STATE1 もしかして俺、死ねないの・・・? その3
テレポサーバは使った後姿を消す。けど今渡したテレポリモコンを使ったら、使いたい場所にテレポサーバを出すことができるよ。
フュイナは先ほどそう言って、カシイにリモコンを渡し、苦い顔でカシイを送り出した。
(確かに、確かにこのリモコンがあれば安心感違うよ? 右ポケットにあるだけで全然・・・。ないよりあったほうがいいさ絶対に・・・。
でもさ・・・、そう思ってた時期も俺にはあったんだよ・・・。)
キュキュキュキュッッ!!!
ガサガサッッ!!
カシイの目の前には、熱帯雨林が鬱蒼と生い茂り、空には異形の鳥や異常なほど大きい虫が飛んでいた。
ガサガサと草が揺れ、おかしな鳴き声が聞こえ、最早安心している場合ではなく、カシイにあるのは恐怖心のみとなっていく。
「こんなん我慢できるはずないじゃん帰りてぇぇーーーーーーーーーーーーっっ!!!???」
カシイは泣きそうになりながら思い切って足を前へ出す。
森の全容を知らないので、ヘレナを探すのが至難であることは分かりきっている。今更焦ったところで何も変わらない。だからカシイは落ち着きを大事にしてヘレナをすぐに見つけようと気合だけで進んでいった。
「しかし、まぁ・・・、これは・・・。」
カシイが辺りを見回してため息を吐く。頬からは冷や汗じみたものが流れ、体中で鋭いものを刺されるような視線を感じた。
「もう喰い殺されそうな状況じゃねぇか俺・・・。ほんとに帰りてぇよ・・・。」
ガサガサッ! ガサガサガサッッ!!
辺り一帯から草の根を分けるような音が幾多にも響くところから見ても、確実にカシイを正体不明の生き物たちが狙っているのは明らかだった。しかしヘレナの安全を確認し、確実に保護するまでは帰るわけにもいかない。
カシイは意を決し、腰の高さまである草が生い茂る区域に足を踏み入れる。
「まさかここで、出てこないよな・・・?」
そう呟きながら、カシイはゆっくりであった歩を速めてどんどん進んでいく。それにつれて、自分に集まる視線に殺意が混じってきているのを、背中に流れる大量の冷や汗で、カシイは感じ取っていた。
ビュッッ!!
その時、カシイの真横から何かが投擲される。それは一直線にカシイのこめかみを狙って飛んできた。
「えちょ、うおっっ!!!??」
かろうじて横目に入ったそれをしゃがむことによって避けることのできたカシイは、そのまましゃがみの体勢で息を荒げると、口を右手で塞ぐ。
(いや、いやいや!! おかしいおかしい!!?? 飛びかかってくるならわかるけど、なんか飛ばしてきたぞ今っっ!!)
カシイは目を見開き、そっとしゃがみ体勢から中腰体制にしつつ、物が飛んできた方向を見る。しかしそこにはもう何もなく、何か動物がいた形跡すら見えなかった。
「く、くそ。なんだよもう・・・。」
最早半泣き同然のカシイは、しかしここに留まっては危ないと感じたのか、恐る恐るといったようにしゃがみ体勢に戻って前を進み始める。
(あり得ない。あり得ないあり得ない・・・。自殺するまで部屋で淡々と一人遊びしてた俺が、どうやったらこんな状態で平常に動けるんだよっ!? 無理に決まってんだろそんなもんっっ!! どうすんだよこれ・・・。)
自問自答を繰り返す。いや、それが気を紛らわす方法のひとつなのかもしれない。
しかしそんなことは今この現状で何も効果はなく、逆に自分をしきりに追い込んでしまうためのデメリットにしかならない。
(どうすんだ・・・。ヘレナちゃんを探すって言っても、これじゃあ至難だ。)
森の中で少女を一人探し出す。しかもその探す側の人間は、その森の実態や正確な場所と言った重要なファクターを何一つとして持っていないのだ。端から見たら無謀にも、樹海に飛び込んだ阿呆にしか見えないだろう。
カシイは口を押えていた右手を額に翳し、周囲を見渡した。
(くっそ・・・。まだ昼の3時とか言ってたな・・・。確かに視界は明るい。草木しかないにしては、太陽の光を通してるけど、この特異な太陽光じゃ、夕方の6時と言われても疑えない程には、夕日と殆ど変わらないぞ・・・?)
しかしその時、カシイは左約11時の方向に人影を捉える。その人影は、身長が小さく長髪、今差し込んでいる光では判別がつかない程に、夕日と同化したような綺麗な赤い髪だった。
それを見たカシイは、即座に立ち上がり、その人影に向かって走っていく。
ガサガサガサッッ!!!
