裏切りの戦士
第二十九話。リヴァルの秘密があふれ出す。
「くそっ……誰か、誰かいないのか」
「誰でもいいんだ……」
「城にあの人より強い人! なんて……」
「強い人、強い人、強い人……」
城の大広間で目を覚ました狼刀は、王の間へ向けてすぐに走り出した。この場所にいれば、裏切り者が声をかけてくるからだ。
明確な策は浮かんでいないが、彼とは関わらずに進めるほうがいい。
狼刀は走った。周りを見ずに、ただひたすらに。途中で人とぶつかっても、階段で転びそうになっても、狼刀は走り続ける。
王の間まではあと少し。
武器は竹刀しかないが、問題は無い。
王は助けて、ブラストは捕らえて、リヴァルを――
「危なっ!」
声が聞こえたと思った瞬間には、ぶつかっていた。横から走ってきた青年も、直前まで狼刀には気がつかなかったのだろう。声は出したが、躱すことは出来なかった。
「すいません。大丈夫ですか?」
青年が先に立ち上がり、狼刀に手を差し伸べる。
「ありがとうございます。それから、一つ話しておきたいことが」
狼刀はその手を取って立ち上がると、不敵に笑いかけた。
◇
「なぁ? まぁだ、かかんのかぁ?」
王の間に居座る神官からの、四度目となる催促。それを受けた王は、床に頭を擦りつけていうのだ。何度でも、同じ言い訳を。
「しばし、お待ち願います。今兵士――」
「そのセリフはぁ、聞き飽き――」
「俺が相手だ! 神官!」
王の言葉を遮ったブラストの言葉にかぶせるように、狼刀は声を荒げた。右手には木刀、左手には青年から借りた刀が握られている。
ブラストが立ち上がり、値踏みするように狼刀を睨みつけた。
「なんだぁ? てめぇはぁ?」
「俺は結城狼刀。お前を倒す男だ」
狼刀は二本の異なる刀を構える。
「上等ぅ!」
ブラストは錫杖をバットのように振りかぶった。
「減速魔法」
魔法の発動に合わせて、狼刀はゆっくりと動いてみせる。ブラストとの戦闘をスムーズに終わらせるための戦略だ。
「勝負あり、だなぁ」
「そうだな」
「なぁ……!?」
ブラストが悠々と掲げた錫杖を、素早く巻き上げる。錫杖は宙を舞い、狼刀の後方――王の間の入口近くに突き刺さった。
「くっ」
ブラストは武器の回収を諦めのか、拳を握り締める。
狼刀の予想通りの展開だ。
狼刀は刀を手放し、竹刀を両手で握った。
ブラストの顔に狼狽が浮かぶ。刀と竹刀を持っていれば、警戒すべきは刀だと誰もが思うだろう。それを手放したのだ。
驚いて、隙が生まれるのは仕方ないだろう。
「終わりだ」
文句無しの一本が決まり、ブラストは倒れた。
「神官は生け捕りでお願いします。王様」
「わ、わかった」
王は驚きつつも、兵士達に指示を出して神官を捕らえさせる。どこからか運ばれてきた十字架といい、号令を出した人物が違うだけで、それ以外は全く同じ展開だ。
「地下闘技場へ運んでください。それから、リヴァル兵士長殿にも来ていただけるようにお願いします」
「わかった。誰か、リヴァルを呼んでまいれ」
王は狼刀の言うことに従った。疑っている様子は全くない。
「お、お願いします」
予想以上にうまくいったことに、狼刀のほうが戸惑っていた。
地下闘技場。
狼刀はその場所で二度の死を経験していた。一度目はゲイルとかいう神官に、二度目は裏切り者のリヴァルによって。今回だって何も対策をしなければリヴァルに殺されるだけだろう。
「リヴァル・ジャドレイと天の神官アンジュについて教えてもらおうか?」
だからこそ、狼刀はブラストに問いかけた。
