廻りゆく運命
第三話。運命はまた繰り返す。
「ここは……?」
目覚めた狼刀が発した一言は、最初の転生時と全く同じ言葉だった。
仄暗い闇の奥から感じる複数の視線。荒れ果てているであろうその場所は、老魔法使いと戦った廃城だ。
「よくきた。ゆうしゃよ」
威圧感のある低い声がする。ペンキを塗ったような青い顔に、ギラりと光る蛇のような黄色い瞳。紫がかった白髪は、紛れもなく前回戦った老魔法使いだ。
前回の流れから考えて、廃城の敵を倒すことには苦労しないだろう。だが、聖水を取り忘れれば、出口のアンデッドは倒せなくなる。それだけは避けなければならなかった。
初期装備は、普段着と愛用の竹刀にふくろ。これも前と変わらない。
「おい、きいているのか。ゆうしゃ」
「あ、忘れてた」
近くにいた魔物の存在を思い出し、狼刀は竹刀を構えた。考えるのは、後回しだ。
「おのれ」
「喰らえ」
狼刀は愛用の竹刀で斬り掛かる。老魔法使いは軽々と杖で受け止め、後ろに飛んだ。小さな声で何かを呟き、杖を前へ突き出す。その意図が理解出来なかった狼刀は、気にすることなく距離を詰めた。
予想外の動きだったのか、老魔法使いは少し遅れて反応する。
竹刀と杖がぶつかり、乾いた音が鳴った。
しばしの間、二本の木がぶつかり合う音だけが響き渡る。
時々何かを呟きながら杖で戦う老魔法使いだったが、防ぎきれなかった一撃が頭に決まった。
「面!」
両断された老魔法使いは、まもなく消滅。
「き、貴様よくも」
「許さんぞ!」
周囲にいた魔物たちが、狼刀への怒りをあらわにし、襲い掛かった。
狼刀は前回と同じように魔物たちの攻撃を躱し、あるいは受け流し、竹刀一本、一撃で倒していく。
そして、狼刀一人だけが残った。
その表情はまるでゲームは楽しむ子供のようだ。いや、本人にとってはまさにその通りなのだろう。ただのリアルなゲームの世界だ。
狼刀は城の中を隅々まで探索した。
カイザーシャークに対抗するためのアイテムがあると信じてのことだ。狼刀のいた世界には、信じるものは救われるという言葉がある。
「あった……」
前回発見することができなかった宝箱を見つけたのは、偶然ではないのだろう。
だが、鍵がかかっているのか、宝箱は開かない。
おそらくは、終盤にあらためて取りに来なくてはならない王家の何かだろう。今は放っておくしかない。
そう判断して、狼刀は宝箱から離れた。
その後、狼刀は皮の帽子、薬草、小さなコインなどを入手するも、カイザーシャークに対抗出来そうなものは見当たらなかった。
これ以上は、無駄だろう。
狼刀は、皮の帽子と伝説の聖水を装備し、城の外へと出た。
「貴様。どこから現れた」
漆黒の鎧を纏い、手には斧と盾――あくまのきしが現れる。予想通りの遭遇戦だ。狼刀は躊躇うことなく、伝説の聖水をふりかけた。
「――――」
声にならない悲鳴をあげて、あくまのきしが消滅する。
RPGなら一区切りでセーブポイントがあるべきだと、狼刀は思った。
が、現実にそんな便利な機能はない。
その程度は理解していた。
「さて、どうするかな」
小高い丘のようになっているその場所から辺りを見渡すと、ネプトンを越えた先に何かがあることに気がついた。
順番を間違えたのか。
RPGでは、攻略の順番を間違えるとストーリーが進まないことがある。その中には、負けイベントという基本的に勝てないイベントが存在するのだ。
今回は負けイベントにあたるのではないかと、狼刀は考えた。
ならばやることは決まっている。
北東に見える場所に向けて、狼刀は動き出した。
訪れたのは、第二の町。柵で囲まれてはいるものの建物はなく、草一つ生えてない荒れ野原。まるで荒野の一角に場所取りをしただけかのようだ。
しかし、柵の切れ目に置かれた看板には【天空民の町 ワラフス】と書かれている。書かれているのだから、町なのだろう。天空民という単語も、重要性を感じさせる響きだ。
何かある。と、狼刀は直感した。
もっとも、現在は魔王配下の魔物によって支配されているのだが。
ホッチキスのような顔にチェーンソーが生えた両手。手榴弾模様の脚に鎖が巻き付いた尾。端的に言うなら、機械で奇怪な、二足歩行の鰐だ。
それがこの町の支配者、エンペラーダイルの姿だった。
「狩りに時間はかけない主義でな。我が必殺技で終わらせてやろう」
言い終わるやいなや、エンペラーダイルが両手を地面に突き刺した。チェーンソーの部分を高速回転させ、猛スピードで突撃。
狼刀はその攻撃をなんとかかわすと、カウンターの要領で竹刀を振る。が、エンペラーダイルはすでに竹刀の届く距離にはいなかった。
「今度こそ、終わらせてやろう」
エンペラーダイルは狼刀の周りを縦横無尽に駆け廻る。狼刀はすぐにその姿を見失った。
「遅いわ!」
「しまっ……」
狼刀が気づいた時には、エンペラーダイルはすぐ近くまで迫っており、守ることすら出来なかった。エンペラーダイルは巨大な顎で狼刀に噛みつくと、両手を地面から抜き横回転の要領で狼刀の体を喰い千切る。
痛みはなかったが、腹部から下の感覚は失われていた。
ゆっくりと意識が遠くなっていく。
狼刀は走馬灯のように、自分の最初の死のことを思い出していた。
結城狼刀は高校二年生。部活は剣道部。趣味は、ゲームとアニメ。
特別裕福ではないが、貧乏でもなく。家族の仲も悪くない、そんな家庭で過ごしていた。
しかし、結城 狼刀は自宅の二階の窓から飛び降り、自殺を図った。
狼刀はそこまでの記憶を取り戻した。
自殺する動機なんてあったかな。
そんなことを考えながら、狼刀は三度異世界へと旅立った。