二対二
百八話。一対一が二つじゃない
黒髪の青年と白髪の女にはいくつかの共通点がある。
例えば、身につけているローブ。これは、つけている神官が多いので当然といえば、当然だ。
例えば、仮面。リカントは舞踏会に参加するような類の仮面を身につけ、ハンナは呪いの仮面のような不気味な仮面を身につけていた。
例えば、構えた武器。それぞれ構える武器は違っていたが、二人ともが両手に武器を持っていた。
ハンナは前に戦った時と同じ、短剣の二刀流。そして、リカントが構えるのは、狼刀が使っていた刀と竹刀だ。
「アルバトロスさん。下がっていてください」
狼刀は二本の刀を構えて、前に出た。
「俺が――」
「「あたし達がやるわ!」」
そのさらに前に、ドルフィンとスペーディアが飛び出した。二人とも武器を構え、やる気は十分だ。
「相手も二人。問題はありませんわ」
スペーディアはピシッとリカントに細剣を向けた。
「気になることもありますしね」
「申し訳ないけど、君の相手はハンナだ。俺じゃ勝てないから」
リカントはハンナの後ろに隠れ、竹刀をドルフィンに向ける。スペーディアの視線から逃げつつ、ドルフィンを指名したのだ。
指名を受けたドルフィンは困惑したような表情を浮かべ、狼刀を見る。
「ロートって兄弟いたの?」
突然の質問に狼刀は首を傾げた。
「どうしてそれをいま?」
「答えて」
ドルフィンにふざけている様子はない。
「妹と年の離れた兄がいる」
「んー、そっか」
ドルフィンは納得したのか、トライデントを構え直す。
「関係なさそーね」
狼刀には何が何かわからなかった。けれど、そんなことを考えている暇はない。
「倒しちゃうよ!」
ドルフィンが飛び出した。それに合わせて、リカントも、ハンナも、スペーディアも動き出す。戦いの火蓋が切られた。
ドルフィンが振り下ろしたトライデントを受け流し、リカントはトライデントを蹴り上がり、刀を振る。ドルフィンは後ろに飛んでそれを避けると同時に、トライデントを振り上げた。リカントはトライデントに掴まることで直撃を回避し、距離をとって着地した。
スペーディアが鋭い突きを放つ。ハンナはそれを片方の短剣で受け止めると、もう片方の短剣を振り下ろした。スペーディアは避けない。避ける必要がなかったのだ。鎧が短剣を弾く。スペーディアは続けざまに突きを放った。ハンナは連続で放たれる突きを両手を使って捌き切る。
狼刀はどちらにでも加勢できるように刀を構えながら、四人の戦いを見ていた。
「あの、加勢なさらなくてよろしいのですか?」
アルバトロスが狼刀の隣に立つ。
剣に手をかけ、いつでも戦える構えだ。狼刀がどうするかだけではなく、自分も加勢するべきかと考えての発言だろう。
狼刀は戦いを続ける四人に目を向ける。
躱されたり、防がれたりしているが、優勢なのはドルフィンとスペーディアに違いない。けれど、狼刀達が加わったところで、攻めきれるとは思えなかった。
「大丈夫です」
アルバトロスに視線を向けるのは一瞬だけ。
「あの二人を信じましょう」
狼刀は四人の戦いに目を戻す。
そして、気がついた。
戦いながら、四人の位置関係が変化していることに。
ドルフィンの大振りな攻撃を、リカントは飛んで跳ねて躱し、受け流し、反撃を混ぜつつ防いでいた。ドルフィンも機動力を活かし、リカントを追いかける。
二人が目まぐるしく動き回ることは、必然だ。
対して、ハンナはスペーディアの突きを最低限の動きで受け止め、スペーディアはハンナの攻撃を気にすることなく、攻めたてる。
動かないのだ。
二人は僅かに一進一退を繰り返しながら、その場に留まって攻防を繰り広げていた。
動と静。
二つの戦闘が近づき、離れを繰り返す。それでもぶつからないのは、部屋の広さゆえだろう。もしくは、ぶつからないように気にしながら戦う人がいるからか。
「このっ!」
ドルフィンには目の前の敵しか見えていない。
「ははっ。甘いよ」
リカントには余裕が見えた。
ドルフィン以外にも目を向け、近づきすぎないように立回るくらいは、やってそうだ。彼はスペーディアに勝てないと自称していた。
それが事実なら、その立ち回りにも頷ける。
「ドルフィン! もっと、周りを見て!」
狼刀は声を飛ばした。
直接的な表現をすれば、相手にも気づかれる。そう判断しての声掛けだったが、狼刀にはひとつの計算違いがあった。