「殺すなら殺せぇ。それとぉ、天の神官アンジュ様と呼べ! あの方をぉ呼び捨てにすることはぁ、絶対にぃ、許さねぇ!」
十字架に張り付けにされ、首に刀――闘技場にあったもので、使用許可は得ている――を突きつけられている。そんな状況でもブラストの態度は変わらなかった。
「悪かった。リヴァル・ジャドレイと天の神官アンジュ様について教えてもらおうか?」
情報を聞き出すために、狼刀は話を合わせる。
「リヴァル・ジャドレイかぁ。あいつぁ大神官のぉ弟だぁ。兄弟喧嘩のぉ末、出てったぁらしいなぁ。どっかでぇ、野垂れ死んでぇんだろぉよ」
「随分な言われようですね」
リヴァルだ。
いつの間にか降りてきていたらしく、入口の扉に寄りかかっている。剣は構えておらず、楽な姿勢をしているが、動こうと思えばすぐに動けるのだろう。
一挙手一投足を見逃さぬように、視線も鋭い。
「てめぇがリヴァル・ジャドレイかぁ?」
ブラストがリヴァルを睨みつけた。
「答える義理はない。それよりも」
リヴァルはブラストを一瞥すると、狼刀に視線を向ける。眼帯に隠れていない赤い瞳が怪しく光った。
「あなたは一体何者なんだ?」
聞いたことがないくらいに、冷たい声だ。
「この城を救いに来た勇者だよ」
「それで? 何故、私のことを知ろうとするのかな」
「裏切り者だからさ」
リヴァルは、笑いを堪えきれないといった様子で、顔に手を当てた。どう考えても、冤罪をかけられた人間の反応ではない。
「何でも知ってるんだな。君は未来人か、予知者か」
リヴァルが顔から手を離した。その手には眼帯が握られており、露わになった左目が青く輝いている。
「関係ないか」
「一体、何のぉ――」
「処刑の時間だ」
閃光一閃。
リヴァルは一瞬で間合いを詰め、身動きのとれないブラストを斬り裂いた。磔にされた十字架諸共だ。なめらかな切り口からも、その斬撃の速さが窺える。
はっきりいって、規格外の速さだ。
「次は君だ」
振り向くと同時に、一歩踏み出す。
それだけでリヴァルは狼刀の目の前まで移動した。それだけでなく、いつ抜いたのかさえ分からない早業で、剣を振る。
狼刀はその一撃を何とか受け止めるが、刀は耐えきれずに折れてしまった。
狼刀は折れた刀を右肩に突き立て、リヴァルの体を蹴って、距離をとる。もう一撃といきたかったところだが、竹刀では傷をつけられない。
「油断したか」
リヴァルは傷口を確認すると、刀を乱暴に引く抜いた。その傷口に左手を当てると、みるみるうちに傷口が塞がっていく
「それは魔断の木刀か。何故、君が持っている?」
傷が塞がると、リヴァルは狼刀のほうに向き直った。
「答える気はない、か」
リヴァルは小さく息を吐くと、一歩踏み出す。
それを予期していた狼刀は、隠し持っていた錫杖を投擲した。直線的な動きなら、その速さはときに諸刃の剣となる。
「なっ……」
狼刀の目には何が起こったのか見えなかった。
リヴァルは目の前にいて、その体に傷はついておらず、右手に持つのは剣ではなく狼刀が投げた錫杖だ。
リヴァルは錫杖を掴み直して、振り下ろした。
狼刀は竹刀で受け止める。
が、無防備になった腹部にリヴァルの拳がめり込んだ。
「ぐはっ……」
狼刀がふらつく。その隙を見逃さずに、リヴァルは錫杖を回して、竹刀を弾き飛ばした。
だが、それ以上の追撃は加えない。
正確に言うなら、追撃を加える必要はなかったのだ。
錫杖を受け止めるために真上に投擲した剣。それが不自然な軌道を描きながら、狼刀の頭上に迫る。死角から迫る凶手に狼刀は気がつかない。
