STATE2 非常識の魔術
光に包まれた地下室は、視界を潰すには十二分の光量を発する。
フュイナが二人の帰りを待っている中、突然光りだしたテレポサーバに意識を集中した。すると、その光の中から、二つの凹凸した影が見える。
「ただ、いま・・・」
「よっ、帰ったぞ」
そこから出てきた二人の影に、フュイナは涙を滲ませるしかない。
―――現在時刻は20時23分。即ち、カシイがヘレナを追ってテレポサーバを使ってから、ゆうに5時間は経過している計算となる。さすがに覚悟を決めていたフュイナであったのだ。
「よかった、本当に、よかったぁ・・・っ」
その場で腰を抜かすように泣き崩れるフュイナを見ながら、カシイとヘレナはお互いを見やって苦笑いを浮かべた。
数十分前の事―――
「カシイ、頼む。その刀を持って、セルバート聖国へ向かってくれないだろうか!!」
ベアトリスは、カシイに対して深々と頭を下げる。
その姿には、最早総指揮としてのプライドなどない様に見られ、その場にいた他のゴブリン種達は一様に目を丸くしていた。
しかしハートクインだけは別であり、ベアトリスが頭を下げるのを見たと同時、ハートクインもまた、同様に頭を下げたのだ。
その光景はまさしく異様。団長の一角と、その隊を総指揮するトップが、一人間種に対して頭を下げる。本来は実際はあってはならない光景だ・・・。
しかし、今回に限って、それはまったく些細であり、別問題になっていた。
「これは我々にとって、とても大事な問題なのだ。散々引き摺ってきて、尚も解決していない、とても根を張った根底の問題だ・・・。
しかしここで、我々はその長年巻き付くように存在していた問題を解決する糸口を見出したのだ! だから、頼むっ!」
「は、はぁ・・・」
「すごい、気迫・・・。すごく、こわ、い・・・」
まるで希望の糸を必死に掴むような表情で願望するゴブリン二匹を見て、さすがにカシイどころか、ヘレナもまた引いていた。カシイの腕を抱くように掴むヘレナの腕には、氷晶の幻刀が大事に抱えられている。
「わ、わかった! わかったから、そんなに頭を下げないでくれ!」
カシイは見るのも苦しそうな表情を浮かべて、ベアトリスとハートクインの頼みを了承した。
――――――
―――
―
「フュイナ、俺たちはこれから、セルバート聖国に向かう。準備をしよう!」
「お姉ちゃん、準備、よろ・・・」
「ごめんヘレナ、カシイ君。全く話が見えないのだけれど・・・。
そしてさ、二人とも・・・」
全くついていけないという顔をしているフュイナは、ヘレナの腕にある水色の綺麗な刀、そして一緒にいた、白い毛に覆われた狐を見て、頭の上のクエスチョンマークを増やしていく。
「その刀は何っ!? それに、いつの間にかペットがついてきてるんだけどねぇカシイ君いやユウヤ君っっっ!!!??」
「なんで俺を今苗字呼びから名前呼びに変えた・・・、まぁいいけどさ。
ま、色々あったんだよ」
「色々って・・・?」
フュイナは、いまだに話についていけていない。それもそうで、そんな順応力を見せろという方が無理な話だろう。
そこでカシイは、一言でまとめることにした。
「まぁ一言で表すと、
"テレポサーバあるのを忘れてヘレナちゃん連れながら色々奔走してた俺はバカで、さらに御人好しだってことに気が付いた"ってとこだな・・・」
「カシイ兄ぃ、それ、全然、説明になって、ない・・・」
「カシイ、貴様は思った通りのバカタレだったようだの・・・」
「・・・???」
白瀧とヘレナが温かい目でカシイを見る中、やはりフュイナだけは、まったくもってついていけていないのだった。
「・・・まぁ、詳しい説明は後にして、一旦セーブしておこうかなっ!」
カシイはその目線を軽くスル―し、逃げるように左手を横に薙ぐ。
するとそこからは、先ほど森で見た様なメニュー欄が出てくる。
―――しかし、
「? あれ・・・??」
そこには、先ほど開いたときとは、別のメニュー蘭が開かれていた。
その上には、大きな文字で"チュートリアル2"と書かれている。
(またチュートリアル・・・、今度は何だ・・・?)