「間違いないっ! ヘレナちゃんだっっ!!」
しかし、その影はカシイのところに振り返ると走って去ってしまう。
「なっ! なんで逃げるんだっっ!? くそっ!!」
それを追いかけようとして、さらに走る足の回転数を上げようとする。
その時、横から大きな影がカシイの全身を覆う。振り向いてみると、そこには・・・。
「ギギャアアアアアアアアアァァァァァァッッッ!!!」
「っ!!?」
さすがに言葉を失うカシイ。カシイの目の前に出たものは、直径約3メートルはあろうかというほどの大きさを誇る、先ほどフュイナとヘレナの家で見た生き物、“ムシトリドラゴン”の野生型だった。
「こ、これは───」
「ギギャアアアアギャギャギャギャッッッ!!!」
(まずい、フュイナの家にいたピーちんより遥かにでかいし凶暴そうだ・・・。さっき走り出した時の草の根を勢いよく掻き分ける音で反応したのかっ!)
カシイは後ろに後退った。このままでは本当に食い殺されるという恐怖から取ってしまった行動。しかしカシイは知らなかった。
“ムシトリドラゴン”は、狙った獲物が逃げる動作をした際に、襲い掛かる習性をもっていることを───
「グギャアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!!!」
怒号のような雄たけびを上げながら襲い掛かる“ムシトリドラゴン”。その両目は、まさにテレビの映像などで見る、獲物を殺す時の血眼のように光るハイエナのその目と同じだった。
「う、うああああああああああああああああっっ!!??」
カシイは何も考えず、そのまま後ろに向かって思いっきり走る。後ろは決して見ず、ひたすらに、必死に走る。
「ちょ、これ、やば、死ぬ、死ぬぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」
「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」
カシイは“ムシトリドラゴン”から必死な形相で走る。カシイ自身今までにないほどの速度で走っていることに驚愕を覚えているがそんな状況ではなく、徐々に“ムシトリドラゴン”との距離が縮まっているのを、カシイは肌と気配と音で察知していた。
そして樹海に限りなく近い森を一心不乱に走りしばらくして、目の前に大きな岩が見えた。そこには人のサイズ程でぎりぎり入ることのできる隙間があり、洞窟のようになっている。
「あ、あそこだっっっ!!!」
カシイはその洞窟にゴールを定め、今まで走り続けていた足へさらに鞭を打つ。
(あそこに入ればこいつは俺を追えなくなるっ! 見たところあの岩はそうそう衝撃を与えても壊れるもんじゃない・・・。あれに入れば、取りあえず撒けるっっ!!!)
そうして岩に向かって走っていくカシイ。だんだんと大きくなってくる岩の全貌は、やはり洞窟のようになっていた。出口は先ほど遠くで見ていたよりも大きくなってはいたが、この“ムシトリドラゴン”が入れる隙間ではやはりなかった。
カシイは確信的な勝利を感じる。
(勝った! 勝った勝つった!! ここまで来たら後は追いつかれないように全力で走るだけだ───)
カシイがそう思ったとき、目の前が一瞬暗くなる。そのことに一瞬思考を停止させたカシイは、次の瞬間に目の前の光景に目を疑う。
「ハァハァハァッ! お、おい! さっきまで後ろから追いかけてきてたじゃねーか!? なんで、なんでお前が目の前にいるんだよっっ!!?」
カシイの前には、後ろから追いかけていた“ムシトリドラゴン”が、いつの間にか目の前で鎮座していた。
そこでカシイは、先ほどの一瞬の暗闇を思い出す。そして思った。
(あれは、“ムシトリドラゴン“が飛んでた時の影っ・・・。)
「お前ら、空飛べんのかよ・・・。」
「グギャアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!!」
カシイは勝利とは反対の、敗北の絶望を感じる。目の前に立ちふさがれてしまっては最早宇万事休す。逃げ場もなければあったとしても飛べるという相手のアドバンテージから逃れられる術が掴めない。もうカシイはその場で座り込むしかなくなってしまう。
「ハァハァ・・・。もう、だめだ・・・。死ぬ───」
そして、カシイのその言葉と同時に、“ムシトリドラゴン”は鋭く大きい牙をギラつかせ、勢いよくカシイに飛びかかろうとする。
「ガガガガガガギャアアアアアアアアアアァァァァッッッ!!!!!」
「ひっ!!」
カシイは思い切り目を閉じた。
心臓の音だけが聞こえる。その音に身をゆだねるだけで、カシイの心は何故か穏やかになっていく。これから食い殺されるという恐怖が、おかしくも何処かに吹き飛び、もう何も考えていない。
カシイはふと思った。
(そ、か。これが・・・悟りかぁ。
思えば今から死ぬってのに不思議と落ち着いてるなぁ俺・・・。
ま、大した人生でもないし。元々死んだし。今更また死ぬって言ってもさほど恐怖を感じないなぁ・・・。)
何ともアホな回答に行き着き、食い殺されるのを心臓の鼓動を聞きながら目を瞑り黙って待つ。しかしおかしなことに、“ムシトリドラゴン”に食い殺されるというようなことは起きない。
