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 明治二年(1869年)十一月。


 その月の半ば、聞多がうちにやってきて、大村さんが死んだ、と告げた。なんでも九月に京で襲われて、治療を受けたがすでに手遅れ。最新の医療技術をもつ、外国人医師は京に立ち入りを許されず、大阪に運ばれたが、今度は手術の勅許を得るためにごたごたしていたらしい。

 襲ったのは元長州藩士、他、数名。長州お得意の内ゲバと言うやつだ。


「大村さんもね、いろいろ急ぎすぎたんですよ。なんせ武士から刀を取り上げる、なんて言い始めたんですから。あの人も、本質は医者であり学者、武士の矜持ってのが判らなかったんでしょうね。」


「そうだね、何でも物の道理だけでは片付かないもの。俺だって刀を差しちゃいけない、ってな事になりゃ、文句の一つも言うさ。」


「ま、いずれはそうなるとは思いますけど、段階を踏んでいかなきゃですよね。」


「そうね、武士はこの世のお荷物だから消しちゃおうってのは、武士としちゃ受け入れられない。代わりになるもの、そうね、誇りとか矜持とか、そういう物があれば違うんだろうけど。」


「大久保さんもそれを言ってるんです。まず武士を軍人に。そしてこなれたころに民も兵に。それを武士も民もごっちゃに、ってやるからこうなる。帝の御親兵はこっちの言い分通り、薩摩、長州、土佐の藩兵をってことでケリがつきましたけど。これにね、木戸の奴がまたごねてて。」


「面倒だねー、あいつも。」


「要は攘夷と同じですよ。薩摩主導が気に入らない。長州の大村さんの案が退けられたってのがね。」


「とはいえ政府を仕切ってんのは大久保さんなんだろ?」


「ええ、そうですよ、名目上じゃ三条さんが政府首班ですけど、大久保さんがウンと言わなきゃ何事も決まらない。木戸はまだしも土佐の板垣さんや後藤さん、それに佐賀の副島さんなんてのは大久保さんと同じ参与とはいえ賑やかしみたいなもんで。」


「だろうね、維新は薩摩と長州、特に薩摩の力が大きいからね、そうなるのも無理はないさ。」


「とりあえず藩を無くして、県を。それが済むまでは多少強引な事もできなきゃならない、そう考えてるんでしょう、大久保さんは。合議制はそのあとにって訳で。私なんかもそう思いますよ。」


「ま、とにかくそれはお前たちの仕事さ。俺たちはこの国の民として生きるだけだしね。いいまつりごとをしてくれりゃそれでいいさ。」


「そういや榎本さん。」


「ああ、あいつも赦免になったんだろ?」


「いや、さすがに賊軍の首班ですからね。木戸が厳罰にするべきだって息巻いてるんですよ。けど、薩摩の黒田さんからは赦免しろって。ここでも私は板挟みで。」


「そっか、どおりで顔を出さないと思った。んで、どうなりそうなの?」


「ま、薩摩が赦免、そういうからにはきついことはできないでしょうよ。ほとぼりの冷める頃、出仕させるって事で特赦、そんな感じじゃないですか?」


「へえ、ま、どうでもいいけど。それはそれとしてさ、せっかく来たんだ、コーヒーでも飲みに行こうぜ。」


「コーヒーですか? そりゃいいですけど、どこで?」


「近くにうちの敏郎に店を開かせたんだよ。あれも飲みつけるとクセになるからさ。」


 俺は聞多と共に鐘屋を出て、数件離れたところにある敏郎の店に連れていく。


「あ、隊長さん、それに井上さんも。」


「どう、景気は?」


「ええ、それなりに繁盛してるんですけど、アレが。」


 そう言って敏郎が指をさした先には、奥の席でたむろしているうちの連中。こうしてみるとどいつもこいつも凶悪な顔、体格もいいし、トシと安次郎はスカーフェイスだ。そして、みんな人殺しの目をしていた。


「前に、京の茶屋で追い払われたでしょ? あの意味がようやくわかりました。ほんと迷惑ですもん。」


「あー、あれじゃ、お客さん来ないですよね。普通に怖いもの。」


「そうなんですよ、井上さん。それに連中は金を払わない! もうね、追い払う事も出来ないし!」


「あはは、そういうことは一郎の仕事だろ?」


「その一郎さんは鐘屋から出てこないじゃないですか! 宿の手伝いと佐奈さんの相手で!」


 洋式茶屋、鐘屋珈琲店。その前途は多難だった。主に身内の邪魔によって。


「よう、旦那じゃねえか。それに聞多も。ほら、こっちに座るといい。敏郎! コーヒーふたつな!」


 トシに椅子をすすめられ、俺と聞多はそこに座った。敏郎の妻となった佐紀が顔を引きつらせながらコーヒーを出してくれる。


「やっぱコーヒーがねえとな。函館じゃ、毎日飲んでたからな。」


「そうですな。すっかり我らも舌がなじんで。この苦みがないと物足りぬ。」


 げははははっと下品な笑いを上げるうちの連中。そういえばこいつらって普段何やってんだろ?


