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2.肝試し

2.肝試し


 夏休みに入ってしばらく経った日、陽子ちゃんが僕を訪ねてきた。訪ねてきたと言っても、毎日顔は合わせていたのだけれど、この日は何か特別な用事があるようだった。

「あのね、お兄ちゃんがお友達と肝試しをするんだって。それで、私も入れてって言ったら、足手まといになるから駄目だって言うのよ。だけど、しんちゃんと一緒なら入れてくれるって」

「肝試し?」

「ねえ、いいでしょう?」

 情けない話だけれど、僕はこういったものが得意ではなかった。どちらかというと苦手といったほうが正解で、せっかく陽子ちゃんが誘ってくれたのに、あまり気乗りはしなかった。けれど、陽子ちゃんが泣きそうな顔で言うものだから仕方なく加わることにした。

「どこでやるの?」

「学校」

 学校か…。学校と聞いて僕はあの子のことを思い出した。さすがに夏休みだから学校に居ることはないだろうけれど、もしかしたらまた会えるかもしれないと思い、がぜん、やる気が出てきた。

「いつ?」

「今日の夜。晩御飯を食べたら、学校の校門前に集合するんだって」


 晩御飯はそうめんと天ぷらだった。天ぷらは父が育てたナスやトマトなどの野菜の天ぷらで、東京に居た頃、よく食べていたスーパーで買ってきたものに比べると見た目は地味だったけれど、味は何倍も美味かった。食べ終わる頃に陽子ちゃんが迎えに来た。

「しんちゃん、もう、晩御飯食べた?」

 その声を聞いた父が話しかけてきた。

「こんな時間にどこか行くのかな?」

(ひろし)兄ちゃんたちと学校で肝試しやるんだ」

「へー、肝試しか。面白そうだな。まあ、洋君が一緒なら大丈夫か。陽子ちゃんにカッコいいところを見せてやれよ」

 洋兄ちゃんは陽子ちゃんちの長男で小学校6年生。学校で児童会長もやっている。小学生の割にはしっかりした子で、その洋兄ちゃんと一緒だということで父も母も安心して送り出してくれた。

 家を出ると、陽子ちゃんが懐中電灯を手に待っていた。その先の道路にもいくつもの懐中電灯の明かりが見えた。洋兄ちゃんたちが待っていてくれているようだった。

「洋くーん、よろしく頼むな」

 家の方から父が叫ぶ声が聞こえた。それを聞いて洋兄ちゃんがぺこりと頭を下げた。


 校門の前には既に他のメンバーが来ていた。メンバーは全部で8人。僕と陽子ちゃん、それ以外は洋兄ちゃんの同級生たちで男子が3人、女子が3人だった。僕たちは肝試しを行う旧校舎の入り口までやってきた。そこでペアを決めるくじ引きを行った。義昌くんの提案で組み合わせは男女のペアにすることになった。僕と陽子ちゃんはくじを引くまでもなくペアに決まった。他の3組は洋兄ちゃんが児童会で書記をやっている加奈子ちゃんと。信広くんが聡子ちゃんと。義昌くんは志穂ちゃんと。義昌くんは志穂ちゃんとペアになってガッツポーズをした。きっと、志穂ちゃんのことが好きだったのかもしれない。


 ルールは3階建ての校舎のすべての教室を回って、それぞれの教室に置かれている自分の名前を書いたカードを持ってくるというものだった。

 一番手は洋兄ちゃんと加奈子ちゃん。

「じゃあ、行ってくるよ」

 二人は手をつないで旧校舎へ入っていった。その後ろ姿を見送りながら、僕は二人がとても大人のカップルのように見えた。そして、陽子ちゃんの顔を見た。陽子ちゃんはとても幼く見えたけれど、僕はやっぱり陽子ちゃんとペアでよかったと思った。

 校舎の窓からは洋兄ちゃんたちが照らしている懐中電灯の明かりが進んでいくのがよく見えた。

 10分後、義昌くんと志穂ちゃんがスタートした。さらにその10分後、僕たちが信広くんと聡子ちゃんに見送られてスタートした。


 夜の学校は昼間と違ってなんだかとても不気味に思えた。入ってすぐの教室は3年1組の教室。黒板にみんなの名前が書かれたカードが張り付けられていた。残っているのは当たり前だけど、僕と陽子ちゃん。そして、信広君と聡子ちゃんの名前が描かれたカードだった。

