STATE2 逃走劇 その1
「ふぅ・・・」
セーブとロードを繰り返せると知ったカシイは、引き続きヘレナを探しに森を歩いていた。決して油断はできないものの(死んだときの対処が本当に記載されていた通りなのかが不明だからだろう。)、少しは安堵と余裕が生まれたことは事実であり、その状態から歩き彷徨って幾程の時が経ったか・・・。
「今は・・・、17時23分、か・・・」
否、腕時計を見ると、ここに来てからまだ4時間も経っていなかった。
「それにしても、これだけ探してもいないとか、どんだけ広いんだよこの森・・・、ん?」
その時、カシイの目に何かがちらつく。どうやら光のようだったそれは、チラチラとカシイの瞳に光を小刻みに送り込んでいた。
「眩しいな・・・、ん? そう言えば、この森で眩しいなんてこと、あるのか・・・?」
上を見上げると、周りは森の囀り音とゆったりとした風でなびく葉や枝、その数々は、空からの光を完全に遮っていた。
「んん、こっち側は暗いのに、なんであの先だけあんなに異様に眩しく見える・・・」
その時、カシイはあることに行き至る。
ここは暗く、無数の葉や枝が空を雲のように覆いかぶさっていることで、よほどのことがない限りは、絶対に空をここから見ることは叶わないだろう。しかし、これから進もうとしていた前方では、光がチラリチラリと誘うようにこちらにその眩しさを見せつけてくる。ここまでなら、誰もがこう思うだろう。
(これはまさか、森から出れたっっ!!??)
カシイはその希望に一瞬、胸の奥が溢れかえるような気分になる。しかし、すぐにカシイは頭を振ってその喜びを振り払った。
(いやいや、おかしい・・・。こんなにうまく進むはずがない・・・。よくよく考えてみろよ香椎祐也。
ここは俺にとってはまさに異世界、ファンタジー、イマジンワールド!
そう、一見ここは中学生の時密かに自分が追い求めていたかもしれない、超痛々ドリームワールドなのかもしれないけど・・・、裏を返せば得体のしれない生き物がいつ何時出てきても不思議ではないということだ・・・っ!!)
カシイはそんな思考を働かせて、辺りを見渡してみる。しかし怪しい所がどこにもなく、優しく草木を撫でる風の音しかしない。
(うむ、周りに何もいない。しかしだまされるな香椎祐也よ! あの光! さっきから俺の目にチラチラ入ってくる光!! あれが罠だったらどうする!? あれがもし空から落ちてる光などではなく、あの深海奥深くに住んでいると言われる提灯鮟鱇のような奴が仕掛けている誘いであったら、俺はあの光に近づいた瞬間にThe, Endだ!!)
そう馬鹿げた思考回路を巡らせていく内に、光がなぜか徐々に弱くなっていくのが目で理解できた。それに気づいたカシイは、
「ごめんごめん嘘! 嘘だから!! そんな考えしてないから消えないでくれたまへ光様ぁ!!」
腰を低くして光が差してくる方向に足早に向かっていく。何とも決心が脆いのだろうか・・・。
「い、いやでもまさか、そんなことないよなぁははは・・・」
そのまま光の方へ走っていくカシイは、光が徐々に大きくなってくるのを感じ、そしてあるところで視界が一斉に真っ白になった。
「うわっ!!」
急な光の応酬にカシイは目を瞑ってしまう他なく、完全に視界が遮られてしまう。
(ま、まぶしっ)
しかし目が少しずつ慣れてきたのか、徐々に風景が見えてくる。
するとそこには・・・。
「お、おぉ・・・。すっげ・・・」
カシイは目を丸くして驚く。
そこは、まさにこの世のものとは思えない絶景が広がっていた。豊かで地平線にまで広がっている木々は、そのしたの地面を見せることなく、まるでそこは、緑の雲群を上から見下ろしているような所。さらに光の正体はやはり普通の空から指す夕日であり、それも相まったその景色は、最早目を疑うほど美しかった。
「ん・・・、んぅ」
「なんだ? 声が」
カシイは、突然聞こえた声の方向に向くと、そこには赤い長髪の女の子が、小さな寝息を立てて寝ていた。どうやら正体はヘレナだったようで、すごく気持ちよさそうに寝ている。
「いた・・・。こんなところにいるなんて、しかも寝てやがる・・・。はぁ、さてさっさとヘレナ連れてかえ・・・ろう」
そこでカシイは目を疑うことになった。よく見ると、いやよく見なくても、ヘレナは何かふわふわした白い何かを枕にしている。すごく柔らかそうなその枕は、まるで寝息を立てているように、その図体を上下に動かしていた。