「ねえ、トシ、それに安次郎たちもさ、お前ら普段何して過ごしてんの?」


「何って、そりゃ、特に何もねえさ。みんな家の手伝いしてあとは、上野の山を散歩してみたり、ここでたむろってたりしてる。女房どもは忙しいからな。」


「ですな。」


 すっかりみんなヒモにクラスチェンジしていた。まあ、俺も似たようなもんだけど。つまり、うちの連中で仕事してるのはここの敏郎と、帳簿係の板倉さま、それに宿の下働きの一郎、それに鉄のみ。あとは全員ヒモと言う事か。


「ま、こんな緩やかな生活ってのもいいもんだ。だろ? 安さん。」


「うむ、トシさんの言うとおりだ。」


 うーむ、しかもヒモになじんできてるぞ。だが、同じような生活をしている俺が何かを言うのもためらわれる。


「ねね、新さんもみなさんも、どうせ暇なら政府の為に働いてみちゃどうです?」


「あー、聞多、そりゃダメだ。」


「なんでさ、トシさん。」


「旦那が俺らの頭だからな。何させるつもりか知らねえが、上役になった奴に大変な思いをさせることになる。元上役だった俺がいうんだ、間違いねえさ。」


「えっ?」


「ですな、我らは隊長殿の言う事しか聞かない。そして隊長殿は誰の言うことも聞かない。かつて佐々木さんもそれで苦労を。」


「そういうこった。ま、会津候でも引っ張り出してきてその下にってんなら別だろうが。」


「あはは、難しいですよね、いろいろと。」


 そんな話をしてコーヒーを啜っているといつの間にか客が増え、席は満席。敏郎と佐紀は露骨に帰れ、と言う目で俺たちを見た。だが、当然この場のだれもがそんなことは気にしない。敏郎は佐紀に肘で脇腹をつつかれていた。


「おう、佐紀ちゃんよ、お代わりくれ。」


「俺もだ。」


 俺も、俺もと騒ぎ出す。佐紀はキレ顔でお代わりを出してくれた。そんな中、トラブルの種が舞い込んでくる。


「おうおう、ずいぶんと景気がいいみたいじゃねえか!」


 そう言って現れたのは壮士の一団。要ははぐれ武士だ。


「俺たちゃ天下国家の為に働くものよ。少しばっかり金を献じちゃくれないか?」


 その応対に出た敏郎は、その壮士の面をいきなり殴った。そう、敏郎は剣こそ使えないが喧嘩はめっぽう強いのだ。あっという間に乱闘騒ぎ。壮士たちは定番の「おぼえてやがれ!」と言うセリフを吐き捨てて逃げていった。


「まったく、近頃はあんなのが多くて困りますよ。あ、お客様方はごゆっくりと、何かあっても俺が追っ払いますから。」


「さすが敏郎さんだ。腕が違うね!」


 そんなお客たちの称賛に、敏郎は照れ、佐紀は目を潤ませて惚れ惚れとした顔で敏郎を見る。


「ふっ、敏郎ではあの程度でしょうな。」


「ま、うまく収まったんならそれでいいさ。」


「私ならずぱっと斬ってるところですけどね。」


 トシ以外はコーヒーを啜りながらも、うずうずした顔で俺を見る。


「えっ? 何?」


「何、ではありませんよ、隊長殿。あのような輩がこうして白昼堂々と押し込みに及ぶ。政府の見廻りはうまくいってないのでは?」


「あはは、政府もちゃんとやってますから。藩兵を巡回させてますし。」


「しかし井上さん、実際はこのありさま、これでは民も安心しては暮らせぬかと。」


「つまり、安さん、こういう事か? 俺らは市中見回りに慣れてる。なんせ元新選組に見廻組だ。暇つぶしにゃ持ってこい、んで民にも政府のお役にも立てるんじゃねえかって?」


「そうだ、トシさん。そういう事だな。」


「えっと、新さん?」


 じろっとみんなから見られた聞多はすがるように俺にそういった。


「ま、わからなくもないけど、こういうのはちゃんと政府を通さないとね。勝手に殺しちゃ俺たちは人殺しで捕まることになる。」


「ま、確かにな。で、聞多? どうだ。」


「どうもこうも私は大蔵省で、そういうことは管轄外なんですよ!」


「うーん、ともかく俊斎にでも聞いてみようか。」


「ああ、それがいい、海江田さんは話が分かるお人だからな。」


「どうせやるならタダ働きじゃない方がいいしね。小遣い銭くらいはもらわないと。」


 そういうことになって俺は聞多と共に桜田門近くの、元彦根藩邸跡に置かれた弾正台を訪ねた。俊斎はここの弾正大忠と言う役に付いている。要するに警察組織という訳だ。聞多が語るにはこの弾正台は元、過激な攘夷志士の隔離場所にもなっていて、あちこちの省庁ともめ事を起こしているという。特に俊斎はもめ事を引きおこす達人。今回の大村さん暗殺に関しても、自業自得と言い切って皆から反発を受けている。


