魔の手
第七十四話。密かに迫る
「手荷物置いて立ち去りな」
「死にたくなかったらな」
セイント一行を追いかけるアンジュの行方を遮るように、二人の男が現れた。二人は黒い外套に身を包み、フードを深く被っているため口もとしかわからず、声から性別を判断することしか出来ない。
「盗賊か」
アンジュは二人をそう判断した。
「話が早くて助かります」
「行動も早いと助かります」
双剣と双銃を構えながら、二人はアンジュへと近づいていく。魔法機ではない、ただの武器だ。
「ついてないな」
タイミングの悪さに、アンジュがため息をこぼした。
双剣の男は驚いたように立ち止まる。
一方で、双銃の男は気にすることなく歩き続けていた。
どうやら、危機察知能力は双剣の男のほうが優れているらしい。アンジュが呟いた言葉の本当の意味を察したのだろう。
ついていないのは誰なのか。
もっとも、アンジュに話しかけた時点で手遅れなのだが。
「離れろ! シチゴ」
アンジュが踏み出した瞬間に、双剣の男が叫んだ。
だが、それも遅い。
シチゴと呼ばれた双銃使いが言われた内容を理解して実行に移すよりも、アンジュが掌底を打ち込む方が早い――はずだった。
「飛翔弾」
シチゴは躊躇うことなく自分に向かって引き金を引き、後方斜め上に向かって浮かび上がる。
結果。アンジュの掌底は当たらず、その余韻を狙い済ました双剣が捉えた。離れろと言いつつ、仲間のために時間を稼ぐ勇気はあるらしい。
「偽獅子牙」
まるで獅子が獲物へ食らいつくように、二本の剣が振り下ろされる。
アンジュは魔力による加速でその一撃を躱した。
「減速弾」
その回避先を予測していたかのように、二発の弾丸が放たれる。アンジュは錫杖で弾丸の軌道を逸らして、直撃を避けた。
が、弾に当たった錫杖はまるで空中に縫い付けられたかように動かなくなる。より正確に言うのなら、動かなくなったと感じるくらいゆっくりしか動かなくなった。
そこへさらに一発の弾丸が打ち込まれる。
アンジュは錫杖を手放して、弾丸を回避した。
「弾丸の効果受けないとか、聞いてた以上にバケモノだな」
弾丸に込められた力は魔法のそれと違わない。たとえ錫杖で弾いたとしても、錫杖を持っていた本人にも魔法の効果は届くのだろう。
それが効かないアンジュに、シチゴは敵対した存在の恐ろしさを自覚したらしい。
「傭兵団かな?」
「偽獅子牙」
一方でアンジュは自分を襲った二人が賊ではないことを確信した。しかし思わずこぼした呟きは、双剣の男の声にかき消される。
アンジュは声の方向から攻撃を予測し、魔力による加速で回避しようとするが、男の攻撃速度は異常に上がっていた。
「くっ……」
突然早くなった相手には対応しきることが出来ず、右手の剣がアンジュのローブの肩口を斬り裂いた。
斬撃は体には届いていない。
それでも、ローブの一部を傷つけることができるほどの相手だ。
「面白い」
アンジュは楽しそうに不敵な笑みを浮かべた。
◇
アンジュがローブの二人と邂逅したころ。フェシー奪還の魔の手がセイント達に向かって、静かに迫っていた。
そのことに気づける人はいない。
「神官フェシー」
ふと、フェシーの隣に立っている兵士が声をかけた。
無視しようとも考えたフェシーだが、首だけを動かしてそちらを向いてみる。
「話があるんだがよ」
声をかけた兵士は片方の口角だけを上げ、悪そうな笑みを浮かべていた。
「話すことなどありません。ああ、クレバー様を助けてくださるというなら聞かないこともありませんが、一介の兵士にそんなことを決める権限はないでしょう? それとも、お仲間を裏切ってまで何かをしてくれるんですかね」
フェシーは面白くもなさそうに返すが、兵士の返事は予想を大きく裏切るものだった。
「その通りだ」
驚くフェシーに構わず、兵士は話を続ける。
「兵士は順番に交代しながら見張りをしてるだろ? で、俺が次に見張りすんのがクレバーなんだよ」
「つまり、見張りの交代で周りの四人が離れた隙にクレバー様を連れて逃げると、そういう作戦ですか? 確かに出来そうですが、あの白い隊長から逃げるのは至難の業だと思いますね」
神官の連携を崩すためという名目により、それぞれの間は離れていた。ならば、見張りが入れ替わるときには隙が出来るだろう。
「……くっくっ」
フェシーの返事を聞いた兵士は笑っていた。なぜそんなことを聞くのかと。聞かなくてもわかるだろと。
言外にそう言っているような気がした。
「任せます。くれぐれもクレバー様だけでも頼みますよ」
「ああ」
兵士は頷き、顔を上げた。
「聞いたか、お前ら」
「聞こえたゼ」
「ばっちりな」
兵士の呼びかけに、横と前、二人の兵士が答える。
フェシーは何が起こったのか全くわからなかった。
「俺が裏切るとか、本気で思ってたのか? 聞いてた通りバカだな」
「ホント、バカ見てたらスカッとしたゼ」
「二人ともやめないか。本当のことを言ったら可哀想だろ」
「お前もな」
三人の兵士がフェシーを見て、嗤う。
「神官ごときが、思い上がりも大概にしろ」
全て嘘だった。
「誰が邪神教なんかに味方するかよ」
つまり、フェシーは彼らが溜飲を下げるための玩具にされたということだ。
「こいつら……」
「三人とも、そろそろ交代だ」
フェシーの声を遮るように後に立っていた兵士が声を発する。馬鹿にはしなかったが、黙認していたということは同じ気持ちなのだろう。
「へーへー」
声かけられた三人が気怠げに進んでいく。
一方で声をかけたほう兵士は三人についていく気配を見せない。フェシーの目の前で立ち止まって、三人を見送っていた。
まだ、バカにし足りないのか。
「さてフェシー殿。我々はあなたの味方です」
苛立ちを覚えるフェシーに向かって、兵士は笑顔でそう言った。
「まだ動いてないのか?」
「何を言っとんだ。交代はまだだろ?」
「なんだと?」
「もう一人もまだ来とらんみたいだしな」
「あ、あいつ!」
「騙されたね、これ」
「緊張感の足らん奴らだな。ほら、戻んな」
先に向かった三人とクレバーの後に控えていた壮年の兵士がなにかを話している。会話の内容からして、戻ってくるのは時間の問題だ。
「時間が無いようですので、説明は割愛させてもらいますね」
三人が走る足音が聞こえる。でも、全力疾走ではない。
ちょっとした悪戯。
だから、急いで戻る必要はないと判断したのだろう。
兵士は笑顔を浮かべる。
「天法・転移」
兵士はフェシーの肩に手を置きながら、力を発動させた。
二人の体が光に包まれ、消える。
「なっ……!」
フェシーさえも動く暇がないくらい、あっさりと決着はついた。