「カシイ、兄ぃ・・・?」
喋らずにじっとしているカシイに、ヘレナは心配そうな声を上げた。どうやらこの電子マップは、カシイの他には見えていない様で、端から見たらカシイは何もない空中を凝視している状態になっていた。
それを察知したのか、カシイはヘレナの頭を撫でて苦笑いを浮かべると、再び自分にしか見えていない電子マップメニューウィンドウを見つめる。
(このチュートリアルは・・・)
そうして、カシイはそのチュートリアルを左手で捲る様に操作する。
すると出てきた内容に、カシイは少しの高揚を感じた。
「ぶっ―――」
("物理攻撃と魔術攻撃双方の行使"っ!!?? これって、もしかして・・・、俺、戦える様になるってこと!?)
そして声に出したい興奮を、何とか平静を保ちながら抑え、恐る恐る再びその電子マップを捲る。
次のページには、こう記されていた―――
1: この世界の攻撃方法は基本的に2つ。物理攻撃か、魔術による特殊攻撃。この2つは今後特に重要となるため、ここで覚えておくこと。
(お、おおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!! なんかわかんないけど、興奮が! 興奮がっっ!!)
2-1: 物理攻撃
物理攻撃は基本、その対象者のHP、筋力、スタミナ、アジリティ、そして武器の種類に左右されます。上記のステータスについては、レベルアップの段階で説明するとして、今回は武器についての大まかな説明をします。
この世界には主に、刀、片手剣、大剣、長刀、短刀、弓、銃、槍、斧、杖という武器の概念が存在します。恐らく使っていけばわかると思うので、個々の説明は割愛します。
(不親切なチュートリアルだな、おい・・・。
それにしても、これだと本当にRPGゲームじゃねぇか・・・。やっぱりここは俺の知ってる地球っていう世界じゃないってことになるな・・・)
カシイはそんなことを思いながら、再び電子マップに集中する。
そして、この個々の武器は、使用するごとに、"技"を解放することが出来ます。
技とは、その武器の種類によって存在する特殊攻撃の事で、それぞれが追加効果や、連続攻撃などがあります。しかし技を覚えるためには、その武器の熟練度を高めていかなければなりません。つまり、技を使いたければ、その武器だけを使い続けろということです。
(技、か・・・。本格的にゲーム化。遊んでるとしか思えねぇ・・・。
本当に俺、自殺したのかな・・・? 夢を見てるとしか思えないんだけど・・・)
2-2: 魔術行使
魔術行使とは、魔術構成によって展開される攻撃系統、ないし補助系統の魔術を使用することを言います。そして魔術とは、現次元を著しく魔術構成によって超越することで、一時的に超常的な現象を引き起こすことを指します。
この魔術には大きく分け、体内魔術、攻撃魔術、補助魔術の3つに分けることが出来ます。
(でも、さっき森で体験した痛覚は、明らかに夢でないことを裏付けてたよな・・・?)
2-2-1: 体内魔術
全種が、その体に体質として備えている魔術があります。それは魔術構成を行わず誰でも行使が可能であり、その魔術の種類は種によって違い、これは俗に、体内魔術と呼ばれています。
ただしこれについては真相が謎に包まれており、何故全種にこの力が備わっているかは、明らかにされていません。
しかし確かに言えることは、人間種以外の種族はその種族によって体内魔術が決まっていることです。
2-2-2: 攻撃魔術と補助魔術
魔術には、攻撃系統と補助魔術が数多く存在します。それは、火、水、氷、雷、風、土、光、闇の8大相対魔術理論と呼ばれる基本理論によって構成され、それを単一工程、または複数工程によって、多種多様な魔術生産を可能にしています。
しかしその多大な魔術の種類の中、一種族の一生命体が行使できる魔術は限られており、それは性を受けた段階で8大相対魔術理論において、その体質に合った魔術が使えるようになります。
けれどあなたの場合、その体質というのが存在しないので、8大相対魔術理論のどれにも当てはまらない状態となり、どの魔術でも行使することが出来ます。
そこで、レベルアップ時のスキルポイントというものでポイントを配分することによって、好きな魔術を体得し、扱うことが出来ます。また、スキルポイントの再配分をすることで違う魔術を使うことが出来るので、試してみてはいかがでしょう?
