魔法
第八話。今回も定番のものが登場。
宿屋に戻った狼刀は、ドルフィンを連れ、天軍師のいる屋敷へと向かった。
町の中央にある一番大きな屋敷である。
「さあ、倒すわよ!」
「あぁ、行こう」
それぞれの武器を構えて、二人は屋敷の扉を開けた。中から飛び出したのは、大量の虫。視界を覆い尽くさんばかりの大群だ。
狼刀は攻撃を躱しながら、竹刀を振るって、虫を消滅させた。ドルフィンは攻撃を受けながらも、身体より大きなトライデントを振り回して、虫を薙ぎ倒している。
しかし、大群は一向に減らなかった。
◇
「キリがない!」
減らないことに耐えきれなくなったドルフィンは奥の手を使うことを決めた。後ろに下がり、距離を取る。
奥の手は、発動まで少しばかりの時間が必要だ。やるなら、狼刀が敵をひきつけている間しかない。
杖を天高くかかげ、詠唱を始める。
「爆ぜろ 焔えろ 焼き尽くせ 優雅に 情熱的に舞い踊れ 我が魔力を糧として 虹の焔を具象せよ」
屋敷を取り囲むように、魔法陣が展開される。
「ロート、よけて! こいつら一気に片付けるから」
狼刀は軽く頷くと、後ろに下がり、木の陰に隠れた。
ゆっくりしている暇はない。狼刀が射程外にいることを認識して、ドルフィンは魔法を発動させる。
「爆焔大魔法」
魔法陣から虹色の爆焔が噴き出した。激しい爆焔が屋敷を包み、虫を焼き尽くす。直接喰らわなかった虫達も、熱に当てられ溶け落ちた。
爆焔の中で、屋敷が崩れていく。
魔法により発生したすさまじい熱によって、周囲の建物や木も少し溶けていた。
――予想よりも威力が強い。狼刀にもダメージを負わせてしまっているかもしれない。
ドルフィンはそう思って狼刀の方を向き、驚愕した。
狼刀の周囲の建物や木が、わずかだが溶け出している。狼刀のいる場所も、多少はなにかあるだろう。なのに、狼刀は何事もないかもごとく――驚いて固まってるようにもみえるが――その場に立っていた。
ドルフィンは状況を理解して一言。
「すごい……」
そう呟いた。
◇
狼刀は、状況が理解できずにいた。
ドルフィンが何か呟いたと思ったら、突然、屋敷がまるで爆発したかのように崩れ、虫達が次々と消えていったのである。
その後、遅れて現れた炎が屋敷を包む。包み込んで燃えし、焼け落とす。これが、この世界における魔法。
狼刀はそう理解した。
メラメラと燃える赤い炎は建物を容赦なく焼き尽くす。木製の屋敷ではないのだろうに、火の勢いは衰える気配がない。
狼刀は思わず声を発していた。
「すごい……」
と。
爆焔が屋敷を焼き尽くして消える。
そのタイミングを待っていたかのように、それは、瓦礫の中から出てきた。
「すごいとは、誉め言葉ですかね?」
そのセリフは、どちらの発言に対してのものなのか。あるいは、どちらに対してもなのか。それ以外には知る由はない。
それは、シルクハットに燕尾服、右手には杖。紳士のような服装をしており、瓦礫の中から何事もなかったかのように出てこなければ――それこそ、町で普通に生活していたら――人間としか思えなかった。
「それにしても。いきなり、爆焔魔法で屋敷ごと燃やすなんて、ひどいじゃありませんか」
爆焔魔法とそれは言い切った。爆焔というと齟齬をきたすような気がしたが、魔法ということで狼刀は納得した。
それが不気味な笑みで、狼刀を見つめる。光の灯っていない暗い瞳と目が合った。狼刀は金縛りにあったかのように動けなくなってしまう。
「まあ、今回はその力に免じて引きましょうか」
それは、深々と頭を下げて、消えた。
その夜。アレスコでは宴が開かれた。天軍師を退けた二人は町を救った英雄としてもてなされた。釈然としなものを感じながらも、二人は宴を――少なくとも表面上は――楽しんだ。
そして夜が明けた。
狼刀は、早朝――町の人やドルフィンが目覚めるよりも早く町を出た。目的地があったわけではない。ただ、あの町にはいたくなかったのだ。
西へ向かって歩いていると――北側と東側は海だったからというだけだ――狼刀は洞窟を発見した。丸いドーム状の洞窟だ。どこかに繋がっているというわけではないだろう。どちらかといえば、重要アイテムの眠るダンジョンといった趣だ。
吸い込まれるように中へと入っていく狼刀は、立て札に気づかなかった。
「ミーに何かようデースか。人間」
洞窟の中央に、蜷局を巻いた巨大な蛇が鎮座していた。
狼刀は蛇の問いに答えることなく、斬りかかる。大蛇は微動だにしない。けれど、狼刀の竹刀は届かなかった。体に群がる大量の蛇によって、動きを封じられたのだ。足を取られ、狼刀は地面に倒れてしまう。
「ミーの子供たちデース。あっという間に、立派な戦士に成長したのデース」
狼刀は、竹刀で抵抗を試みるが、数の前に終始押され気味であった。次第に、体の自由が利かなくなっていき、意識が遠のく。痛みはないが、体には力すら入らなくなっていた。
「はっ……」
自嘲気味に笑って、狼刀は静かに目を閉じる。
思い出すのは、自分の最初の死についてだ。
結城狼刀は高校二年生。剣道部に所属しており、その実力は全国レベルだった。
趣味は、テレビゲーム――特にアクションRPG――とアニメ。
特別裕福ではないが、貧乏でもなく。家族の仲も悪くない、そんな家庭で過ごしていた。
死の要因となったのは、ゲームをしながら「死んだら異世界に転生できるかな」と言った狼刀にたいして妹が、「やってみれば?」と、言ったことである。
売り言葉に買い言葉。「やってやる」と言い残し、狼刀は二階にある自分の部屋の窓から飛び降りた。
そこまでの記憶を取り戻した。
願いは叶っていた。そう思ったとき、狼刀は四度異世界へ旅立った。