「・・・? 何も、起きない・・??」
おかしいと思ったカシイは、そっと目を開ける。すると、
「・・・え???」
カシイは呆けた顔をする。
それもそのはず、先ほど自分を食い殺そうと躍起になっていた“ムシトリドラゴン”がいないのだ。カシイが辺りをそっと見渡し、ふと空を見上げると、先ほどの“ムシトリドラゴン”は大きな黒い翼を広げ、遠くを見つめるようにして飛んで行ってしまう。
「・・・・・・・・・え??」
カシイは呆けた顔を続け、立ち上がって“ムシトリドラゴン”が飛んでった先を見ようとする。しかし木が多すぎて遠くを見れない。
取りあえず、ここにいてはまた先ほどの“ムシトリドラゴン”のような悲劇の繰り返しになりそうだったので、カシイは目的地とした大きな岩の洞窟に向かって歩く。重い足取りは先ほどの走りの疲れからか、先ほどのような疾走を感じさせてはくれない。
「もう、すこし・・・。」
そしてカシイは、とうとう目的地として定めた岩の洞窟に着いた。中に入ると、岩だらけで何もないが、取りあえずはカシイと同じサイズかそれ以下のサイズのモンスターしか入れないほどの入り口の大きさなので、取りあえず今のところは安泰と言っていいだろう。
「つ、つか、れた・・・。」
カシイはその場で仰向けになる。足は痙攣を起こし、最早立っているのがやっとだったのだろう。今になって、カシイの頬や額から大量の汗が出てくる。
「な、何なんだよもう!!
もう御免だっ!! 帰ってやるこんなところ!!! 第一こんなところ人間の来るとこじゃねぇよ!! ヘレナちゃん、どこ行ったんだよっっ!!」
行き場のない苛立ちが飛ぶ。いや、矛先はヘレナなのだろう。自分をこんなところに連れてきたのは、元々を辿るとヘレナが無断でこの森に入っていったためだ。
しかし、カシイ本人はそれについて今は深く考えなかった。今考えてしまうと、自分の器の小ささを自分で感じてしまうため。
(・・・こういうことを考えてるから弱いんだよな俺・・・。こんなことだから自殺なんてする羽目になったんだ・・・。)
そんなことを考えていると、カシイは無性に自分に対して腹立たしくなってくる。唇をかむと痛さで一瞬気が紛れるが、自殺する前のように、その後過去の事や痛みによってさらなる苛立ちが飛んでくる。
「くっそがっっ!!!」
カシイは思い切り左腕を薙ぐように横に振った。まるでそれで苛立ちと過去の記憶を振り払うように、どこにぶつければいいかわからない苛立ちを振り払うように。
「・・・あ??」
その時、カシイは目を細めた。
自分が左腕を薙いだ部分に、横長の青い紙のようなものが出てきたのだ。いや、紙というよりどちらかというと電子的なものに近い。所々がたまにチリチリと音を鳴らしながらかけたり元に戻ったり、全体にノイズがかかるように掠れたりと、まるで近未来関係の映画で出てくるような手に持てる電子マップのようだった。
「これは、何だ・・・?」
カシイからは、すでに苛立ちが消えていた。苛立ちよりも、驚きの方が勝っていたのだ。
カシイは、その青い電子マップらしきものに目を通す。文字は先ほどフュイナの家で見たハングル文字とは違い、自分でも読める日本語で書いてあった。
「チュート、リアル??」
確かにその電子マップには、大きな文字で“チュートリアル”という文字が書いており、その下に右に向いた矢印がある。どうやらこの矢印に触れると次のページに行くという仕掛けになっているようだった。
「なんだよこれ、タッチパネルみたいなもんか?」
カシイがその矢印に指をタップすると、電子マップが紙のページをめくるようなアニメーションをした後に、次の文が浮かび上げる。
「“その1, セーブ機能と、ロード機能の説明”・・・?」
本当にゲームのような用語が出てきて困惑するカシイは、その文字の下にある矢印に再びタップする。すると再び同じアニメーションを起こすと、またしても文字が浮かび上がった。
「“セーブはメニュー画面の右下にあるセーブバーをタップすれば自動的にセーブされ、ロードはメニュー画面でのロードバーをタップした段階で行われます。”?? メニュー画面? HPバー??」
するとその時、カシイの視界の左上に緑色の細長いバーと、その下に青色の少し短いバーが出てくる。その二つのバーの下には、それぞれHPとSP、そしてLVという文字が表示され、それぞれ32/32 , 100/100 , 1 と示されていた。
「おいおい、こんなもんほんとにゲームじゃねぇか!!! なめてんのかこれっっ!!??」
食い気味になってチュートリアルを読み進める。すると、セーブはどこでも使え、LVというレベルの概念がある。さらにはロードもメニュー画面から好きに行えるということが記されてあった。
これを知ったカシイは、もう訳が分からないと言ったような顔をする。
「な、何なんだよこれは・・・。もう訳わかんねぇ・・・。」
取りあえずこれは一命を取り留めて入院している間に見ている夢なんじゃないかとカシイ思い、自分の頬を、右手で引きちぎらんとばかりに思い切り叩く。
バチイイイィィィッッ!!!
