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 着物にタスキ姿の俺とお千佳。そして前を手ぬぐいで隠した裸の木戸。鐘屋のお風呂は当然二人で浸かれる大きなものだ。そして湯船の外には桶に外から取ってきた雪が山と盛られていた。


「熱めの湯であったまって、雪で体を冷やせば疲れなんか吹っ飛ぶよ。旦那様、湯加減を見ておくれよ。」


「ああ。」


 そう言って手を湯に突っ込むと、しびれ、いや、がくがくと震えの来るほど熱い湯だった。お千佳を振り返ると意味ありげに俺をじっと見ていた。


「あ、うん、いいんじゃないかな。少し熱めだけど。」


「僕、熱めのお湯好きなんですよね! それに雪で体を冷やすなんて風流ですし。」


 俺は木戸に見えないように湯につけた手を雪で冷やした。


「ほら、閣下、遠慮せずに。」


「ああ、そうさせてもらいます。」


 そう言って木戸は湯船をまたぎ、足先を湯に付けた。そこでピタッと動きを止める。


「えっと、ちょっと熱かったりするかも。」


「熱いくらいがちょうどいいのさ。」


 いつの間にか湯をかき回す棒を手にしたお千佳はそれで木戸の尻をつついた。


「やめて!」


「ほら良いから!」


 どんと背中を押され、木戸は熱湯にダイブ! 「あっち! あーっち!」と叫びながらバシャンバシャンと暴れまわる。その湯が跳ねてこっちもアッツイの!

 木戸はあられもない格好で湯船のへりに捕まって、手と足をそこに置き、湯から脱出。いつか幾松が言ったようにその股の間には可愛らしいものがついていた。


「もう、ひどいじゃないですか!」


「ほら、しっかり浸からないと風邪ひいちまうよ!」


「わ、わかったから、ちゃんと入るから! お、押すなよ! 絶対に押すなよ!」


 絶妙な前振りに答え、お千佳は木戸の尻を棒でつついた。木戸は頭から熱湯に転落。叫びをあげて湯船から転がり出ると体に雪をこすりつける。


「こ、殺す気か!」


 オチがついたところでコントは終了。そのあとはお千佳が普通に背中を流してやった。だが、洗い終わって流すのは熱湯。「ぎゃぁぁぁ!」と言う木戸の叫びがこだました。



「もうほんっと信じられない! よくあんなひどいことができるよね!」


「ほら、お千佳も言ってただろ? 熱い湯に冷たい雪がいいって。どう? 気分は。」


「そりゃ、さっぱりはしたけどさ。」


 その時風呂の方から聞多の「きゃぁぁぁ!」と言う叫びが聞こえた。


「ま、ビールでも飲んで。ほら、キンキンに冷えてるし。」


「うん、美味しいですよね、冷たいビールが熱い体に染みて。」


「けどさ、木戸、一つ聞いていい?」


「ん? なんだい?」


「ほら、はたから見てるとさ、長州っておかしかったじゃん。無理ってわかってるのに攘夷って言ってみたりとか。あんたが指導者だったんだろ?」


「ああ、そうだが。」


「ならなんであんなことを? 春輔たちも攘夷は無理だって言ってたのに。」


「……そうだね、君たちから見ればそう見えるだろうね。僕はね、松坂さん、幼い時から何でもできた。学問も剣も。」


「そうだろうね、竹刀打ちだってあんなに強いんだし。」


「僕はね、この生まれ持った力をみんなの為に使いたかった。僕の才覚をもってすればどんなことでもやり遂げて見せるってね。攘夷も長州のみんなが望んだこと。結果は惨憺たるものだったけど、あそこで誰かが動かなければ異国の力だってわからなかった。」


「確かにね。」


「春輔にも言われたよ。あんたは自分の考えが何もないッスってね。けど僕の考えはみんなの望みを果たす事さ。事の良し悪しじゃない。長州のみんなが望む事を果たしてこそ、長州の旗頭。そうでしょう? 僕は吉田松陰や、久坂たちのように自分の考えに固執するのが怖かった。いかなる時でも是々非々でいたかった。どんな考えにも良いところもあれば悪いところもある。その悪いところをできるだけ除きたい。おかしなことかい?」


