一騎打ち
三十三話。一対一の真剣勝負。
思い出すのはリヴァルと戦う前の、ブラストのやりとりだ。
「いや、十分だ」
不敵な笑みを浮かべる狼刀に対して、ブラストは不機嫌そうな顔をした。
「なんだとぉ?」
「俺はこれからリヴァル・ジャドレイと戦うことになるだろう。その時にお前の力を貸して欲しいんだ」
策は弄しない。真っ直ぐに言ったほうが伝わるのではないかという確信にも近い何かが、狼刀にはあった。
「正気かぁ? 俺ぁこの城をぉ侵略しにぃきた神官だぞぉ?」
一瞬戸惑ったが、感じたままを言葉にする。
「なんか。お前は悪い奴じゃない気がしたんだよ」
戦闘狂かもしれないが。という一言は抑えて。
「ちっ。ちょぉし狂うなぁ」
ブラストが手を動かそうとして、止まる。拘束されていたことを忘れていたのだろう。
「で、どうなんだよ?」
「いいぜぇ。だがぁ、一つ条件があぁる」
「そ、そうか」
予想外にあっさり肯定され、狼刀は拍子抜けといった感じだ。とはいえ、話の腰を折るような真似はしない。
「それで、条件は?」
「俺とぉ本気でぇ戦えぇ。命懸けのぉ真剣勝負だぁ」
ブラストの目に闘志が宿る。戦闘狂で間違いないようだ。
「勝ったらこの城を受け渡せと?」
「いぃや。俺がぁ勝ってもぉこぉの城かぁらは出てくぜぇ。俺ぁ一度負けてるぅからなぁ」
ブラストは言い切った。
その言葉に嘘はないだろう。狼刀はそう判断した。
「交渉成立だ。ならまずお前を複製してくれ」
「分裂魔法」
ブラストは素直に従う。
魔法が発動すると、ブラストの前に十字架とブラストが出現する。だが、その顔は人形のように瞬きひとつしない。
「枷外せるだろ。外していいぞ」
狼刀はブラストに声をかけると、動かないブラストのほうの顔を下に向けた。表情が見えにくくなるように角度を調節すると、本物を確認する。
そこには拘束具を外して立つブラストがいた。
「じゃあ、隠れててくれ。それから、攻撃を受ける時は必ず錫杖を二本にして受けろよ。ああ、あと俺が最初に攻撃を仕掛けようとしたときは、複製してくれ」
「なぁ。今俺がぁ襲い掛かったぁらぁどうすんだぁ?」
用件だけ伝えて背中を見せる狼刀に、ブラストは声をかける。
「お前はそんなことしないだろう」
「そぉかよ」
振り向きもせずに、狼刀は即答した。
ブラストはため息をつくと、置いてある箱の裏に身を潜める。
――そんなやり取りがあって、狼刀はブラストと共闘した。
「お待たせして申し訳ない」
闘技場に入って来た男の声を聞いて、狼刀は目を開けた。このループで聞くのは初めてだが、しっかりと記憶に残っている声だ。
「生きてたぁかぁ。近衛兵長」
ブラストが楽しそうに笑う。
「おかげさまでな」
ブラストに笑いかけるセイント。瀕死にさせられた相手にそんな表情を向けられるのは、肝が据わってるということか。それとも、彼なりの皮肉か。
セイントの後ろには警戒した顔のスクラヴォスとイソリがいた。二人で呼びに行ってくれたのだろうか。
「そうかよぉ」
ブラストは立ち上がると、狼刀に笑顔を向けた。
「さぁ。やろぉぜぇ」
ブラストが錫杖を狼刀に向ける。
「ああ、かかってこい」
狼刀も二本の刀を構えて、応えた。
睨み合う二人。見守る三人。地下闘技場に沈黙が満ちる。
リヴァルとの戦い時とはまた違った緊張感だ。力の差こそ圧倒的ではないが、誰の協力も受けられない。死んだら終わりの勝負だということにも変わりはないのだ。
天井から瓦礫が落ちる。
瓦礫が落ちて砕ける音を合図に、狼刀とブラストは走り出した。
いつものように魔法を使うことなく、ブラストは錫杖を薙ぐ。だが、その位置では狼刀に届かない。