「これは・・・、なんだ・・・?」
その白い物体はカシイの声に反応したように体をピクピクッと震わせると、その図体から尖った耳らしきものを二つひょこっと出し、その瞬間にヘレナの頭をもそもそと動かしながら顔を出してこちらに向ける。
正体は狐だった・・・。
「んお、狐・・・? こんな世界にも狐がいたのか・・・、なんか少し感激」
しかし、カシイの小さなこの感動は、次の瞬間跡形もなく壊れることになる。
「ん? おい貴様こんなとこで何をしておる? この娘は今寝ておるのだ。用があるなら出直して来い・・・」
そう言って、喋りだした狐はそのまま顔を再び埋めると、先ほどのように体を上下に動かし寝てしまう。
「・・・・・・、え?」
(これはまた、奇妙な狐に会ったもんだ。喋る狐とか、もう何でもありかよこの世界・・・)
「でも、そういうわけにはいかないんだよなぁ、もう何も驚かんぞ・・・」
とりあえずカシイは引き続きヘレナを起こしにかかろうとする。寝ているヘレナに近づいて肩を揺らそうとしたカシイは、次の瞬間に視界の端に白い影を見る。
「え?」
ガブシュッッ!!
そして気付いた時には既に遅く、狐はいつの間にか枕から、カシイの足にかみつく仕事へとシフトチェンジしていた。
「い、痛ぁぁぁぁぁぁ!!?」
「へはほひへほいほ、ほういっははふは!!(出直して来いと、そう言ったはずだ!)」
「何言ってんのかわかんねぇよ!!!」
取りあえず足にかみついている狐を払うため、噛まれている方の足を勢いよく振るが、牙が左右に揺られてえぐられるような痛みに襲われるだけで、離れようとはしない。
カシイがおもむろに視線を左端に合わせると、自分のHPバーが思っていた以上の減少を見せていた。
「ちょ! マジ離して!! 体力メーター激減してるからこのままだとデッドエンド!!!」
「はいほふへーはー? はひほいひほわはははいほほほ(体力メーター? 何を意味の分からぬことを)」
狐は不思議そうな顔をしながらカシイの足を今度はハムハムと小刻みに顎を動かすことでかみつく。それによって、HPバーの減りが小刻みになり、またさらに激しい減少を見せる。
(あ、やば・・・。死ぬ・・・)
左端のHPバーが黄色い色になったことで、カシイに死の実感が沸いてくる。このままだとカシイは、この世界で一番のアホな死に方をしたとして、この狐経由で事実の噂が流されることだろう。
「ちょっ! 本気でやめ」
「白瀧、やめ、なさい・・・」
カシイが本気で振りほどこうとしたとき、先ほどまで寝ていたヘレナがいつの間にか起き上がり、白瀧と呼んだ狐に対して制止を促した。すると、狐は嘘のようにあっさりとカシイの足から口を離す。離された足からはかなりの量の流血が予想されたにも関わらず、血はそんなに流れはしなかった。
「お、おぉヘレナちゃん。やっと起きた・・・」
「カシイ兄ぃ、だい、じょうぶ?」
「ああ、ありがとうな。そっちも無事で何よりだ」
カシイがそう言ってヘレナの頭を優しく撫でると、ヘレナは目を細め、気持ちよさそうな顔を浮かべる。それはまるで、喉を鳴らして撫でられている猫のようだ。
そんな中、白瀧と呼ばれた狐は少し不可解な表情を浮かべこちらを見つめてくる。
「おいヘレナの娘。この男は何者なのだ? 何やらかなり親しげなようだが、なんだ? こいつはお前の番か?」
その言葉に、カシイはぶっと吹き出し、ヘレナは顔全体を赤く染めた。
「おい狐! それはない!! こんな少女に手を出したら、俺は間違いなく人間としての人生を終えることになるぞ!!!」
「貴様には聞いていない男。黙っていろ」
(な、なんて理不尽な・・・)
しかし、ヘレナはその質問に、もじもじと股内に両手を忍ばせる。かなり恥ずかしい様子で、顔は完全に下を向いており、目を開ききっていた。
「カシイ兄ぃ、は、おもしろい人、だから、私の、大事な人・・・」
その解答は、かなりの頑張りを見せた、精一杯の成果なのだろうか。そう言った後ヘレナは頭をブンブンと左右に振り、後ろを向いてしまった。
「そうかそれはつまり、番ということで間違いはないのだな?」
「なんでそうなったっっっ!!??」
カシイは、白瀧に心底馬鹿と言わんばかりの視線を送りながら、最大限の突っ込みでそう言い放つ。すると、一瞬の内にその場から白瀧の姿が消え、
ガブシュッッッ!!
