三者会議
第七十三話。三者による邪神教のための相談
暗い部屋の中に三つの椅子だけが置かれていた。空席はひとつだけ。残りの二つにはフードを目深に被った黒いローブの神官と青い衣に身を包む小柄な神官が座っていた。
扉が開き、灰色の鎧を着た神官が部屋に入ってくる。
「全ては予定通りに進んでいます」
流れるような動きで、鎧の神官は空席に腰を下ろした。
「……全員揃いましたね」
黒いローブの神官が問いかける。
「肯定」
「そうですね」
二人が返事をすると、黒いローブの神官は不敵な笑みを浮かべた。
「……では、三者会議を始めましょう」
開幕を告げたその神官は、知恵者。
「それで、彼らはどうするのですか?」
議題を提供するのは鎧の神官こと、戦者。
それはいつものことであり、戦闘という特殊な対応に当たった後であっても変わらないものであった。
「……天の神官アンジュが、魔神召喚士フェシーの奪還に向かっています。彼が戻り次第、捕らえた二人を贄として魔神を召喚という流れになるでしょう」
知恵者は同時進行で進んでいた作戦を二人に告げた。三者が行う作戦は、全て知恵者が考えたものだ。
そしてそれを一気に伝えるのではなく、進行度合いによって工夫を加えながら説明、実行するところまでが知恵者の仕事だ。
「……質問はありますか?」
「ありません」
知恵者の話が一区切りついたところで、戦者はもう一人の神官――予言者を見る。その目は虚ろで、予言の準備が整っていることを示していた。
「仕事がうまくいく未来は見えますか?」
「否定」
「フェシーが戻って来ないのですか?」
「否定」
「魔神が召喚出来ないのですか?」
「肯定」
「フェシーは戻ってくるが、魔神の召喚は失敗すると?」
「肯定」
「ふむ」
戦者の質問に対して、予言者は是か非かのみで回答する。
それこそが予言者の予言方法であった。
絶対の精度を誇る代わりに、自発的にしゃべることが出来なくなる。その点を補っているのが戦者と知恵者だ。
「……魔神召喚士フェシーは自分の意思で召喚を行わないのですか?」
「否定」
「では、何らかの事情で行えない状況に陥るのですか?」
「肯定」
「……それは此方らが原因ですか?」
「肯定」
是か非で答えられる質問ならば、予言者は言いよどむことなく答える。
「どういうことですか?」
「…………」
逆に、是か非で答えられない質問には、沈黙をもって返した。
「……原因は此方らの行動ですか?」
「こう――」
知恵者の質問に答えようとしたところで、予言者の動きが止まった。まるで糸を切られた人形のように、一切動かなくなる。
それが予言の終わりだ。
予言者はしばらくすれば普通に動けるようになるので、戦者も知恵者も気にかけることはない。
「……作戦を変える必要がありそうですね」
予言の結果は絶対だ。
ならば、その結果に合わせた作戦を立てればいい。
それが知恵者の役目。
「どのように動けばいいのですか?」
変更された作戦に合わせて動くのが戦者の役目だ。
「……そうですね。何か意見はありますか?」
「それならこういうのはどうでしょうか?」
とはいえ、戦者は言われた通りに動くだけの脳筋ではない。
戦闘に優れていたことから戦者の称号を受け継いでいるが、彼はかつてマルティール騎士団の騎士団長を務めていたほどの男だ。
さらに、統率や作戦立案の能力にかけては現団長――捕えられているが――オルダーよりも優れていると言われている。
「……それよりも……」
「なるほど。ですが……」
「……いえ、そうではなく……」
「あぁ、そういうことでしたか」
知恵者と戦者は協力して作戦を考えた。より良い結果へと近づけるために、二人の知識を振り絞る。
それが、いつも通りの、会議の様子だ。
「ふぁ……」
二人が白熱した話し合いを続けるその横で、予言者が目を覚ました。
「んー」
両手で目をこすってから、腕を伸ばして体をそらす。まるで寝起きのような光景だが、予言者にとっては本当に寝起きであるのでそれも当然の反応であるといえる。
彼女は予言が始まると同時に一種の睡眠状態となるのだ。研究者は予言を司る神を一時的に憑依させた状態ではないのかと予想していたが、その謎を解明することは出来ていない。
予言者は徐々に覚醒していく意識の中で、予言の内容を思い出していく。
「それよかいい作戦あんだけど?」
予言を思い出したとこで、予言者は一つの対策を思い付いた。
「……聞こう」
「聞きますよ」
「ふふん。よく聞きなさいよ」
得意げな笑みを浮かべ、予言者は胸を張って言い放つ。
「魔神を召喚しなければいいのよ!」
二人に比べ幼稚な作戦を。
「……却下です」
「ないですね」
「へ?」
それを二人が一蹴して、少女が唖然とした表情を浮かべるところまでが、いつものことであった。
予言の時以外の彼女は馬鹿である。
「なんで却下なのよ! 完璧な作戦じゃない!」
それでも少女が三者会議に呼ばれるのは予言という力を持っているからであり、作戦を考える段階においては必要とされていない。
「……今回は本当に使えませんから」
知恵者はため息をついた。
今回のような手詰まりに近い状況では、馬鹿の常識にとらわれない阿呆な作戦が意外とヒントになったりするのだが、今回は本当に役に立ちそうにない。
「どゆこと?」
しかし、少女には知恵者の考えなど微塵も通じていなかった。
少女は馬鹿である。
その事実に、知恵者は改めて大きなため息をついた。