新たなる敵
第十話。月日は流れ。
その日。狼刀はセイント王に呼び出されていた。
玉座に座るのは、セイント・ゾルフ・エース。王家の分家――先代王の叔父の孫――にして、歴代最強の近衛兵長と呼ばれた男だ。だが、ブラスト戦で負った傷のせいか、顔は痩せ細り、最強の面影は感じられなくなっていた。
玉座の右に立つのは、リヴァル・ゾルフ・エース。セイントの養子となり、近衛兵長を務めている屈強な男だ。王子が返ってこない場合は次期王となるとミソロギは言っていた。
玉座の左に立つのは、スクラヴォス。拾われた身でありながら、剣の才覚のみで兵士長へとなった男だ。剣の才能だけならばこの城で二番目に強い――一番はイソリ、セイントは魔法の才能も含めた場合に最強だった――といわれている。
「要件は?」
狼刀は単刀直入に聞いた。
この三人が待ち構えているのは三度目だが、最初はデュース城の陥落、二度目はサンライト城と連絡が取れなくなったという情報の共有だ。
セイントの深刻そうな顔からしても、明るい話題はないだろう。早く聞いて、可能ならば早々に立ち去りたかった。
セイントから耳打ちされた内容を、リヴァルが代弁する。
「邪神教から、君と戦いたいという人達が来ている」
予想以上に重たい内容だった。
「わかりました」
それでも狼刀は即答する。
セイントは頷くが、しゃべらない。要件は全てリヴァルを通してだ。
「地下の決闘場に来てもらえますかな」
「わかりました」
リヴァルに連れられて、狼刀は王の間を後にした。
大広間を抜け、城外へ。城の外壁に沿って細い道を歩いていると、色の違う壁が現れる。その壁は隠し扉となっており、地下の闘技場へと続く階段が隠されていた。
「異常はありません」
敵はすでに闘技場で待っているということで、イソリがその見張りをしている。
狼刀は武器として片刃の真剣を二振りもらった。
「頼んだよ。狼刀」
「あぁ、任せろ」
狼刀は力強く頷いた。
日の当たらない階段を照らすのは、申しわけ程度の松明だけ。きっちりと揃えられている訳でもない階段は、油断するとすぐに転んでしまいそうな造りをしていた。
「面倒ごとに巻き込んでしまって申し訳ない」
慎重に足を進める中、リヴァルが狼刀へと話しかけてくる。セイントの代弁ではない。彼自身の言葉だ。
「構いませんよ」
「セイント様さえ元気であれば……」
二人は歩みを止めることなく話を続ける。
「セイント様は良くないのですね?」
「……一命は取り留めたものの、神官との戦いで負った傷はとても深かった」
兵士でありながら、薬学にも詳しいリヴァルの言葉には重みがあった。
医学が進んだ世界にいたとはいえ、何も学んでこなかった狼刀に出来ることはない。
「そう、だったんですか」
「まったく、残念なことです」
リヴァルは肩をすくめて、立ち止まる。
「着きましたよ」
目的地へと辿り着いたのだ。
「あ、はい」
割と近かった。
鋼鉄の扉が黒っぽいため、ぼんやりとした明かりの中ではわかりづらかっただけらしい。
リヴァルが扉を開けた。
差し込んでくる光に、思わず目を閉じる。
「よお。来やがったな」
最初に認識したのは声だった。
若い男の声。
「約束の御仁をお連れした」
リヴァルは狼刀がよく見えるように半歩後ろへ下がった。入れ替わるようにして、狼刀は一歩前に進んだ。
敵は二人いた。
一人は前に突きだした髪型とサラシの上から纏う黒いコートが特徴的な青年。がに股でしゃがむような特徴的な座り方をする神官は、ヤンキー、と表現するのが妥当だろうか。
もう一人はローブを纏った少年だ。華奢というほどではないが体の線は細く、顔には幼さが残っている。狼刀よりも年下だろうか。
「へぇ。そいつが、かぁ」
ヤンキー風の神官が立ち上がる。
「俺は二代目戦いの神官、ゲイル。初代の意思を継ぎ、この城を服従させるために来た」
ゲイルは高らかに錫杖を掲げ、笑う。
もう一人の神官は物憂げな様子で、口を開いた。
「私は二代目予言の神官、フェシー」
しかし、話し出すと止まらない。