狼刀は気にせずに、ブラストまでの距離を詰めた。錫杖を警戒しつつも、刀を振り下ろす。
「分裂魔法」
ブラストは自分の複製を盾にして、その攻撃を防いだ。同時に下からの不意打ちを叩き込まれる。警戒されていた錫杖ではなく、握りしめた左手だ。
狼刀はその拳を膝で蹴り上げる。
ブラストの複製から刀を抜くと、その拳めがけて斬りかかった。
ブラストは足を使って、自分の複製を突進させる。狼刀が振り下ろした刀は再び複製に突き刺さった。
ブラストは錫杖を真上に投げる。
「分裂魔法」
なんとか、ブラストの複製を押し退けると、目の前には百はあろうかという錫杖が浮遊していた。
「槍時雨」
躱す暇はない。狼刀は二本の刀を使って錫杖を弾くことに決めた。
細かく動き、必要最低限の錫杖だけを叩き落す。
弾き損ねた錫杖が足に刺さっても気にしない。致命傷にならないように、それだけは必ず落とす。
全ての錫杖が落ちきった時、狼刀に刺さっていたのはたった二本だった。掠めた後は数か所あるが、合わせても二桁になるか、ならないかくらいだ。
場所は、膝下と肩から腕にかけての外側にのみだった。
「やるなぁ!」
ブラストは落ちている錫杖を二本拾うと、狼刀に向かって走り出す。
刀と錫杖がぶつかり合う。
相手の攻撃を躱したり防いだりしながら、互角の攻防だ。一進一退の展開が続き、互いに疲労が蓄積していく。
持久戦となるかに見えた戦いに、意外な転機が訪れた。
錫杖を受け止めた刀が、中ほどから折れたのである。
ブラストの武器は二本。狼刀の武器は一本。ブラストの武器には双方刃毀れが見えるが、狼刀の刀には傷がない。
もう一手があれば。
狼刀は素早く距離を取ってあたりを見回す。落ちている錫杖を拾――
「死絶魔法」
――えなかった。
ブラストが死の魔法をもって落ちていた錫杖を全てを消し去る。
「そろそろぉ、決めよぉぜぇ」
少し考えてから、狼刀は刀を両手で持った。
「ああ、決着だ」
二人が同時に距離を詰める。ブラストは錫杖を振り上げて、狼刀は低く突き出す。
ブラストが振り下ろした錫杖は、狼刀の背中に当たっていた。
ブラストは少し笑うと、二本の錫杖を手放した。錫杖が背中を滑り落ちて床に落ちる。
狼刀の刀は、ブラストの体を貫いていた。
「楽しかった、ぜぇ。またぁ、一緒にぃ戦いてぇなぁ」
心底楽しそうにいい、事切れる。
ブラストの顔はとても穏やかで、まるで憑き物が落ちたようだった。狼刀はブラストの死体から刀を引き抜くと、錫杖を添えて壁に立てかける。墓だなんていうつもりはないが、何もないというのもどうかといったくらいの気持ちだ。
「流石ですね。お名前を伺っても?」
セイントが狼刀に声をかけた。
状況が落ち着くまで待ってからの発言なのだろう。けれど、狼刀は首を横に振る。
「あとでいいですか? 予想以上に疲れまして」
狼刀の体から力が抜けた。倒れそうになる狼刀を支えたのは、スクラヴォスとイソリだ。
「では、少し休んでから王に報告しに行くとしましょう。私も実は結構つらくて」
セイントは苦笑いを浮かべ、胸を押さえながら提案した。スクラヴォスは狼刀から離れ、セイントの脇に寄り添う。
誰ともなく笑いが起こり、四人は話をしながら闘技場を後にした。
「お願いします」
「リヴァルの捜索だけはすぐにさせてください」
「ええ、わかってます」
狼刀の発言を受け、セイントとスクラヴォスが目で会話をする。「すぐにやれ」「わかりました」とそんなところだろうか。
スクラヴォスはセイントから離れ、走り去った。この辺りの連携はさすが近衛兵団だ。




