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 私の家には、変な男がいる。

 自分が1000年生きてきたと言い張る、西洋人だ。


「ハイ、アサミ、帰りか?」

 私が学校からの帰り道を歩いていると、後ろから声をかけられた。ドキっとして振り向くと、5歩後ろのところで長身の西洋人が手を振っていた。きらきらしたブロンドと薄青い瞳、土がついたようなこけた肌。無精ひげ、それとTシャツとジーンズ。

 私は驚いた表情を隠して尋ねた。

「どこ行ってたの?」

「本屋。キミコさんに資料買ってこいって言われて」

 アレックスは左手に持っている紙袋をちらっと見て、私と並んで歩く。アレックスは私のかばんをひょいと持って、こちらの歩調に合わせてくれる。駅前の通りは学校帰りの学生や、出張中のサラリーマンが歩いている。

「今日は学校早いな。最近の高校生ってなにするんだ?」

「いまは受験が近いから勉強だよ。部活もないし、こないだもそう言ったじゃん」

「そうだったか? オレは学校行ったことないからなあ。生まれたときにそもそもなかったし」

 アレックスがぼやく。その話は彼から何回も聞いた。だったら英語の先生にでもなればいいのにと思うけど、彼が生徒相手に授業しているとことは想像できない。

「今の子どもはいいな、学校行けて。日本の女子高生って仮装してるみたいっていうか、制服がそろいすぎてて宗教みたいだな。キュートだけど」

 私は眉根を寄せる。かわいいと言われて悪い気はしないけど、アレックスの褒め言葉はたぶん、そこらへんの落ち葉よりも軽い。軽いけど、やっぱり恥ずかしい。私は頭を振った。

「そう、私みたいな女子高生と歩いてたら犯罪なのよ。外国人だとよけい危なく見えるよ」

「お、エンジョウコウサイってやつか? やばいな俺、身分証は偽造だし。ホームステイ中のおっさんってことにしておいて」

 私はアレックスの顔を見上げた。彼の顔はとても目立つ、と思う。白人というのもあるけれど、彫りが深いというか、なんとも言えない異様な雰囲気が漂っている。私が彼の秘密を知っているからそう思うのだろうか。

 アレックスはポケットから煙草を1本取りだす。この地域では歩きタバコが禁止されているから、指にはさむだけだ。

 私の視線に気づいたのか、アレックスはこちらを向く。私は目の前の道路に顔を向ける。

「で、原稿は進んでるの?」

「まあな。いま最後のチェックやってる」

 フーン、と私はぼんやりと答える。アレックスは1年ぐらい前から私の家に通っている。彼は私のお母さんに、「俺の自伝を書いてくれ」といきなり連絡してきたのだという。私のお母さんは作家だ。本屋さんで小説が平積みされているくらいには売れてる作家だ。お母さんとアレックスの間で、最初にどんなやりとりがあったのか、私も詳しくは知らない。アレックスは「俺は1000年生きてきた」と言い、自分の過去を長々と話したという。母さんはそれを信じたかどうかはわからない。1000年も生きてるだなんて、仮に本当だとしても証明のしようがない。妄想だって言われたら終わりなんだから。

 とにかくアレックスは、自分の生きてる証をこの世に残そうと、本を作ることに決めたらしい。母さんはその仕事を引き受けた。アレックスが半生を語って、母さんがそれを題材に小説を書く。その本が、もうすぐ完成するらしい。完成というのはつまり脱稿ということで、装丁や販売企画についてはまだまだ先なのだろうけれど。