だが、剣は狼刀に当たらなかった。
扉の影から飛び出した人物が、剣を弾き飛ばす。
白を基調とした軍服ような服と胸に輝く星型のワッペンは、この城において近衛兵と呼ばれる人の衣装だ。
「何をしに来た。人間」
リヴァルは弾かれた剣を拾うと、乱入者を睨みつけた。
「あなたこそ、何をしてるんですか。リヴァル兵士長」
彼はスクラヴォス。王の間の手前で狼刀とぶつかり、彼に剣を貸した青年である。ちなみに、近衛兵長の衣装は他の近衛兵のものよりも鎧に近い。
「あ? ああ。はいはい、そうでした。ワタシがリヴァルヘイチョーですよ」
「これ以上の戦闘は必要ないと思いますが」
「ソウデスネ。ソウデスネ」
ふざけているようなリヴァルに対して、スクラヴォスはあくまで冷静に対処する。
「剣を収めていただけますね」
「だが断る」
リヴァルは無駄にいい決め顔で言い切った。使いどころを間違っている気がするが、本人は言えて満足といったよう様子だ。
「さあ、剣を取れ。我と戦え」
すでに狼刀は見えていないようで、スクラヴォスに向かって剣を突きつける。仕方なしにスクラヴォスが剣を構えると、リヴァルはすぐに斬りかかった。錫杖は持ったまま、片手で持った剣を振り下ろす。
スクラヴォスは両手で持った剣で受け止めた。
だが、それは一瞬。受け止めた剣諸共スクラヴォスは両断された。
「呆気ない。もっと愉しめるかと思ったが」
リヴァルは短くため息をつくと、狼刀のほうを向いた。距離など考えても無駄なのだろう。一歩あれば詰められてしまうのだ。
「来いよ……」
スクラヴォスのことを意識から外し、狼刀は竹刀を構えた。
その時、リヴァルの左目から急速に輝きが失われ始める。
「時間切れか」
リヴァルは左目を閉じ、構えを変えた。錫杖を捨て、両手で剣を持つ。それから、一瞬で間合いを詰めることなく、走り出した。
狼刀は壁に立てかけてある武器を素早く掴み、迎え撃つ。
さきほどまでのような圧倒的な戦いではない。
狼刀の攻撃は大部分を防がれながらも、リヴァルに傷を負わせている。
リヴァルは一本の剣で二本の刀を防ぎつつ、狼刀に攻撃を加えている。
狼刀のほうが優勢に見えるが、そんなことはない。二本の刀で与える傷はどれも浅く、リヴァルに気にしてる様子はない。それどころか、リヴァルは狼刀の動きに適応し、確実に反応できるようになっていた。
「強いですね」
思わず狼刀は呟いた。それを聞いてリヴァルは笑う。
「あなたも、百年すればこれくらい強くなれますよ」
「百年ですか」
「無理でしょうがね」
会話をしながらも、剣だけは動かし続ける。
「出来ますよ」
「まさか、神にでもなるつもりで?」
「さあ」
「面白い人だ」
こちらを見つめる赤い瞳。閉ざされた左目。動きの変化。口調の変化。時間切れという言葉。
「まさか……」
狼刀の中で情報が集約され、一つの結論に至ろうとした。まさにその時。リヴァルの左目が開いた。
「待て、アポ――」
リヴァルはとっさに左目を押えようとして、止まった。
「いい気になるなよ。人間風情が」
左手は中途半端な位置で止まったまま、右手だけで剣を振るう。力は全く入っていないようだったのに、防いだ刀が一本、今の一撃で折られていた。
「今度こそ、処刑だ」
言い終わると同時に、リヴァルが斬りかかる。
狼刀は残った一本の刀で受け止めようとするが、受け止められなかった。
刀は折れ、狼刀も体を真っ二つに切断される。
倒れて意識がなくなっていく中で、狼刀はリヴァルについて必死に考えていた。