三度目の死
第九話。主人公は三度死ぬ。
「ここは……?」
今回も狼刀が発したのは、いつもと変わらぬ一言だ。だが、狼刀は確認するまでもなく理解していた。この世界に初めて来た場所に、戻って来たのだと。
「くそっ」
狼刀は力任せに竹刀を振った。
二度の失敗を乗り越えて、三度目は順調に進んでいたのだ。それを、魔王軍の幹部ではなく、野生の蛇にやられた狼刀の気持ちは想像に難くない。
そんな人間に不用意に話しかければ、どうなるかは明白だ。
「よくきた。ゆう――」
「うるさい!」
さすがの老魔法使いでも、その一撃を防ぐことは出来なかった。
「よ、よくも!」
「卑怯者ぉ!」
「うっさい!」
叫びをあげる魔物達に負けないくらいに声を張り上げ、狼刀は感情のままに竹刀を振るう。理路整然とした剣道の型とは違う。荒々しく、混沌とした獣のような剣の舞踊。異世界での戦闘を通じて、狼刀の剣技は新たな次元へと進化しつつあった。
「ちっ……」
僅かばかりの傷を負いながらも、残ったのは狼刀だけだった。そこに喜びはない。今までは、無傷で乗り越えられた戦闘なのだ。傷を負ったということは、戦闘の質の低下を意味していた。
気分と同じように暗い部屋を抜け、狼刀はまっすぐ外に出た。
「なんだ。貴様」
今までと同じように、漆黒の全身鎧が現れる。
だが、狼刀は今までと同じではない。
城内をまともに探索していない狼刀は、伝説の聖水を持っていなかった。
「しまったっ……」
慌てて戻ろうとする狼刀だが、扉は固く閉ざされたままビクともしない。控えめにいって、絶望的だ。
「敵に背を向けるとは、愚か」
「はっ。ほんとにな」
狼刀は自嘲気味に笑うだけで避けようとはしなかった。
◇
「ここは……?」
呟きながら、狼刀は周囲を見渡した。
仄暗い空間だ。柱についた松明には明かりが灯っておらず、小さな明り取りから差し込む日差しが唯一の光源だ。
「よくきた。ゆうしゃよ」
すっかり聞き慣れてしまった低く威圧感のある声で老魔法使いが現れた。
「おまえに……」
忘れる前に、狼刀は竹刀で攻撃を仕掛けた。杖で防がれるものの、焦りはない。勝てない敵ではないのだ。
あとのことは、倒してから考えればいい。
「よ、よくも!」
「卑怯者ぉ!」
老魔法使いを消滅させると、周囲にいた魔物たちは激高し、狼刀に襲い掛かる。
狼刀は今までと同じように攻撃を躱し、あるいは受け流し、竹刀で魔物を倒していった。
残ったのは一人だけ。
その表情はいつになく硬かった。
狼刀は城内で回収しなければいけないアイテムを回収。特に、伝説の聖水については持っていることを何度も確認した上で、城を出た。
「なんだ」
あくまのきしのセリフを遮って、聖水をふりかける。
「――――」
それから、狼刀は今後の方針について考えた。
まずは、巨大な蛇達を早めに倒さないと、のちのち厄介になること。触れなければいいのではないかとも思うが、重要なアイテムがあるとゲーム勘が反論する。放っておけば溢れ出して町を襲うのではないかと、正義感が賛同。なにより、負けっぱなしのまま終わることは、自尊心が許さなかった。
ゴーレム以降の流れは問題ない。その前に、片付ければいいだけだ。
そこまで考えて、狼刀は動き出した。
北の大陸へ向かう洞窟の中は、前と同じように明るかった。道も途中までは一直線で迷うことがない。分岐点では、迷うことなく左の道へ進んだ。
右に行けば、ドラゴンとの戦闘は避けられない。
ドルフィンやトライデントがない状態では、勝てるかわからないのでスルーする。火の町アレスコも今はスルー。
狼刀は、北の大陸にある洞窟の前までやって来た。そこで、前回来たときは気が付かなかった立て札を見つける。
「アスガル洞窟。魔封石のとれる場所。採った魔封石の加工は、火の町アレスコ一の鍛冶屋てっちゃんまでどうぞ。現在は魔物が住み着いているので、大変危険です」
最後の一文だけは、筆跡が違った。おそらく、違う人が書き足したのだろう。ただ、危険なのはすでに知っていた。それよりも、重要アイテムの予感に顔が綻ぶ。
戦う覚悟を決めてから、狼刀は洞窟へと足を踏み入れる。
「ミーに何かようデースか。人間」
予想通りに、蜷局を巻いた巨大な蛇が、洞窟の中央に鎮座していた。
「魔封石というのを探しに来た」
狼刀は平静を装い問いかけに答える。
前回とは違う展開。当然、大蛇の動きも前回とは異なるものだった。割けんばかりに口を開き、狼刀を丸呑みにせんと迫る。
狼刀は大蛇の攻撃を軽く受け流すと、胴を真っ二つに叩き切った。大蛇は少しの間、体をうねらせていたが、やがて力尽きて動かなくなり、消滅。
小さな蛇がやってくる気配はなかった。
「終わりか……」
小さく呟いて、狼刀は洞窟の奥へと向かった。
鉱石や宝石の散らばる道を抜け、たどり着いたのはドーム状の空洞だ。中央には巨大な青色の宝石が山のごとく存在していた。他の鉱石とは明らかに輝きが違う。おそらく、これが魔封石なのだろう。
狼刀は宝石の一部を削り取って、火の町へと向かった。
日も暮れていたため、狼刀はすぐに宿で眠りについた。そして翌朝。洞窟にあった看板に書かれていた鍛冶屋てっちゃんを訪れた。
目的はもちろん、魔封石の加工。これを使うことで、あの天軍師を倒すことが出来ると思ったからだ。だが、
「兄ちゃん。杖、持ってるかい?」
鍛冶屋の旦那――テッチリさんはそう言った。杖?
「これは本物の魔封石だけど、杖がないと加工できねんだよ」
鍛冶屋の姉御――テッカさんがそう補足した。
どうやら、また順番を間違えたらしい。魔封石を手に入れても、これでは対抗手段にはなりえない。――杖を持っている奴を、連れてくる必要がある。
狼刀は、収穫のないまま鍛冶屋を後にすると、町一番の屋敷へ向かった。扉を開けると、大量の虫が襲い掛かってくるため、竹刀を構える。
だが、虫は飛び出して来なかった。
蛇と同じように来た時期によるのだろうか。
少し拍子抜けながらも、狼刀は屋敷の中へと入っていった。
二階まで吹き抜けた玄関に、廊下に敷かれた赤い絨毯。壁には絵画が並び、突き当りには、宝石が散りばめられた大きな扉。外見だけでなく、中も随分と豪華な造りをしていた。
狼刀は廊下の突き当たりにある扉を勢いよく開く。
「やあ。ようこそ」
そこに、天軍師がいた。




