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4.真二くん

4.真二くん


 第五小学校で僕は1年3組の担任になった。奇しくも僕が入学したのもこのクラスだった。旧校舎は取り壊され、その跡地にはプールが出来ていた。


 転任のあいさつを終えると副校長が校内を案内してくれた。

「1年3組。ここが野村先生の教室です」

 机などの備品は新しくなっているけれど、雰囲気はあのころと変わらない。僕は自然と窓際の一番後ろに目をやった。

「居るはずもないか…」

「ん?何か言いましたか?」

「いえ、何でもないです」

 職員室に戻ると、クラスの名簿を渡された。ざっと目を通した中に気になる名前を見つけた。

“横山真二”

「横山…。いや、彼女は結婚して東京に住んで居るんだから、有り得ないな」


 昔、母の実家があった場所はマンションに建て替えられている。僕の両親はそのマンションの地主として最上階に当たる5階に住んでいる。祖父と祖母も健在だ。今では家賃収入のおかげで母も父も悠々自適の生活だ。たまに陽子ちゃんちの畑を手伝ったりして、のんびり暮らしている。

僕は東京の大学に進学し、教師としてこの町に赴任してきてからは少し離れた町のアパートを借りて一人で住んでいた。

 陽子ちゃんの家は昔のままだ。洋兄ちゃんが後を継いで農家をやっている。なんでもフランス料理に使う何とかという野菜を作って結構な高値で取引されているのだという。

陽子ちゃんは僕が大学生の時に結婚して東京へ出た。結局、僕が連れて行ってあげられなかったディズニーランドへはきっと自力で行ったのだと思う。いや、もしかしたらまだ行っていないかな…。まあ、そんなことなないだろうけれど。

「真一、用意はできてる?」

 僕がアパートへ帰ると、すぐに母が迎えに来た。

「今、着替えるから」

 今日は僕が母校の教壇に立つということで、久しぶりに実家で食事をすることになっていた。支度を終えると僕は母が運転する車に乗った。


 実家には洋兄ちゃんとその家族も来てくれていた。広いルーフバルコニーでバーベキューの準備が進められていた。

「しんちゃん、久しぶり」

 聞きなれたその声に僕が振り向くと、そこにはやんちゃな女の子がそのまま大人になったような女性がいた。

「陽子ちゃん!どうしたの?東京に居るんじゃなかったの?」

「戻ってきちゃった」

 そう言って舌を出す陽子ちゃんはあの頃と変わらない。その陽子ちゃんの後ろに隠れるようにして一人の男の子が立っていた。

「その子…」

「あっ、私の子。今度、第五小学校に入学するの。そう言えば、しんちゃん、第五小学校に転任してきたんだって?それで、うちの子の担任になったらいいな…。なんて、お兄ちゃんと話していたのよ」

「そ、そうなんだ…」

「あれっ?もしかして…」

「いや、そう上手くいくはずがないじゃいないか。それに、そういうことは新学期が始まるまで言えないんだ」

「なーんだ。残念だわ…」


 バーベキューが終わると、僕は洋兄ちゃんに誘われて陽子ちゃんちで飲みなおすことになった。あの頃と変わらない縁側に座って、洋兄ちゃんが抱えてきた一升瓶の日本酒をちびちび飲んだ。陽子ちゃんも子供を寝かしつけてから縁側にやってきた。そして、僕のコップを横取りすると、まだ口をつけていない中身を一気に飲み干した。

「うわー!効くなあ」

 東京では彼女は彼女なりに色々と苦労をしたのかも知れない。

「真二君、もう寝たの?」

「うん、今…。あれっ?私、あの子の名前が真二だって言ってないわよね!どうして知ってるの?」

 僕は思わず“しまった”と口を押さえたのだけれど、何かと察しのいい陽子ちゃんにはすべてばれてしまった。横で洋兄ちゃんが声を出して笑った。

「そっか…。しんちゃんが先生か…」

 陽子ちゃんはしみじみとそう言った。彼女の髪からほんのりとシャンプーの香りが漂っている。その瞬間、僕は彼女が大人になったのだと認識した。

「ところで、“真二”って名前…」

「そうよ!私の命の恩人…。今頃どうしてるかな?元気にしてるかな…」

 言い終わるか終らないかのうちに彼女は僕の肩に寄りかかって寝息を立てていた。

「はははは。久しぶりに真一に会って気が緩んだんだな。まっ、陽子も今は一人身だし、あとは面倒見てやってくれよ」

 そう言って洋兄ちゃんは僕と陽子ちゃんを縁側に残したまま行ってしまった。

「命の恩人か…」

 そう、あの年の夏、僕たちは助けられたのだ。窓際の一番後ろにいた少年“真二”くんに…。



 義昌くんと志穂ちゃんが居なくなって数日の間は学校への出入りが禁じられていた。学校の職員や警察の人たちが学校内をくまなく捜索したけれど、二人につながるようなものは何も見つからなかったらしい。そして、8月に入るとすぐに低学年の水泳教室が始まった。


 水泳教室は自由参加だったので、行きたい人が行きたい時に行けばよかった。けれど、僕は毎日参加した。水泳が苦手なわけではなかった。東京に居た時はスイミングスクールに通っていたので、どちらかと言えばとくいな方だ。僕が毎日水泳教室に参加したのは他に目的があったからだ。

 プールは新校舎と旧校舎の間にあった。渡り廊下を隔てて小校庭と並ぶように設置されていた。だから、プールからは1年3組の教室の窓がよく見えた。僕はプールに浸かって教室の窓を眺めていた。

「野村君、ちゃんと泳がないなら、来なくてもいいんだよ」

 監視員の先生に声をかけられた。

「ごめんなさい。ちょっと疲れたから休んでるだけです」

「あら、先生、野村君が泳いでいるところを見たことがないんだけど」

 そう言えばそうだ。僕はまだ一度も泳いでいなかった。仕方がないので25メートルのプールを2往復して見せた。クロールから始めて平泳ぎ、背泳ぎ、そして最後はバタフライ。先生は目を丸くしていた。

「ちょっとトイレに行ってきます」

 僕はそう言ってプールから出た。


 1年3組へ行くには職員室の前を通らなければならない。職員室には何人かの先生がいた。僕は手前の階段を上って二階から反対側へ降りた。そして、教室に入ると、窓際の一番後ろに彼は居た。

「やあ!真一君は泳ぎが上手なんだね。僕は泳げなかったからうらやましいよ」

 僕は彼に近づくと間髪入れずに尋ねた。

「あの日、何があったのか教えて」

「あの日?」

「とぼけないでよ」

「そっか…。真一君はごまかせないみたいだね。この話を聞いてしまったら、もう、後戻りはできなよ。覚悟はできているね?」

 僕は思わず生唾を飲み込んだ。そして、ゆっくりと頷いた。





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