青の城
第十二話。城の内部も色々ある。
狼刀はリヴァルに王の間へと呼び出されていた。
玉座に座るのは、リヴァル・ガルブ・エース。王と近衛兵長が死んだために、急遽、王の代理――代理とはいえ王族の一員となるために、ガルブ・エースの性を名乗っている――を務めるようになった屈強な男だ。
玉座の右に立つのは、イソリ・ガルブ・エース。リヴァルの養子となり、近衛兵長を務めているこの城で最強の剣士だ。王子が返ってこない場合は王子ということになる。
玉座の左に立つのは、スクラヴォス。拾われた身ながら、剣の才能ではイソリに次ぐ実力者であり、現在は兵士長の任についている。白髪黒目の中肉中背であまり特徴のない男だ。
「要件はなんですか?」
相手から話し出さないことを察し、狼刀が訊ねた。リヴァルは横の二人に目配せをし、懐に手を入れる。
「君の腕を見込んで、頼みたいことがあるんだ」
「なんでしょうか」
取り出したのは、二通の封筒。
「デュース城とトレイス城も同じような状況だと思われる。だから、様子を見てきてもらえないだろうか」
「わかりました」
狼刀は手紙を受け取り、快諾の意を示した。
手紙があれば、デュース城で神官を倒した後にも立ち回りやすいだろうし、トレイス城に生き残りがいた場合のきっかけになるだろう。
あとは、今後に向けての準備だ。
「代わりというとあれですが、刀を二本ほどいただけないでしょうか?」
リヴァルとイソリが目で合図を送り合う。
「……地下の決闘場に今は使われていない武器が保管してあるので、それでよければ」
「それで結構です」
地下の決闘場というのは、ゲイルと戦ったあの場所だ。そこになら使える刀があるだろう。
兵士用の刀のほうが使い慣れていたから良いかもしれないとは思ったが、戻ってきているから関係ないと考え、諦めた。
「イソリ、地下の決闘場へ案内してあげなさい」
リヴァルは右側に立つイソリへと声をかける。
「わかりました!」
イソリは元気よく返事をすると、
「こちらです。ついてきてください」
勢いよく歩き出した。
道中、狼刀は自分が異世界からきたということを話し、イソリからも話を聞いた。
別に教えなければいけないということはなかったのだが、今後のことを考えると、知っておいてもらったほうが役に立つ場面があるかもしれない、という判断だ。
繰り返していることを話せる相手が欲しかったことや前回言えなかった感謝を伝えたかったという理由もある。
「前回はとてもお世話になりました。改めて、ありがとうございました」
「なんか、複雑ですね……」
イソリは苦笑いを浮かべた。
狼刀としても、何かを期待してわけではないので、その反応に不満はない。同じことを誰かに言われたとしたら、同じような表情を浮かべたことだろう。
「ミソロギ先生にも、よろしく伝えといてください」
「わかりました。と、着きましたよ」
そんな話をしているうちに、二人は目的地へと辿り着いた。
狼刀は両刃の剣でなく、片刃の刀を探す。深い理由があるわけではないが、その方が使いやすいと、前回のループで学んだ。
十本あった刀の中から、狼刀は二本を選び取る。二本なのは、二刀流を活かすためだ。体は学ぶ前の体に戻っているが、動きは覚えている。肉体はリセットされても、経験はリセットされない。そのことはブラストとの戦闘で判明していた。
それに、竹刀を持っている狼刀にとって、二刀流に慣れておくことのメリットは決して小さくはない。
本人がそのことに気がついているかは別の話だが。
「二刀流……使いこなせるんですか?」
「まあな」
イソリの頬が緩む。城を救った勇者が自分の剣技を受け継いでいるというは、とても喜ばしいことなのだろう。
それが今の自分ではないとしても。
「あ、それなら、鞘とベルトがあったほうがいいかもしれませんね」
イソリは物がごちゃっと入った木箱を漁る。中から取り出したのは、ボタンがついた革製のベルトだ。
「ここに鞘をつけると、帯刀出来るんですよ」
ボタンは鞘を固定するものらしい。原理は全くわからないが、ゲーム風のファンタジー世界でそんなことを気にしても仕方ないのだろう。
狼刀は刀に合う鞘を探し出し、腰に巻いてみた。
「どうですか?」
思ったよりも負担はかからない。動く分にも邪魔になるということはないだろう。
「悪くない」
狼刀は小さく頷いた。
◇
デュース城はエース城の北西にある城だ。城下町を内包した西洋風の城であり、伝説の勇者の子孫が治める場所でもある。現在は結界に囲まれており、狼刀が何もしなければ数日後には全滅したという報せが入ることになるだろう。
狼刀が何もしなければ、だが。
「行くか」
結界など関係ない――見えてもいない――狼刀は悠々と城の中へと足を踏み入れた。
「おやおや」
現れたのは整った顔立ちの神官だ。顔はしっかりと覚えていなかったが、黒い浄衣と銀髪は記憶に残っている神官の姿と相違ない。
前に来た時と同じ展開だ。