(ならやっぱりここは今段階で現実ってことに・・・)
そうこうしている内に、考え事をしながらチュートリアルを見終わったカシイ。
「お、これで終わりか―――」
しかし、チュートリアルにはもう1ページ、開けるページが存在した。
「・・・? もう1ページあるのか・・・」
カシイは不思議がったが、取りあえず大体理解したと思ったので、最後の1ページを開いてみる。
すると、そこには、奇妙な1文が記載されていた。
『最後にささやかなチュートリアルとして、その民家にある松明に向かって、手を翳しながら頭の中で"リリブラッド・ブレイク"と言ってみてください。それでは』
「・・・?」
カシイはその1文に疑問を感じる。しかしチュートリアルというからには、これは通らなければならないイベント的なものなのだろうと理解する。
カシイは不意にヘレナとフュイナが見ている中、地下室の壁に立てかけてある松明の一本に左手を翳す。
「ちょっと、魔術っての、撃ってみていい・・・?」
「カシイ、兄ぃ?」
「へ・・・?」
突然の宣言にヘレナもフュイナも訳の分からないと言ったような声を上げる。
しかしカシイは止まらず、魔術構成に自動的な突入を成功させる。
そして、準備が出来た瞬間―――
(―――リリブラッド・ブレイクッッ!!)
バシュゥッッ!!!!
不意に空気を一気に放出したような音が響く。
カシイの手から放たれたのは青いオーラのようなもの。そのオーラは、容赦なく左手から瞬時に放出され、ターゲットとしてカシイが捉えていた松明の火を完全に消していた。
「・・・・・・? 火が、消えた・・・?」
カシイは呆けた様にそう言うと、自分の左手の平を見つめる。
(こ、これが魔術・・・? た、ただ松明の火を消しただけだけど、それでもこれは―――)
「す、すげぇ・・・」
カシイは次第に高揚を隠しきれなくなっている自分に気付く。それもそうだろう。今までアニメや漫画、ライトノベルでしか見たことのなかった異能が、カシイの目の前で実際に起きたのだから。無理もないことだ。
ふと左端を見てみると、SPという欄が 60/100 という表記となっており、今のだけで40もMPを消費したのかと、少し拍子抜けと言ったような感想を思うカシイ。
そして不意にヘレナとフュイナの方を見た。
「・・・え?」
しかし、カシイはそこで唖然とする。
ヘレナとフュイナは、二人して一滴の汗を流しながら俺を見ていた。・・・いや、二人だけではない。白瀧までもが、目を見開いてカシイを見ている。
まるであり得ないものでも見ているように―――
「ど、どうしたのみんな・・・?」
しかしそんなカシイの声などどうでもいいように、フュイナは口を開く。その口は、心なしか、震えているように見えた。
「ユウヤ、君・・・。なんで、なんで―――」
フュイナの声はかすれながらも、まるでそれが常軌を逸していると言っているように、その続きの言葉を口にした。
「なんでその松明の炎消せたの・・・? その松明の炎って、魔術でできてるのに・・・?」
カシイは時間が止まったようにその場で立つ。
顔まで動かないそれは、完全に理解をしていないと言った顔。
―――松明の火が魔術でできている。それが一体なんだというのだ。
カシイはそう思ったのだろう。ヘレナと白瀧の顔を見ても、まったくの同意見と言った顔をしている。
ふとカシイは、先ほど開いていたチュートリアルを消し、魔術というメニュー画面をタップした。
しかし出てきたのは全くの皆無。それは自分が覚えている魔術が一つもないことを表している。しかしよく見てみると、右端の下にスクロールするためのバーがあるのを発見し、カシイはそれを懸命に下におろした。
―――すると最後。本当に魔術というメニュー画面の最下に、二つの魔術が記載されていることにカシイは気付く。
「―――なんだ、これ・・・」
そこには無系統魔術と記載されており、それぞれに"完全魔術崩壊"と"完全物理崩壊"という名が、横並びで配置されていた。
そしてカシイが訝しげな表情を浮かべている中、フュイナが口を開く。
「だって普通は、魔術で魔術を消すことなんて、出来ないのよ・・・?」
そこでカシイはようやく理解する。
自分が、他の魔術を瞬時に相殺することが出来る、普通ならあり得ない非常識極まりない魔術を行使したことを・・・。