とカシイの腕に再びかみついた。
「いやあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
「うふはい! はまへほいっははふは!! あほ、ほほへへんははへほ! ひふへいへはほ!!(うるさい! 黙れと言ったはずだ!! あと、その視線は止めろ! 失礼であろ!!)」
「だからお前何言ってるか分かんねえよおおおおおぉぉ!!!!」
そう言ってカシイが、白瀧が齧り付いている方の腕をぐるぐると振る。すると、徐々に噛む力が弱まり、そのまま狐は飛んで行った。
しかしそこから空中で1回転して着地したところを見ても、さすが狐であると感心させられるカシイ。
「貴様、わらわにこんな扱いを・・・。ただで済むと───」
そう白瀧がカシイに対して戦闘態勢を見せようとした時、不意に白瀧の横にある先ほどカシイが出てきた森への入り口から何か恐ろしいものが飛んでくる。
それは何やら銀色に光り尖っていて、すらりと出てくる取っ手と思われる木の棒にくっついていた。
「っ─────────」
カシイが声を出す間もない。その棒は一直線に白瀧の白い毛が付いた腹部に刺さり込む。
ブシュッ!!
と気色の悪い音が鳴り、白瀧はそのまま、絶景を生んでいた森の海へと落ちていくように身を勢いに任せていた。
「なっっ!!」
しかしさすがにここまでになると、カシイも本能なのかギリギリ反応し、飛んでいこうとする白瀧をしっかりと受け止め、そのままヘレナの前へ半ば背中からスライディングした状態で向かう。
「お、おい!! 大丈夫か狐っっ!!!」
カシイは腕で抱いた白瀧に声をかける。しかし、その答えに応じるどころか、耳や足の一本さえも動かさない。見たところ、先ほど飛んできたのは槍のようなもので、弥生時代ほどで使われていた石槍に酷似していた。石槍を白瀧の腹部から抜いてやると、白瀧の腹部からは血が滴り始める。
ヘレナは後ろを向いていたので、少し遅れて反応し前を向き直っていた。しかしその時すでに遅く、カシイが必死に白瀧が受け答えが出来るかどうか試していたところだった。
「え・・・、白、瀧・・・?」
「くそっ! ヘレナちゃん!! こっち来い!!!!」
そう言って、ヘレナのショックよりも先にカシイはヘレナを引き寄せる。
カシイはこの時、白瀧の意識を確認しながら、周囲にも気を配っていた。
「一体、どういう・・・!」
「今はそんな場合じゃない!! ここから逃げるんだっ!!」
そう言って、カシイがヘレナの声を遮り石槍が飛んできた方向を見やる。ヘレナもそれを習ってその方向へと視線を移すと、森から複数の物体が出てくる。
その物体は大きい図体をしており、鼻は豚鼻、肌の色が緑色で、眼光が鋭く筋肉質であった。また頭には黒い革で荒く作られた帽子をかぶっていた。
「あ、あれは・・・?」
カシイが顔を青ざめさせそう呟くと、ヘレナもまた、体を震わせて言う。
「ゴブ、リン・・・」