「痛あああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!???」
カシイはあまりの痛さに地面に転がってしまう。すると、先ほどの自分の平手打ちで、右端にあるHPバーが32から30に減っていた。
「は、はは・・・。痛みがあるってことは、夢じゃないね。それになぜか自分で叩いたらHPバー減ったし・・・。」
しかし、この時、カシイはあることに気付く。
夢でないことが分かった時点で、これは自分にとって現実であること。そして、HPバーの損害分が、そのまま自分に痛みとして返ってくること。要は、本当に、HPやSP、LVといった非常識なもの以外が、ほとんど全て現実なのだ。
「これ、もしダメージを受けたら痛みでその場から動けなくなる時もあるってことだよな・・・。」
背筋が凍るような寒気を感じ、顔面蒼白となるカシイ。
取りあえず何かを考えるより試してみようと思い立ち、チュートリアルの画面の右上にある×マークをタップ。するとゲームでこれまた見慣れたようなメニュー画面が出てくる。バーにはそれぞれ、アイテム、魔法、装備、ステータス、ロード、セーブの6つがある。
「えっと、セーブバーをタップしたら自動的にセーブされるんだっけ?」
そう言って、セーブバーをタップすると、画面の真ん中に大きな文字で、“STATE1, SAVEING NOW!!”と書かれる。
「STATE1ってことは、これセーブデータを保存するストックが複数あるのか?」
カシイは、メニュー画面のロードバーをタップする。すると、カシイの予想通り、セーブにはいくつものストックをためることが出来るみたいだった。要は、ロードをしたい場所を選べるということだ。
「じゃあ、さっきセーブしたこれをタップすれば、ロードしてセーブした地点に戻ることができると・・・。」
そう言って、ロード画面のSTATE1と書かれてある欄をタップする。
すると、不意に視界が真っ暗になる。
「・・・あぇ? な、何これっ!!?」
突然の暗闇に焦るカシイであったが、すぐに視界は黒から、先ほどの景色に戻った。
「・・・・・・・・・ん? 戻った??」
しかし、セーブした場所から動いていなかったため、本当に戻ってきたのかが分からない。そこでカシイは、そこから二歩動いてすぐにメニューバーのロードバーを押し、ロードを試みる。
「お、また暗い・・・。」
そしてまた光景が明るくなる。そこは、先ほどカシイが二歩進んだ前の場所。セーブした場所だった。
「・・・まじか・・・。」
正直疑い半分だったカシイは、この状況に心底驚く。
これでもう間違った選択をした場合にロードして戻るという行為ができる。そう思うと、カシイは安堵に包まれるような感覚がした。
「よ、よし。これで俺は死ぬ確率が格段に減るはずだ!! 取りあえず救済処置だな・・・。」
そう言って、カシイは洞窟を出る。
先ほどのヘレナのような人影を発見した場所から察するに、ここからかなり離れてしまったような気がしたカシイは、深いため息を吐く。
「いや、仕方ないな・・・。行くかっ!!」
そうして、セーブとロードの機能に気付いたカシイは、改めてヘレナを探そうとし、メニュー画面を右上にある×マークをタップすることで閉じようとする。
すると、メニュー画面に大きく、ある文が表示された。
「ん・・・?」
そこにはこう記されていた。
"このLOADは、対象者が死んでも効果が発揮されます。もし対象者が死亡した場合は、強制的に最後にセーブを行った場所へ強制転移されます。それでは幸運を・・・。
セーブポイントはお好みでお願いします♪"
「お、おいこれってまさか・・・」
(俺、死ぬ痛みも味わうことになることがあるってことだよな・・・? でも強制ロードってことは・・・)
そこで、カシイは一つの正解にたどり着いた。
「もしかして俺、死ねないの・・・?」