「こいは松坂サァ! どうぞ上がってくやんせ。」


 その俊斎は俺を見るとにこやかな笑顔で出迎えてくれる。西郷さんだろうが誰だろうが食ってかかるのに、俺とは仲良しなのだ。


「もう、オイも忙しかぁ。近々大村さんの事件の監察として京に出向っことなり申した。」


「そっか、偉い人は忙しいんだね。」


「オイはそんなんじゃなかです。けど、此度に関しちゃ大村さんに責があっと。政府の高官じゃっで、何もかんもはゆるされんっちこつじゃ。のう、井上さん?」


「あはは、私は大蔵官僚ですからその辺は、弾正台のお裁きにお任せを。」


「じゃっどん、長州のお人じゃって木戸さんなんかはオイの意見に反対すっとじゃ。やったもんもやられたもんも長州じゃっで。公平に見らねばならん。そっじゃろ?松坂サァ。」


「うん、殺した方も理由があるんじゃない? その辺をよく俊斎が聞いてあげればいいさ。政府に反抗する不平士族ってのなら処断すればいい。けど今回は違うんでしょ?」


「そっじゃ、やったんも長州もん。一方的な裁きはいかん。それはともかくオイになんの用じゃろか。こがいなとこまで出向いてくれんのはうれしか事じゃけど。」


「ああ、それそれ。」


 俺は俊斎に事の起こりを説明する。江戸の治安は不安定。そこで市中見廻りに慣れた俺たちがと。勝手にやってはまずいから弾正台の許可を取りに来たと。


「うむ、実によかごとじゃ! オイたちもなかなか手が回らんで、藩兵たちに任せきりじゃった。松坂サァたちが力になってくれっとなら安心して京に赴ける。」


 俊斎はぱぁぁっと晴れやかな顔でそう言うと一人の男を呼んだ。


「安藤サァ、こん松坂サァは元見廻組の与頭じゃ、こん人が市中見廻りば手伝ってくれるち。おはんも一人で手が回らんとこじゃったろ?」


「松坂さん、と言えば京でも北陸でも函館でも名高き方。我らに手を貸していただけるとあれば心強か事ですな、俊斎。」


「そっじゃ、オイは京に行かねばならん。おはんが行動を共にしてくれれば薩摩ん名誉も守れる。よか?」


「うむ、私が隊を引き連れ共に。しかし俊斎、名目はどげんすっとじゃ?」


「とりあえず弾正台お雇いっちゅう形でオイが話をつける。ただ働きっちゅう訳にもいかんし、借りを作ればあとが怖い。吉之助サァも大久保サァもこん人に何も言えんとじゃ! あははは!」


「ともかく松坂さん、私は安藤十郎と。東京府の市中取り締まりのお役目を頂いておりますが、何分寄せ集めの藩兵では。ご協力、感謝します。」


「はは、安藤サァ、よかよか、そげん堅苦しか挨拶は抜きで、オイも井上さんもこん人とは友じゃっで。なあ、松坂サァ。」


「うんうん、そうだよ、安藤さん。俺たちも暇だったし、人の役に立てるなら何よりさ。」


 ともかくは明日、と言う事になり、俺と聞多は弾正台を後にする。


「ねえ、新さん。」


「ん?」


「海江田さんって新さんたちの人件費、ちゃんと考えてるんですかね?」


「さあ、俺なら大蔵官僚の聞多がいたんだからうまいことやっといてくれるはず、そう思うけど?」


「ですよねー。」


「ま、俺たちの働きを見て、いくらくれるか考えてよ。そうだねえ、一人斬ったら一両とか。すぐ百や二百は斬って見せるさ。」


「きゃぁぁぁ!」


 今日も聞多の叫びが江戸の空にこだました。


警察組織ができるまではもう少し時間がかかります。今話はそれまでの間のお話ですね。そして喫茶店。すでに横浜などには洋風の料理店が。そのメニューの一つにコーヒーが。正式な喫茶店としては明治七年あたりからちらほらと。明治後半、今も残るライオンなどが開業します。本作では横浜のアメリカ商人と付き合いがある、と言う事でほかに先駆けてコーヒーを売る店を。ま、フィクションだから許されますよね?

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― 新着の感想 ―
[一言] 新ちゃんが死ぬんじゃ無いか、死刑になるんじゃないかとハラハラしていた動乱の時が過ぎ、「日本」が形成される時期に生き延びてくれて一安心です。これからどんな活躍を見せてくれるのか楽しみです。
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