 アレックスは指にはさんでいた煙草をくわえた。

「ま、本が出たら学校で宣伝してくれていいぜ。俺も女子高生にキャーキャー言われたい」

「勝手に言ってなよ」

 私はアレックスの腕にパンチして、できるだけ何でもないように尋ねる。

「それで、書き終わったらどうすんの?」

 アレックスは煙草を口から離した。吸ってもいないのにフーと息を吐く。

「さあな……どうするかな」

 アレックスはだらだらと歩いてもう一度息を吐いた。「まあ、別にいいけど」私は思わず話を切る。返事を聞きたいのかそうでないのか、自分でもよくわからなかった。


 アレックスと一緒に家に帰ると、母さんが仕事部屋から出てきた。荒れた髪をお団子にして黒いシャツを着ている。母さんはテレビや雑誌の取材を受けることもあるから、普通の人よりは身だしなみを整えている方だと思う。私が小学校に入る前には離婚していたので、家には母さんと私しか住んでいない。

「おかえりアサミ。勉強できてる?」

 母さんは私の顔を見て、空のコーヒーカップをテーブルに置いた。いまは10月。高校3年生は勉強するのが仕事みたいなものだ。

「……一応」

「今日は塾だっけ。何時から?」

 私がむすっとして答えずにいると、アレックスが苦笑した。

「まーまー、勉強はちゃんとやってるよなアサミ?」

「あなたが何を知ってるっていうの、アレックス」

「そりゃいろいろとな。塾まで俺が送ってってやろうか?」

「……ならお願いするわ」

 アレックスがにやっと笑い、買ってきた資料を母さんに渡す。私は着替えてお風呂に入る準備をする。


***


『君がキミコさんのお嬢さんか。好きな歴史の時代ってある?』

 家の玄関で初めてアレックスと会ったとき、彼はこう尋ねてきた。三国志、と私が答えると、アレックスは苦笑した。

「うーん、そんな古い時代は俺は知らないな……でもいい趣味だ」

「じゃあシェイクスピア」

「お、十六世紀か。そのころは俺もヨーロッパにいたと思う。あのころは黒死病やらなんやら、さすがにいつ死んでもおかしくなかった」

 それが私たちの出会いだった。私もはじめ、彼は変な人だと思っていたけど、危害を加えてくるような人ではないとわかると、警戒が解けた。

 私が部屋で勉強をしていて、アレックスが歴史の勉強を見てくれたこともある。と言っても、アレックスの思い出話に花が咲いただけで、勉強の役には立っていなかったけど。

 そのころはまだ、私も彼が1000年生きてるってのは全然信じてなくて、ただの暇つぶしで話をしていた。

『1000年も生きてて、疲れたりしないの?』

 アレックスは目を見開いた。

「まあ、疲れるけど、俺より今の日本人のほうがかなり疲れてそうだ。なんで?」

「いまね、こう見えて私、母さんとうまくいってないの」

「ワオ、そうなのか?」

 たとえ1000年が嘘だろうが本当だろうが、彼が私の倍以上生きていることに変わりはない。どう見てもおじさんだし。

 そういえば、こうやって大人の男の人に相談すること自体、私にとっては珍しいことだった。父親の記憶はわずかしかない。別に恨んでるというわけではないけど、男の人と話すのは苦手だ。けど、なぜかアレックスにはすんなりと話せた。どうせ一緒にいるのは長くないだろうと、油断していたのかもしれない。

「進路がちゃんと決まってないから。私の母さん、作家でしょ。で、私も作家になりたいって言ったら、めっちゃ怒られちゃった。作家なんて目指すものじゃありませんって。ちゃんとした仕事につかないでどうするのって」

「それは、ま、キミコさんの言うこともわかるけど……好きに生きればいいんじゃないかって、俺は思うな」

「そう思う?」

「まあ、その親を説得するのも子どもの仕事だな」

 何それ、と私は口を尖らせる。アレックスは私の手をとった。

「人の一生は長くて短い。もう親や家のために生きる時代は終わった。いまは自分のために生きる。これが一番難しいことだけど」

「どういうこと?」

「俺の生きてる理由なんて、ほとんど俺のためだぜ」

 アレックスは自嘲気味に笑った。私は彼が何を言っているのかよくわからなかった。自分のために生きることが、どうして難しいことなんだろう。この男が言うと妙に悲しくなる。


 

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