救えない物語
第十六話。主人公の無双が始まる。
立っていることを確認し、狼刀は静かに目を開けた。
「ここか」
状況の確認は必要ない。狼刀はすべてを理解していた。
「よくき――」
聞き慣れた声の主に向かって、竹刀を薙ぎ払った。老魔法使いは反応することもできずに斬り裂かれ、消滅。
取り巻きの魔物達が襲いかかってくるよりも早く、狼刀が襲い掛かった。
狼刀は魔物達の攻撃を、一切寄せ付けず、その手に持った竹刀で次々と魔物を消し去っていく。
強襲による攻防は、瞬く間に集結した。
狼刀は城内で回収しなければいけないアイテムを回収。伝説の聖水と薬草、小さなコイン。聖水以外のアイテムをふくろにしまうと、狼刀は城の外に出た。
立ち塞がるは、あくまのきし。だが、セリフを待つ気はない。狼刀は手に持った聖水をふりかける。
「――――」
声にならない悲鳴をあげ、あくまのきしが消滅。その様子を最後まで見届けることなく、狼刀は動き出した。
北の大陸へ向かう洞窟の中は、明るく、道も途中までは一直線で迷うことがない。魔物にも苦戦することはなく、唯一の分岐点さえも間違うことは無い。
アレスコも後回しにし、狼刀はアスガル洞窟へとやってきた。
待ち構えるは、巨大な蛇。
「ミーに何かよう――」
狼刀は無言で背後に回り込むと、尾に竹刀を突き刺す。大蛇の体を駆け上がるようにして、その全身を真っ二つに斬り裂いた。
「お前に用はない」
大蛇が空気へと溶けていく。
狼刀は洞窟の奥に向かい、魔封石を回収した。
近くにある宿屋で夜を明かした狼刀は、ここからさらに先へと進んでいく。
目的は、太陽の手鏡だ。
洞窟があった。
アスガル洞窟よりは小さなもので、天然の祠と呼んでも差し支えないだろうか。立て札のようなものは見当たらなかったが、何かあると狼刀は直感した。
中に魔物はいない。
仄暗く狭い洞窟の中に、強き光を放つ手鏡だけがポツンと存在した。
「これが、太陽の手鏡か……」
あまりにも簡単に手に入ったことは気にしない。誰も、ベリムトさえも見つけられなかったことも今は考えない。
狼刀は、洞窟を出て、さらに先へと進んだ。
見えてきたのは立派な城。
日本風の城ではない。どちらかといえば、ゲームによく出てくるような西洋風の城だ。豪華絢爛、威風堂々。そんな言葉が良く似合う太陽のような城だった。
そんな風景をひとしきり眺めてから、狼刀は手前にある町へと入っていった。
「城下町メルクア。双蛇の杖を祀る町」
町の入り口の看板にそんなことが書いてある。
狼刀は看板を一瞥し、町の真ん中を走る大通りを通り抜けて、城を目指した。寄り道をしなかった理由はひとつだけ。城というのは、門限がある場合があるからという理由だ。
双蛇の杖。というものに、重要性を感じなかったというのも理由かもしれなかったが。
大通りの最奥にあるつり橋を渡り、城門の前に立つ兵士に声をかける。
「ここは?」
「サンライト城です」
門番の兵が敬礼で応えた。
サンライト城。それは、死神神官が自己紹介の時に出した名前だ。敬礼の仕方も似通っているし、彼の出身地と見て間違いないだろう。
つまり、あの廃城の名前ではなかったということになる。
ドラゴンから救った姫と合流出来なかったのも、城の認識が間違っていたということだ。
「なるほどな」
狼刀の中で、全てが繋がった。
その後。
狼刀は王と謁見し、これが本物の太陽の手鏡であると、太鼓判をもらった。それから、王より魔王にとらわれた姫を救い出してほしいと頼まれ、これを快諾。
メルクアの宿屋で一晩を過ごし、早朝、サタナキへ向けて出発した。
要塞都市サタナキ。入口の前に立ち塞がるは岩の巨人。圧倒的な攻撃力を誇る守護兵器だ。
狼刀は躊躇う素振りを見せずに歩く。いつも通り、何事もないかのように。
「シンニュウシャ――ハイジョスル」
対するゴーレムは、侵入者を感知し、襲い掛かる。狼刀はゴーレムの拳を躱すと、ゴーレムの後ろに回り込んだ。
標的を失った拳が地面を砕く。
狼刀は無防備な背中に竹刀を突き立てた。
「グオォォォォォー」
叫び声をあげ、ゴーレムが砕け散る。
「静かに眠れよ」
狼刀は悲劇の巨人の冥福を祈り、町の中へと入っていった。
見慣れた老人――長老カッシーニが彼を出迎える。
「ようこそ、旅の方。あのゴーレムを倒してしまうとはお見事です。是非とも、この町の守護者になってもらえませんか」
「申し訳ありませんが、私には魔王討伐という目標があるので……」
「そうですか。ではせめて今宵は、この町でゆっくりしていってください。お礼の品も用意しますゆえ」
「心遣い感謝いたします」
何度も繰り返した会話は、狼刀の中で流れ作業になっていた。
狼刀はお礼の品として、城壁の盾というアイテムをもらい、サタナキを後にした。




