STATE2 逃走劇 その4
「正直、これは予想外だわ・・・はは」
カシイは、目の前の光景を見て、最早苦笑いをするしかなかった。
先ほど白瀧が言った、大量のゴブリンの匂い。そこから、嫌が応でも予想はできたのだ。
しかし、カシイは、深いところまで、理解も想定もしてはいなかった。ただ単に、客観的に、見つからなければどうということはない。そう思っていた。
「まさか、こんなことが・・・」
白瀧は息をつめ、そう口を開く。
匂いからわかっていたこと。それは、ゴブリン種が抱えていた積年の恨みつらみ、そのような匂いだったのだ。
「おい野蛮猿共ぉ、覚悟ぉ、できてんだろぉなぁあぁぁ!!??」
逃げた先、カシイとヘレナと白瀧がヘレナの家に向かって走っているところ、大量のゴブリンに待ち伏せを食らったのだ。恐らくは、釣り野伏せの基本パターンに引っかかったのだろう。
(あらかじめ白瀧を槍で飛ばす前に複数の分隊に分け、相手が逃げたときに備え左右に散らせる。
そこで獲物が逃げなければその場で駆除。もし逃げたとして、それを追う中央隊がつかず離れずを装って左右に控えている分隊の元へ誘導し、そこから大量の物量を以て仕留める、か・・・。
こんな手に引っかかるなんて・・・っ!!)
「獲物たかが三匹を仕留めるのに、そこまで用意周到かよ、笑うしかないぜ?」
「それは、皮肉ではなく褒め言葉として受け取っておこうか? 猿ぅ」
緑色の巨体は大勢を成し、カシイ達の周りを囲んでいる。すでに左翼隊に阻まれているこの状況、おそらくは、先ほど追って来ていた中央隊、待ち状態にあった右翼隊に連絡が行き、このままではゴブリン種全隊に囲まれることになるだろう。
カシイは絶望しか感じなかった。いや、それはヘレナや白瀧も同じなのだろう。
「それで、どうします団長? この猿共、いやもっと言えば、人間種とかいうクソザル共を」
カシイ達を囲んでいるゴブリンの一匹がそう言うと、奥から先ほどカシイ達を追っていたゴブリンの親玉と同じ格好をしたゴブリンが出てくる。
恐らくは、各分隊に団長がいて、先ほどカシイ達を追っていた三匹のゴブリンのトップのような奴が中央隊の隊長だったのだろう。
団長と呼ばれたゴブリンが、カシイ達を見て口を開く。
「おいそこの人間種と狐精種。この状況を見れば、貴殿らの状況が絶望的であることは明らかであろう」
(? いきなりどうしたんだ? さっさと殺しに来ると思えば・・・、意外と慎重? いや、違うな、・・・分隊が合流するまでの時間稼ぎか? いやそれにしてはおかしいか・・・?)
そうカシイが警戒態勢を緩めずにいると、ゴブリンは、問を投げかけてきた。
「貴殿らは、この森に来た目的があるのだろう。貴殿らを殺す前には、それを聞いておかなくてはなるまい」
ゴブリンの団長がそう言うと、周りのゴブリンは一斉にざわざわと騒ぎ出す。まさか相手に対して目的があるなどと思ってもいなかったのか、団長に対し、どういうことだ、聞いていないぞ団長等という言葉が挙がってくる。しかし、団長は、その言葉の軍勢の数多をまるでスルーし、カシイ達の、いやカシイの言葉をただじっと待つ。
(まさか、この御山の大将・・・、実は他のゴブリンより話が出来る奴か・・・?)