「いや、でも、そう都合よくは行かないんじゃない?」


「そうだね、みんなが望むこと、それには無茶な事もある。あの池田屋がそうさ。けれど、その無茶をやり遂げるだけの才覚が僕にはある! それを示すことが僕の生きざま。今もそうさ。この国のみんなが望むこと、それを成し遂げたい。それには力がいる。だから僕は藩閥が嫌いだ。薩摩には逆立ちしても及ばないからね。

 薩摩に勝てなければいっその事、民を巻き込んで藩閥自体を壊してしまえばいい。そうすればあとは個人の才覚。それにおいて僕は大久保さんに負けない自負がある。」


「なるほどね、けど、会津に必要以上に厳しいのはなんで?」


「それは、その。北陸戦争でうちの山県率いる奇兵隊が壊滅。そして仙台では世良が処断。長州は薩摩にあれで差をつけられたんだ。その原因は会津。そして蝦夷にまで渡った君たちに厳しい仕置きを、そういう声が国元から上がってきているんだ。」


「けどさあ、まあ、北陸戦はちょっと運がなかったと思うよ? 河合さんにガトリングガンで薙ぎ払われてたし。でも世良っての、あれは人選が悪いよ。」


「仕方がなかったんだ。池田屋の同志たちが生きていればもっと。いや、蛤御門で散った久坂たちがいれば! 高杉がいれば!」


「まあ、薩摩は大きく人材を損なっていないからね。けどさ、もう長州だなんだって考えは捨てて、他藩や幕臣を取り込んだら? そっちの方が間違いないと思うけど?」


「それはできん! 僕が長州をないがしろにした、となれば国元ではきっと反乱が。日本と言う国を安寧に保つには長州を宥めねばならんのだ!」


 薩摩と違って長州は民兵を採用。そのツケがどこまでも、という訳だ。武士と違って民兵には学がない。勝者の権利をどこまでも主張するのだと木戸は言った。


 そのうちに聞多とトシも帰ってくる。難しい話はここまで、と言う事になり、律が飯を運び込んでくる。それはどこまでも熱そうなおでんだった。


「今日は雪で寒いですから。そう思い案じましたのですよ? さ、木戸閣下、以前は大変ご無礼を。そのお詫びもかねてわたくしの手料理を。トシさん、聞多さん?」


 律の言葉に弾かれたように二人は立ち上がり、木戸を両脇から抱え込む。


「さ、わたくしが食べさせて差し上げましょう。閣下は何がお好みでしょうか。」


「やっぱ玉子じゃねえか?」


「いえ、ここははんぺんなどが。」


 うふふっと律が楽しそうに微笑み、「みぎゃぁぁぁ!」と木戸の叫びが響いた。



「さ、わたくしたちはこちらで。」


 自分たちの部屋に戻り律の作ったおでんを食べた。


「はい、あーん。」


 だしのしみ込んだ大根。はふはふしながら食べて、グーッとビールで流し込む。実に良いね。



「それでね、律っちゃん。木戸は自分の才覚をみんなの為に役立てたいんだって。それでずっと頑張ってきたらしいよ。」


「そうですか、しかし、そうした生き方は果てのないもの。才を世に示し、皆に慕われたい。それは欲でございますれば。」


「まあね。」


「かつての義父上さま、そして今は健吉さんがそうであるように、剣の道もまた同じ。終わりと言うものがないのです。ですからどこまでも。」


「あーそうかもね。それと一緒か。」


「そしてわたくしも、新九郎さまをどこまでも。果てと言うものはないのですよ。」


「あはは、俺もそうさ。天下最強、そんなものには俺は届かない。だけど律っちゃんの事だけは。」


「ええ、それでいいのですよ。ほかの事はわたくしがいかようにでも。」


 俺たちの哲学の討論も今や円熟期。奇抜な事をせずとも、そこに相手がいる、それだけで十分に満足なのだ。木戸のように世に己を問わずとも、健吉のように剣にすべてを注がずとも、自分の生きる意味と言うのを実感できる。俺は律を愛し、そして律に恥じぬ生き方をすればそれでいいのだ。



 そしてその年の暮、俺は容保さまを訪ねた。




ちょっと話の長さがアンバランスに。今回は短くて申し訳ない。

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