出された。一郎は後ろで羽交い絞めにする安次郎ごと吹っ飛ばされ、悲鳴を上げる間もなく気絶した。


「いやぁ、見事なお手並みですな。さすがは元会津中将でございます。」


「武士は最後は武を競うもの。このくらいできて当たり前だな。かつて世に名をはせた武田信玄、上杉謙信、そして織田信長。彼らはわしなど及びもつかぬ術を持っていたのであろうな。」


 いや、それは違うと思うけどな。


「そうですな、我らはいささか武に長けておるとは言え、所詮は太平の時代に生まれしもの。戦国乱世の武者たちから見れば、我らなど赤子のごとき者かもしれませぬ。」


「うむ、話に聞いた忍びなどは日に百里を駆け、水中で数日を過ごし、風呂敷を背にして空を飛んだと聞く。我らなどはまだまだだな。高橋。」


「ですな、それに、名将と名高い甲斐の飯富虎昌殿は合戦で九十もの首を挙げられたと聞きます。戦国を生きた先人たち、それに比べれば我らなど。」


 いいよねー、そういうの、と容保さまと安次郎は目を輝かせて話し出した。えっと、忍者は空飛ばないし、首を九十? バカじゃないの? そういう生き物がいる時代じゃなくて本当に良かった。


 ともあれ反乱は終息を迎え、俺たちは律たちの待つ藩知事公邸に凱旋する。鎮圧された反乱兵のほとんどは、わずかばかりの救助米を支給され、武器その他を没収されたうえで故郷に戻され、家業に従事することになる。維新を成した官軍兵、その最後はすべての栄誉をなかったことにされ、生まれ故郷に追いやられたみじめな姿となった。



 動乱は片付いたがその後始末はこれからが本番、とにかく忙しい木戸はあちこちを駆けずりまわる。俺たちはそれなりに立派な旅館に置かれ、無事を祝う宴席を設けたりしていた。


「ちょっと、容保さま? 元殿様だかなんだか知らないけどうちの人を虐めるなんてどういう事だい!」


 キレ顔の佐奈がそう言って容保さまに詰め寄った。その後ろでは泣き顔の一郎が俺たちを指さしていた。あ、これ、どこかで見たことがあるぞ!


「い、いや、わしはだ、戦場でのフレンドリーファイヤーはよくない、それを渡辺に!」


「そんな難しいこと言ったって私はごまかされませんから! 夫の敵は妻の敵! これが北辰一刀流、千葉の教えだよ!」


 そう言って佐奈はブンと恐ろしい音を立てて棒をふるう。容保さまもそれに応じて身構える。ほかのみんなは被害が及ばぬように膳をもって部屋の隅に移動した。


「まったく、佐奈さんは。ああしてすぐに暴力を。嫌ですね、慎みがなくて。」


「本当ですよ、奥方様。いい歳してはしたない。」


 律とお琴はにやにやしつつそんなことを言っていた。そうこうするうちにも佐奈が先手を取って仕掛けた。鋭い振りで足元、顔、そして胴、と三連続で突きを見舞う。さすがの容保さまも薙刀の間合いではどうにも術がない。それに相手は薙刀の師範も務めるパワー系の佐奈なのだ。


「ほらほら、殿様ってのは女の私にも勝てないのかい?」


「ちぃ! 舐めるな!」


 容保さまは距離の差を埋めるために懐から一文銭を取り出した。だが、それが放たれるより早く、佐奈の棒が容保さまの小手を打つ。しばらくそこで時間が止まった。


「痛ったーい! 何すんの!」


 そう言って容保さまは腕をさすり、しくしくと泣き始めた。みんな、えっ? と言う顔でそれを見る。なるほど、容保さまは殿様育ち。攻撃力こそMAXだが防御はそうではない、と言う事か。まして基本病気がちで細身でもある。そういえば、会津の責任を誰が取るかのしっぺ勝負もブービー。額以外の痛みには耐性がないのかも知れない。


