STATE2 逃走劇 その2
「これはこれはぁ、またうまそうな動物を捕獲できたと思って来てみれば、ここにいてはならない動物が紛れ込んでますなぁえぇ!?」
3体のゴブリンの1角、他のゴブリンよりも一回り小さいゴブリンはそう言うと、高笑いしこちらを睨み付ける。その眼光は、まるでまとわりつくような蛇のそれと何ら変わりがない鋭いものだった。
「んくっ」
カシイは思わず堅唾をのみ込む。ゴブリンと言えばRPGよろしく、ファンタジーの世界では一番最初に立ちはだかるであろう敵であり、なんだかんだ言ってもチュートリアル的な立ち位置である可能性が高い敵でもある。
しかし、この状況ではカシイもそうは言っていられなく、またその予想以上のガタイのでかさから、カシイは目を見開いて絶句するしかなかった。
(くそ、ゴブリンだと? ふざけんな・・・。こんな怖いもんなのかゴブリンって、VRゲームで戦うゴブリンとは段違いの迫力。まるで頭の先から足の先まで、電流が走るようだ。くっそ怖えぇ───)
「・・・カ、カシイ兄ぃ・・・?」
カシイの思考を断ち切るようなヘレナの呼び声に、カシイはハッとする。
「あ、あぁそうだな。今は考え事なんてなしだ」
(今はここからどう逃げるか考えるんだ!)
カシイはそう決心すると、ぐったりしている白瀧をヘレナに渡し、白瀧を持ったヘレナをさらに、足裏と背中を持ち上げる俗に言うお姫様抱っこの形で持ち上げる。
「んー? 餓鬼んちょ、一体何をしている?」
今度は右にいる違うゴブリンが、カシイの行動を不審に思い、腰に帯刀していた脇差の鞘を持つ。カシイはそんなゴブリンに対して睨みつける姿勢を見せた。
「お前たち! 一体何の目的でこんなことを───」
「ああん? そんなもん、動物本来の欲望を満たすためだ」
ゴブリンは、カシイの叫ぶような質問を途中で折り、その問いに対して返す。カシイはその答えに対して、やはりここは自分の知らない世界であることを実感させられた。それは、欲望という答えに対し、食欲のためという基本的な回答に行き着いた証拠でもある。
「食料、だとでも言いたいか・・・?」
「ほほぅ!! よくわかってんじゃあねえかぁ、くそったれの人間種がぁ!!!」
カシイの怒りに対し、左側にいるゴブリンがカシイよりも大きい怒号でいきなり返す。突然のことで面食らってしまったカシイは、鬼の形相になったゴブリンの、まるで何かに苦しんでいるような雰囲気を、びりびりとした空気を介して受け取っていた。
そんな中、右と左のゴブリンとは違い黒革のジャケットを着て赤い大きい帽子を被った中央のゴブリンが小さく呟く。
「私達ゴブリン種は200年程前、人間種に不意に仕掛けられた戦争で敗戦してから平和協定を結んだ。その平和協定とは中々に凝っているものでな、人間種の都合のいいようなものばかりで、私達ゴブリン種にとっての利点が少ししかないものだった・・・。」
ゴブリンは握りしめる拳に、力を徐々に入れていく。その拳からは血が流れ、ふるふると震えていた。
「貴様らにわかるかっ!? わかるわけないだろうな! 何故私達がこのような苦しい日々を送らなければならない!? 平和協定!? 馬鹿げている、これのどこが平和だ!? おかげで私たちは食料を安全に集めることもできず、この森に閉じ込められているようなものだ!
何故この森で、人間が3時になった時点で入ってはならないと広められているのか知っているか? あれは元々我々ゴブリン種と人間種が確約した協定に、15時以降5時未満の、この森限定における活動を許す、というものが定められたためだ。それにより私達は森を限定とした生活しか送ることが出来ず、日中は隠れ家である洞穴に隠れ住むのみ・・・。これのどこが協定だ、えぇ!?」
(・・・・・・いや俺にキレられてもなぁ。てかなんてセリフ量だよほぼ聞いてなかったよ・・・)
正直カシイには、この世界での出来事云々はわからないので、ここでいきなりの激怒はカシイには予想外だったのだろう、面食らった顔をする。
しかしヘレナについては、かなり狼狽したような表情を浮かべていた。
(なるほど、恐らくはヘレナの表情を見ると、さっきの動物たちが凶暴化するっていうフュイナの話は、ゴブリンたちがこの森にいるからここに立ち入らないようにするためのデマ情報か。)
カシイがそんなことを思っていると、ゴブリンは引き続き話を再開した。
「私達は何もしていない。何もしていないはずなのにお前ら人間種に、お得意の科学兵器とやらで同族を大量に殺され、あまつさえ勝手に名前ばかりの平和協定を結び、その実態は協定ではなく一方的な要求。・・・最早蹂躙されつくした私達は、人間種に復讐することすらもやろうとは思わない程に疲れ切っていた。
・・・さっきまではな!!!」
そこで中央にいた赤帽子はタンカを切った直後、ゴブリン三匹組が同時に脇差の身を鞘から勢いよく抜いた。
「んなっっ!!?」
「その上に、その名ばかり協定まで反故にし、この森に侵入してきたと・・・、この人間種側の、いやサル共の野蛮極まるこの所業は、私達の沈んでいた復讐心を呼び起こすには十分の煽りであると、そうは思わんかね? ええ?? サル共ぉぉぉ!!!!!」
「っ、くっそが!!!」
(もう無茶苦茶だ!!! 言ってる意味わかんねぇし、まず俺には関係ねえじゃねぇか!!!
くっそ!! てか人間種側って言ってたが、それってこのヘレナちゃんやフュイナとかの側の種族ってことだよな? どんな汚ぇことしてんだ人間種!? 普通なら逆にゴブリンに蹂躙されるところだろっ!!?)
カシイは戦闘態勢に入っているゴブリン達に対して、睨み付けたまま後ろに少しずつ後退る。
しかし、ゴブリン達はそれに気づいているように、後退る数だけ、歩み寄ってくる。
「カシイ兄ぃ・・・、怖、い・・・」
ヘレナは俺の腕の中で半分泣きながら俺の方を見上げてくる。
カシイはその表情に対して、半分引きつりながらも笑顔を返した。
(まずはこの状況から逃げなきゃな・・・)
カシイはすると、ゴブリンから即背中を向けて、全力疾走でその場を離れる。
「おい待てごらぁぁぁぁ!!!??」
「追えええええええええええっっ!!!!」
「絶対に許さん、野蛮なサル共めぇ・・・。あいつらの皮を剥いで人間種に晒し、今度はこっちから宣戦布告してやる。覚悟していろよ・・・ぎゃははっっ!!!」
ゴブリンは血気を盛んにし、カシイ達を全力疾走で追っていく。
そしてこれ以降の出来事が、その後のゴブリン種と人間種の関係に関わる、大きな分岐点になることを、この時この場にいる全員はまったく知る由もない。