「予言など全く出来ないのですが、先代が後継者を決めずに倒れてしまって、私に白羽の矢が立ってしまったのですよ。先代の戦いの神官と予言の神官は、任務を全うすることも出来ずにすぐに死にましたからね。適正者のいなかった戦いの神官は空席のまましばらく続いていたというのに、私は適正に関係なくすぐに二代目に指名された。そもそも、大神官様が呪詛により無力化した城すら守り続けることが出来ない予言の神官の二代目というのも不服ですね。そのうえで、未だに一人前とは認められず、こんな付き添いのような雑務を――」
「この城をかけて、俺とタイマンはりやがれ!」
待ちきれなくなったのか、ゲイルが怒鳴る。
「約束は守ってもらいますよ」
「約束って何ですか?」
リヴァルが狼刀の後ろから答えた。
狼刀は思わず振り返る。長らく戦いから離れていた狼刀には、敵に背を向けることに対する危機感がない。
幸い、ゲイルは黙って見ているだけだった。フェシーも一人で勝手に話し続けているだけで、攻撃はしてこない。
「ブラストを倒したものと勝負をして、奴が勝ったら我々の服従。奴が負けたら邪神教の情報提供という約束だ」
「なるほど……」
約束の内容を聞き、狼刀は大体の状況を把握した。
「俺は、結城狼刀。ブラスト同様、倒してやろう」
狼刀は挑発するように、二本の刀を構える。
「話し合いは終わったか?」
ゲイルは錫杖を構えた。
「行くぜ? 加速魔法」
「ぐっ……」
魔法と同時。ゲイルの姿が掻き消え、狼刀が真横へと飛ばされる。狼刀が姿勢を立て直したとき、すでに、ゲイルは狼刀の後ろで錫杖を振り上げていた。
狼刀がその存在に気付くよりも早く、錫杖が振り下ろされる。
果たして、狼刀は床へと叩きつけられる。
「拍子抜けだな」
ゲイルは錫杖を深々と狼刀の背中に押し込んだ。
しかし、狼刀はまるで気づいていないかのように立ち上がった。
「まだ、だ」
「へぇ」
ゲイルは目にも留まらぬ速さで壁際まで移動する。立て掛けてあった武器を手に取り、感触を確かめると、振りかぶって投擲。
その結果を見届けることなく、新たな武器を取って、投げる。投げる。投げる。
「くっ……」
狼刀は飛来する武器を二本の刀を使って、落し、弾き、受け流す。完璧にとはいかなかったが、数本が掠っただけだった。
「やるじゃねぇか」
投擲する武器がなくなると、ゲイルは床に落ちた槍を拾いながら、狼刀に向かって走り出す。
「加速魔法」
間合いの外で再び加速すると、ゲイルは狼刀の側面に回り込み、槍を振り下ろした。狼刀はギリギリのところで槍を防ぐが、勢いに押されて、飛ばされる。
倒れこそしなかったが、バランスは崩れた。追い打ちをかけるように槍が飛んでくる。狼刀は二本の刀をクロスさせてこれを防いだ。
防がれた槍が床に落ちるよりも早く、ゲイルはその槍を掴んで切り上げる。狼刀は刀で防ぐが、左手に持った刀が弾き飛ばされた。
その隙を見逃さずに、槍を振り下ろすゲイル。右手に持った刀でそれを受け止める狼刀。
双方の手から武器がこぼれ落ちた。
「確かに、やるみてぇだな」
「お前もな」
ゲイルと狼刀は落とした武器を拾うと、距離を取って、構える。不意打ちをしようとは、どちらも考えすらしなかった。
その時。
狼刀の頭上に何かが降ってくる。それが砂粒だと気づいた時、すでに、天井は亀裂で埋め尽くされていた。
出口は狼刀の後ろ側。
そのことに気がついて脱出を試みるが、扉はすでに締まりかけている。間に合わない。そう思った狼刀の腕を誰かが掴んだ。
「加速魔法!」
ゲイルである。
彼は構えてた槍を捨て、敵のはずの狼刀の腕を掴んでいた。
魔法により加速した二人は、一瞬で扉の前まで辿り着く。が、人が通れるほどの隙間は残されていなかった。
「くそっ!」
何かが青く小さく光る。
「今のは……?」
狼刀には、その正体がわからなかった。
ゲイルは扉を叩き続けるが、ビクともしない。
「――様も大神官様も、私のことを全く理解していない。私という人間の素晴らしさを、偉大さを、尊さを。私にとって二代目予言の神官など絶対的に役不足なのですよ」
フェシーは逃げもせずに語り続ける。
崩れる天井から逃れる術は三人とも持っていなかった。