リスタート
第十一話。もう一度ここから。
眠りから覚めるような感覚だ。意識を失ってから一瞬なのか、長く時間が経っているのか。なんとも言えない不思議な感覚だ。
ゆっくりと目を開ける。
そこは城の大広間――ではなかった。
どこまでも続く白に包まれた空間。天使マナティが漂うその場所は、転生の間だ。
「ちょっとー、死にすぎじゃない?」
マナティが呆れたように呟いた。
狼刀は言い返そうとするが、言葉が出てこない。
「簡単に死んだり、討伐諦めたりさー。無制限に生き返れるわけじゃないんだからね?」
痛いところをつかれ、狼刀は一言も言い返せなかった。
狼刀だって好き好んで死んでいるわけではないし、用心棒として雇われるという流れがあったからこそ、エース城に留まっていたのだ。デュース城や邪神教の情報は聞いていたし、新たなる脅威には立ち向かった。
それでも、狼刀は否定出来なかった。
マナティは小さく首を横に振る。
「まあ、今回はどうにかしてあげるから、むやみに死なないでね」
狼刀は何も答えない。
「というわけで、今度こそ倒して来て」
「…………」
一言も語ることなく、狼刀は異世界へと送り出された。
◇
「くそっ……誰か! 腕に覚えのあるもの」
「誰でもいいんだ。誰か」
「城にあの人より強い人なんて……」
「強い人、強い人、強い……」
色を取り戻した場所は、城の大広間だった。忙しなく、焦ったように人々が行きかっている姿を見るのは、とても久しぶりだった。
「そこの旅の者」
背後から声をかけられる。
「突然、すまない」
そういえば、こんな展開だった。
「私は兵士長リヴァル」
巌のような大男。身につけているのは、兵士団の制服だ。近衛兵長になってからは違う服を着ていたため、その姿は目新しく感じる。
「腕に覚えがあるなら、この城を守るために協力してほしい」
「わかりました。案内してください」
狼刀は即答した。
敵――ブラストに勝つための作戦は、しっかりと考えてある。
「おお、ありがたい。では、王の間へ」
「その前に一つお願いが……」
ただし、実行するためには、道具が足りていなかった。
◇
「なぁ? まぁだ、かかんのかぁ?」
ブラストからの四度目となる催促。
「しばし、お待ち願います。今兵士たちが」
「そぉのセリフはぁ、聞ぃき飽きたんだぁよ?」
王のセリフを遮るように、ブラストが立ち上がる。顔には苛立ちが浮かんでいるが、四度も同じ言い訳を聞かされたら、彼でなくともそうなるだろう。
むしろ、侵略者であることを考えるなら、よく待ったほうだ。
「いねぇんなら、無条件降伏だぁ。いいかぁ?」
「お、お待ちください。すぐに、すぐに兵士が」
王が玉座から降りて、懇願するように頭を下げる。
また、言い訳だ。
「そぉじゃねぇんだよぉ!」
ブラストは声を荒らげ、王に近づくと、錫杖を大きく振り上げた。
周りの兵士は誰一人として動けない。ここにいる兵士の中に、自らの命をかけてでも王を守ろうと出来る人はいなかった。
ブラストが錫杖を振り下ろす。
「お待ちくだされ」
狼刀を連れて、リヴァルが現れた。
錫杖は――王の頭に突き刺ささていた。
「くっ……約束の御仁をお連れした」
リヴァルは唇を噛む。
それから、後ろにいた狼刀が見えるように横へと移動した。
狼刀の目に映ったのは、錫杖を突き立てられ死んでいる王の姿だった。今までの流れとは違う展開だ。
原因はわかっている。
来るのが遅かったのだ。
狼刀は奥歯を噛み締めた。
「なんかのぉ間違いだろぉ? こんな奴がぁ最強ぉ?」
ブラストは乱暴に錫杖を引き抜くと、血が滴る錫杖を狼刀に向ける。王を殺していても、ブラストの動きはほとんど変わらなかった。
「怪我じゃぁすまなぜぇ? おうちにぃ帰んなぁ」
後悔は後回し。死ねばやり直せるかもしれないが、簡単に死ぬなと言われたばかりだ。
「……俺は結城狼刀。かかってこいよ、兄ちゃん」
狼刀は剣を構え、挑発するように言い返した。
「あぁ? いいぃ度胸じゃぁねぇかぁ!」
ブラストは錫杖をバットのように振りかぶる。
「減速魔法」
叫ぶと同時に、ブラストが走り出した。狼刀の剣の間合いのわずかに外側で跳び、錫杖を叩きつけるように振り下ろす。
狼刀は剣を掲げ、受け止めた。ブラストの降りてくるであろう場所を狙い済まし、剣を薙ぎ払う。
が、ブラストは錫杖で攻撃ぎりぎりで躱すと、後ろに飛んで距離を取った。
「なぁかなかぁ。楽しくなぁってぇキタぜぇ!」
ブラストは錫杖を二つに分裂させる――質量は変わってないので錫杖の分身というべきか――と、両手で構えた。
狼刀は剣を斜めに構え直す。イソリの二刀流を相手にしていた時に、導き出した構えだ。
「減速魔法」
左の錫杖から繰り出される突きを打ち払い、振り下ろされる右の錫杖も素早く剣を動かすことで受け止めた。
自由になった左の錫杖が、脇腹に叩きつけられる。全身に衝撃が走った。けれど、飛ばされはしない。
「これで終わりだ」
狼刀はブラストの体を袈裟斬りに斬り裂いた。
「やるじゃぁねぇか……」
ブラストは笑顔を浮かべたまま、後ろにたおれる。即死ではないだろうが、動く気配はない。
狼刀の勝利だった。
「すげーよ、兄ちゃん!」
「ありがとう、この城を救てくれて」
「ちっ……」
「感謝しますぞ」
「悔しいけど、さすがだよ」
「近衛兵長と王の仇を取ってくれてありがとう」
周りの兵士から賛美の声が浴びせられる。
しかし、肝心の狼刀の表情は暗い。王を救えなかったことを後悔しているのだ。
救えた可能性があることを知っているからこその、後悔だった。
「王が亡くなってしまったのは非常に残念ですが、この城が救われたことだけでも感謝せねばなりません。我々は何もできなかったのですから」
リヴァルが優しく狼刀に声をかける。
その唇は感情を出さないためか、強く引き結ばれていた。
「リヴァル様」
一人の兵士が、リヴァルに向かって片膝をつく。
「王子が大神官討伐に行かれている今、王まで亡くなったとあってはこの城はもちません。ご指示を」
この城においては王と近衛兵長、王子が不在の場合、兵士長たるリヴァルこそが最高責任者なのだ。
「わかっている。王子が無事に大神官を倒して戻るまで、私がこの城を支える」
「は!」
「当然。王の死は伝えるでないぞ。無用の混乱を招くだけだ」
「は!」
深く頷き、兵士が部屋を出る。それが合図だったかのように、周りの兵士たちも動き始めた。
「では、旅の者。せめてものお礼に今夜は宴を開きます。ぜひご参加ください」
「ああ、わかった」
狼刀は剣をリヴァルに突き返し、王の間を後にする。本当は城からも逃げたかった。だがこれから苦労していくであろう人々を差し置いて、いなくなることは出来なかった。
その夜。
城を侵略者から守り抜いたことを祝う宴が催された。人々は楽しみ、にぎやかな時が流れていく。そこに、王や近衛兵長がいないことを気にする人はいなかった。――あるいは、気づいても誰も口にしなかった。
そして夜が明けた。