微かな希望が見える。このゴブリンに事情を説明すれば、人間種とのわだかまり云々が関係ないことを理解してくれるかもしれないと。
カシイは、そのゴブリン団長に今までの経緯を話した。ヘレナが森の中に咄嗟に入ってしまったこと。カシイがそれを追い、ヘレナを見つけ、そのときに白瀧と出会い、突然横からゴブリン種からの攻撃を受け、関係のないような因縁を勝手につけられたこと。そのすべてを、自分がうすうす気づいていた、実はこの世界の住人ではないということを除き、全てを話す。
団長を全てを聞くと、組んでいた両手を解き、顔を天に向けた。
「そうであったか・・・。そちらに落ち度があったことは否めんが、それを差し引いたとしてこちらにも多大な落ち度があったことが否めないのもまた事実。そこは深く謝罪をしなければならない。申し訳ない。」
そう言って団長が頭を下げる。その光景に、さしもの周囲のゴブリン達も動揺が大きくなる。まがいなりにもゴブリン種を指揮する団長の一角が、ただ迷い込んできただけの、憎むべき敵に対して頭を下げるという行為。
これに対し、カシイは、いやヘレナや白瀧も、話が通じたとほっと胸を撫で下ろす気分となった。
「いや、こちらこそ、そちらの種族とこちらの種族による不可侵の条約内容を深く知らず、勝手に盟約を破ってしまったことを深く謝罪します。申し訳ありません・・・」
カシイはそう言って、団長に向かって頭を下げる。カシイに続いて、その行動を見ていたヘレナも、カシイに抱きかかえられながらとはいえ、自分のしたことがこんな状態にしたということが理解できたのだろう、深く頭を下げる。
「ごめ、んなさい・・・」
その光景がまた、周囲の騒然を大きくさせる。
自陣営の団長と、憎むべきであるが自分達よりも確実に強い(と思っている)人間種が頭を下げあっている光景。これは最早ただの謝罪のし合いではなく、ゴブリン種たちにとって特別な事象に他ならないことが、その場の空気だけでも理解できる。
「人間種は愚かで野蛮なサルばかりであると思っていたが、貴殿らのような素直に謝罪が出来る輩もいるのだな・・・。」
団長はそう言って、細い目をどこか遠くをみやるように据え、そう呟いた。
その時、奥の草むらの方から、先ほどカシイ達を追っていたゴブリン三匹が出てくる。そしてカシイ達を視線に捉えると、その三匹のうちの団長が突然突進を仕掛けてきた。
「みつけたぞおおおおお猿ぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ!!!!」
ドドドドドドッという音をたてカシイに目掛け一目散に突進してくるゴブリンは、腰に据えた剣を抜刀しようとする。
しかし、
「おい、ハートクイン団長。止まれ」
ガッ!!! と、先ほどカシイと話していた団長が、突進してきたハートクインと呼ばれる団長の抜刀を左腕でつかむことにより止め、同時に突進を止める。
「!!? ベ、ベアトリス総指揮団長殿!!?? 何故止めるのです!!」
(お、おいおいまさかこのゴブリン、総指揮ってことは・・・、一番偉い団長ってことか!?)
カシイが予想外のことで唖然としていると、ハートクインを止めたベアトリスが口を開いた。
「ハートクインよ、貴様の悪い癖は、敵であったとしても一切の弁明和解を聞かずに戦闘に走り、あまつさえ自分の思想想定無様な思い込みを、他の分隊に伝え誤った方向への指揮に流してしまうことだ。
我々ゴブリン種と人間種との間に深い溝を起こし、戦争を起こしてしまった原因は、彼ら人間種にも、我らゴブリン種にも、その感覚があったからに他ならんことを、なぜ貴様は理解しないのだ・・・」
そう言って、ベアトリスは目頭を押さえ、深くため息を吐いた。その光景は、ゴブリン種と人間種の、その愚行に走ったことに対する哀れみを感じているようにも思える。
「兎にも角にも、この人間種と狐精種は我らを害するために来たわけではない。それをまず理解するところからだな、ハートクイン」
ベアトリスがそうハートクインに言えば、ハートクインは何も言わず、ただ一つ姿勢を正し深く深く頭を下げる。それを見た取り巻きの二匹を、同じように姿勢を正し、頭を下げた。
「さぁ、これでこの騒動は終わりだ。取りあえず解散とし、各々別命あるまで待機せよ」
ベアトリスが、全てのゴブリンに告げる様に大きな声で言うと、一斉にゴブリン達は散り始める。その俊敏即応な動きは、蟻を彷彿とさせる何かを感じる。
「人間種よ、今一度謝ろう。本当に申し訳なかった」
そう言い、再び深く謝罪するベアトリスに、カシイとヘレナは苦笑いを浮かべお互いを見やる。
「いや、こっちこそごめん」
「そう、言ってくれるとこちらとしてもうれしい限りだ・・・」
ベアトリスは下げた頭を戻すと、早々に背を向け、ゴブリン達が散開した方へ足を向ける。
そして、カシイ達の方へ顔を振り返らせ、まるで旧年の戦友へ向けるような笑顔をする。
「少し、話をしないか・・・?」