10.あいつがまだここに居る
10.あいつがまだここに居る
縁側に居ると夜風はまだ冷たい。洋兄ちゃんは陽子ちゃんを起こそうと体をゆすった。
「うーん、眠っちゃった…」
陽子ちゃんは目をこすりながら、僕の体から離れた。彼女の温もりが遠ざかった途端に肌寒くなった。
「真一も明日は早いんだろう?話の続きはまた今度ということで、そろそろ帰った方がいいんじゃないか」
「話って何?」
陽子ちゃんは自分が眠っている間に僕と洋兄ちゃんがどんな話をしていたのか気になったようだ。
「真一に陽子を貰ってくれないかと話してたんだ」
「な、何言ってんの!まったくお兄ちゃんったら…」
陽子ちゃんは顔を赤くして洋兄ちゃんの肩を叩いた。
「ほらな。こいつだって満更でもないんだ」
「バカなことを言わないで。真ちゃんにだって彼女の一人や二人居るんだから」
僕は苦笑した。
「今日はありがとう。また来るよ」
僕が立ち上がると、陽子ちゃんが玄関まで見送ると言った。
「送ってあげようか?」
そう言って陽子ちゃんは車のキーをちらつかせた。
「ありがとう。でも、大丈夫。酔い覚ましに歩いて帰るよ」
「そう…。じゃあ、気をつけて」
「あのさあ、嘘だから…」
「えっ?」
「彼女が居るって言ったこと」
それだけ言うと、僕は足早に陽子ちゃんちを後にした。
陽子ちゃんの肩に付いていた痣はその後も消えることがなかった。ご両親は心配になって陽子ちゃんを病院に連れて行ったのだけれど、原因は解からなかった。
真二君なら何か知っているかもしれないと思ったのだけれど、真二君もあれ以来、姿を見せていない。悪霊を退治したから、もうここには居なくなってしまったのだろうか…。そんなことを考えていた時、いつもの席に座っている真二君に気が付いた。僕は授業が終わるのを待って真二君に話しかけた。
「聞きたい事があるんだけど…」
「ごめんね。心配を掛けたね。あいつを葬るのに霊力をかなり使ったから」
「そうか…。もういいの?」
真二君は僕の問いかけには答えず、悔しそうな顔をして呟いた。
「油断してた」
「えっ?」
「あいつ、まだここに居る」
「あいつって…。まさか!」
「うん」
「だって、あの時、消えてなくなるのをちゃんと見たよ」
「そう。本体はあの時、葬った。けれど、残像が残っていたんだ。ヤツは万が一のためにその残像に怨念をこめていた」
真二君はそう言って、陽子ちゃんの方を見た。僕はハッとした。
「その残像って…」
「そこに居る」
真二君はまっすぐに陽子ちゃんを指した。その時、陽子ちゃんが僕の方に近づいて来た。
「ねえ、しんちゃん一緒に帰ろう」
「う、うん…」
「どうしたの?そう言えば誰かと話しているみたいだったけど…」
そう言って、陽子ちゃんは辺りを見回した。陽子ちゃんに真二君は見えない。けれど、既に、真二君は姿を消していた。僕の心の中にメッセージを残して。
『僕はここら外には出られないから、外に居る時は真一君が陽子ちゃんを守ってあげて』
そうは言っても、どうやって…。相手は邪悪な悪霊なのに。
その日の夜、僕は陽子ちゃんちに泊まることになった。陽子ちゃんがそうして欲しいとご両親に頼みこんだのだという。きっと、陽子ちゃんには何か予感のようなものがしたのかも知れない。
一緒に夕食を食べて、宿題をして、お風呂はさすがに別々だったけれど、寝るのは陽子ちゃんと洋兄ちゃんと三人で川の字になった。陽子ちゃんを真ん中にして。
「さあ、もう寝るぞ」
そう言って洋兄ちゃんが部屋の電気を消した。その途端に陽子ちゃんが布団から手を出して僕の手を握った。陽子ちゃんの不安が伝わってくる気がした。僕は陽子ちゃんの手を握り締めて眠った。
翌朝、陽子ちゃんの痣が少し薄くなっているように見えた。
学校に行くと、僕は真二君に聞いた。
「僕はどうやって陽子ちゃんを守ってあげればいいの?」
「僕の力を少し分けてあげたから、真一君が陽子ちゃんに触れている間はあいつは大人しくしているはずだよ…」
今朝、陽子ちゃんの痣が薄くなったように感じたのはそのせいだったのか…。
「もう少し…。もう少しで力が戻るから、そうしたら、あいつを完全に葬らなきゃ。それまであいつが大人しくしてくれていればいいけど…」




