STATE0 眠りから その2
「・・・起きて。」
「ん、んぅ、はぁ、はぁ、くぅっ・・・。」
「・・・起きてっ。」
「・・・くっ、はぁ、はぁ。」
「・・・、もう・・・。」
少女はうなされている男を揺さぶって起こそうと試みるが、男はいっこうに目を覚まさない。相当深い眠りなのだろう。少女は困り果てていた。
「・・・困っ、た。あれから、目を、覚まさない・・・。」
男が最後に眠りについたのは2日前。少女が再び買い物に行ったあとすぐの事だった。少女が返ってきたときには既に男はベッドで寝込んでおり、熱が出ていることに気付いた少女は咄嗟に姉を呼び看病した。ベッドにきちんと寝かせてやり、冷えたタオルを定期的に変えるようにして、解熱薬を飲ませたりもし、なんとか熱は下がったが、男は寝たまま目が覚めない。
「・・・。」
黙って少女は男を見る。男の顔には大量の脂汗がにじみ出ており、今にも叫び出しそうな程の苦しい表情を目を閉じながら表している。
「・・・拭いて、あげないと・・・。」
少女はそう言って、隣にある水の張った桶に浸しておいたタオルを絞り、丁寧に男の顔からあふれてくる脂汗を拭ってやる。・・・すると、
「ん、んうぅぅ・・・?」
男が小さく、見えるか見えないかぐらいの細さで目を開ける。しかし少女はその微かな変化に気付いた。
「! 気づ、いた・・・?」
「あ、・・・ああ。」
男は細めていた目をゆっくりと大きく開け、大きく呼吸をする。
「・・・大丈夫?」
少女は心配そうな顔で男を見つめてきた。
(ああ、そうか。寝たんだもんな。俺・・・。
でも、そうか・・・。胸糞悪い夢だな全く・・・。)
男は少女に対して笑みを浮かべながらそんなことを考えていた。すると、閉まっていたドアが開く。入ってきたのは、栗色のショートヘアをした背の高い女性だった。
「あ! 目覚めてるのね!!」
「・・・え?」
いきなり大声で叫ばれて目を白黒させている男は、よくよく全体像を見つめる。背が高く、胸が大きくウエストが引き締まっている。またバストも平均よりやや大きく見え、まさに理想形の体つきと言ってもいい女性。少しつり目で茶色の目をこちらに向けている。
(うわっ、すげ・・・、本当にいるんだなこんな完璧な体つきの人・・・。)
男がその女性を見てボーっとしてると、女性は男に心配そうな表情を濃くした。
「まだ調子悪いの・・・?」
そこで男は意識を引き戻す。ハッとした表情で顔を下に向けた。
「い、いや大丈夫!! もう平気っ!!」
そう言ってチラッと顔を下に向けたまま前を見つめると、女性は輝いたような笑みを浮かべていた。
「そう! よかったぁ、どうなるかと思ったのよ?」
その笑顔は、男を驚かせるには十分なものだった。まるで太陽のような笑顔は、男の目を塗りつぶすような輝きを放つには十分すぎ、男は思わず右手を顔の前へ添え、光を遮るような動作をした。
(ほんとにいるんだな。"笑顔がまぶしい"を比喩じゃなくて本当にやる子って・・・。)
もちろんそんな現象起こるわけもなくただ男が勝手にそう見えてるだけなのだが、それを差し引いてもその笑顔は、今のその男の精神を明るく照らしてくれるには十分だった。
「でも本当に心配したのよ? 買い物し忘れたものを買って帰ってきたらあなた倒れてるように寝てるんだもの。しかも2日よ? 2日! 私このままこの子死んじゃうんじゃないかって思ったわよ?」
男は驚愕した顔で女性を見上げる。
「2日っ!? そんな寝てたのっっ!!?」
(気づかなかった・・・。あの夢の中じゃあまんま1日の感覚だったのに・・・。)
女性は笑いながら男の肩を軽く叩く。
「そうよ、一回も起きなかったんだからびっくり! でも起きてよかったー。これもきっと、ゼルギア様の心力の賜物ね!」
男はそこで疑問の表情を浮かべた。
「え? ゼルギア様って一体・・・。」
「さて、あなたも起きたことだし、早速昼食を用意しましょう! ヘレナ、手伝って!!」
男が質問しようとして被るように女性がそう言うと、少女の手を掴み、少女がこくんと女性に向かってうなずくと、女性は部屋を後にしようとドアを開き、男に顔だけ向き直った。
「ご飯できたら呼ぶから、ちょっと待っててね!」
「あ、・・・はい。」
ドアが閉まり、静寂が生まれた部屋。その中で、男はまたしても、ため息を溢した。
「はぁ・・・、2日、か。」
男は自分の右手を見やる。右の掌は汗でギトギトしている。どうやらこの2日の間に相当量の汗をかいたようだった。
「・・・本当に、嫌な夢だ・・・。」
そう言って男はベッドから起き上がり、大きく背伸びをした。すると体中がバキバキと音を鳴らす。2日態勢を変えずに寝てしまったからだろうか、体中に痛みが走る。
「いててっ、いてっ! くっそ、バッキバキだな体・・・。」
男は伸びをした体を引きずるようにして、カーテンが閉まっている窓に向かい、近くにまで来ると、カーテンの裾を掴む。
(・・・死んだ。・・・死んだ、か・・・。実感がないのに確証を持てる。でも、じゃあなんで俺は今生きてるんだ・・・?)