「これ、だれがやったんだろう?」

 おそらく、昼間のうちに誰かがカードに名前を書いたものを各教室の黒板に張り付けておいたのだろう。

「義昌くんだって。なんでも、この肝試しを考えたのは義昌くんで、義昌くんは志穂ちゃんのことが好きなんだよ」

「そっか。義昌くん、志穂ちゃんとペアになって嬉しそうだったもんね」

 僕たちは順調にカードを集めていった。そして最後の部屋にたどり着いた。最後の部屋は図工室の準備室だ。先にゴールした洋兄ちゃんたちが外で懐中電灯を回しているのが窓から見えた。僕たちは黒板に張られているカードをとった。

「あれ?しんちゃん変だよ」

「どうしたの?」

「だって、義昌くんと志穂ちゃんのカードがまだくっついたままだよ」

「本当だ。でも、さっきの部屋には無かったよね」

「どうしちゃったのかしら?」

「もしかしたら、こんなに早く終わるのが嫌で、どこかで遊んでるんじゃないか?」

「あっ、そうか!きっと、そうかもね」

 僕たちはそのまま階段を駆け下りて洋兄ちゃんたちが待っている校庭へ出た。

「お帰り…」

 加奈子ちゃんがやさしく微笑んで僕たちを迎えてくれた。

「怖くなかった?」

「はい。大丈夫でした」

 実は相当怖かった。陽子ちゃんが一緒に居なければ入った瞬間に進むのをやめてしまったかもしれない。

「ところで、義昌たちに会ったか?」

「会わなかったよ。最後の部屋に二人のカードがまだ貼られたままだったから、あれっ?て思ったんだけど、まだ帰りたくなくてどこかで遊んでるのかって…」

「そうか…。あいつ、志穂ちゃんとペアになれて張り切っていたからな」

 そうこうしているうちに最後のペア、信広君と聡子ちゃんも戻ってきた。

「あれっ?義昌たちは?」

「まだ戻ってこないんだ。お前たち、どこかで会わなかったか?」

「会ってないよ。そう言えば、二人のカードだけ最後の部屋に残ったままだったなぁ…」

「まあ、そのうち戻ってくるだろう」

 ところがいつまでたっても二人は戻ってこなかった。

「ちょっと探してくる」

 洋兄ちゃんが校舎の中を見てくると言ったので、みんなで探しに行くことにした。

「絶対に離れるなよ」

 洋兄ちゃんの言葉に僕たちは頷いて、みんなで手をつないだ。旧校舎の中をくまなく探したのだけれど、二人の姿はどこにもなかった。

「ねえ、あそこ見て」

 図工室の準備室で聡子ちゃんが指差して言った。そこには残っていたはずの二人のカードが無くなっていた。はがれて落ちてしまったのではないかとあたりを探してみたけれど、どこにも見当たらなかった。

「なーんだ!あいつら、結局、カードをとってゴールしたってことかよ」

 洋兄ちゃんが呆れたと言わんばかりに吐き捨てた。

「ホント、わざわざ探しに来てバカみたい。外に出たら文句言ってやるわ」

 加奈子ちゃんも少し怒っているようだ。

「まあ、無事で何よりだ。さあ、早く行こう」

 ところが、外に出ると、校庭に二人の姿はなかった。

「出てきたら誰もいないから、もう、みんな帰ったと思って、帰っちゃったんじゃないの?」

「きっとそうよ」

 結局、話はそういうことに落ち着いて、僕たちも帰ることにした。帰り際、僕はもう一度、校舎を眺めてみた。すると、3階の一番端、図工室の準備室の窓から男の子の姿が見た。あの子だ。手の甲をこちらに向けて外に押し出すように振っている。「早く帰れ」そう言っているようにも思えた。


 翌日、町中が大騒ぎになっていた。僕たちは駐在所に呼び出された。いわゆる事情聴取というやつだ。義昌くんと志穂ちゃんが家に帰っていないのだと、その時初めて知った。





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