「見てるわよ!」
ドルフィンは狼刀のほうすら見ずに、声を荒らげる。間接的な表現で理解出来るほど、ドルフィンは戦いに慣れてはいなかった。
疲れも出始めたのか、ドルフィンの攻撃が雑になっていく。
リカントは、回避の余裕を狭くして、反撃を放つ機会を確実に増やしていた。
空を飛べるドルフィンの優位は揺るがない。
だが、形勢は変わりつつあった。
このままならば、リカントの攻撃がドルフィンを捉えるほうが先だ。
「このっ!」
ドルフィンはトライデントを薙ぎ払い、高く飛んだ。リカントには届かない位置で、トライデントを高く掲げる。
「爆ぜろ 焔えろ 焼き尽くせ」
それは魔法の詠唱だ。
「優雅に 情熱的に舞い踊れ 我が魔力を――え?」
その言葉がふいに止まる。
ドルフィンの目線の先には、地面に竹刀を突き立てるリカントの姿があった。
「まったく。皆殺しにするつもりかよ」
リカントが肩を竦める。
そして、隙でも見せるかのように腕を広げた。
「お前の相手は俺だ。こいよ、ドルフィン」
ドルフィンはリカントに向かって真っ直ぐ飛び降り、トライデントを振り下ろす。リカントは僅かな体捌きでそれを躱した。
けれど、ドルフィンの攻撃は止まらない。
薙ぎ払い、振り上げ、振り下ろし。嵐のような連撃が叩き込まれる。リカントは巧みに躱し、受け流すが、少しづつ押されていた。
後ろに、後ろに、そしてぶつかる。
「なっ!?」
「……これは……」
ぶつかった二人の動きが止まった。
「そこっ!」
ドルフィンは二人に向かって、トライデントを薙ぎ払う。
リカントは屈んで避け、ハンナは二本の短剣をクロスさせて受け止め――きれない。トライデントは一切速度を緩めることなく、振り抜かれた。
ハンナが吹き飛ぶ。
その動きは壁にぶつかる直前でゆっくりになり、ハンナは壁に着地した。
その間に、敵の居なくなったスペーディアがリカントに迫る。
「やぁっ!」
走る勢いをのせた一撃を、リカントは竹刀で防いだ。勢いに負けてたたらを踏んだものの、突き自体は竹刀で受け止めきる。
スペーディアは二度三度と突きを重ねたが、リカントは全て受けきった。
ハンナの接近に気がついたのか、スペーディアが離れる。
「仕切り直しか」
スペーディアはドルフィンの傍に寄り、リカントの横にはハンナが立った。最初とほぼ同じ状況だ。
違うのはハンナが無傷ではないという点だけだが、目に見えた変化はない。
狼刀は足に力を入れ、それでも動かない。
信じるといった手前動きずらいのか、参戦しても攻めきれないから動かないのか、他の理由でもあるのか。
それは狼刀にしかわからなかった。
あるいは、狼刀自身にもわからないかもしれない。
けれど結果として、狼刀は動かなかった。
「……引きますか」
そう言ったのはハンナだ。
互いに睨み合う中で、リカントに向けて、けれども離れている狼刀にも聞こえる声での相談だった。
「お前はそうしたいのか」
リカントも大きな声で答える。
「……敵が二人で互角なら、あの人数は厳しいかと」
「もっともだ」
リカントは獣のような笑みを浮かべた。
「だが、みすみす逃がしてくれる奴らでもないだろう」
「……それは、よう――」
リカントが竹刀でハンナを打つ。
ハンナはビクッと体を揺らし、倒れた。
「囮でも用意しなきゃな」
リカントは刀を投げ捨て、走り出す。
「「待ちなさい!」」
スペーディアとドルフィンは迷う素振りすら見せずに、リカントを追いかけた。
狼刀とアルバトロス達も走り出す。
ゆらりと、ハンナが立ち上がった。
「……終焉・風切魔法」
両手を前に突き出して、何かを放つ。
「二人とも、避けろ!」
何かはわからない。けれど、良くない予感がして、狼刀は叫んだ。
二人は振り返り、左右に飛ぶ。
その先にいるリカントも射程範囲内だと思われるが、避ける素振りは見せなかった。
振り返り、笑顔を浮かべる。
その後ろで、壁が切り刻まれるように崩れた。
「また会おう!」
リカントは竹刀を投げ、奥に消える。
狼刀は魔法を気にせずに追いかけることも出来たはずだが、そうはしなかった。リカントが投げた竹刀を拾い上げる。
そして、しっかりと握り締めた。
今度はもう手放さないと言わんばかりである。
その後ろでハンナが静かに倒れた。