男の脳裏に先ほどまで見ていた夢が焼き付くように連続再生される・・・。
ビル。32階建ての高層ビル。看板には『株式会社フリークリーン』と書いており、看板の端部分で、ピンク色と緑色を交互に光らせている。
そのビルの屋上、複数の男女と、それらに向かい合う一人の男性の姿があった。
(言い合い、策謀、暴力、そのあと・・・、)
そこから先の記憶が、光が一気に迫ってくるように一瞬で消える。男は、カーテンの裾を掴んでいた手の力を強くし、目を閉じ苦い表情を浮かべた。
(いや、よそう・・・。気分が悪くなるだけだな・・・。)
そう言って頭を左右に振り、目を開く。カーテンを掴む手の力を弱くし、深呼吸をする。
すぅー、はぁー、すぅー、はぁー・・・。
(・・・よし、取りあえず、ここがどこかだけでもわからなきゃ話になんねぇから、外だけでも確認してみるか・・・。ま、俺の予想としては、地獄以外何があんだよって話だけどなっっ!!!)
そう考えながらカーテンを思いっきり開ける。すると薄暗かった部屋に光が差し、その光が、優しく男の目を潰す。
「まぶしっっ!!」
男は思いっきり目を瞑る。いきなりの光で目が慣れないでいた。しかし、少しずつ慣れていき、目を徐々に開けていく。
そして男は驚愕した。
「ギギャアアアアアアアァァァァァァァァァッッ!!!」
「・・・・・・は??」
男の目の間には、空を飛ぶドラゴン(?)ミミズ(?)ライオン(?)らしき3つの頭を持つ物体が、翼を翻して飛んでいた。
「・・・・・・・・・。」
驚きすぎて放心している男は、飛んで行った異様な物体を目で追う。すると、不可解なものをさらに目にする。
「な、なんだありゃあ??」
そこには、空がある。しかし、それもやはりただの空ではなく、
「昼って、言ってたよなあの女の人・・・。なんで、青い空とオレンジの空が半分ずつ分かれて存在してんだよ・・・??」
そこには、まるで定規で区切られたように右には青色の空、左にはオレンジ色の空があった。そしてその空には、大きな岩や、建物が浮かんでいる。
「・・・・・・は??」
最早男の頭はパンクしていた。まるでアニメで良くある異世界に飛ばされたような気分に陥る男は両目から光を無くし、掠れた笑みを浮かべる。
「・・・・・・あ、そっか。これが煉獄ってやつか・・・。」
取りあえず男は、無理やりそう納得することにした。そう納得しなければ、自分の頭がおかしくなりそうだと言う風に、ごく自然に、受け入れる。
その時、タイミングよくドアを開ける音がした。男が振り返ると、そこには先ほどの背の高い女性が立っていた。
「出来たわよご飯! ・・・ええっと、」
女性が何かに対して言い淀んでいると、男はごく自然に笑みを浮かべながら口を開いた。
「香椎、香椎祐也だ・・・、よろしく。」