動き出すもの達
第百七話。互いの目的に向かい動く
一日考えさせて欲しいという発言の一日とは、夜が明けるまでのことを指すだろう。つまり、前日の作戦会議が夕方だったとしても、次の作戦会議が行われるのは、朝だということだ。
狼刀は目覚めてから短い時間でその結論に至り、頭を抱えていた。
「……やばい」
その解決法を考えるくらいなら、作戦のひとつでも考えるほうが建設的だが、そんな余裕もない。どうしたらいいのかと、漠然と悩んでいるだけだ。
刻一刻と時が流れる。
今の狼刀に必要なのはセーブ機能ではなく、ポーズ機能だ。ただ、考える時間が欲しかった。
「よろしいですか?」
控えめなノックを伴って、ミソロギが現れる。
「はい……」
全くよろしくはなかったが、そんな風に答える余地はなかった。家主の許可を得たミソロギが、セイントを連れて部屋に入る。
「早くからすいませんね?」
「いえ、そんな」
「セイント殿が、予めお耳に入れておきたいということでしてね?」
「実は、昨日の作戦についてなのですが――」
そうしてゆっくりとセイントが話し出す。彼が考えた、彼なりの作戦を。シンプルな作戦だ。
けれど、狼刀はそれしかないと思った。
「どうでしょうか?」
「さすがです」
不安げに呟くセイントに、狼刀は笑顔で答える。
「自分が考えてた作戦より、良さそうです」
狼刀のその言葉を、二人が疑う素振りはない。
「ありがとうございます」
「では、参りましょうか?」
ミソロギに連れられて、二人は王の間へと向かった。
他の参加者は既に揃っていた。ローレンス王とサンライト城のトールにその護衛たるドルフィン。そして、昨日はいなかったスペーディアの姿もそこにあった。
「集まっていただいてありがとうございます」
最初に狼刀は深々と頭を下げる。
「三人でも来る時に少し話したのですが、トール殿の作戦があればそれも伺いたいと思っています。よろしいでしょうか?」
狼刀の提案に、トールは小さく頷いた。
「大神官よりも強いということを盾に、もしくは力づくで屈服させて、約束させる。でしょうかね」
トールらしい意見だ。
「なるほど。それも一理はあると思います」
狼刀はそれを否定しなかった。けれど、それが肯定を示すのかといえば、そういうわけではない。
「ですが、私としては話し合いでどうにかなるのではないかと思っています」
「というと?」
「デュース城に捕らえた神官の解放を条件に、譲歩を引き出して約束させたいと思っています」
セイントの案だ。
狼刀はそれを聞いていいと思ったからこそ、そちらを中心に据えようと考えていた。その上で狼刀自身の考え方を反映したのが、彼の意見だ。
「敵を増やすのか?」
「もちろん、誰も彼もというわけではありません。三神官を筆頭に、選別は必要でしょう」
「なるほど。それも含めての譲歩というわけか」
「はい」
「相手が交渉に乗ってこない場合も考えられるだろう?」
「力づくでも」
「相手の条件が高すぎるときは?」
「許容範囲まで妥協させます」
「無謀だな」
「無謀かもしれません」
でも、と狼刀は短くためて、とびっきりの笑顔を浮かべた。
「何とかしてみせます」
大の大人達が呆然と言葉を失う中、ドルフィンとスペーディアは笑顔を浮かべる。二人の視線を受け、狼刀は自信を持って胸を叩いた。
「任せてください」
◇
狼刀は地下闘技場で新たな刀を補充する。それも、二本ではなく六本。使いこなせそうなのは、全て手に入れた。
何が起こるかはわからないのだ。やれるだけの準備を整えておくのは、間違いではないだろう。
スペーディアにも、トレイスの秘剣に近い形状の細剣を四本ほど見繕い、三本は狼刀のふくろにしまった。
ドルフィンはトライデント一本で十分だということで、武器の新調はしない。
と、三人の準備は整ったのだが、まだ出発ではない。
エース城の兵士団から、一部隊が同伴することになったのだ。
「お待たせしましたな」
先頭に立つのはアルバトロス。デュース城の襲撃の際にセイントに変わって指揮を執っていたという中年の兵士だ。
狼刀は彼に見覚えがなかったが、セイントから共にブラストに挑んだやつだから信頼してくれ、と言われ、その理由に思い当たった。
あの戦いで生死の境をさまよったのは、セイントだけではなかったのだ。アルバトロスもまた、あの戦いで死んでいたかもしれない兵士だった。
そして、狼刀がエース城に住み着いたあの時は、死んでいたのだ。
「必ずや、ウオトラを奪還してみせましょう」
アルバトロスが拳を固く握る。
彼らがついてくる一番の目的は、それだ。交渉が決裂した場合に、ウオトラだけでも取り戻す。
そんな使命を帯びた兵士が二十名。
計二十三名で、邪神教の大神殿へと乗り込む。
「さあ、号令を」
兵士達の視線を受け、アルバトロスが狼刀に呟く。それを受け、意気揚々と飛び出したのは、ドルフィンだ。
宙を舞い、トライデントを高く掲げる。
「さあ、みんなむぐっ!」
その口をふわりと舞い上がったスペーディアが塞いだ。ドルフィンは空いている手で必死にもがいているが、スペーディアの手は離れない。
飛ぶ余力もなくなってきたのか、二人はゆっくりと地上に降り立った。
「ロウト。任せましたわよ」
スペーディアの指名を受け、狼刀は刀を掲げる。
「さあ行こう!」
続く二十数名の掛け声は、地面を揺らしたりはしない。けれど、彼らの士気を示すには十分だった。
「何すんのよ!」
拘束から逃れたドルフィンがスペーディアに抗議する。
「空気を読みなさいな」
スペーディアはすげなく返した。
「むー」
その態度は気に入らなかったのだろうが、言い返すことも出来なかったのか、ドルフィンは不満げな視線をスペーディアに向ける。
「事実でしょう?」
「それは……」
「認めなさい」
「なんか、ムカつく」
「なっ! 事実を言っただけでしょ!」
「上からなのが、ムカつくのー!」
バチバチと、二人の少女の間には火花が散っていた。
狼刀は振り返らない。振り返れば前日の二の舞なると判断したからだ。
口論は段々と途絶え途絶えになり、砦に着くころには、一応の落ち着きを取り戻していた。そこからは、一度登ったことのある狼刀とスペーディアが中心になって進んでいく。
ドルフィンは不貞腐れたような顔で、二人のあとについていった。その後ろには、アルバトロス、そして兵士達が続いている。
大神殿へはあと一歩。
魔神バラムと戦ったその部屋に、一人の神官が立っていた。
「ふっ。僕の予想が当たったようだね。侵入者諸君、よく聞くがいい。じきに予言、いや、知恵者のほうがいいかな。うん。じきに知恵者となるこの――」
「うるさい!」
男が飛んだ。
ドルフィンが薙ぎ払ったトライデントによって、ゴルフボールのように飛んでいった。しかし、高い天井にはぶつからずに、放物線を描いて落ちていく。
「って、なにやってんだよ!」
狼刀は走り出した。
だが、距離があり過ぎる。
狼刀が追いつくよりも、神官が落ちるほうが早い。――そのはずだった。
「え?」
落下する神官の動きが止まる。
まるで、空中に縫いとめられたかのように、神官は動かなくなった。
「無茶苦茶やってくれるね」
扉が開いて、二人の神官が入ってくる。
今度こそ、強敵の登場だ。
「いらっしゃい。勇者御一行様」
「……その力。試させてもらいます」
黒髪の青年と白髪の女。
リカントとハンナだった。




