転機
第四話。ついに流れが変わる。
「ここは……?」
目を覚ました狼刀が発の第一声は、相も変わらず場所を確認するものだった。
闇の中に感じる複数の視線。視界は優れないが、狼刀は状況を理解していた。始まりの場所――廃城に、三度訪れたのだと。
「よくきた。ゆうしゃよ」
低く威圧感のある声がした。その姿は見なくてもわかる。二度にわたって倒してきた老魔法使いだ。
「おまえに……」
狼刀の経験からして、彼を倒すことには苦労しない。廃城内の敵は竹刀で一撃だし、聖水さえ手に入れれば、あくまのきしも簡単に葬れる。
初期装備は、普段着と愛用の竹刀。これも変わらない。
「おい、きいているのか。ゆうしゃ」
あ、また忘れてた。目立つ容姿をしているのに、なぜ忘れるのだろうか。
そう思いながら、狼刀は愛用の竹刀で老魔法使いに攻撃を仕掛ける。
魔物は、時々何かを呟きながら杖で応戦するが、防ぎきれなかった一撃が――面ではなく胴に――決まった。
狼刀が掛け声を出すことはなかったが、老魔法使いの体はしっかりと斬り裂かれる。まもなくして、その体が溶けるように、消えた。
「き、貴様!」
「おのれぇ!」
周囲にいた魔物達が、雄たけびを上げ、狼刀に襲い掛かった。
狼刀は今までと同じように魔物たちの攻撃をかわし、あるいは受け流し、竹刀で魔物を倒していく。
最後に残ったのは狼刀一人だけ。
口角がわずかに上がっているが、狼刀が意識してやっていることではなかった。
狼刀は城内で回収しなければいけないアイテムを回収。所持アイテムは竹刀、皮の帽子、伝説の聖水、薬草――魔物から入手――と小さなコイン。アイテムの確認を終えると竹刀と聖水はふくろにしまい、城の外に出た。
「貴様。どこから」
鎧を纏い、手には斧と盾。今までと同じように、あくまのきしがそこにいた。狼刀は、セリフの途中であったが、聖水をアンデッド・あくまのきしにふりかける。
「――――」
声にならない悲鳴をあげ、あくまのきしは消滅した。
ここまでは問題がない。
狼刀は負けイベントの町――ネプトンとワラフス――を確認してから、それ以外の町を探した。しかし、ここから見える範囲内には他の町は存在しない。
最初に行くべき町が、遠くにあるっていうのは珍しいな。
それだけ思うと、北北東に向けて――他の方向は海だった――狼刀は動き出した。
狼刀は三番目の町――というよりは、要塞――を訪れていた。入口の前に、岩の巨人がいて中に入ることはできていないが。
戦うしかないのか。ここもはずれなのか。
近くには洞窟があるだけで他の町はない。洞窟というのは往々にして次のステージへ行くものだ。つまり、この場所ですることが終わってから行くべきであり、よって今は関係ないと狼刀は判断した。
「シンニュウシャ――ハイジョスル」
狼刀がそうこう考えているうちに、岩の巨人――便宜上ゴーレムと命名――は狼刀に襲い掛かってくる。狼刀を狙って放たれたゴーレムの拳は、狼刀に躱され地面に当たり、その衝撃で地面が割れた。
直撃してたら、ひとたまりもなかったな。狼刀はそう思いながら、ゴーレムの後ろに回り込みその背中に竹刀を突き立てた。
「グオォォォォォー」
叫び声をあげ、ゴーレムは砕け散った。
町に入った狼刀を出迎えたのは、一人の老人だった。白髪に白い髭、腰がくの字に曲がっていて、杖をついている。
普通に、ゲームの長老のような老人だった。
「ようこそ、旅の方。あのゴーレムを倒してしまうとはお見事です。是非とも、この町の守護者になってもらえませんか」
これまたテンプレな展開である。
狼刀が耐えきれなかったかのように、吹き出した。
「な、なにか……」
「いえ、なんでも」
笑ったせいで不審がらせてしまったらしい。
狼刀は努めて真面目を顔を浮かべ、深々と頭を下げた。
「申し訳ありませんが、私には魔王討伐という目標があるので、お引き受けすることは出来ません」
RPGにおける主人公は、魔王討伐のために断るのだ。老人――長老や村長は残念がりながらも、もてなしてくれる。
「そうですか。ではせめて今は、この町でゆっくりしていってください。お礼の品も用意しますゆえ」
狼刀の予想通りの展開であった。狼刀は雰囲気を壊さないように、笑いをこらえて――まじめな感じで答える。
「心遣い感謝いたします」
笑いを堪えきれなかったのか、狼刀はしばらく頭を上げなかった。
その夜。町では宴が開かれた。
狼刀が聞いた話によると、
ここ、要塞都市サタナキは魔王軍の進軍から町を守るために、守護兵器を造り出した。ゴーレムは期待通りに魔王軍を寄せ付けず、サタナキを守っていた。攻めあぐねた魔王軍は、幹部の一人である天軍師の呪術によりゴーレムを倒そうとしてきた。その結果、ゴーレムが倒されることはなかったが、魔物も人間も区別なく襲うようになってしまい、サタナキの人たちは困っていた。
ということらしい。
ゴーレムにまつわる話を聞き、狼刀は静かにゴーレムの冥福を祈った。