「ま、殿様なんてこんなもんさ。伊達の姫様もよくたたかれて泣いてたしね。あんた、仇はとってやったよ。悔しかっただろ?」


 佐奈に抱かれた一郎はうんうん、と頷きながらも次は俺を指さした。


「僕は、デコピン食らったあと、外の木に一晩吊るされたんどす!」


「……そんなひどい事、許せない!」


 佐奈は次の目標を俺に定めた。


「新九郎さん? あなたには色々と因縁が。それもまとめてぶつけてあげる!」


「えっ俺?」


「ふっ、佐奈さん? そのような事、このわたくしが許すとでも?」


「ほぉーん、あんたとも色々あったわね。いいさ、この際決着といこうかねえ。男谷が上か、千葉が上か。」


「当然男谷ですけれど。」


 そう言いながら律は酒を口に含んで立ち上がり、鉄砲魚のように、佐奈の顔面にそれを吐きつけた。


「きゃあ!」


 アルコールが目に入った佐奈は思わず手に持った棒を取り落とす。それをすかさず律が足で蹴り飛ばした。


「流石に棒を持たれてはいささかの不利は否めませんからね。」


 律はにっこりと笑ったが、蹴り飛ばされた棒は、しくしくとべそをかく容保さまの股間を直撃、容保さまはブクブクと泡を吹いて白目をむいた。


「卑怯じゃないか!」


「勝ち方にこだわるなど愚か者のすること。我が義父、男谷精一郎はそう申しておりました。それを卑怯と言い立てる。そこが千葉の限界では?」


「面白いじゃないか、けど勝負はここから!」


 バッ、バッと襟の取り合いが開始され、合間に律が佐奈の頬を打つ、だがそれは読まれていて繰り出した手は佐奈の剛力に捕まれてしまう。


「それはもう、まるっとお見通しなんだよ!」


 律は昔と違って今は大人、しかしそれでも佐奈の方が背丈があった。パワー系の佐奈は律の腕をぎりぎりと締め上げる。


「歯の一本くらいは覚悟しておくんだねぇ!」


 残酷な笑みを浮かべた佐奈は拳を握りこんで、もう片方の腕を振り上げる。律っちゃん! 絶体絶命! だが、その拳が振り下ろされるより早く、律の指弾がパシっと佐奈の胸の先っちょをかすめた。


「痛ったーい! ひどいじゃないか!」


 この時代の女の人は和服。当然ブラジャーなどというものは存在しない。その胸の先っちょをデコピンで打たれた佐奈は胸を抱えて蹲ってしまう。


「さて、これでとどめと参りましょう。」


 律は雷光の構えを取り、きらっと日の光を反射するつややかな爪で佐奈の額を打ち抜いた。見事なKO勝ちである。はわわわっと、痙攣する佐奈にセコンドの一郎が駆け寄って抱き上げた。


「ごめん、あんた。私、負けちゃったよ。」


「ううん、ええんやで。佐奈さんは僕の為に。」


「あんた!」


「佐奈さん!」


 ひしっと抱き合う二人。そしてこちらでは。


「いいですか、お琴さん。おなごの技は口使いに指使い。十三の頃より鍛錬を重ねてきたわたくしが、ずっと飢えてきた佐奈さんなどに負けるはずがないのです。」


「ええ、とても参考になりました。」


「では新九郎さま、鍛錬を欠かしては腕が鈍るというもの。さ、こちらへ。」



 三月五日、私塾を営む大楽源太郎という男が一連の首謀者、と言う事になり、出頭命令が下った。この、大楽という男はかつて尊王攘夷に狂奔。久坂たちと禁門の変に参加、それに佐幕派の要人に出入りしていた画家を殺してもいる。高杉が台頭してからはそこに同調。大村さんを暗殺した犯人もこの大楽の門下生。戦闘に参加はしていないが、この際邪魔者を片付けてしまおう、そんな意図が感じられた。

 だがその大楽は山口を脱走。九州に逃れた。


「まあ、これでひとまず解決だ。君たちの協力に感謝する。」


 そんな木戸からの礼を受け、その後数日は長州旅行。木戸夫妻の案内で吉田さんの遺髪塚、それに高杉、大村さんと顔見知りの墓に参り、そのあと秋吉台の絶景、そして秋芳洞の鍾乳洞を覗いた。

 食べ物も海の魚、それに山の幸と豊富でどれもおいしいものだった。また、この辺りではフグがよく取れるのだというが、太閤秀吉の頃より、武士がフグを食べる事は禁じられているという。

 そして土産に萩焼の茶碗を買って帰る。この萩焼というのは、表面がひび割れていて、長く使い込むと、そこから茶や、酒がしみ込み、七化け、と呼ばれる変色を起こすのだという。それがまた、愛好家にはたまらないらしい。


「うふふ、器というのはおなごも同じ、長く共にあれば殿方の色に染まります。」


「あはは、そうかも。」


 律のたとえ話はすべていやらしいことに直結する。だが、それが良いのである。


 東京に帰り着いたのは三月の下旬。すでに梅から桃に花の色は変わっていた。もう少しすれば桜。一番好きな春の季節がやってくる。なんだかんだあった長州旅行。だが、結果としては大満足だった。


山口県、良いところですよね。

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