「城には僕様の結界が張ってあるんですが、どうやって入ってきたんです?」
「さあ、どうしてだろうね?」
狼刀は挑発するように言い返す。
「とぼけますか。まあ、いいでしょう。入ってきたからには相手をして差し上げますよ。三神官が一人、このクレバー様が直々にね」
クレバーは右手を上げると、手の中に錫杖を出現させた。
狼刀は素早く刀を抜くと、クレバーに向かって走り出し、
「守りたまえ 助けたまえ 我が矛となれ 我が盾とな、くっ……」
斬りかかる。
クレバーは詠唱を中断し、距離を取った。
「守りたまえ 助けたまえ 我が、あっ……!」
再び、クレバーは詠唱を始めるも、狼刀が斬りがかる。
「守りたまえ 助けたまえ 我がほこお!」
狼刀はクレバーに詠唱の隙を与えない。
「守りたまえ 助けたまえ 我が矛とっ……」
クレバーは、魔法こそ発動することは出来なかったが、狼刀の攻撃はしっかりと躱していた。
それでもキリがないと判断したのか、錫杖を狼刀に向ける。
「火炎魔法」
クレバーの動きに合わせて、錫杖の先から狼刀に向けて炎が放たれた。だが、狼刀は気にすることなく――そもそも見えていない――クレバーへと突っ込んだ。
「なっ……!」
驚いたことにより、クレバーの回避行動が少し遅れた。
狼刀の刀が腹部を斬り裂く。
致命傷は免れたものの、傷は小さくない。追い打ちをかけにいった狼刀の斬撃を、クレバーは躱せなかった。
「この、くそ……が……」
クレバーが倒れる。
その一部始終を、飾られた甲冑だけが見ていた。
狼刀は城の状況を確認するべく、城を見て回る。
エース城と同じく、西洋風もしくはゲーム風の造りをした城だ。同じというのは、雰囲気だけであり、城の形が似ているわけではない。挙げればキリがないくらいに違いはある。
特に目立つ違いは、色だ。
全体的に装飾品が赤っぽかったエース城に対して、デュース城のは青っぽい。
などと城の造りを見るのが目的ではない。目的は生存者探しだ。
前回のループでは結界は最後まで消えることがなかったので、中の様子は誰も確認していない。神官占拠から日数が経ち、非常時用の連絡もつかないことから全滅と判断されただけなのだ。
隠れていた生存者がいるかもしれない。
そんな狼刀の期待は、いい意味で裏切られることになった。
城の中央にある巨大な食堂。
そこに、たくさんの人が集まっていた。
「あなたは誰ですかな」
小太りな男に問われ、狼刀はリヴァルから託された手紙を差し出した。
「お待たせしました。王との面会を認めましょう」
手紙を渡した相手は大臣だった。エース城では不在となっている役職だが、王に次ぐ権力者である。手紙を渡す相手としては間違っていなかったということだろう。
結果的にだが。
「こちらです」
大臣に連れられて、狼刀は食堂の真上にある王の間へと向かった。
「ようこそ、おいでくださいました」
王の間には複数の人物がいる。そのうち、玉座に座る人物が狼刀が入ってくるなりすぐに声をかけた。
だが、小さ過ぎるその声は狼刀には届かない。
「ようこそ、おいでくださいました」
狼刀が目の前に来たところで、玉座に座る人物は改めて声をかけた。
「お目にかかれて光栄です」
「私は、サマルカンド・シャマール・デュース。よろしければ、名前をお教えくださいますか」
青い長髪に灰色の瞳。痩せすぎな細身には白すぎる肌、と不健康そうな見た目の男だが、彼こそがデュース城の王だ。
「結城狼刀です」
「感謝いたします。ユウキ・ロウト殿。あなたこそ、この城を救ってくださった勇者です」
王は膝に顔がつきそうなくらい深々と頭を下げる。
「皆の者、下がりなさい」
続いた指示は小さい声だが、それを聞き逃す人はいなかった。
大臣は恭しく頭を下げてから、部屋を出る。武器を持った男達がそれに続き、最後に王の横にいた女性が他の人とは違う出口から出ていった。
直後。サマルカンドが吐息を漏らす。
「気軽にサマルと呼んでくれ。堅苦しいのは嫌いでね」
サマルカンド、もといサマルは、一転して、軽い口調で話しかけてくる。声は少しだけ大きくなり、目にも活力が戻ってきたようだ。
「それで、どうやって入ったんだい? 神官の作り出した結界は消えてないと聞いたけど?」
狼刀は、わかる範囲でサマルに状況を説明した。
とはいっても、説明出来るのは神官についてとエース城の現状くらい。この城の現状については全くと言っていいほどわかっていなかったのだが。
「なるほど……そういえば、南西の塔に結界を壊すための石があると、言っていた学者がいたような」
「結界を壊すための石ですか。探してみます」
「結界から外には出られないんじゃ?」
サマルは当然の疑問を口にする。だが、狼刀は自分なら結界の外に出られると信じていた。
「大丈夫です」
だからこそ、狼刀は断定する。
「なら、頼む」
サマルはその言葉を信じた。
「頼まれます」
「でも、明日にするといい」
「あ、はい」