死神神官
第十五話。危険な神官デス。
「行くであります」
「ちょ、まて――」
狼刀の静止も待たずに、ベリムトが屋敷の扉を開けた。大量の虫が溢れ出してくる。
「死絶魔法」
べリムトがそう言い放つと、目の前に迫っていた大量の虫の大半が、消滅した。
「は……?」
「へ……?」
狼刀とドルフィンが呆気に取られていると、
「死絶魔法」
再びべリムトが魔法を放ち、残っていた虫を一掃した。
「さあ、行くであります。二人とも」
呆然としている二人を意に介さず、べリムトは屋敷の奥へと消えていく。狼刀は慌てて追いかける。ドルフィンはしばらく動けずにいたが、二人に遅れて屋敷へと入っていった。
廊下の突き当り、様々な像が立ち並ぶ美術館のような部屋。そこに天軍師はいた。シルクハットに燕尾服、右手には杖を携えている。
「やあ、ようこそ。お二人さん、どうかおかけください」
天軍師は、狼刀とべリムトに座るよう促してくる。
「死絶魔法」
天軍師の言葉など、まったく気にしないべリムトがそこにいた。
「また、あなたでしたか。大人しく帰れば、見逃してさしあげますよ」
「今度は、そうはいかないのであります」
べリムトは決意を固めた表情で言い返す。
「そうですか」
天軍師の表情に変化はなかった。返事など聞いていないかのように。それから、天軍師は優しい笑みを浮かべ、二人に語り掛けてくる。
「私は天軍師」
「死絶魔法」
「君たちが」
「死絶魔法」
「来るのを」
「死絶魔法」
「待っていたよ」
「死絶魔法」
「…………」
「死絶魔法」
「無駄ですよ?」
話を聞かないべリムトに対して、天軍師が笑みを浮かべる。
べリムトは、死絶魔法の連発をやめた。そして、
「我望むは汝らが死 我求むは汝らが屍 万者殲滅 死屍――」
危険度の高い別の魔法を放とうとする。
「相殺呪法」
小さく、素早く天軍師が呟いた。
町全体に展開していた魔法陣が消滅する。もっとも、狼刀には魔法陣は見えていないし、ドルフィンは二人を探して屋敷を動き回っていたので、気づくことはなかったが。
魔法陣を消されたべリムトは、驚くというよりは、安心したような表情を浮かべていた。
「まったく。町の住人を皆殺しにするつもりですか」
天軍師は呆れたようにため息をつく。
明らかに、立場が逆だった。
べリムトはうつむいたまま動こうとしない。狼刀は、何が起こったのか理解することが出来ないでいた。
その空気を壊したのは、天井を壊すようにして入ってきたドルフィンであった。素直にまっすぐ行けば着くのに、彼女は2階へ回っていたようだ。
「やっと見つけた。って、あれ? なんかタイミングまずかった?」
「そんなことはありませんよ。さあ、あなたもおかけください」
天軍師はドルフィンに座るよう促してくる。
ドルフィンは素直に天軍師の向かいに座った。狼刀と、少し遅れて死神神官・ベリムトも、天軍師の向かいに座る。丁度ドルフィンを挟むように。
天軍師は満足そうに笑みを浮かべ、静かに口を開いた。
「私は天軍師。待っていたよ、勇者ご一行さん」
どこからともなく、水の注がれた三つのコップを差し出す。まるで手品のような早業だ。
「どうも」
「どもー」
狼刀とドルフィンは簡潔にお礼を述べる。べリムトは何も言わず、動きもしなかった。三人とも水には手を付けない。
「両手に花だね。お嬢さん」
「花? 見間違いよ」
「そうかね」
執事達に色々な料理を出させながら、天軍師は話を進める。
「そういえば、まだ名前を聞いていなかったね」
「俺は結城狼刀」
「ドルフィン」
「べリムトだ……」
「みなさん。いい名前ですね」
それぞれの自己紹介を聞いて、天軍師は楽しげに笑った。
「料理に毒なんて入っていませんよ。食べてください」
天軍師はそう言いながら、料理を皿によそっていく。ドルフィンとべリムトは、一切それに手を付ける気配はない。しかし、狼刀は臆することなく、それを食べた。
「それで、この屋敷には何の御用で」
天軍師が笑顔でそう聞いてくる。
「お前を倒しに来た」
「ほう。それでは、何故のんきに食事などしているのですか」
「うくっ……」
天軍師の質問に、狼刀は嗚咽を漏らし、口を押えた。顔から血の気が引いていく。
「何故、倒しに来た相手の言葉を信じるのでしょうかね。結城狼刀さん」
「なん、だ……と……」
天軍師は笑顔を浮かべ、
「料理に毒が入ってないなんて、はったりに決まっているでしょう。致死毒草。私の持つ毒草の中でも、優れた致死性を持つ植物が入ってますよ」
言い切った。
狼刀の顔が青ざめる。
「そろそろ、苦しみだす頃でしょうか」
天軍師の言葉が合図かのように、狼刀は喘ぎ出した。飲み込んだものを吐き出さんとするように、体を大きくくねらせながら深い呼吸を繰り返す。
「き、貴様!」
べリムトは怒鳴りながら席を立ち、そのまま、前に倒れこんだ。
「魔力の枯渇ですね。後先考えずに、魔法を使い続けるからですよ」
天軍師は不気味な笑みを浮かべ、優しくべリムトに語り掛ける。
「くっ……太陽の手鏡さえ、あれ、ば……き、さ……」
べリムトは、憎々しげにそうつぶやいた。
「三人まとめて、冥府に送っておいてさしあげますよ」
そんなやり取りを横目で見ながら、狼刀の意識は途絶えていった。
――太陽の手鏡。そのキーワードを強く心に刻みんで。




