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5.からくり

5.からくり


 新学期が始まった。僕は晴れて第五小学校の教壇に立った。あの夏のことを忘れてしまったわけではないけれど、ここ数日は忙しくて思い起こす時間もなかった。そして、僕はあの時と同じ教室に居る。運命なのか偶然なのかは判らないけれど。僕には今でもそこに彼がいるのではないかと思えてならなかった…。いや、感じていたのかもしれない。


入学式を終えて、教室に生徒と保護者が集まった。保護者の中には陽子ちゃんの姿もあった。

「しんちゃん、頑張って!」

 陽子ちゃんはそう言って小さく手を振った。他の保護者の視線が陽子ちゃんに注がれる。僕は咳払いをして注意を惹きつけた。陽子ちゃんはペロッと舌を出して両手を合わせた。

 出席を取った後、僕の自己紹介をした。それから、子供たちにも一人一人自己紹介をしてもらった。最後は真二くんだった。

「横山真二です。僕のお母さんと野村先生は幼馴染です…」

 真二くんがそう言った途端に教室にどよめきが沸き起こった。

「オホン…」

 僕はまた咳払いをして今度は真二くんに注意を促した。

「真二くん、お母さんのことはいいから自分のことを紹介してくれるかな?」

「ごめんなさい。僕はつい、この間、東京からお母さんの実家があるこの町に引っ越してきました。早くたくさんの友達を作りたいと思います」

「はい、真二くんありがとう。みんな、これから仲良くやって行こうね。何か聞きたいことがある人はいますか?」

「はい!」

 手を挙げたのは生徒ではなくて保護者の一人だった。あれは確か…。確か松井里美ちゃんのお母さんだったかな。僕は少しためらいながら、彼女を指名した。

「野村先生と横山さんは付き合ってたんですか?」

 その質問は保護者たちの好奇心を駆り立てたらしく、興味本位に目を輝かせた顔が一斉に僕の方を向いた。

「その質問には答えかねますので」

 その後はもう、収拾がつかなくなってホームルームは終了のチャイムで終わりを迎えた。


 教室を後にする陽子ちゃんと真二くんの周りには何人かの生徒と保護者が集まって談笑していた。きっと、この後、ファミリーレストランかどこかで食事をしながら僕たちのことを陽子ちゃんから聞き出そうとするのに違いない。

「とんだ初日だったね」

 誰もいないはずの教室に響いた声に僕は驚いた。

「でも、真一君が先生になったとは嬉しいね。そして、ここに来たのは運命としか思えないよ」

 声の主は窓際の一番後ろの席に座っていた。実際にはあるはずのない席に。

「真二くん…」

 懐かしさとともにあの頃の思い出がよみがえってきた。同時に彼がまた現れたということに不安を覚えた。



 水泳教室を抜け出して教室に忍び込んだ僕は、そこで真二くんに会った。真二くんには僕が来ることが判っていたみたいだった。僕は義昌くんと志穂ちゃんが居なくなった真相を真二くんなら知っていると思い、彼に尋ねたのだった。すると、真二くんはこの学校で起こっていることを僕に話してくれた。

「この新校舎が昔病院だった建物の跡地に建てられたことは知っているよね…」

 真二くんの話はそこから始まった。そのことは先日、洋兄ちゃんから聞いたばかりだった。ただの噂話だと思っていた僕はそれがそうではないのだということを知らされた。けれど、僕には納得がいかないところがあった。病院の跡地に建てられたのは新校舎なのに、事件が起きたのは元々そこにあった旧校舎だったからだ。

「出口と入口の関係だよ」

 真二くんはそう言った。

「出口と入口?」

「そう。建物には出口と入口があるだろう?たいていの場合は同じなんだけど、霊界の場合は別々なんだ。出口はこの新校舎。つまり、元々病院があった場所。入り口は旧校舎の図工準備室。出口と入口の間には生きている人には見えない通路があるんだ。僕はあの時、たまたまその通路に入ってしまったから…」

「えっ?」

「ああ、その話は後回しにしよう。それで…」


 真二くんの話を要約するとこうだ。

 病院で亡くなった人たちの中にはこの世に未練がある人が多く居て、その人たちは建物が無くなってもこの土地にしがみつく地縛霊になってしまったのだという。けれど、新校舎が建てられると、居心地が悪くなり使われなくなった旧校舎に移動したのだという。

 地縛霊になった人の中にも目的を果たして成仏する人もいて、その人の霊はあの世に戻るとき旧校舎の図工準備室に出来た入り口から帰って行くそうだ。誰がいつその入り口を作ったのかは真二くんも知らないらしい。出口については新校舎に取り残された霊が寂しくて仲間を呼ぶために出口を開けたのだそうだ。

 出口から出てきた霊の中にはまれに迷子になってこの世を彷徨う者が居たらしい。そうした霊が出ないように出口と入口は結ばれたのだそうだ。


 この学校の中に霊の通り道があることは解った。けれど、僕が知りたかったのはそのことではなくて…。

「二人はね…」

 真二くんはそう言って、僕が一番知りたいことを話し始めた。真二くんには僕の心の中がお見通しらしい。



 義昌は5年生の時に同じクラスになって以来、すっと志穂ちゃんのことが好きだった。小学校最後の夏休み前には告白しようと決めていた。けれど、告白できないまま夏休みに入ってしまった。実は、新学期からは父親の仕事の都合で遠い街へ引っ越すことになっていた。このままでは気持ちを伝えることが出来ないまま別れてしまうことになる。そこで、思いついたのが肝試しだった。

 義昌は早速、仲が良かった洋に話を持ちかけた。クラスでリーダー的存在でもあった洋は義昌の気持ちを察して志穂と仲がいい加奈子と聡子に声をかけた。二人とも乗り気で狙い通り志穂も誘っていいかという話になった。そこで、バランスを考えて男女三人ずつになるよう、洋の子分的存在でもあった信広にも声をかけた。洋は信広が加奈子にあこがれを抱いていることも知っていた。肝試しではあいにく、信広が加奈子とペアになることはできなかったのだけれど。

 教室を回って名前の書かれたカードを集めるやり方や男女ペアでやることは義昌が全部考えた。当然、くじにも細工をした。志穂にひかせるくじはなかなか抜けないようにして最後まで残るようにした。くじを引く順番も志穂が最後に引くように出席番号順にした。

 思惑通りにすぐに抜けないくじは誰も無理に引こうとはせず、最後まで残った。自分は出席番号が一番最初なので、目印をつけていたくじを最初に引いた。こうして、志穂とペアになった義昌は肝試しをやっている間に志穂に告白するつもりだった。


 二番手で校舎に入った二人はすぐに体に異変を感じたけれど、それは緊張からくるものだろと思っていた。

「ちょっと怖いね」

 志穂が義昌に体を寄せる。義昌はそっと志穂の手を取った。

「大丈夫だよ」

 そう言って義昌は志穂の手を握りしめた。

「うん」

 二人は順番に教室を回り、順調にカードを集めて行った…。





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